リコリスリコイル 不可能犯罪   作:鼻眼鏡26号

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正体はバレました


正体を明かす理由

 

 

 夜の道路に、煙が漂っていた。

 

 砕けたアスファルト。

 

 壁に刻まれた衝突痕。

 

 そして、二体のアンノウンが消えた場所に残る黒い煤。

 

 その中心に、青い装甲を纏った戦士が立っていた。

 

 仮面ライダーアギト。

 

 ストームフォームとなったアギトは、ゆっくりと周囲を見渡した。

 

 敵の気配はない。

 

 だが、戦いが終わったからといって、安心はできなかった。

 

 道路脇にはミズキが倒れている。

 

 そして、事故を起こした車の中には――。

 

「…………」

 

 アギトは車へ向かった。

 

 車体は大きく歪み、左前輪は完全に破損している。フロント部分も壁に衝突した衝撃で潰れかけていた。

 

 このままでは危険だった。

 

 まずは車内にいる二人を助け出さなければならない。

 

 アギトは後部座席を確認した。

 

 そこには、千束とたきながいた。

 

 二人とも気を失っている。

 

 アギトはドアへ手をかけた。

 

 ――ギギギ……。

 

 歪んだ金属が軋む。

 

 力任せに引くのではなく、ドアの状態を確かめながら慎重に力を加える。

 

 やがて、ドアが開いた。

 

 アギトは千束の身体を支え、頭や首に余計な負担がかからないよう、ゆっくりと車外へ運び出した。

 

 道路脇の安全な場所へ寝かせる。

 

 続いて、たきな。

 

 左腕に触れないよう注意しながら、こちらも慎重に運び出した。

 

 二人を並べて寝かせると、アギトはそれぞれの呼吸を確かめた。

 

 呼吸はある。

 

 ひとまず、命に別状はなさそうだった。

 

 しかし、頭を強く打っている。左腕を負傷しているたきなも含め、早く医療機関へ運ぶ必要があった。

 

 アギトは二人から離れ、ミズキのもとへ向かった。

 

 ◆

 

「……ん……」

 

 かすかな声がした。

 

 ミズキの指が動く。

 

 ゆっくりと瞼が開いた。

 

「……ここ……」

 

 ぼやけた視界。

 

 頭の痛み。

 

 頬を伝う血の感触。

 

 ミズキはしばらく状況を理解できずにいた。

 

 だが、少しずつ記憶が戻ってくる。

 

 アンノウン。

 

 壊れた車。

 

 千束とたきな。

 

 そして――。

 

「……ユイト……?」

 

 目の前に、あの青年が立っていた。

 

 いや。

 

 正確には、あの青年が変身した姿。

 

 青い装甲を纏う戦士。

 

「……アギト……」

 

 ミズキは小さく呟いた。

 

 アギトは彼女のそばに膝をつく。

 

「意識が戻りましたか」

 

「……ええ。なんとかね……」

 

 ミズキは苦笑しようとした。

 

 だが、頭の痛みで顔をしかめる。

 

「……痛っ」

 

「頭を怪我しています。無理をしないでください」

 

「あー血がべっとりだわ……」

 

 ミズキは息を整え、アギトを見つめた。

 

 そして――。

 

「……ねえ」

 

「はい」

 

「ユイト、なのよね?」

 

 アギトは、わずかに間を置いた。

 

「……そうです」

 

「……そっか」

 

 ミズキは目を閉じ、深く息を吐いた。

 

 驚きはあった。

 

 聞きたいことも山ほどある。

 

 けれど、目の前の青年が自分を助けてくれたことだけは分かっていた。

 

「……ありがとう」

 

「いえ。ミズキさんが無事でよかったです」

 

 その言葉に、ミズキは少しだけ目を丸くした。

 

 こんな状況でも、彼はいつもと変わらない。

 

 喫茶リコリコで会う、あの穏やかな青年のままだった。

 

 ただし――。

 

 今は、全身を異形の装甲に覆われている。

 

「……ねえ、ユイト」

 

「はい」

 

「その姿のまま話すの、ちょっと落ち着かないんだけど」

 

「……ああ。そうですね」

 

 ユイトは静かに答えた。

 

「変身を解きます」

 

 ――シュゥゥゥ……。

 

 黄金の光が、全身から溢れ出した。

 

