もう少しだ。
――街の片隅。
父親と少女は、並んで歩いていた。
少女はお気に入りの人形を胸に抱き、父親に今日あったことを楽しそうに話している。
「それでね、お人形さんがね、ちゃんとお返事してくれたの!」
「そうか。よかったな」
「うん!」
父親が優しく微笑む。
その少し後方。
ミズキの運転する車が、一定の距離を保ちながら二人を追っていた。
助手席の千束は、窓の外へ視線を向けている。
「……来た」
小さな呟き。
千束の目が鋭くなる。
歩道の向こう側。
人混みの隙間を縫うように、一つの黒い影が移動していた。
人間の歩き方ではない。
周囲の人々に紛れているはずなのに、その輪郭だけが不自然に浮かび上がって見える。
「UNKNOWN……!」
千束が身を乗り出す。
「ミズキ、車を止めて!」
「ええ!」
ミズキが路肩へ車を寄せる。
千束はシートベルトを外すと、すぐにドアへ手をかけた。
「千束、無茶しないでよ!」
「分かってる!」
返事をしながら、千束は車外へ飛び出した。
そして――。
UNKNOWNが伸ばす腕を千束が掴む
「はーいストップ〜おにーさーん、子供に手を出すのは犯罪ですよ〜」
千束は笑顔で掴んだ腕はすぐに振り払われてそのままその腕は千束を襲う。
それをひょいと避けてアンノウンの視線を奪う。
「さあて……」
千束が銃を構える。
「こっちだよ、怪物さん」
千束は後退しながら、親子とは反対方向へ走り出す。
「ほらほら! 追いかけておいで!」
UNKNOWNが地面を蹴った。
その巨体が、千束へ向かって突進する。
「っ!」
千束は横へ跳ぶ。
UNKNOWNの腕が、彼女のすぐ脇を通り過ぎた。
風圧が髪を揺らす。
着地と同時に、千束はさらに走った。
親子から離れるために。
人通りの多い場所から引き離すために。
そして――。
待ち伏せている仲間のもとへ誘い込むために。
◆
「……誘導、確認」
移動基地。
G3のヘルメット越しに、たきながモニターを見つめていた。
画面には、千束とUNKNOWNの移動経路が表示されている。
『たきな。目標はそちらへ向かっている』
楠木司令の声が通信機から響く。
「了解しました」
たきなは大型トレーラーの後部ハッチから外へ出た。
そこは、建物の陰にある広い搬入口だった。
人通りは少ない。
周囲には、UNKNOWNを迎え撃つための十分な空間がある。
たきなはG3の銃を構えた。
重い装甲が、身体の動きに合わせて小さく鳴る。
照準を確認。
弾薬を確認。
射線を確認。
準備は整っている。
「……来てください」
静かに呟いた。
◆
「ほら、こっち!」
千束が路地を抜ける。
その後ろを、UNKNOWNが追ってくる。
巨大な足がアスファルトを踏み砕く。
距離が縮まる。
千束は振り返り、相手の動きを観察した。
肩の動き。
腰の向き。
足を踏み出すタイミング。
次の攻撃がどこから来るのか。
その兆候を、千束の人並外れた動体視力が捉えていく。
「右から!」
千束は身体を傾けた。
UNKNOWNの腕が、頭上を薙ぐ。
続く踏み込み。
千束は地面を蹴り、間合いを外した。
攻撃を避けながら、確実に誘導する。
やがて――。
視界の先に、大型トレーラーが見えた。
「たきな!」
『確認しています』
「じゃあ、お願い!」
千束が最後の角を曲がる。
UNKNOWNも、迷うことなく追いすがった。
その瞬間。
――パンッ!
乾いた銃声が響いた。
UNKNOWNの肩が弾けるように揺れる。
続けて。
――パンッ! パンッ!
二発の銃弾が、胸部と脚部へ正確に撃ち込まれた。
「――ギィッ!」
UNKNOWNが足を止める。
その正面。
G3が銃を構えていた。
「目標を確認」
たきなの声は冷静だった。
「これより、排除を開始します」
UNKNOWNが低く唸る。
次の瞬間、たきなは再び引き金を引いた。
――パンッ!
銃弾が命中する。
UNKNOWNが身体を揺らした。
千束が、その横へ回り込む。
「はい、こっちもいるよ!」
銃を構え、牽制射撃。
――パンッ! パンッ!
UNKNOWNの注意が、千束へ向く。
だが、その隙を逃さず、G3の銃弾が再び叩き込まれた。
正面からの射撃。
側面からの撹乱。
二人の連携が、UNKNOWNを追い詰めていく。
「いい感じ!」
千束が笑う。
「たきな、そのまま!」
「分かっています!」
たきなは一歩ずつ前進する。
照準をぶらさず、必要な箇所へ正確に射撃を重ねていく。
UNKNOWNが反撃しようと腕を振り上げる。
しかし。
千束が、その動きを読んでいた。
「させないよ!」
千束が横から銃を撃つ。
弾丸そのものに大きな損傷を与える力はない。
それでも、攻撃の瞬間に意識を逸らすには十分だった。
UNKNOWNの腕がわずかにぶれる。
その隙に、G3が射撃を叩き込んだ。
――パンッ!
――パンッ!
――パンッ!
UNKNOWNが後退する。
「……効いています」
たきなが呟いた。
「このままなら……!」
千束も確信する。
あと少し。
もう一押しで、相手の動きを封じられる。
UNKNOWNが膝をつきかけた。
たきなは銃口を向けたまま、次の射撃に備える。
「目標、行動能力低下」
通信機へ報告する。
『そのまま押さえろ。周囲への警戒も怠るな』
「了解」
たきなは短く答えた。
千束がUNKNOWNの側面へ回り込む。
「さあ、そろそろ終わりにしようか!」
その時だった。
――ピピピピッ!
