黄金の光が、ゆっくりと消えていく。
UNKNOWNが立っていた場所には、もう何も残っていなかった。
静寂。
昼間の路地に、戦いの余韻だけが残されている。
千束とたきなは、しばらく動けなかった。
そして――。
黄金の戦士が、ゆっくりと振り返った。
「……!」
千束が反射的に銃を構える。
たきなも同時に銃口を向けた。
だが。
アギトは動かなかった。
ただ、二人を見つめている。
その赤い複眼が、千束とたきなを静かに捉えていた。
「……ねえ」
千束が恐る恐る声をかける。
「あなた……昨日の人だよね?」
返事はない。
アギトは、ただ千束を見る。
千束はその視線を受けながら、ゆっくりと銃口を下げた。
「……敵なの?」
沈黙。
たきなは銃を構えたまま、アギトの動きを警戒している。
だが――。
先ほどまでUNKNOWNと戦っていたときとは、明らかに違った。
殺気がない。
少なくとも、今すぐ自分たちを襲おうとしているようには見えなかった。
「あなたは……私たちを襲わないんですか?」
たきなが尋ねる。
アギトが、たきなを見る。
そして――。
「……敵ではない」
低く、静かな声が返ってきた。
「……!」
千束が目を丸くする。
「しゃべった……」
たきなも僅かに目を見開いた。
昨日とは違う。
あのときの黄金の戦士は、何も語らなかった。
ただ、二人を敵として認識し、襲いかかってきた。
けれど今は――。
「じゃあ、あなたは……」
千束が一歩近づく。
「私たちの味方?」
「……」
アギトは答えない。
千束は少しだけ困ったように笑った。
「そこは答えてくれないんだ」
アギトは二人を見つめる。
その視線が、千束で止まった。
「……」
何かを感じ取った。
UNKNOWNと戦ったときにも感じていた。
千束の中にある――人間とは少し違う何か。
アギトには、それが分かる。
UNKNOWNが狙っていたもの。
自分たちが排除しようとしている存在。
だが――。
千束本人は、そのことを知らない。
「……お前も」
アギトが呟く。
「え?」
「……いや」
アギトは、それ以上何も言わなかった。
千束は首を傾げる。
「……変なの」
アギトは二人をしばらく見つめた。
やがて――。
静かに背を向ける。
「……あ」
千束が声を漏らす。
「待って!」
アギトは振り返らない。
そのまま歩き出す。
そして、数歩進んだところで――。
黄金の身体が一瞬で加速した。
「速っ……!」
千束が追おうとする。
だが、もう遅い。
路地の角を曲がった頃には、アギトの姿は完全に消えていた。
「……行っちゃいましたね」
たきなが呟く。
「うん」
千束は、アギトが消えた方向を見つめる。
そして――。
「……あの人、私たちを助けてくれたんだよね」
たきなはすぐには答えなかった。
視線を、UNKNOWNが消えた場所へ向ける。
「……少なくとも」
たきなが静かに口を開く。
「私たちを攻撃することはありませんでした」
「だよね」
千束が小さく笑う。
「だから、敵って決めつけるのはまだ早いかな」
「そうですね」
二人はしばらく、その場に立っていた。
やがて、たきなが周囲を確認する。
「……千束」
「うん」
「先ほどの男性を確認しましょう」
「……うん」
二人は路地の奥へ向かった。
そこに倒れていたのは、先ほどUNKNOWNに襲われた成人男性だった。
すでに息はない。
千束は黙って男性を見る。
いつもの明るい表情は消えていた。
「……一人」
「はい」
たきなが静かに答える。
「成人男性、一名死亡」
千束は唇を噛む。
UNKNOWNを止めることはできなかった。
それでも――。
「……もう少し早く来てれば」
小さく呟く。
たきなは何も言わなかった。
ただ、千束の隣に立つ。
しばらくして、千束は顔を上げた。
その視線の先に、もうアギトの姿はない。
「……あの人」
「はい」
「また会えるかな」
「分かりません」
「そっか」
千束は、ほんの少しだけ笑った。
「でも……また会ったら、今度はちゃんと話したいな」
◆
その頃。
少し離れた場所にある、人気のない倉庫。
黄金の光が静かに消えていく。
銀色の装甲が光の粒となって消え、赤い複眼が消える。
クラッシャーが閉じる。
そして――。
オルタリングの光が収まった。
そこに立っていたのは、一人の青年。
「……俺……」
ユイトだった。
ユイトは自分の手を見つめる。
「……止められた」
以前は違った。
アギトになった瞬間、自分の身体が勝手に動いた。
千束とたきなを敵だと認識し、攻撃してしまった。
けれど今回は――。
自分の意志で、攻撃を止められた。
「……俺の中にいるのか」
アギト。
自分でも正体の分からない力。
ユイトは胸元に手を当てる。
「……少しだけ、分かってきた気がする」
まだ怖い。
この力が何なのかも分からない。
なぜ自分が選ばれたのかも分からない。
それでも。
少なくとも一つだけ、分かったことがある。
自分の意志で――アギトを止められる。
「……次は」
ユイトは静かに顔を上げた。
「もっと、うまく使えるようにならないと」
◆
同じ頃。
DA本部。
薄暗い管制室のモニターに、先ほどの戦闘データが映し出されていた。
UNKNOWN。
そして――黄金の戦士。
「……また、あの戦士か」
楠が画面を見つめる。
隣に立つ秘書が報告する。
「今回もUNKNOWNを撃破しています」
「被害は?」
「成人男性一名が死亡。錦木と井ノ上に目立った負傷はありません」
「そうか」
楠はしばらく黙って画面を見ていた。
やがて、別のモニターへ視線を移す。
そこに映し出されたのは――。
一体の巨大な装甲服。
人間が身につけることを前提として設計された、対UNKNOWN用の戦闘システム。
画面の端に表示された名称。
――G3システム。
「……完成状況は?」
「まだ調整段階です」
「……急がせろ」
「承知しました」
楠はモニターを見つめる。
UNKNOWN。
黄金の戦士。
そして――。
まだ姿を見せていない、人間側の切り札。
「……厄介な存在が増えたな」
その言葉とともに、モニターの光だけが静かに管制室を照らしていた。