変身は次です。
――ガァンッ!
金属が砕けるような衝撃音が、路地に響いた。
「……っ!」
G3の装甲をまとったたきなが、地面に片膝をついている。
ヘルメットの内側では、警告音が鳴り続けていた。
『左腕部、駆動系異常』
『姿勢制御、応答低下』
『主兵装、使用不能』
「……くっ」
たきなは右腕で地面を押し、立ち上がろうとした。
だが、左腕は動かない。
先ほどUNKNOWNに叩きつけられた衝撃が、装甲の奥まで響いていた。
目の前には二体のUNKNOWN。
一体は千束を狙い、もう一体は倒れたG3へと迫っている。
「たきな!」
千束が叫ぶ。
助けに行きたい。
しかし、目の前のUNKNOWNがそれを許さなかった。
右腕が振り下ろされる。
千束は紙一重で身をかわした。
――ドゴォンッ!
拳が地面にめり込み、アスファルトが砕け散る。
「うわっ……!」
千束は後方へ跳び、すぐに体勢を立て直した。
攻撃の軌道は見えている。
次にどこを狙うのかも分かる。
それなのに――。
もう一体を相手にしているたきなを、助けに行けない。
「……っ、邪魔!」
千束は銃を構え、UNKNOWNの顔面へ狙いを定める。
――パンッ! パンッ!
弾丸が命中する。
UNKNOWNの頭部がわずかに揺れた。
だが、止まらない。
「……ほんっと、頑丈なんだから!」
千束は舌打ちし、再び攻撃をかわした。
その間にも、もう一体のUNKNOWNがG3へ近づいていく。
たきなは右腕を伸ばし、地面に落ちた銃へ手を伸ばした。
「……まだ……!」
その瞬間。
UNKNOWNの足が、銃を踏み砕いた。
――バキッ!
「……!」
たきなの動きが止まる。
武器を失った。
左腕も動かない。
G3のシステムも、まともに機能していない。
それでも、たきなはUNKNOWNを睨みつけた。
「……千束を……」
声が漏れる。
「……狙わせません……!」
たきなは右腕をついて、身体を起こそうとした。
だが、UNKNOWNの腕が迫る。
――その時だった。
◆
「千束! たきな!」
少し離れた道路。
ミズキはハンドルを握りしめていた。
フロントガラス越しに見えるのは、崩れた路地の壁。
その向こうから、銃声と衝撃音が聞こえてくる。
「……あのバカたち!」
ミズキは歯を食いしばった。
クルミからの通信が入る。
『ミズキ! 二人が危ない!』
「見れば分かるわよ!」
『UNKNOWNが二体いる! 千束が一体を引きつけてるけど、もう一体がたきなに接近してる!』
「……っ!」
ミズキはアクセルを踏み込んだ。
エンジンが唸る。
車体が一気に加速する。
『ミズキ!?お前何する気だ!?』
「決まってるでしょ!」
ミズキは前方を睨みつけた。
「二人を拾いに行くのよ!」
『まさか――』
「そのまさかよ!」
目の前には、路地を塞ぐ壁。
そして、その向こうに二人がいる。
ミズキはハンドルを握り直した。
「千束! たきな!」
アクセルを、さらに踏み込む。
「ちょっと乱暴に行くわよ!」
――ドォォォォンッ!!
車が壁へ突っ込んだ。
コンクリートが砕け散る。
大量の破片が宙を舞い、土煙が一気に広がった。
壁を突き破った車体は、その勢いのまま路地へ飛び込む。
そして――。
たきなへ迫っていたUNKNOWNの側面に、真正面から激突した。
――ドゴォォォンッ!!
「――ギィィィッ!?」
異形の身体が宙を舞う。
UNKNOWNは地面を転がり、壁へ激突した。
衝撃でアスファルトが砕け、周囲に破片が飛び散る。
車は数メートル先で急停止した。
――キィィィッ!
