リコリスリコイル 不可能犯罪   作:鼻眼鏡26号

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対話

 

黄金の光が、ゆっくりと消えていく。

 

 UNKNOWNが立っていた場所には、もう何も残っていなかった。

 

 静寂。

 

 昼間の路地に、戦いの余韻だけが残されている。

 

 千束とたきなは、しばらく動けなかった。

 

 そして――。

 

 黄金の戦士が、ゆっくりと振り返った。

 

「……!」

 

 千束が反射的に銃を構える。

 

 たきなも同時に銃口を向けた。

 

 だが。

 

 アギトは動かなかった。

 

 ただ、二人を見つめている。

 

 その赤い複眼が、千束とたきなを静かに捉えていた。

 

「……ねえ」

 

 千束が恐る恐る声をかける。

 

「あなた……昨日の人だよね?」

 

 返事はない。

 

 アギトは、ただ千束を見る。

 

 千束はその視線を受けながら、ゆっくりと銃口を下げた。

 

「……敵なの?」

 

 沈黙。

 

 たきなは銃を構えたまま、アギトの動きを警戒している。

 

 だが――。

 

 先ほどまでUNKNOWNと戦っていたときとは、明らかに違った。

 

 殺気がない。

 

 少なくとも、今すぐ自分たちを襲おうとしているようには見えなかった。

 

「あなたは……私たちを襲わないんですか?」

 

 たきなが尋ねる。

 

 アギトが、たきなを見る。

 

 そして――。

 

「……敵ではない」

 

 低く、静かな声が返ってきた。

 

「……!」

 

 千束が目を丸くする。

 

「しゃべった……」

 

 たきなも僅かに目を見開いた。

 

 昨日とは違う。

 

 あのときの黄金の戦士は、何も語らなかった。

 

 ただ、二人を敵として認識し、襲いかかってきた。

 

 けれど今は――。

 

「じゃあ、あなたは……」

 

 千束が一歩近づく。

 

「私たちの味方?」

 

「……」

 

 アギトは答えない。

 

 千束は少しだけ困ったように笑った。

 

「そこは答えてくれないんだ」

 

 アギトは二人を見つめる。

 

 その視線が、千束で止まった。

 

「……」

 

 何かを感じ取った。

 

 UNKNOWNと戦ったときにも感じていた。

 

 千束の中にある――人間とは少し違う何か。

 

 アギトには、それが分かる。

 

 UNKNOWNが狙っていたもの。

 

 自分たちが排除しようとしている存在。

 

 だが――。

 

 千束本人は、そのことを知らない。

 

「……お前も」

 

 アギトが呟く。

 

「え?」

 

「……いや」

 

 アギトは、それ以上何も言わなかった。

 

 千束は首を傾げる。

 

「……変なの」

 

 アギトは二人をしばらく見つめた。

 

 やがて――。

 

 静かに背を向ける。

 

「……あ」

 

 千束が声を漏らす。

 

「待って!」

 

 アギトは振り返らない。

 

 そのまま歩き出す。

 

 そして、数歩進んだところで――。

 

 黄金の身体が一瞬で加速した。

 

「速っ……!」

 

 千束が追おうとする。

 

 だが、もう遅い。

 

 路地の角を曲がった頃には、アギトの姿は完全に消えていた。

 

「……行っちゃいましたね」

 

 たきなが呟く。

 

「うん」

 

 千束は、アギトが消えた方向を見つめる。

 

 そして――。

 

「……あの人、私たちを助けてくれたんだよね」

 

 たきなはすぐには答えなかった。

 

 視線を、UNKNOWNが消えた場所へ向ける。

 

「……少なくとも」

 

 たきなが静かに口を開く。

 

「私たちを攻撃することはありませんでした」

 

「だよね」

 

 千束が小さく笑う。

 

「だから、敵って決めつけるのはまだ早いかな」

 

「そうですね」

 

 二人はしばらく、その場に立っていた。

 

 やがて、たきなが周囲を確認する。

 

「……千束」

 

「うん」

 

「先ほどの男性を確認しましょう」

 

「……うん」

 

 二人は路地の奥へ向かった。

 

 そこに倒れていたのは、先ほどUNKNOWNに襲われた成人男性だった。

 

 すでに息はない。

 

 千束は黙って男性を見る。

 

 いつもの明るい表情は消えていた。

 

「……一人」

 

「はい」

 

 たきなが静かに答える。

 

「成人男性、一名死亡」

 

 千束は唇を噛む。

 

 UNKNOWNを止めることはできなかった。

 

 それでも――。

 

「……もう少し早く来てれば」

 

 小さく呟く。

 

 たきなは何も言わなかった。

 

 ただ、千束の隣に立つ。

 

 しばらくして、千束は顔を上げた。

 

 その視線の先に、もうアギトの姿はない。

 

「……あの人」

 

「はい」

 

「また会えるかな」

 

「分かりません」

 

「そっか」

 

 千束は、ほんの少しだけ笑った。

 

「でも……また会ったら、今度はちゃんと話したいな」

 

     ◆

 

 その頃。

 

 少し離れた場所にある、人気のない倉庫。

 

 黄金の光が静かに消えていく。

 

 銀色の装甲が光の粒となって消え、赤い複眼が消える。

 

 クラッシャーが閉じる。

 

 そして――。

 

 オルタリングの光が収まった。

 

 そこに立っていたのは、一人の青年。

 

「……俺……」

 

 ユイトだった。

 

 ユイトは自分の手を見つめる。

 

「……止められた」

 

 以前は違った。

 

 アギトになった瞬間、自分の身体が勝手に動いた。

 

 千束とたきなを敵だと認識し、攻撃してしまった。

 

 けれど今回は――。

 

 自分の意志で、攻撃を止められた。

 

「……俺の中にいるのか」

 

 アギト。

 

 自分でも正体の分からない力。

 

 ユイトは胸元に手を当てる。

 

「……少しだけ、分かってきた気がする」

 

 まだ怖い。

 

 この力が何なのかも分からない。

 

 なぜ自分が選ばれたのかも分からない。

 

 それでも。

 

 少なくとも一つだけ、分かったことがある。

 

 自分の意志で――アギトを止められる。

 

「……次は」

 

 ユイトは静かに顔を上げた。

 

「もっと、うまく使えるようにならないと」

 

     ◆

 

 同じ頃。

 

 DA本部。

 

 薄暗い管制室のモニターに、先ほどの戦闘データが映し出されていた。

 

 UNKNOWN。

 

 そして――黄金の戦士。

 

「……また、あの戦士か」

 

 楠が画面を見つめる。

 

 隣に立つ秘書が報告する。

 

「今回もUNKNOWNを撃破しています」

 

「被害は?」

 

「成人男性一名が死亡。錦木と井ノ上に目立った負傷はありません」

 

「そうか」

 

 楠はしばらく黙って画面を見ていた。

 

 やがて、別のモニターへ視線を移す。

 

 そこに映し出されたのは――。

 

 一体の巨大な装甲服。

 

 人間が身につけることを前提として設計された、対UNKNOWN用の戦闘システム。

 

 画面の端に表示された名称。

 

 ――G3システム。

 

「……完成状況は?」

 

「まだ調整段階です」

 

「……急がせろ」

 

「承知しました」

 

 楠はモニターを見つめる。

 

 UNKNOWN。

 

 黄金の戦士。

 

 そして――。

 

 まだ姿を見せていない、人間側の切り札。

 

「……厄介な存在が増えたな」

 

 その言葉とともに、モニターの光だけが静かに管制室を照らしていた。

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