二人は、転移門を使って前線から聖剣学園と帰還した。門の周辺にはイヴェリナを待つ学友たちがたむろしていた。
「イヴェリナ、大丈夫だった?」
「ちょっと怪我しちゃったけど、問題ないよ」
「ちょっと……って腕があらぬ方向に曲がってるじゃん! 全然無事じゃない!」
「でも治る怪我だから、そんな心配しないで……」
「しないわけにもいかないよ!」
心配されているイヴェリナを横目に、クラリスは転移門がある聖堂から抜け出す。
あんな雑魚たちとつるむ理由が自分にはない。
クラリスは早足で歩きながら、医療棟へ。
ここでは訓練での怪我は勿論、前線では治らないような大怪我をした聖剣使いたちの治療を行っている。
医療棟の中は人でごった返しており、ちょっとした怪我なら待つ必要がある。
しかしクラリスが向かったのは緊急治癒室。
「先生、いる?」
クラリスの言葉にみな振り返るが、一瞬で目を逸らす。
その声を聞いて奥から出てきたのは壮年の女性、医療棟責任者のプレードルだ。
「おおっ、クラリスじゃないか。また怪我か?」
「そうだよ。早く治して」
クラリスは折れている腕をプレードル先生に見せる。
イヴェリナは添え木をしていたが、クラリスはとっと治してもらうためにそのままにしておいた。
「うわあ……痛そう」
「痛いわよ。だから早く治して」
「お前の態度がいつも変わらなすぎるせいで、そう見えないよ……」
患部がとても腫れているが、クラリスは表情を変えたりしない。
「じゃあ、行くわよ。おいで、バーバン」
プレードルの白衣のポケットから現れたのは流体金属のような存在。
それがクラリスの右腕に巻き付く。
「いつもより痛いかもしれないけど、大怪我だから我慢しなさいね」
「……分かってる」
クラリスは折られたときと同じような痛みを再度味わった。
あの時は戦いで興奮していたせいか、あまり痛みを感じなかった。しかし今回はそうもいかない。思わず顔が歪んでしまう。
バーバンは痛みを条件に、怪我の治癒を行う存在。
条件が重ければ重いほど治癒能力は上がるため、理論上どんな怪我でも治せる。ただ、重症になればなれほど強い痛みを伴いショック死する可能性が出てくる。
「さて、治ったかしら?」
プレードルがクラリスの右手を見る。
腫れは完全に収まり元通り、さっきまで折れていたとは思えない。
「クラリス、ゆっくり腕を動かしてみなさい」
言われた通りにクラリスは腕を動かす。
ただ、鈍い痛みがまだ残っている。
「もう完璧に治ったわ。じゃあ」
「……嘘おっしゃい。分かるんだから」
プレードルはクラリスの痛みを見抜いていた……というよりも経験上だが。
「大怪我の治癒は体に馴染むまで時間がかかるの」
「チッ……それでどれくらい?」
「一か月程度は覚悟しなさい」
クラリスは項垂れた。
先ほど戦ったドールズ、あれは自分が倒さなくちゃいけないのに。それなのに、戦場から遠ざけられてしまった。
「そもそもあんたは学生なんだし……無茶し過ぎなのよ」
「小言言うな。無茶はしたいからしてるの!」
クラリスにはドールズから世界を解放する使命がある。
ずっと前線で戦ってきた父に倣って。
「それでも体は大切にしなさい。死んだり、ドールズに操られたら、それまでなんだから」
「……分かってる」
そう答えるクラリスだが、自分を大事にしたい気持ちなんてない。
最悪の事態にならなければいいとしか思わない。
「あと、折角学園に戻ってきたのだから授業には出なさいよ」
「…………考えとく。治癒には感謝するわ」
クラリスは椅子から立ち上がり、緊急治療室から出た。
一方のイヴェリナはクラリスの治療が終わるのを順番待ちしていた。
会話の内容は聞こえなかった。しかしクラリスが痛みで顔を歪めているのを見るのが初めてだった。骨折の治癒ってそんなに痛いの……?
イヴェリナはクラリスと入れ替わるように部屋に入った。
同じような骨折を見たプレードルは同じように治療を施した。だが、病棟全体に聞こえるようなイヴェリナの悲鳴が響いたことは公然の秘密となった。
◆ ◆ ◆
一日休んだクラリスとイヴェリナは、実験棟に呼び出されていた。実験棟は聖剣の開発や整備を行う専門の部署だ。
古代聖剣アマリリスが見えるような形でガラスケースに収められており、その後ろには一人の研究者が立っている。
「ハロー! ガールたち。この古代聖剣アマリリスを起動させたのは君たちで間違いないんだよね?」
変な言葉づかいで喋るのは聖剣研究者のエクセラという女だった。
見た目は若く見えるが中身はもう還暦を迎えているらしい。
「ええ」「はい」
「オーマイガー! 伝承とは本当に違うんだねえ……」
エクセラは手元にある分厚い本を広げる。
そして、そこに書いてある一文を読み上げる。
「古代聖剣アマリリスは思い人への感情を求める――これは古代ブックにも記されているんだけど。どうしてガールズ同士である君たち二人で起動したのか……何か知っていることはないかい?」
思い人――古代の言葉で恋人を指すもの。
こと古代において恋人とは異性同士を指す。
「アマリリス自体は【これが百合ってやつだね】と言っていました」
イヴェリナは素直に答える。
クラリスは舌打ちが響く。百合という関係性が気に食わないのだ。
「うーんじゃあ……ガールたち、アマリリスの前で抱き合ってみせてよ!」
「イヤ」
真っ先に拒否反応を示したのはクラリスだった。
イヴェリナのことは普通に嫌いなので、抱き着くとかありえない。
「……アマリリス自身は何か言ってます?」
イヴェリナも簡単には頷けない。クラリスに殴られそうだからだ。
