ちょっと小さめの少女には、人に言えない秘密があった。
裸になると、とんでもない怪力を発揮できるのだ。
ただし、人前で裸になんてなれないし、力加減も難しい。
いつもにこやかなボディビルのおじさんにも、人に言えない秘密があった。
裸になって笑顔で呼吸を止めている間は、空を飛ぶことができるのだ。
ただし、人前で裸になんてなれないし、飛んでいたらすぐに見つかってしまうだろう。
三つ揃えを好む老紳士には、人に言えない秘密があった。
裸になると、怪我を癒す力を発揮できるのだ。
ただし、人前で裸になんてなれないし、積み重ねた信用を失いたくもない。
秋晴れの休日。
今日も隠れて空を飛ぼうと、おじさんは山へ来ていた。
山道を走っていると、車越しでも分かるくらいに地面が揺れた。
「おっ…地震か?結構大きいな!?」
車を停めて様子をうかがっていると、背後から轟音が聞こえてきた。
振り返ってみると、隣の山が崩れている。
「今日はやめておくか…」
そのまま帰ることにした。
車で山道を引き返していくと、右手の山肌が大きく削れている。
そちらへ続く道路には、瓦礫が散乱しているのが見えた。カーナビを確認すると、その先には公園があるようだ。
そして、その公園側からは、未だに物音が聞こえてくる。
気になったおじさんは、安全そうな場所に車を停めると、車に服を残して、裸で空を飛んで公園に向かうことにした。
高度を上げて、空から見下ろすと、公園側にも土砂が流れ込んでいた。
物音の方に向かうと、裸の小柄な少女が大きな瓦礫をいくつも放り投げている。
筋肉に自信のあるおじさんでも、絶対に持ち上げられないような巨大な岩がポンポンと飛んでいく。
少女は涙を流しながらも、一心不乱に瓦礫をどかしている。
少女の他にも、老人が小さな瓦礫を片付けていた。
そして一際大きな瓦礫の下には、休憩所の屋根らしきものが埋もれていた。
おじさんに気づいた老人が一瞬だけ目を見開くが、そのまま切羽詰まった声で叫んだ。
「あの下に人がいます!手伝ってください!」
おじさんは軽く頷くと、すぐに地面に降り立つ。今こそ鍛え上げた肉体を活かす時だ。
三人で瓦礫をどかしていくと、最後に休憩所の屋根が残った。
「どうする?」
「彼女があの屋根を持ち上げたところで、私と一緒に怪我人を引っ張り出してください」
「分かった!」
「せーのっ!」
少女は潰された休憩小屋に向き合うと、屋根に指をめり込ませた。
ゴゴゴ……
土砂が押しのけられて、ひしゃげた屋根が持ち上がっていく。
おじさんは老人と協力して、その下にいた女性を引きずり出した。
「よし!救出した!もう大丈夫だ!」
おじさんは意識のない女性を抱き上げると、老人と共に岩から距離を取った。
三人が安全な距離まで離れたところで、少女は瓦礫から手を離した。
そして少女もまた、文字通り跳ねるように、その場から離れた。
ズシシィィン…
「はぁ…はぁ…」
そして、先程の俊敏さが嘘のように、ふらふらとした足取りで、彼らのもとに走り寄ってきた。息を切らしながら救助された女性の容態を聞いてくる。
「かなちゃんっ…大丈夫?」
おじさんは少し躊躇しながらも答えた。
「生きてはいる。だが、意識が戻らないな。それにちょっと出血が…」
「そんな…」
すると、それまで怪我人の様子を見ていた老人が、少し離れた汚れていないベンチを指さした。
「とりあえず、あちらへ寝かせましょう。」
おじさんが女性をベンチに横たえると、老人はスマートフォンを差し出してきた。
「すいません、お兄さん。これで救急車を呼んでもらえませんか?」
おじさんがスマホを受け取ると、老人は静かに息を吐いた。
「次は、私の出番のようです」
老人は自分が着ていた上着を脱いで、少女の肩へとかけた。
そしてそのまま、残った服も脱ぎ捨てて、彼もまた全裸になる。
裸になった老人は怪我をした女性の傷口に手を当てた。
みるみるうちにその傷が塞がっていく。
「ぷはぁ…。この辺りが私の限度らしいですね」
おじさんは目を見開いたまま硬直する。
少女も息を切らせたまま、呆然としている。
老人はしばらく怪我人の様子を確認してから少女に声をかけた。
「多分大丈夫でしょう。私にできるのはあくまで応急処置までです。後は救急に任せましょう」
その言葉を聞くと、少女は涙を流しながら、その場にへたりこんでしまった。
「ありがとう…ございます。よかったぁ…」
少女はそのまま怪我人に寄り添っていた。
おじさんもほっとしながら、奇跡を起こした老人に向かい合った。
…だが。
おじさんは老人の姿を見てそっと目をそらす。老人も同じように目をそらしているようだ。
「…どうも」
「…どうも」
お互いにお互いの姿をなるべく見ないようにしながら、会話を続けた。
「お兄さんは大丈夫ですか?」
「はい。あちらに服がありますので…」
「ああ…そうか」
「はい…」
老人はすっかり汚れてしまった服を着直すと、少女の方に優しく声をかける。
「私が彼女を看ていますから、まず服を着てきなさい」
少女がフラフラと去っていくのを横目に、おじさんは老人との会話を再開する。
「さて、あとは救急が到着するのを待つだけですね」
「あ、それがですね…。ここへ来るまでの道は土砂で塞がっていました」
「そういうことですか…。それならお兄さん、彼女たちだけ先に送ってもらえますか?」
「まかせてください!」
おじさんは快諾すると、鍛え上げられた胸をたたく。
とはいえ…彼が飛ぶのには全裸になるだけでなく、両手が必要だ。
蟹股ホールドしかないかぁ…。
気を失った女性と、戻ってきた少女を見て思った。
大丈夫か?本当に?
半年後。
おじさんがいつものように街を歩いていると、三つ揃えを着こなした老人がベンチに腰かけているのを見かけた。
「…こんにちは」
「ああ、こんにちは」
「お互い大変ですね」
「ハハハ…」
軽く頭を下げながら、そのまますれ違う。
更にしばらく歩いていると、小柄な少女が友人達とファミレスから出てくる。
「あっ…えーっと…。こんにちは、この前はありがとうございました!」
「ああ、こんにちは。どういたしまして」
「ゆかちゃん、知ってる人?」
「えーっと、その…」
「ハハハハ、ちょっとお手伝いさせてもらったことがあるだけですよ」
おじさんはそう言って軽く握りこぶしを作ると、手を振ってその場を後にした。
背後からは少女たちの声が聞こえてくる。
「またペットボトルの蓋あけてもらったの?」
「かなちゃん、違うってぇ…」