夜。
人気のない路地裏に、一人の成人女性が倒れていた。
仕事帰りだったのだろう。
手にはバッグ。
少し離れた場所には、落とされたスマートフォン。
そして――。
数メートル先の壁には、大きな衝突痕が残されていた。
彼女は、ありえない速度で壁へ叩きつけられたのだ。
周囲に銃弾の痕跡はない。
刃物による傷もない。
爆発の痕跡もない。
ただ、壁に残された巨大な衝突痕だけが、その死の瞬間を物語っていた。
今回のUNKNOWNは、力だけで人間を殺したのではない。
速度そのものを、殺傷力へ変えていた。
◆
同時刻。
DAから緊急連絡を受けた千束とたきなは、現場へ向かっていた。
『対象は高速型UNKNOWN。通常のUNKNOWNよりも移動速度が極端に速い』
イヤホンから楠木司令の声が響く。
「高速型……」
たきなが呟く。
『特に注意しろ。G3では、追跡と照準が間に合わない可能性がある』
「了解です」
千束が答える。
「たきな、今日はG3の初陣だね」
「はい」
たきなは自分の装備を見る。
青と灰色の重装甲。
これまでとは違う重量。
そして、手にしたG3専用銃。
「……問題ありません」
「頼もしいねぇ」
二人が路地へ入る。
その先に――。
「……いた」
暗闇の中。
UNKNOWNが立っていた。
人間とは明らかに異なる異形。
その身体が、僅かに揺れる。
次の瞬間――。
消えた。
「!」
たきなが銃を構える。
だが、遅い。
UNKNOWNはすでに背後。
たきなが振り返る。
――いない。
「上!」
千束が叫ぶ。
UNKNOWNが建物の壁を蹴り、頭上から急降下してくる。
たきなが銃を向ける。
「――ッ!」
引き金を引く。
――パンッ!
弾丸が飛ぶ。
だが、UNKNOWNは空中で身体を捻り、弾丸をかわした。
「速い……!」
たきなが目を見開く。
UNKNOWNが着地。
そして、再び消える。
「たきな!」
「分かっています!」
銃口を動かす。
だが、照準が追いつかない。
右。
左。
背後。
頭上。
UNKNOWNはまるで影のように路地を駆け回る。
G3の重装甲では、その速度についていけない。
「……くっ!」
たきなが一歩遅れる。
UNKNOWNが一気に距離を詰めた。
拳がG3の胸部装甲を打ち抜く。
――ガァンッ!!
「ぐっ……!」
たきなの身体が吹き飛ぶ。
壁へ叩きつけられる。
「たきな!」
千束が駆け寄る。
その瞬間。
UNKNOWNが千束へ向かって突進した。
「……!」
千束は身を捻る。
拳が頬を掠めた。
「危なっ……!」
続けて蹴り。
千束が跳ぶ。
着地。
すぐに振り返る。
だが――。
UNKNOWNは、もうそこにはいない。
「……本当に速い」
千束が呟く。
その時だった。
――ドクン。
胸の奥で、何かが鳴った。
「……!」
千束も、たきなも顔を上げる。
路地の奥。
黄金の光が、静かに灯った。
アギト。
黄金の戦士が、そこに立っていた。
何も言わない。
ただ、UNKNOWNを見つめている。
「……あの人」
千束が呟く。
「また来たんですね」
たきなも銃を構え直す。
だが、アギトは二人を見ない。
視線は、UNKNOWNだけに向けられている。
UNKNOWNが消える。
アギトは――動かない。
次の瞬間。
背後から拳が迫る。
アギトは、ほんの僅かに身体をずらした。
拳が空を切る。
さらに一撃。
一歩。
半歩。
身体を僅かに捻る。
UNKNOWNの攻撃は、すべて紙一重で外れていく。
「……」
千束が目を細める。
速い。
それなのに、アギトは追っていない。
相手を見ている。
攻撃そのものではなく――。
次に相手が来る場所を読んでいる。
「……なるほど」
千束が小さく呟いた。
「速い相手を、速さで追いかけないんだ」
UNKNOWNが再び突進する。
アギトは半歩だけ横へ。
そして――。
伸びてきた腕を掴んだ。
力任せではない。
UNKNOWN自身の勢いを利用する。
身体を捻る。
――ドンッ!!
