色々迷った話
今日も今日とて喫茶リコリコは常連さんがよく見かけるくらいのそこそこの客足だった。
そんな中で今回は珍しいお客様がお見えだった。
少女は、大切そうに一体の人形を抱えていた。
「この子ね、私のお友達なの」
「お友達?」
千束がしゃがみ込み、少女と目線を合わせる。
「うん」
少女は嬉しそうに頷いた。
「私がお願いすると、動いてくれるの」
「へぇ……」
千束が興味深そうに人形を見る。
「本当に動くの?」
「うん!」
少女は人形へ顔を近づける。
「ねえ、この人に手を振って」
すると――。
人形の腕が、ゆっくりと持ち上がった。
「……!」
一瞬。
店内の空気が止まった。
全員が、その光景を見ていた。
だが――
千束がすぐに笑顔を浮かべる。
「わあっすごい! 本当に動いた!」
「でしょ?」
少女は嬉しそうに笑う。
「この子、私の言うことを聞いてくれるの」
「そっかぁ」
千束は人形を見つめる。
その笑顔は、いつもと変わらない。
けれど。
その瞳の奥には、わずかな緊張が走っていた。
たきなも同じだった。
人形が自ら動いた。
それだけではない。
少女は、それを当たり前のこととして受け入れている。
――超能力。
その可能性が、二人の頭をよぎった。
そして同時に。
これまでの事件が脳裏をよぎる。
異常な殺害現場。
そして――UNKNOWN。
もし、この少女が超能力を持っているのなら。
UNKNOWNの標的になる可能性がある。
「この子、大事なお友達なんだね」
「うん!」
少女は嬉しそうに人形を抱きしめる。
「ずっと一緒なの」
「そっか」
千束は優しく笑う。
たきなも普段と変わらない表情で頷いた。
「仲良しなんですね」
「うん!」
店内に、少女の明るい声が響く。
誰も。
何も言わなかった。
少女の前では。
この子が狙われるかもしれないなどと――。
決して悟らせない。
◆
それから、しばらく。
親子はリコリコでゆっくりと時間を過ごしていた。
「美味しいね、お父さん」
「ああ」
娘が嬉しそうに笑う。
父親も笑い返す。
だが、その表情には少しだけ疲れが残っていた。
仕事。家事。そして子育て。
一人で娘を育てる生活は、決して楽ではない。
それでも娘の前では、なるべく弱音を吐かないようにしていた。
そんな父親にとって。
今日のリコリコでの時間は、久しぶりに肩の力を抜ける時間だった。
娘が楽しそうに笑っている。
千束やたきなと話している。
人形を嬉しそうに見せている。
それを眺めているだけで――。
「……」
父親は小さく息を吐いた。
「どうしたの?」
娘が心配そうに見る。
「ん?」
父親は笑う。
「なんでもないよ」
「疲れた?」
「少しだけな」
そう言って、娘の頭を優しく撫でる。
「でも、大丈夫」
その様子を見ていた千束が、少しだけ笑った。
「またいつでも来てくださいね」
「……ありがとうございます」
父親は、少し驚いたように千束を見る。
「こういう店、久しぶりで……」
「そうなんですか?」
「ああ。最近は仕事と家の往復ばかりだったから」
父親は店内を見回す。
木の温かみ。
穏やかな空気。
店員たちの笑い声。
そして――。
娘の楽しそうな笑顔。
「……なんだか、落ち着きますね」
「でしょ?」
千束が嬉しそうに笑う。
「リコリコはいつでも大歓迎ですよ」
「……ありがとうございます」
父親は本当に嬉しそうに笑った。
◆
しばらくして。
「そろそろ行こうか」
「うん!」
父親が娘へ声をかける。
娘は人形を大切そうに抱える。
「今日はありがとうございました」
父親が頭を下げる。
「こちらこそ!」
千束が笑顔で手を振る。
「また遊びに来てね!」
「うん!」
少女も嬉しそうに手を振る。
「また来ます」
父親も笑う。
その言葉には、少しだけ名残惜しさがあった。
店を出ようとした、その時。
「……あ」
千束が思い出したように声を上げる。
「人形のお友達も、また連れてきてね」
「うん!」
少女は人形を抱きしめる。
「この子も、リコリコ好きだって!」
「えっ、もう?」
千束が笑う。
「じゃあ、次はもっと仲良くなろうね」
「うん!」
親子は店を出ていく。
カラン――。
扉が閉まる。
千束は最後まで笑顔で手を振っていた。
親子の姿が完全に見えなくなる。
そして――。
「…………」
千束の笑顔が消えた。
たきなも黙って扉を見る。
クルミはすでにパソコンへ向かっていた。
「クルミ」
「確認する」
クルミの指がキーボードを叩く。
ミカは静かに頷いた。
「一旦、店を閉める」
「え?」
千束が振り返る。
「今から少し、話をする」
ミカの声はいつもより低かった。
たきなが入口へ向かう。
そして、店の看板を裏返した。
CLOSE
カラン。
鍵がかかる。
いつもなら穏やかな午後の喫茶店。
だが今は――。
誰もいない店内に、緊張した空気が漂っていた。
「クルミ」
「うん」
「親子を追えるか?」
「もちろん」
クルミはすぐにドローンを起動させる。
画面に、上空から街を映した映像が表示された。
「さっきの親子、まだそんなに離れてない」
「追跡開始」
クルミが操作する。
小型ドローンが静かに上空へ飛び立っていく。
「親子の位置、確認」
千束が画面を覗き込む。
「見失わないでね」
「僕を誰だと思ってるんだよ」
クルミが少しだけ得意げに笑う。
その一方。
ミカは受話器を手に取った。
「……楠木に連絡する」
千束とたきなが振り返る。
「さっきの子について?」
「ああ」
ミカは短く答えた。
「これまでの事件と、今日の件を合わせれば――」
一度、言葉を切る。
「UNKNOWNは、超能力を持つ人間を狙っている可能性がある」
店内が静まり返る。
千束が少女のことを思い出す。
人形。
そして――。
その人形を動かした少女。
「……もし、本当にそうならさっきの子も……」
「はい」
たきなが静かに言う。
「可能性はあります」
ミカは受話器を耳へ当てる。
「だからこそ、今のうちに報告しておく」
「でも、信じてくれるかな。楠木さん」
千束が少し不安そうに言う。
「今まで散々化け物を見てるんですから、超能力が出てもおかしくないですよ」
たきなが淡々と返す。
「それもそっか」
千束が頷く。
発信音。
やがて。
電話が繋がる。
「ミカだ」
ミカの声が、静かな店内に響く。
その頃。
クルミの操作するドローンは、親子の後を追っていた。
まだ何も起きていない。
だが、あの少女は――。
すでに、UNKNOWNの標的になっている可能性かある