G3のヘルメット内に、警告音が鳴り響いた。
「……?」
たきなの視界に、新たな反応が表示される。
UNKNOWN反応。
しかも――。
「……もう一体?」
表示された位置は、現在地からそう遠くない。
たきなの動きが一瞬止まった。
『たきな、報告する』
楠木司令の声が響く。
『新たな熱源反応を確認。そちらへ接近している』
「熱源反応……?」
『ラジアータの予測と一致しない。識別できていない』
千束も通信を聞いていた。
「えっ、ちょっと待って。新しい熱源って……」
脳裏に浮かんだのは、黄金の戦士の姿だった。
UNKNOWNを圧倒する力。
突然現れ、そして姿を消す謎の存在。
「……もしかして、あの人?」
千束が呟く。
だが。
『違う』
楠木司令が即座に否定した。
『接近中の反応は、UNKNOWNだ』
「……え?」
千束の顔から笑みが消えた。
たきなも、新たな反応の方向へ銃口を向ける。
路地の奥。
建物の陰。
そこから――。
異形の影が、ゆっくりと姿を現した。
先ほどのUNKNOWNとは違う。
体格も、四肢の形状も異なる。
それでも、全身から放たれる不気味な気配は同じだった。
「――グルルル……」
異形の言葉が、低く響く。
最初のUNKNOWNが、ゆっくりと立ち上がった。
そして、新たに現れた個体の隣へ移動する。
まるで、互いの存在を確かめるかのように。
「……二体」
たきなが呟く。
「そんな……」
千束が二体を見比べる。
先ほどまで、一体を相手に優位に戦えていた。
それが今。
目の前には、二体のUNKNOWNが並んでいる。
しかも、一体目はまだ倒れていない。
千束は銃を握り直した。
「……たきな」
「はい」
「さっきみたいには、いかないかも」
「承知しています」
たきなはG3の銃を構え直す。
「ですが、ここで止めます」
その言葉に、千束が小さく笑った。
「うん。そうこなくっちゃ」
しかし。
UNKNOWNたちは、二人の覚悟を嘲笑うかのように動き出した。
一体目が、千束へ向かう。
二体目は――。
G3へ狙いを定めた。
「……来ます!」
たきなが引き金を引く。
――パンッ!
弾丸が二体目へ命中する。
だが、そいつは止まらなかった。
銃弾を受けながら、一直線にG3へ突進する。
「速い……!」
たきなが身を捻る。
UNKNOWNの腕が、G3の胸部装甲を殴りつけた。
――ガァンッ!
「ぐっ……!」
衝撃が装甲を通して身体へ伝わる。
たきなの足が、地面を滑った。
体勢を立て直す間もなく、二撃目。
――ドガッ!
今度は肩部装甲。
金属が軋み、警告音が鳴る。
『G3、装甲損傷を確認』
「……っ!」
たきなは銃を構えようとする。
だが、UNKNOWNが腕を掴んだ。
「なっ……!」
強引に引き寄せられる。
そのまま――。
――ドォンッ!
G3の身体が、建物の壁へ叩きつけられた。
「ぐあっ!」
視界が大きく揺れる。
HUDに警告表示が次々と浮かび上がった。
『姿勢制御異常』
『左腕部、駆動系損傷』
『主兵装、照準機能に異常』
「……まだ……!」
たきなは立ち上がろうとする。
だが。
UNKNOWNが、容赦なく踏み込んできた。
――ガンッ!
胸部装甲に一撃。
続いて、脚部へ強烈な蹴り。
G3の巨体が、地面へ崩れ落ちる。
「たきな!」
千束が叫ぶ。
すぐさま最初のUNKNOWNから距離を取り、G3へ駆け寄ろうとする。
しかし。
最初のUNKNOWNが、その進路を塞いだ。
「……っ!」
千束は急停止する。
目の前には、最初のUNKNOWN。
その背後には、倒れたG3。
そして――。
二体のUNKNOWNが、ゆっくりと千束を挟み込むように位置を変えていく。
通信機から、ノイズ混じりの声が響いた。
『……たきな、応答しろ』
楠木司令だった。
たきなは地面に片膝をついたまま、通信機へ手を伸ばす。
「……こちら……G3……」
『状況を報告しろ』
「……システム損傷……主兵装、使用困難……」
たきなは、何とか立ち上がろうとする。
だが、左腕が思うように動かない。
「……戦闘継続……困難です……」
その報告に、千束の顔が強張った。
G3が戦闘不能寸前。
UNKNOWNは二体。
そして、自分の前にも一体。
先ほどまで、確かに追い詰めていた。
勝てると思った。
あと一歩だった。
それなのに。
新たなUNKNOWNが現れただけで、戦況は完全にひっくり返された。
千束は銃を構え直す。
恐怖が、背筋を冷たく撫でていく。
それでも。
倒れたたきなを見捨てるわけにはいかない。
「……たきな」
「……はい」
「絶対に、死なせないから」
千束がUNKNOWNを睨みつける。
その声は震えていた。
だが、銃を握る手は離さない。
二体のUNKNOWNが、同時に動き出す。
一体は千束へ。
もう一体は、倒れたG3へ。
千束は歯を食いしばった。
――このままでは、守りきれない。
その時。
遠く離れた場所で、誰にも聞こえないほど小さな鼓動が響いた。
ドクン。
黄金の戦士は、まだ現れない。
そして千束たちは知らなかった。
この戦場に現れた二体のUNKNOWNが――。
最初から、連携して狩るために送り込まれていたことを。