UNKNOWNの巨体が地面へ叩きつけられた。
「……!」
たきなが息を呑む。
アギトは静かに立ち上がる。
荒い息もない。
大きな動きもない。
まるで長年鍛錬を積んだ武士のように――。
静かだった。
「……あの動き」
千束が呟く。
「ちょっと、真似できるかも」
「千束?」
「見てて」
UNKNOWNが立ち上がる。
そして、再び消えた。
千束は追わない。
目だけで動きを追う。
「右……」
次の瞬間。
UNKNOWNが右から現れる。
千束は一歩だけ身体をずらした。
拳が頬のすぐ横を通り過ぎる。
「……!」
そのまま腕を取る。
UNKNOWNの速度を利用して、身体を流す。
「なるほど……!」
千束の動きが、僅かに変わった。
アギトと同じように。
相手の速度を利用する。
追うのではなく、待つ。
そして、来た瞬間に最小限の動きでかわす。
UNKNOWNが千束へ連続攻撃を仕掛ける。
千束はそのすべてを避ける。
いや。
完全に避けているわけではない。
紙一重で攻撃を外し、その勢いを利用して相手の身体を流している。
「……千束」
たきなが驚く。
「どう?」
「……流石千束ですね」
「うん!」
千束が笑う。
「ちょっとだけね!」
しかし――。
UNKNOWNは、さらに加速した。
「――っ!」
UNKNOWNが一気に距離を取った。
その先には――。
G3を纏ったたきなにUNKNOWNが方向を変える。
避けられる相手より避けられない相手を狙っていた。
だが、アギトは静かに一歩動く。
「……!」
UNKNOWNが再び方向を変える。
千束が回り込む。
右へ行けば千束。
左へ行けばアギト。
前へ出ればアギトが待ち構え。
後ろへ下がれば千束が回り込む。
「……止められる」
たきなが呟く。
千束がUNKNOWNの動きを読む。
アギトがその動きを制する。
二人の動きが、徐々に噛み合っていく。
まるで――。
最初から連携することが決まっていたかのように。
「千束!」
たきなが叫ぶ。
「分かってる!」
UNKNOWNが一気に加速した。
千束へ向かう。
千束は逃げない。
ぎりぎりまで引きつける。
そして――。
半歩。
身体をずらす。
UNKNOWNの拳が空を切る。
千束が腕を取った。
「今!」
その瞬間。
アギトが動いた。
反対側へ回り込み、UNKNOWNの肩を掴む。
千束とアギト。
二人でUNKNOWNを挟み込む。
UNKNOWNが暴れる。
凄まじい速度で抜けようとする。
だが――。
千束が動きを読んで避ける。
アギトが逃げ道を塞ぐ。
「たきな!」
「はい!」
たきながG3の銃を構える。
通常弾。
違う。
今必要なのは――。
「……高榴弾を使います」
たきながG3の装備へ手を伸ばした。
装備された専用の発射パーツを取り外す。
そして、手にしたG3の拳銃型装備へ取り付ける。
――カチッ。
――ガシャンッ!
銃身下部へ、高榴弾を発射するための特殊なパーツが固定された。
通常弾とはまったく異なる、一撃必殺のための装備。
たきなが照準を合わせる。
「……装填完了」
だが。
UNKNOWNがなおも暴れる。
「まだ!」
千束が叫ぶ。
「もう少しだけ!」
アギトは何も言わない。
ただ、静かにUNKNOWNを押さえ続ける。
千束も反対側から腕を押さえる。
二人の力が、UNKNOWNの動きを僅かに止める。
「……!」
たきなが照準を合わせる。
「千束!」
「今!」
千束とアギトが、同時にUNKNOWNの動きを止めた。
そしてアギトがアンノウンを空中に蹴り上げてその場から千束とアギトは離れる。
空中に浮いたアンノウンはご自慢のスピードも意味をなさず無力に空中に飛んでいる。
幾度となく狙ってきた的だ外す方が難しい。
たきなが引き金を引く。
――ズドォォォンッ!!
通常弾とは比較にならない轟音。
高榴弾がUNKNOWNへ直撃する。
爆発的な衝撃が路地を震わせた。
UNKNOWNの身体が大きく吹き飛ぶ。
黒い身体に亀裂が走る。
そこから黄金の光が漏れ出す。
「……!」
千束が目を見開く。
UNKNOWNの身体が崩れていく。
やがて――。
黄金の光の中へ消えていった。
静寂。
たきなが銃を下ろす。
「……終わりました」
「うん」
千束は息を吐いた。
そして――。
アギトを見る。
「……ありがとう」
アギトは答えない。
ただ、千束を静かに見つめる。
千束は自分の手を見る。
「……あの人の動き」
小さく笑う。
「ちょっと真似してみたけど……結構、使えるかも」
たきなが頷く。
「千束らしいですね」
「でしょ?」
アギトは何も言わない。
ただ静かに踵を返す。
「……また会えるかな」
千束が呟く。
アギトは振り返らない。
そのまま夜の闇へ歩いていく。
やがて黄金の光が遠ざかり――。
消えた。
◆
その頃。
誰もいない場所で、ユイトは膝をついていた。
「……はぁ……」
荒い息を吐く。
身体から、徐々に力が抜けていく。
黄金の光が消える。
銀色の装甲が光の粒子となって消失する。
赤く輝いていた複眼も消えた。
そして――。
そこに立っていたのは、一人の青年。
ユイトだった。
「……また、戦った」
自分の手を見る。
「……あの子たち」
千束とたきなの顔が浮かぶ。
だが――。
今度は違った。
自分の力が、誰かを傷つけるためだけではない。
誰かを守るためにも使える。
そのことを、ユイトは少しだけ実感していた。
「……俺も」
拳を握る。
「少しずつ、分かってきたのかもしれない」
夜の街に、静かな風が吹いた。
◆
DA本部。
司令室のモニターに、今回の戦闘記録が映し出されている。
「G3初出動。問題ありません」
オペレーターが報告する。
楠木司令は映像を見つめていた。
そこには、青と灰色の装甲を纏ったたきな。
そして――。
黄金の戦士。
「……また、あの戦士か」
楠木は静かに呟いた。
G3の初陣は成功した。
だが同時に。
DAはまた一つ、正体不明の存在を目の当たりにした。
そして今回。
その戦士とG3は――。
初めて、同じ戦場で戦った。
その事実が、これからの戦いを大きく変えていくことになる。