ある晴れた休日、街中で一台の横転した軽自動車が道を塞いでいた。
後続車は止まり、人々は別の道を通ろうとその場を離れる。そんな中、野次馬を割って1人の筋骨隆々なおじさんが進み出てきた。
おじさんは事故車の傍らにいた女性と少し話を交わした後、笑顔を浮かべながら、車のバンパーに手をかけた。
「せーのっ!」
グググ…。
「動いた!」
「すごいっ!」
鍛え上げられた肉体によって、少しずつ車が押し退けられていく。周囲から拍手が巻き起こる。
その様子を少し離れた場所から、小柄な少女が眺めていた。
「…すごいなぁ」
それに比べて、私ときたら…。
彼女はため息をつきながら、手に持った紅茶のペットボトルに視線を落とした。
「…開かない」
ぎゅっと力を入れてみる。
「ん…っ」
キャップは動かない。
それでもしばらく彼女はキャップと格闘していたが、諦めてペットボトルをバッグへ戻した。
「またか…もっと力があったらなぁ」
そう思う程度だった。その日までは…。
その日の夜。
帰宅した少女は、夕食を済ませると、いつものようにお風呂へ入った。
今日は家族が旅行中なので、留守番をしているのは彼女と飼い猫だけだ。
湯船にゆっくり身体を沈め、温かいお湯に肩まで浸かる。目を閉じて、しばらく何も考えずに過ごしていた。
少し田舎の一軒家。家の中は静かだった。時折、浴室の外から猫の鳴き声が聞こえてくるくらいだ。
突然、家が揺れた。
湯船のお湯が小さく波打ち、浴槽の縁にぶつかる。
「地震?大きくはなさそうだけど…」
しばらく様子を窺っていたが、揺れはそれほど長く続かなかった。お湯から上がって浴室から出ようと、ドアに手をかけた。
ガチャ…
地震の揺れで建て付けが悪くなったのであろうか?ドアが動かない。
ガチャガチャ。
取っ手を押したり引いたりしても、ドアに体重をかけても、びくともしない。
「え?嘘でしょ?」
スマートフォンは自室の机の上だし、家族は旅行中で明日の夜まで帰ってこない。
何度も激しく取っ手を動かすが、ドアは開かない。
このまま明日まで閉じ込められるのだろうか。
「誰か…!」
彼女の目から涙がこぼれそうになった。
(もっと力があったら、こんなドア、ぶち破れるのに…!)
彼女は大きく息を吸い込み、ドアの取っ手を掴んで思い切り押し込んだ。
「バキィィィン!!」
屋内に破壊音が響く。
蝶番がへし折れ、扉が吹き飛ぶ。
勢い余って浴室から転がり出た彼女の手には、折れ曲がった金属製の取っ手だけが残されていた。
「え?なに?」
彼女は這いつくばったまま、壊れた扉を呆然と眺める。
「…なにが起こったの?」
ゆっくりと、彼女は自身の細い手に目を落とした。
そのまましばらく硬直していたが、変形した取っ手を見ている内に、恐怖よりも好奇心が上回ってきた。
幸いにも、家には誰もいない。
「ちょっとだけ…試してみよう!」
どうせ誰もいないからと、濡れた身体のまま彼女は台所に向かった。
取り出した割り箸を一本握りしめ、息を吸い込み、思い切り全身に力を込める。
「…っ!」
ボキッ!
「おー。余裕じゃん!」
真っ二つに折れた割り箸を眺め、すっかり面白くなった彼女は色々試してみることにした。
手早くバスタオルで身体を拭くと、パジャマに着替え、自室でもう一度割り箸を握る。
「えっと、こうだよね?」
「いっせーの…っ」
思い切り力を入れてみるが、今度は割り箸が全く折れない。
「あれぇ?まさか…」
彼女は先ほどの格好を思い出すと、衣服をすべて脱いで、裸になって試してみた。
「ボキッ!」
いとも簡単に割り箸が折れた。
「こうきたかぁ…」
試しているうちに、いくつかの条件があることも分かってきた。
服を着ると…駄目!
それならと、バスタオルを巻いてみるが…これも駄目!
「えぇぇぇぇ…」
どうやら、裸になって息を止めている間だけ力が出るらしい。
息を止めていられる長さなどを確認しているうちに、すっかり時間を忘れて夢中になっていた。
「にゃー…」
ふと、足元から鳴き声が聞こえた。飼い猫が不服そうに彼女を見上げている。
「あ、ごめん!ごはんの時間過ぎてるね!今準備するから!」
検証を中断して慌ててエサを取りに廊下へ出ると、壊れた風呂場のドアが嫌でも目に入った。それを見て、冷静さも戻ってくる。
「これもどうしようかなぁ…」
猫の頭をなでながら、彼女は頭を抱える。しかしいくら考えても、家族が帰ってくるまでに現実的な言い訳は一つも思いつかなかった。
翌日、帰宅した家族たちが破壊されたドアに気が付くと、大騒ぎになった。
「なんですぐ連絡しないの!」
「大丈夫だった!?怪我はなかった!?」
「震度3だって聞いてたのにね」
どうやら地震の揺れのせいで、壊れたと思い込んでくれているようだ。
彼女は「いや、その…」と小さな声で呟いた。
「ごめんなさい…」