喫茶リコリコ。
スタッフ用の控え室には、いつものようにちゃぶ台が置かれていた。
その周りに、千束、たきな、クルミ、ミズキ、ミカの五人が集まっている。
ちゃぶ台の上には、何枚もの資料と写真。
今回の事件について、情報を整理するためだった。
「……まずは、被害者について」
クルミがノートパソコンを操作する。
「これまで確認された被害者の生活を調べてみた」
画面には、一人目の被害者の自宅写真が映し出される。
「一見すると、普通の家」
千束が画面を見る。
「普通の部屋だね」
「うん」
クルミが頷く。
「職業も普通。家族関係も普通。犯罪歴もなし」
たきなが資料を確認する。
「では、なぜアンノウンに狙われたのか」
「それを調べてたら――」
クルミが写真を切り替えた。
「変なのが出てきた」
食器棚の奥。
そこに一本の酒瓶が置かれている。
「これ」
クルミが写真を拡大する。
透明な瓶の中には――大量の硬貨が入っていた。
「……貯金?」
ミズキが首を傾げる。
「最初はそう思った」
クルミが答える。
「でも、これをよく見ろ」
千束が画面へ顔を近づける。
「……多くない?」
「うん」
瓶の中には、数十枚。
いや。
それどころではない。
何枚もの硬貨が、瓶の底から中ほどまでぎっしりと詰め込まれている。
「こんなに入ってるの?」
千束が驚く。
「問題は、量だけじゃない」
クルミが別の写真を表示する。
瓶の口を拡大した画像。
「この瓶、口が狭いだろ?」
「……うん」
「写真から計算したがどの硬貨も一枚とてこの瓶の口から入れる事は出来ない。」
たきなが写真を見る。
「ですが、この量は」
クルミが続ける。
さらに別の写真。
「それに、これ」
クルミが瓶の口と内側を拡大する。
「瓶の口にも、内側にも、硬貨を大量に入れたような傷がほとんどない」
「……ないね」
千束が画面を見る。
「じゃあ、どうやって入れたの?」
「それが分からない」
クルミは少し間を置いた。
「……」
「どう入れたのかも分からない」
クルミが続ける。
「ただ、普通じゃこの瓶に硬貨は入れられない」
千束が黙って瓶を見る。
普通の酒瓶。
普通の硬貨。
普通の部屋。
それなのに。
瓶の中だけが、どこかおかしい。
「……もしかして」
千束が写真を見つめる。
「瓶を壊さずに、中へ入れた?」
「非科学的だが僕も、それを考えた」
クルミが頷く。
「仮にそうだとしたら――」
一拍。
「この人には、物体を透過させるような能力があった可能性がある」
ミズキが目を丸くする。
「……超能力?」
「まだ仮説だけどな」
千束は瓶の写真を見つめる。
「でも……そう考えると、この変な状態も説明できる」
たきなが頷く。
「証拠はありませんが、可能性としては無視できません」
クルミが画面を切り替える。
「そして、次の被害者」
画面いっぱいに、何枚もの馬券が並んだ。
「……多いな」
ミカが呟く。
「これ、全部当たり?」
千束が目を丸くする。
「ああ」
クルミが答える。
「正確には、過去数年間に購入された馬券の一部」
「一部?」
「まだある」
「えぇ……」
千束が呆れる。
しかし。
クルミは笑っていなかった。
「問題は、あたり馬券の数だ」
画面に購入履歴が表示される。
「この人、レースが始まる前に、勝ち馬を当ててる」
たきなが目を細める。
「……百発百中、まるで未来がわかってるかのような」
「そう」
「未来を……?」
千束が呟く。
「予知してた?」
「可能性はある」
クルミは頷いた。
「もちろん、これも確定じゃない」
ちゃぶ台の上に、二つの資料が並ぶ。
硬貨の入った酒瓶。
大量の的中馬券。
「一人目は、物体を透過させる能力」
「二人目は、未来を予知する能力」
たきなが整理する。
「そして二人とも、アンノウンに襲われている」
千束が資料を見る。
「……偶然じゃないよね」
「私もそう思う」
クルミが答える。
「だから、今のところこう考えてる」
ノートパソコンに、一つの仮説が表示される。
アンノウンは、超能力を持つ人間を狙っている。
「超能力者殺し……」
千束が小さく呟く。
「うん」
クルミが頷く。
「ただし、あくまで仮定」
「しっかし、超能力とかだいぶ話がぶっ飛んできたね。まぁ、アンノウン見てから不思議じゃ無いけど。」
たきなが資料を確認する。
「アンノウンが何を目的としているのか、まだ分かっていません」
