夜。
人気のない路地裏。
ユイトは、息を整えながら立っていた。
「…………」
周囲を見渡す。
先ほどから感じている、あの嫌な気配。
間違いない。
「……近い」
胸の奥が鳴る。
――ドクン。
ユイトは胸元を押さえた。
その視線の先。
暗闇の中から、一人の男が姿を現した。
普通のサラリーマンだった。
しかし、その背後には――。
巨大な影。
「……!」
ユイトの表情が変わる。
人間ではない。
あの時、自分が戦った存在。
「……あいつだ」
その名前を、ユイトはまだ知らない。
ただ、身体が覚えている。
あれは――危険だ。
男が振り返る。
「……え?」
その瞬間。
異形の腕が動いた。
「危ない!」
ユイトが駆け出す。
しかし――。
間に合わない。
白い光が、一瞬だけ周囲を包んだ。
光が消えた時。
そこに残されていたのは――。
倒れた男。
そして、ほとんど傷のない衣服だけだった。
「…………」
ユイトは息を呑む。
「また……」
拳を握る。
怒りが込み上げてくる。
「……こんなことを」
UNKNOWNがゆっくりと振り返る。
その異形の言葉が響く。
「――グァ……ヴァ……」
意味は分からない。
だが――。
ユイトの胸の奥で、何かが反応する。
ドクン。
「…………」
ユイトは一歩前へ出る。
「お前……」
拳を握る。
「もう、誰も殺させない」
UNKNOWNが構える。
ユイトも構えた。
◆
その頃。
DA本部。
「適性試験の準備は?」
楠木司令が尋ねる。
「現在、最終調整中です」
オペレーターが答える。
モニターには、G3システムの姿が映っている。
「たきなへの試験は?」
「本日中に実施可能です」
「そうか」
楠木は画面を見つめる。
第十八話での戦闘データ。
G3の武器を初めて扱ったにもかかわらず、反動の特性を理解し、正確な射撃を行った。
「……興味深いな」
楠木が呟く。
だが――。
「まだ装着させるわけではない」
オペレーターが頷く。
「はい。まずは適性の確認です」
「それでいい」
楠木は短く答えた。
「結果を見て判断する」
◆
そして。
DA本部、適性試験場。
たきなは試験場の中央に立っていた。
その隣には、当然のように千束もいる。
「たきなの試験なのに、私まで来ちゃっていいの?」
「千束が勝手についてきただけでしょう」
「だって気になるじゃん」
「……そうですか」
たきなは呆れながらも、追い返そうとはしなかった。
試験場の周囲には、何人かのリコリスたちも集まっている。
その中には――。
「たきなか」
春川フキがいた。
「フキさん」
たきなが振り返る。
「久しぶりですね」
「お前らと違ってこっちは忙しくてな。」
そこへ千束も割り込む。
「フキも見に来たんだ」
「まあな。ちょっと興味もあるし、そうそう見られるもんじゃねぇからな」
「へぇー」
しばらく三人で普通に話していた。
最近の仕事の話。
そして、たきなの話。
だが――。
「そういや千束」
「ん?」
フキが、少し得意げな顔をする。
「この前、体力測定があったんだけどよ」
「体力測定?」
「ああ。持久走で、お前の記録を超えた」
「……え?」
千束の笑顔が止まった。
「持久走?」
「そうだよ」
「フキが?」
「なんだ、その顔」
千束がじっとフキを見る。
「いや……」
「なんだよ」
「私に持久走で勝ったの?」
「勝った」
フキが即答する。
「……へぇ」
千束が少し悔しそうに目を細める。
「動体視力とか反応速度なら、絶対私のほうが上なのに」
「そこは認める」
フキは即答した。
「アタシがお前の反射神経に勝てるとは思ってねぇよ」
「でしょ?」
「でもな」
フキが腕を組む。
「持久走は別だ」
