海水浴は好きではない。
筋肉が重すぎて、泳ぐこと自体は得意ではないからな。
だが、海水浴場は好きだ。
青い空!白い雲!照り付ける太陽!目の前に広がる大海原!
そして…
「わあ、おじさんすごーい!」
「何、あの筋肉!ヤバッ!」
なんと言っても、大手を振って自慢の筋肉を見せつけることができる。
砂浜を歩くだけで、若い男女や子供たちから歓声が上がる。
おじさんは満面の笑顔で、胸筋をピクピクさせるサービスをしながら歩いていた。
「おい見ろよ、すげえ筋肉」
「ちょっと写真撮らせてもらっていいですか?」
スマホを向けてくる相手にも、快くポージングして応じる。
海水浴場は本当に最高だった。
しかし、おじさんが今日ここへ来た目的は海水浴場ではなかった。
おじさんは空を飛べるようになってからずっと、どうすれば誰にも見つからずに飛べるのかを考え続けていた。
人がいなくて、カメラもなくて、万が一落下しても大怪我になりにくい場所。
おまけに最悪の事態になっても、水着さえ手の中にしっかりと握りしめていれば、言い訳もフォローもいくらでも効く。
(海なら、思いっきり飛べるんじゃないか?)
それが、おじさんの導き出した天才的なひらめきだった。
ひとしきり砂浜でのマッスルアピールを楽しんだ後、近くの貸し船屋へと向かい、手漕ぎのレンタルボートを一台借り受ける。
以前は深夜の山中で飛んで自分の車を見失ったが、その対策も完璧だ!
「よし。今日はこのボートを目印にして飛べばいいな」
おじさんはボートに乗り込み、砂浜から離れた沖へと移動した。
周囲に他の船や人がいないことを、慎重に確認する。
おじさんは水着をボートの床に置き、大きく息を吸い込んでから笑顔を作る。
両手を羽ばたかせると、おじさんの肉体がふわりと宙に浮く。
あまり高く飛びすぎてはバレてしまう。以前の特訓を活かして水面すれすれの低空飛行をすることにした。
だが、波のある海面の上で一定の高さを飛ぶのは思った以上に難しかった。
呼吸が苦しくなると一旦海に降りて呼吸を整え、もう一度飛び上がる。
「着水!休憩!もう一回!!」
泳ぐのは苦手だが、飛ぶのは本当に最高だった。
水面を何度も跳ねるようにして、ボートの周囲をぐるぐると飛び回る。
「これはこれで、大空とは違って最高だな!!」
結局、あまり高くは飛べなかったものの、おじさんは大満足だった。
「また遊びに来よう。海水浴って本当に素晴らしいな!」
おじさんは知らなかった。その姿が遠くの海水浴客から目撃されていたことを。
翌朝。
おじさんは出勤前にテレビのニュースを眺めていた。
「新種のUMAか?巨大トビウオの目撃多発!!」
「ん?」
おじさんが目を向けると、昨日行った海岸の名前が映し出されていた。
『昨日、こちらの海岸で、茶色い巨大魚が水面を跳んでいるのを複数の海水浴客が目撃しました。その映像がこちらです』
海水浴客がスマホで撮影したという動画が流れる。
波と水しぶきでよく見えないが、海面を飛び跳ねる茶色い何かが、ボートの周囲をぐるぐると回っている。
『専門家は新種の巨大トビウオか、あるいはイルカの誤認ではないかと話しており……』
UMAが姿を消し、しばらくするとボートが逃げていくところで動画は終わっていた。
「…巨大トビウオねぇ。食えるのかな?」
そして彼は、昨日の海を思い出す。
「今度海に行ったら刺身でも食べてくるか…」
この「巨大トビウオ」の目撃件数は、その後も次第に増えていくことになる。