――ドン。
UNKNOWNの足音が、静まり返った道路に響く。
ミズキは、車の前に立っていた。
右目は血で塞がれかけ、視界はひどくぼやけている。
頭が痛い。
足元も覚束ない。
それでも、背後にある車から離れようとはしなかった。
その中には、千束とたきながいる。
自分が逃げれば、二人が危ない。
だから――。
「……来なさいよ」
ミズキは、震える足で踏ん張った。
槍を持ったUNKNOWNが、一歩踏み出す。
もう一体が、反対側から距離を詰めてくる。
逃げ道はなかった。
その時。
――キィィィィィン……。
高い音が、再び響いた。
「……?」
ミズキが顔を上げる。
UNKNOWNたちも、動きを止めた。
音は、少しずつ近づいてくる。
キィィィィィン……。
連続する電子音。
その奥から、誰かの足音が聞こえ始めた。
コツ。
コツ。
コツ。
土煙の向こう。
一人の青年が、ゆっくりと歩いてくる。
「……誰……?」
ミズキは目を細めた。
血で滲む視界の中、青年の姿が少しずつはっきりしていく。
見覚えのある顔。
つい先日、喫茶リコリコにやってきた青年。
千束たちと話していた、あの青年。
「……ユイト……?」
なぜ、彼がここにいるのか。
どうして、この状況で平然と歩いてこられるのか。
ミズキには理解できなかった。
ただ、一つだけ分かった。
ユイトの腰にあるベルトが――。
黄金の光を放っていた。
眩い光が、彼の周囲を照らしている。
高音を伴う電子音が、夜の空気を震わせた。
キィィィィィン……。
ユイトは歩みを止めない。
ミズキを見つめていた。
その瞳には、迷いがなかった。
UNKNOWNの一体が、ゆっくりとユイトへ顔を向ける。
「――グルァ……ゼェ……!」
異形の言葉が響く。
もう一体も、ユイトを見据えた。
「――アギト……!」
その言葉だけは、ミズキの耳にも届いた。
「……アギト?」
聞き返す。
今、確かにそう聞こえた。
アギト。
それは何なのか。
ユイトのことなのか。
それとも、目の前の何かを指しているのか。
考えようとした。
けれど――。
「……っ」
頭に鋭い痛みが走る。
血のせいで、右目はほとんど見えない。
衝突の衝撃で、意識も朦朧としていた。
目の前に突然現れたユイト。
光るベルト。
耳に残る電子音。
人間ではない怪物。
情報が多すぎた。
頭が、何一つ整理できない。
「……あんた……なんで……」
ようやく絞り出した声も、途中で途切れた。
ユイトは答えなかった。
代わりに、腰のベルトへ一瞬だけ視線を落とす。
そして――。
顔を上げた。
UNKNOWNたちを、まっすぐに見据える。
その瞬間。
槍を持ったUNKNOWNが、ユイトへ向かって突進した。
――ドッ!!
アスファルトが砕ける。
異形の巨体が、一気に距離を詰めた。
「――っ!」
ミズキが声を上げる。
だが。
ユイトは、動じなかった。
槍が振り下ろされる。
その刃が頭上へ迫った瞬間――。
ユイトの身体が、静かに横へ流れた。
紙一重。
槍は空を切り、道路を深く抉る。
――ガァンッ!!
破片が飛び散った。
UNKNOWNが槍を引き戻そうとする。
しかし、その動作が終わるよりも早く。
ユイトは一歩、踏み込んでいた。
「――ッ!」
拳が、UNKNOWNの腹部へ突き刺さる。
――ドゴォッ!!
巨体がくの字に折れた。
さらにユイトは、相手の体勢が崩れた瞬間を逃さない。
身体を捻り、蹴りを放つ。
――バギィッ!!
UNKNOWNの身体が横へ吹き飛び、道路脇へ叩きつけられた。
土煙が舞い上がる。
「……え……?」
ミズキは、目の前の光景を理解できなかった。
あの怪物を。
千束たちを圧倒した、あの化け物を。
ユイトは、たった二撃で吹き飛ばしたのだ。
だが、もう一体が動く。
背後から迫り、腕を振り下ろす。
ユイトは振り返らない。
足音だけで攻撃を察したかのように、身体を半歩ずらした。
巨大な腕が、すぐ脇を通過する。
その懐へ。
ユイトが踏み込んだ。
――ドッ!!
拳が、UNKNOWNの胸部を打ち抜く。
続けて、低い位置から蹴り上げる。
――ドゴォッ!!