「……まあ、そうだけど」
「ハワイでぐーたれてサボってたヤツには負けねぇよ」
「サボってないって!」
「どうだかな」
フキは千束を見る。
そして、勝手に想像する。
「どうせ普段、リコリコで甘いもん食って、コーヒー飲んで、暇になったら寝てるんだろ?」
「そんな生活してないよ!」
「本当か?」
「本当!」
「朝起きて、飯食って、店行って、飯食って、寝る」
「だから違うって!」
千束が思わずツッコむ。
「そもそも私、ちゃんと仕事してるからね!?」
「知らねぇよ。お前の私生活なんて」
フキは肩をすくめる。
「だが、お前は興味があることだけしかやらねぇで食っちゃ寝人間だろうが!」
「想像で私を食っちゃ寝人間にしないでよ!」
そこへ――。
「……でも、千束が最近太ったのは事実です」
「たきな!?」
千束が勢いよく振り返る。
「なんでそこだけ事実認定するの!?」
「事実ですから」
「私の味方じゃないの!?」
「相棒として、事実はお伝えしています」
「そんな相棒いらないよ!」
フキが吹き出す。
「ははっ! やっぱりか千束!」
「笑うなー!」
その様子を、少し離れたところから蛇ノ目エリカが眺めていた。
「……なんか、楽しそうですね」
「どこがだよ!」
「楽しくない!」
千束とフキの声が重なる。
エリカは少しだけ目を細めた。
「……やっぱり仲いいですよ」
「「だから違うって!」」
また二人の声が重なった。
たきなが小さく息を吐く。
「……そろそろ試験を始めます」
「おっと」
千束が試験場へ目を向ける。
「たきなの出番だね」
「はい」
フキも腕を組み直す。
「じゃあ、見せてもらうか」
エリカも静かに試験場へ視線を向けた。
「……頑張ってたきな!応援してる
たきなのG3適性試験が始まった。
◆
試験場中央。
たきなは、すでにG3システムを装着していた。
青と灰色の重装甲。
その手には、G3専用の銃が握られている。
「まずは射撃能力の試験です」
係員が説明する。
「標的は、あの鉄球になります」
試験場の奥。
いくつもの鉄球がレールから切り離される。
次の瞬間――。
ガァンッ!!
鉄球が高速で飛び出した。
右。
左。
急上昇。
そして、突然方向を変える。
「標的は一定の軌道を取りません。速度もそれぞれ異なります」
千束が目を輝かせる。
「へぇ。普通の射撃試験より難しそう」
「当然だ」
フキが腕を組む。
「G3を実戦で使うなら、動く標的くらい撃ち抜けなきゃ話にならねぇ」
エリカも試験場を見る。
「しかも、あんなに速いんだ……」
たきなは静かに銃を構えた。
照準を合わせる。
鉄球が横切る。
――パンッ!
銃声。
弾丸が鉄球を捉えた瞬間。
――ドォンッ!!
鉄球が爆散した。
「一発目、命中」
係員が記録する。
だが、休む暇はない。
別の鉄球が背後から飛び出す。
たきなが身体を捻る。
G3の重装甲が動く。
――パンッ!
――ドォンッ!!
また爆散。
「すご……」
エリカが小さく呟く。
次々と鉄球が現れる。
上下。
左右。
斜め。
中には、たきなの視界から一度消えてから別方向へ飛び出すものまである。
たきなは一歩も慌てない。
照準を合わせる。
撃つ。
――パンッ!
爆散。
撃つ。
――パンッ!
爆散。
さらに一発。
――パンッ!
爆散。
「……相変わらず射撃は化け物だな」
フキが腕を組む。
千束が嬉しそうに笑った。
「でしょ?」
「お前が自慢するな」
「たきなは私の相棒だから!」
「はいはい」
フキは呆れたように返しながらも、視線はたきなから離さない。
最後の鉄球が、高速で横切る。
たきなは銃口をわずかに動かした。
――パンッ!
直撃。
――ドォンッ!!
