おまわりさん、能力者です   作:pemotaro

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第4話 我が翼、羽ばたく場所を求め(飛行おじさん1)

「お疲れさまでした」

会社を出た男は、どこにでもいる普通の会社員だった。短髪のにこやかな中年男性。ただし、少し全体のサイズが大きすぎるだけだ。

 

彼は帰宅してスーツを片付けると、シャワーを浴びる前にいつもの筋トレを始めた。

「3…2…1…終了!」

限界まで追い込んだ後、鏡の前で自慢の大胸筋を確認するようにポージングした。

「仕上がってるな!完璧だ!!」

充実感に包まれながら、一度、深く息を吐く。

「よし、もう一回!はい、フロントダブルバイセップス!」

彼は再びポーズを決め、今度は満面の笑顔を作りながら呼吸を止めた。そのとき、ふと窓の外の夜空が目に入る。

少し曇りがかった夜空の中に、飛行機が飛んでいく光の点滅が見えた。

 

(飛行機か。そういえば、昔は空を飛びたかったんだよなぁ…

 鳥みたいに飛びたかったなぁ…)

 

少年の頃の純粋な憧れが胸をよぎり、何気なく両腕を広げ、鳥のように上下に振ってみる。

ふわっ…

 

身体がほんの少し浮いた。驚きながらも、もう一度両腕を大きく羽ばたかせた。

ふわっ。

 

「…え?」

言葉を発した瞬間、浮遊感が消え去り、足の裏が床についた。

もう一度、手を伸ばしてみるが、今度は全く浮かない。

 

いや待て、さっきは確かこうやってポージングして、笑顔を…。

「はい、ポーズ!」

彼は再び息を止め、笑顔を作ってポージングしてから両腕を振る。

「ブンッ、ブンッ」

ふわっ。

 

鏡の中には、笑顔で両腕を振り回しながら浮いているおじさんの姿があった。

 

「よっっしゃー!」

 

叫んだ瞬間、足が地面につく。

 

「息をしたら、駄目なのか?」

 

今度は無言のまま笑顔を崩さず、しっかりと呼吸を止める。

「ブンッ、ブンッ」

ふわっ。本当に浮いている。床から数十センチ、重力から解放されていた。

 

「俺、飛んでる?」

鏡に映った笑顔が輝きを増した。

「いや、俺は…飛べる!飛べるんだ!」

 

興奮した彼は、服を着るとそのまま外へ飛び出した。住宅街の路地裏で、周囲を気にしながら両腕を大きく振る。

「ブンッ、ブンッ!」

 

しかし、飛べない。

「あれ?おかしいな?」

 

先ほどのことを思い出し、もう一度試す。

「はい、フロントダブルバイセップス!」

そして両腕を大きく振るが、何も起きなかった。

 

「もしかして…」

彼は再び自宅に戻り、服を脱ぎ捨てた。

再び先ほどのポージングを決め、息を止め、笑顔を作って…。

「ブンッ、ブンッ」

ふわっ。

 

「飛べる!」

 

着地した彼の笑顔は確信に満ちていた。

しかし、喜んだのも束の間。

 

「ゴンッ!」

「うぐっ…!?」

 

もう一度飛んでみると、浮き上がりすぎて天井に頭をぶつけた。

床に落ち、痛む頭を押さえながらおじさんは天井を見上げた。

部屋の中では、すぐに天井にぶつかってしまう。

外に飛ぼうにも、ここは防犯カメラと近所の目が光る現代日本の住宅街。

 

裸で屋外を飛び回るなど、社会的な死を意味する。どこか良い場所はないだろうか?

いくつか考えながらも、その夜は自室で検証を重ねることにした。

 

「サイドチェストでもいけるな!笑顔のポージングは全てを解決してくれる!」

彼は大喜びで再び身体を浮かせていた。

 

 

次の休日。

 

おじさんはジョギングがてら、「空を飛んでも通報されない場所」を探してみることにした。

 

まずは広々とした公園に行ってみたが、

「いや、駄目だ。子供たちがいるし、散歩やランニングの人も多い。何より街灯も防犯カメラもある」

 

次に近所の山に向かってみたが、

「ここならいけるか?いや、待て。あそこに看板がある。『山林への不法投棄監視カメラ作動中』。録画されたら終わりだ」

 

それならばと最後に河川敷に向かってみた。

周囲に誰もいないことを何度も確認する。

「ここならいけるか?!」

草むらに隠れて服を脱ぎ、飛び立とうとした瞬間、堤防沿いを車が走り抜けていく。

「やべっ!」

草むらの奥へと身を隠した。

「ドラレコとか一発アウトだろ…」

 

諦めて自宅に帰った彼は最後の候補を思いつく。

 

「自宅のベランダの、物干し竿の死角」

 

深夜。街が静まり返った頃、彼はベランダへ出た。

 

帰宅後に物干し竿に吊るしておいたシーツの死角に身を潜める。

 

もちろん、身に纏うものは何もない。

彼は大きく息を吸い込み、鏡の前で練習した最高の笑顔とポージングをした後、両腕をブンブンと大きく羽ばたかせる。

 

フワリ、と身体が浮き上がった。

ベランダの床が足元から離れていく。月がいつもより少しだけ近くに見える気がした。

夜風が鍛え上げられた身体を優しく冷やしてくれる。

 

おじさんは最高の達成感を味わっていた。

(俺、本当に飛んでるんだな…)

少年の頃からずっと夢見ていた空。ベランダというほんの数メートルの狭い空間。

まだ上がれる。だが、これ以上高く浮けば近所の人に見られるかもしれない。

それでも、確かに自分は今、己の力で空を飛べていた。

 

しかし、その感動は長くは続かなかった。

 

「ぶふぉっ!」

限界がきて息を吐き出した瞬間、魔法が解けたように身体が落下する。

「うおおおっ!?」

バランスを崩し、ベランダの手すりを越えて外へ落ちかける。

「危なっ…!」

 

手すりを掴んで必死に身をよじり、なんとかベランダの内側へ転がり込んだ。

しばらくの間、彼はベランダの床に大の字になり、荒い呼吸を整える。

「…危ねぇ、死ぬかと思った」

 

夜空をそっと見上げながら、おじさんは考える。

「飛べることは分かった…。

 でも、これ、一体どこで飛べばいいんだ?」

 

彼はまだ知らなかった。

現代社会で「飛べる場所」を探すことがどれだけ難しいかということを。

そしてもう一つ、能力の発動に笑顔もポージングも、まったく関係ないということを。

 

「よし!次はもっといい笑顔の練習だ!もっと高く飛べるかもしれない!」

 

彼はまだ、何も知らない。

 

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