エンジン音が、路地に響く。
そして。
数秒間、誰も動かなかった。
「…………」
千束は、ぽかんと口を開けていた。
目の前にあるのは、壁を突き破って現れた車。
運転席には――。
「……ミズキ?」
窓が開いた。
「何ぼーっとしてんのよ!」
ミズキが怒鳴る。
「早く乗りなさい!」
「……えっ、あ、はい!」
千束は我に返った。
「いや、ちょっと待って! 今、壁壊した!?」
「後で請求書でも書いときなさい!」
「いやいやいや! そういう問題!?」
「千束!!」
「はーいっ!」
千束は慌てて車へ走った。
その背後で、吹き飛ばされたUNKNOWNがゆっくりと起き上がろうとしている。
「……っ、まだ動けるの!?」
千束が振り返る。
だが、今は戦っている場合ではない。
たきなを連れて逃げなければ。
「たきな! 大丈夫!?」
千束は地面に倒れているG3へ駆け寄った。
「……千束……」
ヘルメットのスピーカーから、たきなの声が聞こえる。
「よかった……! 立てる?」
「……なんとか」
たきなは右腕を地面につき、身体を起こそうとした。
しかし。
重い。
G3の装甲は、少女一人が身につけるにはあまりにも重かった。
損傷したシステムの補助も十分に働いていない。
たきなは立ち上がることができなかった。
「……っ」
千束はたきなの右腕を掴む。
「よいしょ……!」
引っ張る。
だが――。
びくともしない。
「……え?」
千束が目を丸くした。
「ちょ、ちょっと待って……!」
今度は両手で、たきなの右腕と装甲を掴む。
「せーのっ……!」
力を込める。
しかし、G3の巨体はわずかに傾いただけだった。
「……うそでしょ」
千束の額に汗が浮かぶ。
普段なら、多少重いものでも簡単に持ち上げられる。
だが、今のたきなはG3の装甲を全身にまとっている。
しかも、その重量を支えるシステムまで損傷していた。
千束一人の力では、どうにもならない。
「……ごめん、たきな。これ、無理!」
「……分かっています」
たきなの声が返ってくる。
いつもの冷静さを保とうとしていた。
だが、その呼吸は荒い。
さらに――。
「……っ!」
たきなの左腕が、わずかに動いた。
その瞬間。
激痛が走った。
「――っ、ああっ!」
「たきな!?」
千束が顔を覗き込む。
たきなは左腕を動かそうとした。
しかし、腕は力なく垂れ下がるだけだった。
装甲の隙間から伝わる痛み。
先ほどUNKNOWNに叩きつけられた衝撃で、左腕の骨が折れていたのだ。
「……左腕が……動きません…」
たきなの声が震える。
千束の表情が変わった。
「……マジか」
もう、無理に動かしてはいけない。
たきな自身も、それを理解していた。
左腕を使えない状態で、重いG3を自力で動かす。
それは、あまりにも危険だった。
しかし――。
UNKNOWNが、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「……千束」
「うん」
「……先に乗ってください」
「何言ってんの!」
千束が即座に言い返す。
「たきなを置いていくわけないでしょ!」
「ですが……」
「いいから!」
千束はたきなの右側へ回り込む。
「私が支えるから。たきなは右腕だけでいい。ゆっくりでいいから、自分で動いて!」
「…くっ…分かりました」
たきなは息を吸い込んだ。
そして。
動かない左腕を庇いながら、右腕を地面につく。
――ギギッ……。
G3の装甲が軋んだ。
右腕で身体を支え、膝を立てる。
千束はその肩を支えた。
「そうそう! ゆっくり!」
「……っ、重い……」
「うん、知ってる! さっき全然持ち上がらなかった!」
「……後で……覚えていてください……」
「えっ、そこ!?」
こんな状況でも、千束は思わず声を上げた。
けれど。
たきなの顔には、苦痛が浮かんでいた。
左腕を動かさないように、慎重に身体を傾ける。
一歩。もう一歩。
G3の重さに耐えながら、たきなは車へ向かって進んだ。
そのたびに装甲が鳴る。
左腕が揺れるたび、鋭い痛みが走った。
それでも、止まらない。
「……あと少し……!」
千束が声をかける。
「頑張って、たきな!」
「……はい……!」
そして、ようやく。
たきなの右手が、車のドアに届いた。
千束がドアを大きく開く。
「よし! ここから!」
たきなは車体へ身体を預け、右腕と脚を使って、どうにか車内へ身体を滑り込ませた。
――ガンッ!
G3の装甲がドアの縁にぶつかる。
「……っ!」
「大丈夫!?」
「……問題ありません……」
どう見ても問題がある声だった。
それでも、たきなは最後の力を振り絞り、車内へ入った。
ようやく、全身が座席の上へ収まる。
「……はぁ……っ、はぁ……」
たきなは荒い呼吸を繰り返した。
千束が隣へ滑り込む。
「……よかった……」
心の底から、そう呟いた。
たきなが顔を向ける。
「……千束」
「なに?」
「……助かりました」
「……うん」
千束は笑おうとした。
だが、うまく笑えなかった。
「……ほんと、危なかったね」
◆
「二人とも! 乗った!?」
ミズキがバックミラー越しに叫ぶ。
「乗ったよ!」
千束が返事をする。
「たきなは!?」
「……大丈夫です」
たきなが答える。
「大丈夫な声じゃないわよ!」
ミズキが顔をしかめる。
その時。
――ドォンッ!
