銃声が、夜の街を切り裂いた。
「撃て!」
サードリコリスが一斉に引き金を引く。
無数の弾丸が、黄金の戦士――アギトへと殺到した。
しかし。
アギトは動じなかった。
身体を僅かに傾ける。
一発。
二発。
三発。
紙一重で弾丸をかわしていく。
そして次の瞬間――
ダッ!
地面を蹴った。
一瞬で距離を詰める。
「――っ!」
サードリコリスの一人が銃を構え直す。
だが、遅い。
アギトの手が銃身を弾き飛ばし、そのまま腕を掴む。
「なっ――」
身体を引き寄せ、銃を取り上げ握り潰す。
「ぐっ……!」
別のサードリコリスが背後から狙う。
アギトは振り返ることすらしない。
身体を横へ滑らせる。
銃弾が、その場所を通り過ぎた。
そして――
「――!」
アギトが振り向きざまに蹴りを放つ。
ガンッ!
銃が弾き飛ばされた。
「こいつ……!」
サードリコリスたちは焦り始めていた。
強い。
あまりにも強い。
UNKNOWNを撃破した直後だというのに、疲労を感じさせる様子すらない。
しかし、それ以上に彼女たちを困惑させていることがあった。
「……殺す気がない?」
誰かが呟く。
アギトの攻撃は、圧倒的だった。
だが――
致命傷になるような攻撃だけは、明確に避けている。
まるで最初から、殺すつもりなどないかのように。
アギト自身にも、その理由は分からなかった。
ただ一つ。
目の前の少女たちを殺してはいけない。
そんな感覚だけが、確かに残っていた。
「……違う」
アギトの口から、低い声が漏れる。
「俺は……」
そのとき。
サードリコリスが一斉に距離を取った。
「撃て!」
再び銃声が響く。
アギトは正面から踏み込んだ。
弾丸をかわしながら、一人。
また一人。
銃を叩き落とし、武器を封じていく。
最後に残ったサードリコリスが銃口を向けた。
「止まれ!」
アギトは止まらない。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと距離を詰める。
「来るな……!」
指が引き金にかかる。
その瞬間――
アギトの手が銃身を掴んだ。
ギリッ……!
銃が軋む。
「なっ……!」
赤い複眼が、サードリコリスを見つめる。
だが――
アギトは銃を奪わなかった。
静かに手を離す。
「……逃げろ」
「……!」
サードリコリスが息を呑む。
「こいつ……喋った?」
しかし、アギトはそれ以上何も言わない。
背を向ける。
そして――
ダッ!
走り出した。
「待て!」
サードリコリスが追う。
だが、アギトの速度は尋常ではなかった。
夜の街を駆け抜け、建物の角を曲がる。
路地を抜け、さらに距離を広げる。
追跡の気配が遠ざかっていく。
そして――
人気のない倉庫街。
アギトは足を止めた。
周囲を見回す。
誰もいない。
そこで初めて――
身体から黄金の光が溢れ出した。
銀色の装甲が光となって消えていく。
クラッシャーが閉じる。
赤い複眼の輝きが失われる。
オルタリングの光も静かに消えていく。
そして――
そこに立っていたのは、一人の青年だった。
「……はぁ……」
ユイトは膝に手をつき、荒い息を吐く。
「……危なかった」
サードリコリスには、正体を知られていない。
それだけは幸いだった。
ユイトは自分の手を見つめる。
「……俺は、何なんだよ……」
答えは返ってこない。
ただ、胸の奥にはまだ――
あの力の感覚が残っていた。
*
少し離れた場所。
千束とたきなは、UNKNOWNとアギトが戦った現場へ向かっていた。
「派手な戦闘だったねぇ」
千束が周囲を見回す。
「サードリコリスが交戦した相手です。油断はできません」
「分かってるって」
二人が歩いていると――
千束が、ふと足を止めた。
「……あれ?」
路地の向こう。
一人の青年が歩いている。
千束は目を細めた。
「……あの人」
千束は青年を見つめる。
「昨日、リコリコに来たお客さん」
「……ユイトさん、でしたか」
「そうそう」
千束は覚えていた。
昨日、どら焼きバーガーを食べていた客。
そして今日も店に来て、おはぎセットを食べていた青年。
「ユイトさんだ」
千束が小さく呟く。
ユイトはまだ千束たちに気づいていない。
千束は何気なく彼の姿を見る。
服には少し汚れがついている。
そして、僅かに息が乱れていた。
「……こんなところで何してるんだろ?」
たきなもユイトを見る。
「戦闘現場の近くにいた理由は気になりますね」
「うん」
千束はユイトの背中を見つめる。
その瞬間――
脳裏に、先ほどの黄金の戦士が浮かんだ。
黄金の身体。
赤い複眼。
圧倒的な戦闘能力。
そして――
どこか似た雰囲気。
「…………」
千束は首を傾げた。
「……まさかね」
まだ、確信には至らない。
ユイト=アギト。
その答えには、まだ辿り着かない。
ただ――
千束の中に、ユイトという青年の存在だけは確かに残った。
そしてユイトもまた、自分を見つめる少女がいることに気づかないまま。
夜の街へと消えていった。
黄金の戦士と、一人の青年。
その二つの姿が同じ人物だと知る者は――
まだ、誰もいなかった。