 青い装甲が光の粒子となって消えていく。

 

 肩。

 

 胸部。

 

 腕。

 

 脚。

 

 最後に頭部の装甲が消え、赤い複眼の光が失われた。

 

 そこに立っていたのは――。

 

 喫茶リコリコで何度も顔を合わせた、二十五歳の青年。

 

 ユイトだった。

 

「……本当に、ユイトなんだ」

 

 ミズキが呆然と呟く。

 

「はい」

 

 ユイトは少し困ったように笑った。

 

「……まあ、俺も自分でよく分かっていないんですけど」

 

「そこは分かってないの!?」

 

 思わず声が大きくなる。

 

 直後、ミズキは頭を押さえた。

 

「……痛っ!」

 

「あ、動かないで」

 

「だって……!」

 

 ミズキは言い返しかけて、口を閉じた。

 

 確かに、今はそんなことを言っている場合ではない。

 

 彼女は小さく息を吐き、改めてユイトを見上げた。

 

「……それで?」

 

「はい?」

 

「聞きたいことが山ほどあるんだけど」

 

「……ですよね」

 

「まず一つ」

 

 ミズキは真剣な表情になった。

 

「どうして、私の前で正体を明かしたの?」

 

 ユイトは少しだけ首を傾げた。

 

「……正体を明かした、ですか?」

 

「そうよ。あんな姿になったら、普通は隠したいと思うでしょ?」

 

「……ああ」

 

 ユイトは納得したように頷いた。

 

 そして、あっさりと答えた。

 

「そもそも、正体を隠すつもりはなかったんです」

 

「……え?」

 

 ミズキが目を丸くする。

 

「……隠すつもり、なかったの?」

 

「はい」

 

「じゃあ、どうして今まで……?」

 

 ユイトは少し考えてから、気まずそうに頬を掻いた。

 

「最初は、念のためです」

 

「念のため?」

 

「以前、千束ちゃんたちの色違いの制服を着た女の子たちに襲われたことがあって……」

 

「…………は?」

 

 ミズキの表情が固まった。

 

「……襲われた?」

 

「はい。銃を持っていたので、こっちも警戒してしまって」

 

 ユイトは少し困ったように笑う。

 

「その時は、俺も自分の力をうまく制御できていなかったんです。相手を敵だと思い込んで、戦ってしまって……」

 

「……それって、橙色の子たち?」

 

「たぶん、そうだと思います。制服の色が、2人とは違っていたので」

 

 ミズキは黙り込んだ。

 

 ユイトが以前話していた、正体不明の戦士。

 

 その正体がユイトだった。

 

 そして、そのユイトはサードリコリスと交戦していたらしい。

 

「……じゃあ、千束たちにも警戒してたの?」

 

「はい。二人も銃を持っていましたから」

 

「……まあ、そうよね」

 

 ミズキは渋々納得した。

 

 銃を持った相手に襲われた経験があれば、警戒するのも無理はない。

 

「あとちょっと申し訳なさもあって、最初の頃はあんまりこの力を制御できてなくて2人を攻撃してしまったこともあって…」

 

「ああ〜、なんかあったわねそんなこと。」

 

 けれど、ユイトはすぐに首を横に振った。

 

「でも、今は違います」

 

「……違う?」

 

「何度も会って、話をして……。2人とも悪い人じゃないって分かりましたから」

 

 ユイトは穏やかに微笑んだ。

 

「この人たちなら、大丈夫だと思えたんです」

 

 ミズキは、しばらくユイトを見つめていた。

 

 そして、ふっと笑った。

 

「……そっか」

 

「はい」

 

「なら、よかったわ」

 

 それ以上、ミズキは追及しなかった。

 

 ユイトが自分を信頼してくれたように、今度は自分が彼を信じる番なのかもしれない。

 

 少なくとも、彼は命懸けで自分たちを助けてくれた。

 

 それだけは、間違いなかった。

 

 ◆ ◆

 

「……ミズキさん」

 

 ユイトが声をかける。

 

「救急車を呼んだほうがいいと思います。千束ちゃんたちも、早く病院で診てもらわないと」

 

「そうね……」

 

 ミズキは周囲を見渡した。

 

 自分の通信機を確認するが、事故の衝撃で壊れてしまっている。

 

「……ああ、もう。こんな時に限って」

 