背後で衝撃音が響いた。
吹き飛ばされたUNKNOWNが、瓦礫を蹴散らして立ち上がったのだ。
その隣には、もう一体のUNKNOWN。
二体が、車を見据えていた。
「……しつこいわね!」
ミズキがハンドルを握り直す。
「行くわよ!」
右足は勢いよくアクセルを踏み抜く
「たきな、左腕は動かさないで。絶対だからね!」
「……はい」
たきなの声は弱々しかった。
左腕は、もう持ち上がらない。
装甲の内側で骨が折れている。
G3のシステムも損傷している。
今のたきなには、まともに戦う力が残っていなかった。
「……ミズキ、お願い!」
千束が前を向く。
「言われなくても!」
ミズキはアクセルを踏み込んだ。
エンジンが唸り、車体が急加速する。
――キィィィッ!
車が急旋回し、路地から飛び出した。
背後では、UNKNOWNたちが追跡を開始していた。
クルミの声が通信機から響く。
『ミズキ! 後ろ! 二体とも追ってる!』
「分かってるわよ!」
『このままだと追いつかれる!』
「だったら、追いつかれないように走るだけ!」
ミズキはハンドルを切った。
車体が大きく揺れる。
千束はたきなの身体を支えながら、後方を確認した。
UNKNOWNが迫ってくる。
人間とは思えない速度で。
そして――。
車の背後へ、巨大な影が迫った。
「……っ!」
千束が息を呑む。
ミズキがアクセルをさらに踏み込んだ。
「絶対に……!」
ハンドルを握る手に力がこもる。
「絶対に、連れて帰るんだから!」
車は街を駆け抜ける。
傷ついたたきな。
彼女を支える千束。
そして、二人を救い出したミズキ。
その後方から、二体のUNKNOWNが追いすがっていた。
戦闘は終わっていない。
ただ――。
今は、逃げるしかなかった。
――キィィィッ!
ミズキの運転する車が、街路を駆け抜けていく。
バックミラーには、二体のUNKNOWNの姿が映っていた。
「……しつこいわね!」
ミズキはハンドルを握り直し、アクセルを踏み込む。
エンジンが唸り、車体がさらに加速した。
助手席では、千束が後方を警戒している。
その隣では、G3の装甲をまとったたきなが、苦しげに呼吸を繰り返していた。
「……たきな、痛む?」
「……問題ありません」
「いや、絶対問題あるでしょ、それ……」
千束はたきなの左腕を見た。
損傷した装甲。
動かない腕。
先ほどから、たきなは痛みを堪えるように唇を噛んでいる。
今は一刻も早く、安全な場所へ逃げなければならない。
その時だった。
後方のUNKNOWNが立ち止まった。
「……?」
千束が目を細める。
「止まった……?」
違う。
UNKNOWNは追跡を諦めたわけではなかった。
その手元に、文字が浮かび上がっていた。
頭上に、光の輪が現れた。
次の瞬間。
輪の中心から、一本の槍が出現する。
「……武器!?」
千束が叫んだ。
「ミズキ、危ない!」
「えっ――」
ミズキがバックミラーを見る。
UNKNOWNが、槍を振りかぶっていた。
そして――。
投げた。
ヒュンッ!
槍が空気を切り裂き、車へ向かって一直線に飛んでくる。
「――っ!」
千束が振り返った瞬間。
槍は車体の左側へ突き刺さった。
正確には――。
左前輪のタイヤ。
――バァンッ!!
破裂音が響いた。
「きゃっ!?」
車体が左へ大きく傾く。
「なっ……!?」
ミズキがハンドルを切る。
だが、左前輪が完全に潰れていた。
制御が利かない。
車体が横滑りを始めた。
「ミズキ!!」
「分かってるわよ!!」
必死にハンドルを操作する。
しかし、速度は落ちない。
車は道路の上で大きく回転した。
――ギャギャギャギャッ!!
タイヤが路面を削り、車体が激しく揺れる。
千束は反射的にたきなを庇おうとした。
「たきなっ!!」
「――っ!」
次の瞬間。
ドォォォンッ!!
