ただの願望です。
――数日後。
昼下がり。
喫茶リコリコ。
「……あの」
カウンター席に座っていたユイトが、厨房のミズキへ声をかけた。
「ん?」
ミズキが振り返る。
「この前のことなんですけど……」
「この前?」
「和菓子を教えてもらってた時に、急に帰ったじゃないですか」
「ああ」
ミズキはすぐに思い出した。
「別に気にしてないわよ」
「でも……」
ユイトは少し申し訳なさそうに俯く。
「途中で抜けちゃいましたし」
「急用だったんでしょ?」
「はい……」
「なら仕方ないじゃない」
ミズキはあっさりと言う。
「それに、途中までちゃんと覚えてたじゃない」
「……そうですけど」
ユイトは少し迷う。
そして――。
「あの、お詫びも兼ねて……」
「ん?」
「今日、夕食をご馳走させてもらえませんか?」
「……え?」
ミズキの動きが止まった。
少し遅れて。
「……私に?」
「はい」
ユイトは頷く。
「いつも和菓子を教えてもらってますし」
「いや、それくらい別に――」
「それに」
ユイトは少し照れたように笑った。
「この前、途中で帰ってしまったお詫びもしたいので」
「……」
ミズキはユイトを見る。
しばらく黙ったあと。
「……まあ」
少しだけ笑う。
「そういうことなら、いいけど」
「本当ですか?」
「うん」
「ありがとうございます」
ユイトの表情が明るくなる。
その様子を――。
カウンターの端から千束が見ていた。
「……」
千束は、たきなの袖をつまむ。
「たきな」
「はい」
「デートのお誘いだ」
「……そうですね」
「あの疎いたきなが即答しただと!?」
「どう見てもそうでしょう」
千束が口元を押さえる。
「ついに来たかぁ……」
「何が?」
ミズキが振り返る。
「何でもないよー!」
「……?」
ミズキは首を傾げる。
その横でクルミが小声で呟いた。
「デートだな」
「クルミちゃんまで!?」
ユイトが少し困ったように笑う。
「……そそ…そ…そんな大げさなものじゃないですよ」
「いやいや」
千束がニヤニヤする。
「ミズキと二人でご飯でしょ?」
「……はい」
「それ、十分大イベントだよ」
「千束」
たきなが止める。
「あまり茶化さないでください」
「はーい」
だが、千束の笑顔は消えない。
ミズキは呆れたようにため息をついた。
「まったく……」
そしてユイトを見る。
「じゃあ、仕事終わったら行きましょうか」
「はい!」
ユイトが嬉しそうに答えた。
その瞬間。
千束とたきなが顔を見合わせる。
「……」
「……」
二人とも、何も言わなかった。
ただーー千束は少しだけ楽しそうだった。
◆
夕方。
喫茶リコリコの営業が終わる。
「じゃあ、行きましょうか」
ミズキがエプロンを外す。
「はい」
ユイトも立ち上がる。
「どこに行くんですか?」
千束が聞く。
「俺がお世話になってる人のレストランなんだ。」
「へえー」
千束が意味ありげに笑う。
「二人で?」
「そうだけど?」
あっけらかんと答えるミズキに
「ふふふ…」
まるでいたずらっ子のように笑う千束
「何なのこいつ」
ミズキが呆れる。
たきなはその様子を見ながら、小さく笑った。
「楽しんできてください」
「たきなまで……」
ミズキがため息をつく。
「じゃあ、行ってくるわ」
「いってらっしゃーい!」
千束が手を振る。
ユイトも一礼する。
「行ってきます」
そして二人は店を出ていった。
扉の鈴が鳴る。
カラン――。
「……行ったね」
「行きましたね」
千束とたきなが窓から二人の背中を見る。
「……ミズキさん、全然気づいてませんね」
「うん」
千束が笑う。
「本当に鈍いなぁ」
千束は楽しそうに呟いた。
そして。
その頃――。
ユイトとミズキは、並んで街を歩いていた。
「場所なんですけど少し離れたところで電車を使うんですけど。」
「あら、車使わないの?出すわよ?」
「え?」
ユイトが少し慌てる。
「いやいや、確かに遠いですし車で行けばすぐですけども」
「気にしなくていいわよ。どうせリコリコで使ってる車だし。そのレストラン駐車場あるんでしょ?」
「はい」
「ならいいじゃない、行きましょう」
二人は並んで歩く。
まだ、恋人ではない。
ただの店員と常連客。
けれど。
ユイトにとっては――。
この時間だけでも、十分に嬉しかった。
「……ミズキさん」
「何?」
「今日は本当にありがとうございます」
「なんでお礼言うのよ」
「いつも料理を教えてもらってるので」
「そんなの、私が好きでやってるだけよ」
「それでもです」
ユイトは笑う。
「俺、ミズキさんに料理を教えてもらう時間、好きですから」
「……そう?」
「はい」
ミズキは少しだけ笑った。
そしてユイトに好きと言う言葉を使われた瞬間胸がドキッとしたが気のせいだろうと思った。
すぐに頭を切り替えて
「じゃあ、これからもちゃんと覚えていきなさいよ」
「はい!」
夕暮れの街を。
二人はゆっくりと歩いていった。
それは事件も、戦いも、UNKNOWNも関係ない――。
ただの穏やかな一日だった。