おまわりさん、能力者です   作:pemotaro

8 / 8
第8話 たまにあること(治癒紳士1)

激しい雨の降る夜だった。

おじいさんは書斎で、いつものように紅茶を楽しんでいた。

時折混ざる雷の音を煩わしく思いながら、本のページをめくっていると、雨音に混じって、けたたましい急ブレーキ音が響いた。続いて、大きな衝突音が聞こえてきた。

 

「おや?」

おじいさんは立ち上がり、窓の外へ目を向けた。

どうやら自宅のすぐ近くで、何か事故が起きたらしい。

道路に出て外を見渡すと、自宅のすぐ近くで、乗用車が電柱にぶつかり、大破していた。

 

「ちょっと出かけてきますね」

 

おじいさんは携帯電話と傘を手に取り、現場へと駆け寄った。

事故車のドアを開けると、運転手の男性がぐったりとしており、頭部からは血が流れていた。意識がないようだ。

すぐに救急車を手配したものの、大雨の影響で、到着までどれだけ時間がかかるかわからないという。

 

男性の出血は止まりそうにない。このままでは、手遅れになってしまうかもしれない。

「…困りましたね」

 

おじいさんは周囲を素早く見渡した。人通りは見えない。

「やるしかない、ですか」

 

おじいさんは深くため息をつき、服を脱ぎ始めた。

傘を脇に立てかけ、その下に衣服を畳んでいく。

いつも綺麗に整えている白髪がすぐにべったりと張り付いてくる。

 

「大丈夫ですよ。今、助けますからね」

 

おじいさんは意識のない運転手に声をかけると、大きく息を吸い込み、息を止めた。

傷口に直接触れ、心の中で強く念じる。(治れ…!)

怪我をした男性の流血が止まり、割れた皮膚がみるみるうちに塞がっていった。

 

しかし一つ問題が起きた。

大きな衝突音に気づいた住民たちが、ゾロゾロと家から出てきてしまったのだ。

住民たちの目に映ったのは、雨の中、事故車を裸でのぞき込んでいるおじいさんの姿であった。

 

「ひっ!?何、あれ?」

「警察に電話して!」

 

おじいさんは傷口がふさがったことを確認すると、呼吸を再開した。

「ぷはぁっ!!」

 

「よかった…。さて…」

 

衣類を持ち上げ、傘で顔を隠しながら、自宅へと一目散に逃げ帰った。

 

「顔を見られる前に…!」

 

冷たい雨に濡れた体で、息を荒く乱しながら玄関のドアを開ける。

 

「…ただいま戻りました」

「お帰りなさい」

居間から顔を出した妻は、おじいさんの姿を一瞬だけ見つめた。

「今日は突然でしたね」

「…少々、人助けを」

「そうですか」

「…はい」

妻は微笑んだ。

「すぐにタオルをお持ちしますね」

「申し訳ありません」

少しの沈黙の後、妻は廊下へと歩き出す。

「今お風呂も沸かしていますから。風邪をひいてしまいますよ」

「ありがとうございます」

おじいさんは小さく頭を下げ、家の中へと入った。

 

しばらくすると救急車のサイレンの音が近づいてくる。

 

妻は何も聞かなかった。

 

翌日。

「こちら、回覧板になります」

「いつもありがとうございます」

書斎のおじいさんは、妻から回覧板を受け取った。

 

『【注意】近隣で不審者男性の目撃情報あり。見かけても近づかず、すぐに警察へ通報してください』

 

おじいさんはため息をつきながら、静かに紅茶を楽しむのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。