鉄球が空中で爆散した。
「射撃試験、終了」
係員がデータを確認する。
「命中率、非常に高いです」
フキが小さく息を吐いた。
「……G3を着た状態で、あれだけ動く標的を全部撃ち抜いたか」
エリカも頷く。
「装備の重さもあるのに……」
千束は満足そうに笑った。
「ほら、たきなってすごいでしょ?」
「だから、お前が偉そうにするなって」
「いいじゃん!」
たきなは二人のやり取りを聞きながら、銃を下ろした。
そして係員が次の試験を告げる。
「続いて、G3装備を装着した状態での身体能力試験に移ります」
試験場に、走行用のコースが展開されていく。
たきなは静かに前を向いた。
「……分かりました」
G3の重装甲が、わずかに軋む。
次は――。
この装備を身につけたまま、自分の身体をどこまで動かせるか。
たきなの適性が、さらに試されようとしていた。
◆
身体能力試験が始まった。
最初は、装備重量下でのバランス確認。
たきなは腕を上げ、脚を動かし、身体を捻る。
重装甲に動きを制限されながらも、ひとつひとつの動作を確認していく。
「問題ありません」
係員が頷く。
「では、走行試験」
合図。
たきなが走り出した。
重い装備を身につけているにもかかわらず、動きに大きな乱れはない。
「……へぇ」
エリカが小さく呟く。
「ちゃんと動けてる」
フキも目を細める。
「最初は装備に振り回されると思ったが……」
たきなは速度を落とさない。
直線。
方向転換。
急停止。
再加速。
続いて障害物が展開される。
たきなは身体を低くして通過し、壁を越え、狭い場所を抜けていく。
装備の重量に引っ張られながらも、動きを止めない。
「悪くねぇな」
フキが呟く。
「G3を着たままでも、動きを自分で制御できてる」
千束が横から言う。
「たきな、こういうの得意だからね」
「……知ってる」
フキが答える。
少しだけ間を置いて。
「昔から、あいつは自分にできることを見つけるのが早い」
千束がフキを見る。
「……フキ、たきなのこと結構認めてるんだね」
「当然だろ」
フキは即答する。
「リコリスとして優秀になったのは事実だ」
そして千束を見る。
「……まあ、良くも悪くもお前のおかげだろうがな」
「え?」
「何だよ」
「今、褒めた?」
「褒めてねぇ!」
「絶対褒めた!」
「うるせぇ!」
また言い合いになりそうになる。
しかし、フキの目には確かな信頼があった。
千束の実力を、誰よりも知っている。
だからこそ、普段は遠慮なく噛みつく。
犬猿の仲。
それでも――。
互いの実力だけは、疑っていない。
そんな二人だった。
◆
試験は続く。
走行能力。
持久力。
装備重量下での姿勢制御。
障害物への対応。
急停止からの再始動。
そして、実戦を想定した総合動作。
たきなは、どの試験でも大きく崩れることなく対応していった。
最後に、射撃データと身体能力データがまとめられる。
係員がモニターを確認する。
「射撃能力、装備適応、身体能力、総合的な運用適性――」
一拍。
「基準値を大きく上回っています」
千束が目を輝かせる。
「やったじゃん、たきな!」
「ありがとうございます」
たきなが振り返る。
フキも腕を組んだまま、静かに頷いた。
「……なるほどな」
そして、少しだけ口元を上げる。
「これなら、G3を任せても問題なさそうだ」
たきながフキを見る。
「ありがとうございます」
「勘違いすんなよ」
フキはいつもの高圧的な口調に戻る。
「まだ試験に通っただけだ。実戦で使いこなせるかは別だからな」
「はい。分かっています」
「……でも」
フキは一度だけ千束を見る。
「こいつが相棒にしてるくらいだ。まあ、期待してもいいだろ」
「……フキ」
「何だよ」
「やっぱり今、褒めたでしょ」
「うるせぇ!」
千束が笑う。
エリカも小さく笑った。
「……やっぱり仲いいですね」
「「だから違うって!」」
また二人の声が重なる。
たきなはそんな二人を見ながら、静かに微笑んだ。
その頃。
楠木司令は、試験結果を確認していた。
「……適性あり」
ただし、すぐに決定を下すことはしない。
「現時点で正式なG3装着者とはしない。今後、実戦運用を含めて判断する」
「了解しました」
試験場のデータが保存される。
この日。
一人のリコリスが、G3という新たな力へ近づき始めた。
そして――。
この適性試験の結果が、やがてUNKNOWNとの戦いを大きく変えることになる。