ちょっと小さめの少女には、人に言えない秘密があった。
裸になって呼吸を止めている間は、とんでもない怪力を発揮できるのだ。
ただし、人前で裸になんてなれないし、力加減も難しい。
あの火事場での救出劇から数日。
全身を襲う筋肉痛が引いてくるにつれて、彼女は好奇心が抑えられなくなってきた。
あの時の私、時速何キロくらい出てたんだろう?
あんなに速く走れるなら、他の運動はどうなるのかな?
一度気になり始めると、他にも色々と試してみたくなってきた。でも、裸になって、外での検証なんて絶対に無理だ。
そこで彼女は、自宅であの力の限界を測定することを決意したのであった。
まずは自宅の1階、玄関からリビングへと続く直線の廊下で試すことにした。
家族が出かけていることをいいことに、いつもの無防備な格好になる。
「ちょっとだけ…本当に一歩だけ」
大きく息を吸い込み、ピタリと止める。
そして、床を軽く一歩、踏み出した。
ドンッ!
「!?」
やっちゃったと思っても、すでに身体は止まらない。
ドゴン!!!
「……」
一歩で廊下の突き当たりの壁に激突した。
しばらくの間、彼女は涙目になりながら床を転がっていた。
それでも痛みが治まってくると、彼女は気を取り直して、今度は自宅にあった握力計を持ち出してきた。
家にあるもので、まずは数値を測ってみようという試みだ。
まずは能力なし。
「…14kg」
「うん、まぁ普通…。よし!」
今度は能力を使って、壊さないように…人差し指と親指で…なるべく力の方向を変えて…。
メキ…。
メキメキメキ…ッ!
「あっ、待って待って!」
焦って声を出したときには、すでに遅かった。
力の調整は不可能だった。握力計の持ち手に指の跡がくっきりとついている。
「測定する前に壊れるじゃん…。これ、数字で測れないのかなぁ」
彼女は握力計を片付けながら次の検証方法を考えていた。
とりあえず家にある道具で測定するのは諦めて、別のことを試してみよう。
走るのであれだけすごいんだから、思いっきりジャンプしたら空飛べるんじゃない?
ちょっと田舎の一軒家だし、深夜の庭でなら大丈夫でしょ!
夜中。家族が寝静まった後、彼女は動き出した。
布団から抜け出して、カーテンの隙間から外を確認してみる。周囲の家の明かりは消えていて、庭には誰もいない。
物音を立てないように気をつけつつ、庭へと出た。もちろん、身につけているものは何もない。
深夜のひんやりとした風が、肌を冷やしていく。
彼女は大きく息を吸い込み、息を止め、地面を全力で踏みしめた。
ドンッ!!
地面を蹴った瞬間、視界が一気に変わっていく。
彼女の身体は、夜空に向かって真っ直ぐに飛び上がった。
そして、上昇の勢いがふっと消え、フワリとした浮遊感に包まれた。
「飛べた!」
しかし、次の瞬間。
「…あ、これ、落ちるやつだ」
飛行能力ではない。ただ高く跳んだだけだ。
空中で両手をばたつかせるが、当然ながら姿勢制御などできるはずもない。
彼女は息を止めて着地に備える。
ガシャーン!!!
「ひゃうっ!?」
庭に置かれていたプランターの群れへ、彼女は背中から突っ込んだ。
「なんだ今の音は!?」
「ねこ?」
家族が起きてしまったようだ。
「ごめんなさーい!!」
少女は慌てて立ち上がると、家の中へ駆け込んだ。
自室に戻った彼女は、急いでパジャマを着ると、布団に潜り込んだ。
背中の痛みでなかなか眠れずにいると、ふと次のことが気になってきた。
「…泳ぐのは、どうなんだろう?」
さすがに我が家の狭いお風呂で泳ぐのは無理だ。
(泳ぐのもやっぱり速くなるのかな?)
気になってスマホで検索してみる。
画面に表示された専門家の解説には、こう書かれていた。
『水泳において大事なのは技術です。力があっても、泳ぎが下手なら意味がありません。むしろ沈みます』
「意味ないんだ」
「まぁ…明日、銭湯に行って広いお風呂で試してみようっと」
翌朝。
庭で彼女は散らばったプランターを片付けながら、全身に戻ってきた筋肉痛と戦っていた。
昨日のことを必死に思い返す。
ほんの一歩走った。握力計をつまんだ。一回ジャンプした。
たったそれだけだ。
「…銭湯、こんどでいいや」