おまわりさん、能力者です   作:pemotaro

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第6話 消えたい私(透明人間1)

朝の洗面台。

私は鏡の前で、濃茶のショートボブを丁寧に櫛でとかした。

軽いメイクを施し、左右のバランスを確認する。よし、完璧。

スマホの充電を確認し、SNSの通知をチェックして、今日のスケジュールを頭に叩き込む。

 

「今日も頑張ろ」

 

鏡のなかの自分に微笑みかける。

会社では誰に対しても明るく挨拶をし、同僚の雑談にも自然な笑顔で合わせる。仕事だって、頼まれたものはそつなくこなす。

私はいつだって、周囲から一目置かれる「ちゃんとしている人間」でいたかったし、実際にそう振る舞えていたはずだった。

 

「おつかれさまー」

 

定時で仕事を終えた私は、いつものスポーツジムへと足を運んだ。いつもの常連客と軽く会釈を交わし、顔なじみの受付スタッフに会員証を提示する。

 

「こんばんは!」

「あ、鈴木様、いらっしゃいませ。今日は結構混んでいますよ?」

「えー、本当ですか?残念。でも、せっかくだから頑張ります。よろしくお願いしまーす」

 

にこやかに会話を終え、荷物を置きにロッカールームへ向かう。

ここのひんやりとした空気と、清潔な匂いが好きだった。

軽く準備運動を済ませ、いつものトレーニングマシンへと向かう。

 

ところがその日は、夕方から、少しだけお腹の調子が悪かった。

ほんの少しの違和感。それくらいなら大丈夫。

いつものように運動して、いつものように帰る。それだけのはずだった。

 

私はいつものようにマシンを動かす。力をこめる。

その瞬間、場違いに大きな異音がした。

 

「え?」

 

一瞬、何が起きたのか分からなかった。

けれど、近くにいた人たちが、こちらを見た。

 

「…鈴木様?」

 

インストラクターの視線が、ほんの一瞬下へ落ちる。

それだけで十分だった。

 

…あ。

理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。

 

違う。

違う、これは違う。

こんなこと、あるはずがない。

私は、ちゃんとした大人なのに。

 

彼女は笑おうとした。

いつものように。

何でもありません、と。

 

けれど、口元がうまく動かなかった。

 

「だ、大丈夫です…」

 

声が震えた。涙があふれてきて止まらない。顔を伏せる。

嘘だ。こんなことありえない。頭の中で起きた現実を必死に否定する。

 

自分のしゃくりあげる声ばかりが大きく聞こえる中で、周囲の会話が微かに聞こえてくる。

「大丈夫ですか?」

「何か手伝いましょうか?」

「ありがとうございます。こちらで対応しますので大丈夫ですよ」

 

みんな、優しい。

その優しさが、かえってつらかった。

 

「…今日は、帰ります」

 

どうやってジムを出たかも覚えていない。

背後からスタッフの声が聞こえた。

 

「お気になさらずに!」

 

その言葉に、余計に涙が出た。

 

「もうあのジムにはいけない」

 

失意のままに自宅へ帰り着くと、私は逃げ込むように浴室へ駆け込んだ。

自動給湯のボタンを乱暴に押し、着ていたものをすべて脱ぎ捨てて洗濯機へ放り込む。

あの場所にいた私を全部消してしまいたかった。

 

シャワーを浴びながら、涙でぐしゃぐしゃに崩れた化粧を洗い流す。

それでも頭のなかのパニックは収まらない。

浴槽にお湯が溜まるのを待ちきれず、まだ半分しか溜まっていないぬるま湯の中に、私は頭まで潜り込んだ。

 

バシャ、と水音が響き、静寂が訪れる。

苦しい。だけど、このまま息を止めていれば、嫌な現実から消えてしまえる気がした。

(いっそのこと、わたしなんて消えてしまえばいいのにっ)

 

強く目を閉じ、心の中で自分の存在を否定する。

数秒後、苦しさに耐えかねて水中で目を開けた。その時だった。

 

視界に映るはずの自分の手足がなかった。そこにあるはずの身体も消え去っている。浴槽の底が見えていた。

 

「えっゴボボボボボッ!?」

 

驚愕して声をあげかけた瞬間、お湯が鼻と喉から入り込んだ。

激しくむせ返りながら水面へと顔を出すと、水しぶきと共に、見慣れた自分の身体がパッと現れた。

狭い浴槽でひとしきりジタバタと溺れかけ、命からがら洗い場へと脱出する。

 

「お、おばけになった!?」

 

濡れた身体のまま、信じられない思いで、もう一度息を止めてみる。

目をつむり、(私なんて消えてしまえ)と強く念じる。

目をあけてみると、今度も自分の身体は見えなかった。

 

(透明になってる!?)

 

震える手でスマホを掴み、カメラを起動する。画面に映し出されたのは、無人の浴室だけ。

私の姿はどこにもない。本当に、消えている。

 

それを確認した瞬間、私の胸に変な高揚感が湧き上がってきた。

 

「わぁ…」

 

思わず声を漏らした刹那、スマホの画面に、私の姿が急に浮き上がってきた。

 

「これがあれば、ある意味最強では?」

 

浴室から出た私は、先ほどの惨めさから逃避するように色々と実験を始めた。

服を着たままなら、服も透明になるのだろうか?いつものパジャマを身に着けてもう一度息を止めて念じてみる。「消えろ!」

しかし、何も起きない。下着だけでも、バスタオルを巻いても結果は同じだった。何かを身につけている限り、透明になれない。

つまり、全裸になる必要がある。

 

「ダメダメじゃん!」

 

さらにもう一つの問題に気づく。この能力は息を止めている間のみ発動する。

だが、当然人間が呼吸を止めていられる時間には限界があるのだ。

「…っはぁ!」

 

呼吸を再開すると、すぐに消えていた身体が現れる。

 

「え?裸で息を止めている間しか消えられないの?」

 

私は呆然と呟いた。

 

「何これ?一体何に使い道があるのよ?これ」

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