やれと言われればやるつもりはあるが噛みつかれるのは拒否したい。
しかし、エクセラが首をかしげる。
「そういえばアマリリスはトークするって報告書には書いてあってけど……ミーには何も言ってこないね」
というか今も沈黙したままだ。
この場面で黙っていられるほどアマリリスが真っ当な感性をした聖剣でないことは、使用した二人には何となく分かっていた。
「アマリリスがちゃんと起動した記録はサウザンドイアーくらい前のことが最新だ。思念波を見ても眠っているようだし、君たちが起動させたのはたまたまだったのかもしれないな」
アマリリスは記録的にもバイタル的にも眠ってしまっているらしい。
イヴェリナは訝しむ。
百合、良いクソデカ感情とやらで目覚めたのは偶然なのだろうか。
「もしかして、覚醒が中途半端で二度寝してる可能性とかはどうでしょう?」
「二度寝……良い観点だ!」
エクセラはポンと手を打ち、アマリリスを収納しているガラスケースを開けた。
そして、やたら重たそうに引っ張り出してイヴェリナとクラリスの前に置いた。
「やっぱりガールたちに抱き合ってもらおうと思う」
クラリスがエクセラを睨む。
だが、エクセラは全く怯むような素振りは見せない。
「ミスアドベンド、これは命令だ。今後の切り札になり得る聖剣をきちんと動かすためにできることは何でもやるし、やらせる。聖剣学園に身を置いてる以上、君に拒否権はない」
「……わかった」
クラリスは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「じゃあ、ポージングを決めるからミーの注文通りに動いてね」
イヴェリナは余りにも嫌そうな顔をするクラリスに若干ショックを受けていた。
嫌われているのは知っていたけど、そんな表情しなくたっていいのに。自分としてはクラリスは嫌いではない。寧ろ好感を覚えている……誰にも言わないけど。
指定されたポーズは聖剣アマリリスを互いの片手で握りながら、もう片方の腕で互いを抱き寄せるというもの。
「じゃ、じゃあ……」
イヴェリナがクラリスを抱きしめる。
小柄なクラリスが胸に収まる感覚が、普段は猛獣のような彼女からは想像できなかった。守ってあげたくなるような、そういう可愛さを感じてしまう。
ただ少し汗臭い。女の子なのにクラリスはあまり身だしなみとかに頓着が無い、もっと可愛らしい面を出せれば学園でも浮かなく済むだろうに。
「クラリスはもっとしっかりくっついて!」
クラリスはイヴェリナに抱きしめられいることに屈辱を覚えていた。
身長は高いと思っていたが、こんなすっぽりとフィットしてしまうことに。普段は馬鹿力で敵を圧倒するくせに柔らかい。イヴェリナと女として競うことなんてありはしないが、何だか敗北感を植え付けられる。
あと早朝に剣の素振りしてきたから、汗臭くないかは少し心配だ。イヴェリナがどうこうではなくマナーとして……。
「グッドグッド! じゃあ報告書にあったみたいに互いへの想いをぶつけて!」
イヴェリナはちょっと可愛いなと思っていることを。
クラリスは女としての敗北感を。
「おお、ベリーグッド!」
古代聖剣アマリリスに二つの光が宿る。
イヴェリナから発せられる白、クラリスの赤が混じり合い部屋を眩く照らす。
一瞬強く光ったと思いきや、元の教室に戻った。
【んー。こういう甘酸っぱい感情もいいね~。やっぱりボク、百合もいけるかも!】
アマリリスは意識を取り戻したのか、思念を使ってその場にいる全員に話しかけてきた。
「これはアマリリスのボイスか?」
「ええ」「はい」【そうだよ♪】
昨日の戦闘では聞きなれた声だ。
クラリスからすれば鬱陶しく、イヴェリナからすれば胡散臭い。
「とりあえずは成功か。二人ともよくやった!」
クラリスはその言葉を聞いた途端にイヴェリナを突き放した。
【そういうツンデレっぽいのも悪くないなあ……】
「ツンデレじゃない! 私はこいつが嫌いなの!」
聖剣にキレるクラリス。
だがアマリリスは特に気にしていないようだった。
「じゃあ私はもう行っていいわよね。用事は済んだし」
「オッケーだ。ただ、アマリリスはどうする? こちらの研究棟で保管するか、二人のどちらかが持っておくか?」
それが決めなくてはならないことなのは確か。
普通の聖剣は個人所有で、常に装備していることの方が多い。厳密には学園のものではあるが、聖剣の癖を知るためにも共にいることを推奨される。
ただ古代聖剣アマリリスはかなり大きいので、ずっと装備しているわけにもいかない。そこら辺を踏まえての提案だろう。
【えー……ここにいると二人を見られなそうだし、連れて行ってよ~】
「聖剣本人の意向には逆らえないから、どちらかがテイクしていって」
【どちらかじゃなくて、二人に持ってもらおうかな】
アマリリスはそう言った後に空中へと浮遊した。
そして自らを折りたたむように変形させ、二つの片手剣へと姿を変えた。
「自力で変形とは……これが古代聖剣か」
エクセラが感嘆したように呟く。研究者の彼女は勿論、クラリスとイヴェリナも驚いていた。二人は息を呑んで、各々でアマリリスを拾った。
【それで二人はこれからどこに行くんだ?】
「「授業」」
【授業ってなんだい?】
イヴェリナには授業を説明する知恵が無かったので、クラリスに目を合わせる。
クラリスはため息をついて。
「授業は……授業よ」
【わかった。行けば分かるってやつだね!】
二人にとっては久しぶりに受ける授業、古代聖剣にとっては初めての授業へと向かうことになった。