車が道路脇の壁へ激突した。
衝撃で車内のすべてが揺さぶられる。
窓ガラスが砕け、破片が飛び散った。
そして――。
静寂。
エンジンの不規則な音だけが、潰れた車体の中に響いていた。
◆
「…………」
千束は、動かなかった。
頭を強くぶつけた衝撃で、意識を失っていた。
その隣。
たきなもまた、頭をぶつけ、G3の装甲をまとったまま座席に沈み込んでいる。
返事はない。
呼吸はある。
だが、二人とも気絶していた。
ミズキは――。
「……っ、う……」
かすかな声を漏らした。
頭を強くぶつけた。
額から流れた血が、頬を伝っている。
その血が右目に入り、視界を赤く染めていた。
「……っ、見え……ない……」
右目がうまく開けられない。
左目だけで周囲を確認する。
歪んだフロントガラス。
変形した車体。
動かなくなったエンジン。
そして――。
耳元から、何の音もしない。
「……通信……?」
ミズキは耳に手を伸ばした。
装着していた通信機は、衝突の衝撃で壊れていた。
ノイズすら聞こえない。
クルミの声も。
DAからの連絡も。
何もない。
「……最悪……」
ミズキは苦痛に顔を歪めた。
それでも、最初に確認したのは自分のことではなかった。
「……千束……?」
身体を捻り、助手席を見る。
「千束! 起きなさい!」
返事はない。
肩を揺さぶる。
反応がない。
「……嘘でしょ……」
ミズキの顔から血の気が引いた。
今度は、たきなへ目を向ける。
「たきな……!」
G3の装甲に覆われた身体は、座席に沈んだまま動かない。
「ねえ、ちょっと……たきな!」
何度呼びかけても、二人は目を覚まさなかった。
ミズキは震える手で、二人の様子を確かめる。
呼吸はある。
命に別状があるかどうかまでは分からない。
だが――。
少なくとも、今すぐ返事ができる状態ではなかった。
「……二人とも……」
声が震える。
頭から流れる血が、右目にまた入り込んだ。
視界が滲む。
それでも、ミズキは歯を食いしばった。
「……こんなところで……」
自分が動かなければ。
二人を助けられるのは、自分しかいない。
ミズキは痛む身体を無理やり動かした。
ドアに手をかける。
だが、車体が歪んでいて、なかなか開かない。
「……っ、開きなさいよ……!」
肩で押す。
何度も力を込める。
そして――。
ギギギ……ッ。
ようやく、ドアが開いた。
ミズキは車外へ転がるように出た。
「……っ、はぁ……」
足元がふらつく。
片目は血で見えにくい。
頭は割れるように痛い。
それでも、ミズキは立ち上がった。
車内に残された二人を助けるために。
◆
――ドン。
足音が響いた。
ミズキが顔を上げる。
道路の向こう。
土煙の中から、UNKNOWNが歩いてきた。
その手には、先ほど投げた槍が再び現れている。
「…………」
ミズキは一歩、後ずさった。
さらに、その後ろ。
もう一体のUNKNOWNも、ゆっくりと姿を現した。
二体。
逃げ道はない。
車は動かない。
通信機も壊れた。
千束もたきなも、気を失っている。
自分自身も、まともに動ける状態ではなかった。
どう考えても、勝ち目はない。
それでも。
ミズキは車を振り返った。
車内にいる二人。
自分が守らなければならない仲間。
「……あんたたち……」
声がかすれる。
血が右目を伝い、地面へ落ちた。
「…………」
ミズキは、ふらつく足で一歩前へ出た。
UNKNOWNが槍を構える。
もう一体も、ミズキを挟み込むように位置を変えた。
完全に追い詰められていた。
それでも――。
ミズキは笑った。
痛みも。
恐怖も。
絶望も。
すべてを押し殺すような、不敵な笑みだった。
「……くたばれ」
たった一言。
その言葉を聞いたかのように、UNKNOWNが動き出す。
ミズキは目を逸らさなかった。
その時だった。
――キィィィィィン……。
遠くから、かすかな音が聞こえた。
「……?」
ミズキの笑みが、わずかに止まる。
耳の奥に残るような、高い音。
最初は小さかった。
しかし――。
キィィィィィン……。
音は、少しずつ存在感を増していく。
まるで、何かが目覚めようとしているかのように。
◆
――同じ頃。
少し離れた場所。
ユイトは、足を止めていた。
「……今の音……」
胸の奥が、強く脈打つ。
ドクン。
その腰にあるベルトが――。
黄金の光を放った。
眩い光が、夜の闇を切り裂く。
同時に。
耳の奥に残るような高音が鳴り始めた。
キィィィィィン……。
連続する電子音が、徐々に存在感を増していく。
まるで、長い眠りについていた力を呼び覚ますように。
ユイトは自分の腰を見下ろした。
ベルトの光が強くなる。
電子音が重なり合う。
そして――。
ドクン。
もう一度、心臓が鳴った。
ユイトは顔を上げた。
その視線の先。
遠くに、煙が立ち上っている。
「……あそこに……あいつがいる。」
理由は分からない。
ただ、身体が告げていた。
あそこへ行かなければならない。
ユイトは拳を握りしめる。
「……待ってろ」
一歩、踏み出す。
ユイトは、煙の立ち上る場所へ向かって走り出した。