前回の反省を踏まえて、おじさんは一つの真理に到達していた。
「屋外で飛ぶのは、社会的リスクが高すぎる」
おじさんは自室でいつものようにトレーニングをしながら考えていた。
しかし飛びたい。どうしても飛びたいのだ。
外がダメなら中。
しかし、自室で飛んだところで、すぐに天井にぶつかってしまう。
そこで発想を逆転させてみることにした。
「そうか。自室でどれだけ精密に飛べるかを極めればいい!」
自室であれば通報されるリスクもゼロである。
完璧な名案だった。
床からわずか三十センチの低空ホバリング。
おじさんは毎晩、特訓を重ねた。
これまでは力任せに腕を振り回していたが、今回は違う。
目標は「ふわり…ふわり…」
鳥ではなくて風船のように浮き上がることだ。
細かく、かつ精密に腕を振る技術。
最初は高さ一メートル付近を上下して、なかなか制御ができなかったが、毎日の特訓の成果により、高度は安定してきていた。
「うなれ俺の上腕筋!最高の笑顔で…テイクオフ!」
おじさんは鏡に映る自分の顔を意識する。
笑顔を崩さないまま、おじさんの身体が床から三十センチの高さで見事に静止した。
(完璧だ!俺は今、重力を支配している!)
ゆっくりと一定の高度で浮き続ける行為は、勢いよく飛ぶよりも遥かに体幹と筋肉を消耗する。
限界は普段より遥かに早く近づいてくる。全身の筋肉が悲鳴を上げ、笑顔の口元が震え出した。
「ぶはぁぁぁぁぁっ!!!」
息を吐き出すとトレーニングマットへ身体が落ちる。
「し、死ぬかと思った…」
全身に今までにない負荷を感じながら、少しずつ上達していく充実感。
「でも、やっぱり大空を飛びたいなぁ…」
翌日。
おじさんはいつものスポーツジムへと足を運んでいた。
おじさんがプロテインをシェイクしていると、お馴染みの筋肉仲間が目を輝かせて近づいてきた。
「おい田中!何だかいつもより大胸筋と背筋がキマッてるな!一段とデカくなってないか?一体どんな追い込み方をしたんだ!」
仲間からの称賛が気持ちいい。
「いやぁ…実はね。最近、空を飛ぶポーズの研究をしていてね」
「空を飛ぶ!?」
仲間は目を丸くした。おじさんは慌てて言葉を濁す。
「いや、まぁ。あくまで例え話なんだけどね。ただポーズを取るんじゃなくて、静止した状態での全身の動かし方が大事なんだよ」
「なるほど!!」
「さすがベテランビルダー!新しい追い込み法の視点が違うぜ!インナーマッスルとアウターマッスルを極限まで連動させる静的アプローチか。勉強になるなぁ!」
「まあ…俺もまだまだ研究中だけどね!」
「よし、明日は背中の日だ!」
おじさんは笑いながらプロテインを口にした。
ジムの窓の向こうには、どこまでも青い空が広がっている。
(いつか、思いきり飛べる場所を見つけよう)
おじさんは心の中でそう誓い、今日も笑顔でトレーニングするのであった。