ベランダでのフライトから数日、おじさんはずっと考えていた。
「どこなら思いっきり飛べるんだ?」
どこへ行っても、防犯カメラや人の目がある。
おじさんの前に、現代日本という壁が立ちはだかっていた。
悩んだおじさんが行き着いたのは海。
海なら遮るものもないし、咄嗟に水着を着れば言い訳もできる。
それに水着だけなら持ち運びやすい。
週末、さっそく車で向かうことにする。
海岸線をドライブしながら安全に飛べそうな場所を探していると、思っていたより簡単に使えそうな場所が見つかった。
切り立った海岸、その崖下にある岩陰。
彼はパーキングを見つけて車を停めると、なるべく人目につかないようにそこへ向った。
そして誰もいないことを何度も確認し、彼は服を脱ぎ捨てた。
身に纏うものは何もない。
大きく息を吸い込み、いつものように満面の笑顔でポーズ!
「はい、サイド・トライセップス!」
両腕を大きく広げてバタバタと羽ばたいた。身体がふわりと浮き上がる。
海風が鍛え上げられた全身を包み込んだ。
羽ばたくたびに地面が遠ざかり、飛び立った岩場が小さくなっていく。
(俺、本当に大空を飛んでるんだ)
彼は感動に震えていた。
その後は何度か地上に戻りつつ、身体を傾けて方向を変えたり、急降下したりと飛び方の練習をする。
(海の上を飛ぶのって最高だな)
しかし、楽しい時間は唐突に終わることになる。
崖の上から、誰かの叫び声が聞こえた。
「危ない!」
直後、視界の端で子供が落ちてくるのが見えた。
(…うわっ!?)
おじさんは反射的に鍛え上げられた両腕を大きく羽ばたかせ崖下へ急降下し、子供を間一髪で抱きかかえた。
しかし、両手が塞がった瞬間、彼の身体も落下しはじめる。
(しまった、羽ばたけないっ!?)
飛ぶのに両手が必要な以上、子供を抱きかかえたままでは飛べない。
このままでは二人とも海へ墜落してしまう。
「すまん!足につかまれ!」
おじさんが子供を足の方へ押しやると、必死に足へしがみついてきた。
そのまま、鍛え上げた両足で子供を挟みこむ。
「蟹股ホールド」である。
そして海面に落ちる寸前で、再び大きく息を吸い込んで止めた。
(うぉぉぉ!うなれ俺の大胸筋!そして更なる笑顔で飛行パワーを!!)
彼はフリーになった両手を「バサッ!バサッ!」と猛烈に羽ばたかせる。
必死になりながら、なんとか海面付近から急上昇し、崖上に向かう。
しかし、崖の上には子供が落ちたのを見かけて近寄ってくる人たちがいた。
「子供が落ちた!」
「なんだあれは?」
彼らが目撃したのは、「顔を真っ赤にして満面の笑顔を浮かべ、蟹股で子供を挟み、両手をバタバタさせながら空を飛んでくる全裸のおじさん」の姿だった。
「怪鳥が現れたぞーっ!?」「笑っているぞ!」「ものすごい笑顔で空を飛んでくる!!」
恐怖の悲鳴がこだまする。
おじさんは救出した子供を地面に降ろしてから、なんとか着地した。
しかし、同時に彼の息も限界を迎えていた。
「ぶはぁっ!!」
激しく息を吐き出した瞬間、飛行能力が完全に解除される。
その場にうつ伏せになり、必死に呼吸を整えていると…
我に返った周囲の大人たちから
「お巡りさんこっちです!」という悲鳴が上がる。
「違う!俺は怪しい者じゃない!」
しかし、今の自分の格好では信じてもらえないことくらい、彼自身にも分かっていた。
周囲のパニックの中、おじさんは警察に捕まる前に逃げることにする。
「くそっ!」
彼は再び大きく息を止め、満面の笑顔を作りポージング。
「バサッ!バサッ!」
そのまま大慌てで空へと逃げ去っていった。
翌朝。
自宅のテレビやSNSのトレンドは、ある話題で持ちきりだった。
『新種のUMA現る!?子供を掴んで飛ぶ怪鳥「笑顔のハバタキ男」を激写!』
画面には海に向かって空を飛んで逃げていくおじさんのシルエットが映し出されている。
初めて外で空が飛べた。
加えて子供の命を救ったという点では「大成功」のはずだった。
だが、もう二度とあそこで飛ぶことはできない。すぐに特定されてしまうだろう。
「…まあ、あの子が無事なら、それでいいか」