「何体いるのかも分からない、同じ個体なのか複数いるのかも不明、どこから現れたのかも分からない」
クルミが次々と並べていく。
「だから、過去についても調べてみた」
「過去?」
ミズキが聞き返す。
「昔から存在してた可能性があるかと思って」
クルミはノートパソコンを操作する。
「古い新聞。
昔の事件記録。
民間伝承。
古文書。
怪異や異形について書かれた文献まで、かなり漁った」
「それで?」
「……特に引っ掛からなかった」
「何も?」
「ああ」
しばらく、誰も口を開かなかった。
ちゃぶ台の上には、これまで集めた資料が並んでいる。
その中には――。
ユイトに関する記録もあった。
「……そういえば」
千束が、一枚の資料を見る。
「ユイトさんのことなんだけど」
たきなが顔を上げる
「ユイトさんですか?」
「うん」
千束は資料を指で軽く叩いた。
「前にユイトさんがリコリコから出ていった時って、アンノウンが出た時間と近くなかった?」
「……」
たきなが記憶を辿る。
「確かに」
クルミもすぐに反応した。
「それなら、僕が確認したデータとも一致する」
「やっぱり?」
「ああ」
クルミがノートパソコンを開く。
「ユイトが店を出た時間」
画面に時刻が表示される。
「そして、ラジアータがアンノウンの反応を検知した時間」
もう一つの時刻が表示される。
「……ほとんど同じだ」
たきなが画面を覗き込む。
「誤差は?」
「ほとんどない」
「……」
千束が黙る。
クルミが続ける。
「一回だけなら偶然で済ませられる」
指で画面を操作する。
「でも、それだけじゃない」
千束とたきなが顔を見合わせる。
「ユイトが店を出た直後に、アンノウンが出現したケースがある」
「……一度じゃないんですか?」
「複数回」
クルミの答えは短かった。
その言葉に、部屋の空気が少し重くなる。
「……偶然にしては」
千束が呟く。
「重なりすぎてない?」
「私もそう思います」
たきなが答える。
「ユイトさん自身がアンノウンの出現を察知している可能性もあります」
「でも」
千束が首を傾げる。
「ユイトさんは、アンノウンのこと知らないんだよね?」
「アンノウンの事は情報規制で一般人にまず知られる事はありません」
クルミも頷く。
「だから余計に気になる」
クルミが画面を見つめる。
「知らないはずなのに、出現するタイミングと行動が何度も重なってる」
「……」
千束は資料を見つめた。
「もう一つ」
たきなが静かに口を開く。
「私たち自身も、ユイトさんを現場の近くで見ています」
「うん」
千束が頷く。
「あの時だよね」
千束は、以前のことを思い出す。
「サードリコリスの子たちが黄金の戦士と交戦した時」
「はい」
「その近くに、ユイトさんがいた」
たきなが続ける。
「しかも、偶然通りかかったというには……少し気になる位置でした」
「そうそう」
千束が頷く。
「私たちがそこから帰ってる時に、ユイトさんがいたんだよね」
「……」
千束はクルミの画面を見る。
「①ユイトさんが出かける時間と、アンノウンが現れる時間が何度も重なる」
そして。
「②私たちがあの時の現場の近くで、ユイトさんを見かけている」
指を二本立てる。
「この二つがあると……」
千束の表情から、少しだけ笑みが消えた。
「……やっぱり、気になるよね」
「はい」
たきなが頷く。
「少なくとも、無関係だと断定することはできません」
クルミも静かに言う。
「僕も、今のところは偶然だと思いたい」
ミカが資料を見ながら、静かに口を開く。
「……まだ、ユイトが何者なのかは分からん」
「うん」
「だから今は、疑ってかかる必要もない」
ミカは一度、資料を閉じる。
「だが、注意して見ておく必要はあるだろう」
「……そうですね」
たきなが答える。
千束は閉じられた資料を見つめる。
「ユイトさん……」
小さく呟く。
「あなたは、一体何者なの?」
誰も答えられなかった。
ただ――。
ユイトが動いた時間。
アンノウンが現れた時間。
そして、二人が現場近くで見たユイトの姿。
その三つは、少しずつ重なり始めていた。
そして、それとば別にクルミはもう一つだけ調べていた。
それはユイトの自身のことであった。
彼の戸籍から経歴など様々なことを調べるが凄腕ハッカーとしての実力を持つクルミが何一つとして見つけられていないのだ。
直近の家政婦のアルバイトの経歴以外見つかっていない。
まるで最初から無かったと思えるほどに