DA本部。
千束とたきなは、楠木に呼び出され、司令室へと向かっていた。
「急に呼び出すなんて、何だろうね?」
千束はいつもの調子で笑いながら歩いていた。
「緊急の任務ではないでしょうか」
「でも、たきなも呼ばれてるんだよね?」
「はい」
「じゃあ、きっと大事な話だ」
そう言って笑う。
まだ、この時の千束は何も知らなかった。
司令室の扉が開く。
「来たか」
楠木が一人で待っていた。
「楠木司令、何かあったんですか?」
千束がいつものように尋ねる。
だが、楠木はすぐには答えなかった。
机の上に置かれた資料を見つめている。
やがて、顔を上げた。
「……まず、落ち着いて聞いてくれ」
その一言で、千束の笑顔がほんの少しだけ消えた。
「……何か、あったんですね」
「ああ」
楠木は二人に向き直る。
「昨夜、サードリコリスの部隊が任務に出た」
「サードリコリスが?」
千束はまだ驚いただけだった。
サードリコリスが任務に出る。
それ自体は、珍しいことではない。
「任務内容は?」
たきなが尋ねる。
「現場周辺で確認された不審人物の調査だ」
「なるほど」
千束は小さく頷く。
まだ表情に大きな変化はない。
「部隊は現場へ到着。その数分後、最初の通信が入った」
「どんな通信ですか?」
「敵性存在を確認した、というものだった」
「敵性存在?」
千束の眉が僅かに上がる。
「ただし、それ以上の詳しい報告はなかった」
楠木が続ける。
「その直後――通信が途絶した」
「……途絶?」
今度は、千束の声が少し低くなった。
「こちらから何度呼びかけても応答なし。位置情報も失われた」
「救援部隊は?」
たきなが尋ねる。
「すぐに向かわせた」
楠木が一枚の資料を取り出す。
「だが、救援部隊が現場に到着した時には――」
そこで、言葉が止まる。
千束の胸に、嫌な予感が走った。
「……何があったんですか?」
楠木は千束を見る。
「サードリコリスは、全員死亡していた」
「…………」
千束の表情が止まった。
ほんの一瞬。
理解が追いつかない。
「……全員?」
「ああ」
楠木は静かに頷く。
千束は何か言おうとした。
けれど、言葉が出てこない。
サードリコリス。
同じDAの仲間。
それが――全員。
「……どうして?」
ようやく出た声は、普段よりずっと小さかった。
「問題は、死因だ」
楠木が一枚目の写真を置く。
「現場には銃撃の痕跡が残されていた」
「なら……武装した敵と交戦したんですか?」
千束はそう言った。
まだ、そうであってほしいと思っていた。
銃撃戦なら理解できる。
武装勢力なら対処できる。
DAの敵として説明がつく。
だが――
「それだけでは説明できない」
次の写真が置かれた。
壁に刻まれた、巨大な傷跡。
千束の視線が止まる。
「……何、これ」
「現場の壁に残されていた」
楠木は淡々と説明する。
「刃物とも銃器とも一致しない」
次の写真。
地面に残された巨大な足跡。
千束が息を止める。
「……これ、人間の?」
「違う」
「……動物?」
「該当する動物も確認できていない」
千束の眉間に皺が寄る。
さっきまでの「仲間が死亡した」という衝撃が、別の種類の恐怖へ変わり始めていた。
「ちょっと待って」
千束が写真を見る。
「じゃあ……誰がやったの?」
「分からない」
「目撃者は?」
「いない」
「監視カメラは?」
「決定的な映像は残っていない」
「……」
千束の質問が止まった。
何も分からない。
敵の姿も。
目的も。
正体も。
ただ、サードリコリスだけが殺されている。
楠木が最後の写真を手に取った。
「そして、これが最も不可解なものだ」
写真が机に置かれる。
そこに写っていたのは――
床に残された衣服。
靴。
装備。
そして、それ以外には何もない。
「……」
千束の目が写真に釘付けになる。
「これ……誰の?」
「サードリコリスの一人が身につけていたものだ」
「……本人は?」
「確認できていない」
千束の呼吸が、一度だけ止まった。
「……確認、できてない?」
「ああ」
「じゃあ……」
声が掠れる。
「どこにいるの?」
楠木は答えない。
その沈黙だけで、千束には分かった。
「……まさか」
指先が震え始める。
たきなが写真を見つめる。
「人体だけが……なくなっている」
「ああ」
楠木が頷く。
「現場には異常な高熱の痕跡が残されていた」
千束は無意識に自分の胸元へ手を当てた。
息が浅くなる。
「焼けた……ってこと?」
「通常の火災では説明できない」
「爆発?」
「違う」
「じゃあ……何?」
楠木は答えなかった。
答えられないのだ。
その事実が、一番怖かった。
千束は写真から目を離せなくなっていた。
衣服だけが残っている。
その中にいたはずの人間が、いない。
「……こんなの」
千束の唇が僅かに震える。
「人間がやったことじゃ……」
そこで言葉が止まった。
自分で口にした言葉に、自分自身が怯えた。
司令室が静まり返る。
楠木は二人を見つめた。
「現時点で、我々はこの事件を通常の犯罪とは考えていない」
資料を一枚めくる。
「そして、この存在を仮にこう呼んでいる」
紙には、一つの言葉。
UNKNOWN
「アンノウン」
千束が小さく呟いた。
その声には、もういつもの明るさはなかった。
「何者なのかも分からない」
楠木が言う。
「何体いるのかも分からない」
「……」
「目的も分からない」
千束の指が、ぎゅっと写真の端を握る。
楠木は最後に告げた。
「だが、一つだけ分かっている」
千束が顔を上げる。
「サードリコリスを、全滅させるだけの力を持っている」
千束は何も言えなかった。
さっきまでなら、冗談の一つでも返していただろう。
けれど今は――
喉が乾いて、声が出ない。
目の前の写真から、目を逸らせない。
そして初めて。
千束は、この事件そのものに対して――
怖いと感じていた。