UNKNOWNの巨体が浮き上がり、数メートル先まで吹き飛んだ。
二体のUNKNOWN。
どちらも、ミズキへ近づけなくなっていた。
ユイトは、その間に立つ。
まるで、ミズキを守る壁のように。
「…………」
静寂が戻った。
ユイトはUNKNOWNから目を離さないまま、背後へ声をかけた。
「……大丈夫ですか?」
「……え?」
ミズキは、ぼんやりとユイトを見つめた。
「……あ、うん……」
返事をしようとした。
けれど、その瞬間。
張り詰めていたものが、ふっと切れた。
「……あ……」
足から力が抜ける。
視界が暗くなる。
身体が前へ傾いた。
「……っ!」
倒れる寸前。
ユイトが振り返り、すぐに駆け寄った。
「危ない!」
ミズキの身体を、両腕で受け止める。
ぐったりとした身体が、ユイトの腕の中に収まった。
「……ミズキさん?」
返事はない。
いや、意識はある。
ただ、もう立っていることさえできなかった。
恐怖から解放された安堵。
突然現れたユイトへの驚き。
目の前で起きた、信じられない戦闘。
そして、頭の負傷。
そのすべてが一度に押し寄せ、ミズキの身体から力を奪っていた。
「……ああ、もう……」
ミズキは、かすかに笑った。
右目から流れた血が、頬を伝う。
ユイトは眉を寄せた。
「頭を怪我しているんですね。無理しないでください」
「……分かってるわよ……」
ミズキは小さく息を吐く。
そして、ユイトの顔を見上げた。
いつも喫茶リコリコで見る、あの青年。
けれど、今はまるで別人のように頼もしく見えた。
「……じゃあ」
ミズキは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……あとは任せても大丈夫なのね?」
ユイトは一瞬だけ目を見開いた。
そして、静かに頷く。
「任せてください」
迷いのない声だった。
その言葉を聞いた瞬間。
ミズキの表情から、わずかに力が抜けた。
「……そっか」
安心したように笑う。
そして――。
ふっと、意識が遠のいた。
「ミズキさん!」
ユイトは彼女の身体を支え直す。
完全に意識を失ったわけではない。
呼吸はある。
だが、今はもう動かすべきではなかった。
ユイトは周囲を確認する。
倒れている二体のUNKNOWN。
破損した車。
車内には、意識を失った千束とたきな。
そして、自分の腕の中にいるミズキ。
守らなければならない人たちがいる。
ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
「……少し待っててください」
ユイトはミズキをゆっくりと抱え直した。
できるだけ頭に負担をかけないよう、慎重に身体を下ろしていく。
道路脇の比較的安全な場所。
そこへ、そっと寝かせた。
ミズキの頭が地面にぶつからないよう、最後まで手を添える。
「……すぐに終わらせます」
ユイトは立ち上がった。
その背後で、UNKNOWNが動き始める。
――ギ……ギギ……。
道路に手をつき、ゆっくりと身体を起こしていく。
異形の言葉が、低く響いた。
「――グルァ……アギト……!」
もう一体も、ユイトへ視線を向ける。
「――アギト……!」
その声に、ユイトの表情がわずかに変わった。
アギト。
自分のことを、そう呼んでいる。
意味は分からない。
だが、その声に込められた敵意だけは、はっきりと伝わってきた。
ユイトは、自分の腰へ目を落とす。
黄金の光を放つベルト。
その中央にある紋章。
これが何なのか。
どうして自分の腰にあるのか。
まだ、何も分からない。
それでも――。
今は、目の前の敵を止めなければならない。
ユイトは、ベルトの左右両腰へ手を伸ばした。
そして。
左右、それぞれのボタンを押し込む。
カチッ。
小さな作動音。
次の瞬間。
――キィィィィィン……!
耳の奥まで響く高音が、再び鳴り始めた。
ベルトが黄金の光を強く放つ。
ユイトの身体を、眩い光が包み込んでいく。
UNKNOWNたちが、警戒するように身構えた。
ミズキは、薄れゆく意識の中で、その光を見ていた。
「……あ……」
声にならない声が漏れる。
黄金の光。
聞いたことのない電子音。
そして、ユイトの姿。
そのすべてが、光の向こうへと溶け込んでいく。
ユイトは、静かに呟いた。
「……変身」
瞬間。
黄金の光が、夜を塗り替えた。
銀色の装甲が、光の中から形作られていく。
胸部。
肩。
腕。
脚。
全身を覆う、異形にして美しい装甲。
頭部に赤い複眼が灯り、クラッシャーが展開する。
そして――。
光が収束した。
そこに立っていたのは、一人の青年ではない。
黄金の光を纏う、戦士。
仮面ライダーアギト。
アギトは一歩、前へ出た。
その動きに、焦りはない。
怒りに任せた荒々しさもない。
ただ、静かに。
二体のUNKNOWNを見据えていた。
UNKNOWNたちは、異形の言葉を発しながら武器を構える。
「――アギト……!」
アギトは答えない。
ただ、腰を落とし、静かに構えた。
その背後では、ミズキが薄れゆく意識の中で、かすかに呟いていた。
「……アギト……」
その名を、確かめるように。
黄金の戦士…アギトと、二体のUNKNOWN。
決着の時が、近づいていた。