リコリスリコイル 不可能犯罪   作:鼻眼鏡26号

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度重なるタイミング

 

 午後。

 

 喫茶リコリコ。

 

 店員用の控え室として使われている和室では、静かな時間が流れていた。

 

 畳の上に置かれた座卓。

 

 その奥にある押し入れの中では――。

 

「…………」

 

 クルミがノートパソコンを操作していた。

 

 襖を少しだけ開け、その隙間から店内の様子を窺いながら、画面に表示された情報を確認していく。

 

 そこに映っているのは、DAのシステム。

 

 正確には――。

 

 クルミが独自に覗き込んでいる、ラジアータの発信データだった。

 

「……ん?」

 

 クルミの指が止まる。

 

 画面の一部に、新たな反応が表示された。

 

「……また変な反応」

 

 発生地点を確認する。

 

 市街地。

 

 これまでにも何度か確認されている、異常な反応。

 

「…………」

 

 クルミはデータを拡大する。

 

 ラジアータからの発信時刻を確認。

 

「まだ正式な連絡は来てないか」

 

 クルミは小さく呟いた。

 

 その時。

 

 店内から声が聞こえた。

 

「……あれ?」

 

 クルミが顔を上げる。

 

 襖の隙間から店内を見る。

 

 厨房では、ユイトがミズキに教わりながら和菓子を作っていた。

 

「どうしたの?」

 

 ミズキが尋ねる。

 

「……いえ」

 

 ユイトの手が止まっている。

 

 胸元に手を当てていた。

 

「なんだか……」

 

 ユイトは眉を寄せる。

 

「嫌な感じがします」

 

「嫌な感じ?」

 

「はい……」

 

 ユイトが店の外へ視線を向ける。

 

「何かが起きそうな……そんな感じです」

 

「大丈夫?」

 

「分かりません」

 

 ユイトはしばらく黙っていた。

 

 そして――。

 

「……誰かが、危ない気がします」

 

 クルミの目が細くなる。

 

「…………」

 

 ユイトは目の前の和菓子を見る。

 

 まだ作りかけだった。

 

 ミズキから教えてもらっている途中。

 

 だが。

 

「……すみません」

 

「え?」

 

「これ、途中なんですけど……」

 

 ユイトはエプロンを外した。

 

「ちょっと、行ってきます」

 

「ちょっと待って。どこへ?」

 

「分かりません」

 

「分からない?」

 

「でも……」

 

 ユイトは胸元を押さえる。

 

「行かないといけない気がするんです」

 

 その言葉と同時に、ユイトは店を飛び出した。

 

「ユイト君!?」

 

 ミズキの声が店内に響く。

 

 扉が閉まる。

 

「…………」

 

 押し入れの中。

 

 クルミは無言でパソコンの画面を見つめていた。

 

 ラジアータの発信時刻。

 

 そして――。

 

 ユイトが突然、店を出ていった時刻。

 

「…………」

 

 クルミは時計を見る。

 

 もう一度、画面を見る。

 

「……同じくらいだ」

 

 偶然。

 

 そう考えることはできる。

 

 だが――。

 

 ユイトは何も知らないはずだ。

 

 ラジアータの存在も。

 

 DAが何を検知したのかも。

 

 それなのに、異常反応が発信された直後に、何かを感じ取ったように動いた。

 

「……気になるな」

 

 クルミは顎に手を当てる。

 

「しかも、向かった方向が……」

 

 画面に表示された異常地点。

 

 ユイトが走っていった方向。

 

 ほぼ一致している。

 

「…………」

 

 クルミはしばらく考えた。

 

 千束にも。

 

 たきなにも。

 

 ミカにも。

 

 何も相談しなかった。

 

 DAへ報告するつもりもない。

 

 まだ、ただの疑念だ。

 

 確証もないのに騒ぎにする必要はない。

 

 それなら――。

 

「……ちょっと、追ってみるか」

 

 クルミは自分だけで確かめることにした。

 

 ノートパソコンを操作する。

 

 別の画面が開く。

 

 そこには、小型ドローンの操作画面。

 

「行ってこい」

 

 クルミがキーを押す。

 

 店の外。

 

 目立たない場所に待機していた小型ドローンが起動した。

 

 ――ウィィィン。

 

 プロペラが回転する。

 

 小型の機体が静かに浮かび上がった。

 

 カメラが街を映す。

 

「……いた」

 

 画面の中に、ユイトの姿が映った。

 

 すでにかなり先まで走っている。

 

「速いな……」

 

 クルミはドローンを操作する。

 

 一定の距離を保ちながら、ユイトの後を追わせる。

 

 ユイトは振り返らない。

 

 ただ、何かを探すように走り続けている。

 

 路地を曲がる。

 

 大通りを横切る。

 

 さらに別の道へ。

 

「…………」

 

 クルミは画面を見つめる。

 

 そして、地図上に表示されたユイトの進行方向と、ラジアータが示した地点を重ねる。

 

「……やっぱり」

 

 クルミの表情が少しだけ変わった。

 

「同じ方向だ」

 

 偶然なのか。

 

 それとも――。

 

 クルミは答えを出せないまま、ドローンを追従させる。

 

 画面の中。

 

 ユイトはただひたすら走っていた。

 

 その表情には焦りがある。

 

 何かに追われているわけではない。

 

 むしろ――。

 

 何かに呼ばれているようだった。

 

「……ユイト」

 

 クルミが小さく呟く。

 

「お前、何を感じてるんだ?」

 

 その時。

 

 ユイトが細い路地へ入った。

 

 クルミもすぐにドローンを進ませる。

 

「右……」

 

 ユイトが曲がる。

 

 ドローンも追従する。

 

 その直後――。

 

 ――ブツッ。

 

「……え?」

 

 画面が一瞬だけ乱れた。

 

「ちょっと……」

 

 クルミが身を乗り出す。

 

 映像が戻る。

 

 だが――。

 

「…………?」

 

 そこにユイトの姿はなかった。

 

 映っているのは、誰もいない路地だけ。

 

「……どこ行った?」

 

 クルミはドローンを旋回させる。

 

 路地の奥。

 

 いない。

 

 反対側。

 

 いない。

 

 上空へ移動。

 

 周囲の道路を確認する。

 

 それでも――。

 

「……見失った?」

 

 クルミは眉を寄せる。

 

 すぐに追跡システムを確認する。

 

 ドローンとの通信は正常。

 

 カメラも正常。

 

 機体にも異常はない。

 

 なのに――。

 

 ユイトの姿だけが、どこにもない。

 

「…………」

 

 クルミは画面を見つめた。

 

「さっきまで、そこにいたのに……」

 

 もう一度、ユイトの最後の映像を確認する。

 

 路地へ入る。

 

 曲がる。

 

 そして――。

 

 消える。

 

「…………おかしい」

 

 クルミの指が止まる。

 

 まだ、何も分からない。

 

 ユイトが何者なのかも。

 

 なぜ異常を感じ取ったのかも。

 

 そして――。

 

 どうして、こんなにも突然姿を消したのかも。

 

「……ユイト」

 

 クルミは画面に映る誰もいない路地を見つめる。

 

「お前……どこ行ったんだ?」

 

 返事はない。

 

 ただ、ドローンだけが空中に残されていた。

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