「通信機、壊れてしまったんですか?」

 

「ええ。使い物にならないわ」

 

 ミズキは困ったように眉を寄せた。

 

「スマホ、持ってる?」

 

「はい。ありますけど……」

 

「悪いけど、ちょっと貸してくれる?」

 

「もちろんです」

 

 ユイトはポケットからスマートフォンを取り出し、ミズキに手渡した。

 

「ありがとう」

 

 ミズキは画面を操作し、自身が覚えてる番号を打ち込みクルミへ電話をかける。

 

 数回の呼び出し音のあと――。

 

「クルミ? 私よ」

 

『やっと電話してきたか。ドローンで映像は見えてるが音は拾えないからな。無事か?』

 

「ええ、何とかね。千束とたきなが意識を失ってるの。こっちは車も大破。私も頭を打ったみたい」

 

『分かった。救援はもう要請してあるよ』

 

「……流石早いわね」

 

『ああ。もう手配済み。そっちに向かってるはずだから、無理に動かないで待ってろ』

 

「そう……。ありがとう、クルミ」

 

『礼はいいよ。あんまり動くなよ怪我人は、特にミズキは頭を打ったんだからな。』

 

「はいはい、分かってるわ」

 

 その様子を見て、ユイトは少しだけ笑った。

 

 こんな状況でも、いつものようなやり取りをする二人。

 

 それが、少しだけ不思議だった。

 

「……とにかく、救援が来るまで待つわ」

 

『それでいい。何か変化があったら、すぐ連絡してくれ』

 

「分かった」

 

 通話が終わる。

 

 ミズキはスマートフォンをユイトに返した。

 

「ありがとう。助かったわ」

 

「いえ。救援がもう来るなら、ひとまず安心ですね」

 

「そうね……」

 

 ミズキは千束とたきなを見つめる。

 

「早く目を覚ましてくれるといいんだけど」

 

 ◆

 

 それからしばらくして。

 

 遠くから、サイレンの音が聞こえてきた。

 

「……来たみたいね」

 

 ミズキが顔を上げる。

 

 やがて、救急隊員たちが現場へ到着した。

 

「負傷者はこちらです!」

 

 ミズキが声を上げる。

 

 救急隊員たちは、まず千束とたきなの状態を確認し、慎重に担架へ移していく。

 

「意識はありませんが、呼吸は確認できます!」

 

「こちらの女性も左腕が折れてますので病院へ搬送します!」

 

「お願いします」

 

 ミズキは深く頭を下げた。

 

 千束とたきなが救急車へ運ばれていく。

 

 その姿を見送りながら、ユイトは拳を握りしめた。

 

「……どうか、ご無事で」

 

 小さく呟く。

 

 その隣で、ミズキも静かに二人を見つめていた。

 

「……ユイト」

 

「はい?」

 

「今日のこと……いろいろ聞きたいことがあるわ」

 

「……そうですよね」

 

「でも、今はそれどころじゃないわね」

 

 ミズキは少しだけ笑った。

 

「詳しい話は、また今度。ちゃんと聞かせてちょうだい」

 

 ユイトは少し考えた。

 

 自分がアギトになった理由。

 

 UNKNOWNの正体。

 

 そして、自分がこれからどうすればいいのか。

 

 分からないことは、まだ山ほどある。

 

「……分かりました」

 

 ユイトは静かに答えた。

 

「俺に話せることなら、ちゃんと話します」

 

「ありがとう。じゃあ、また今度ね」

 

「はい」

 

 扉が閉まり、サイレンが再び鳴り響いた。

 

 千束とたきなを乗せた救急車が、ゆっくりと走り出す。

 

 ミズキも別の救急車へ乗り込む前に、ユイトへ振り返った。

 

「……また、リコリコでね」

 

「はい。お大事にしてください」

 

「ユイトもね。無茶はしないこと」

 

「……気をつけます」

 

 ミズキは小さく笑い、救急車へ乗り込んだ。

 

 やがて、サイレンの音が遠ざかっていく。

 

 その場に残されたユイトは、しばらく救急車の走り去った方向を見つめていた。

 

「……喫茶リコリコ、か」

 

 自分にとって、居心地のいい場所。

 

 そして、大切な人たちがいる場所。

 

 今度は、隠し事をするためではなく。

 

 自分のことを話すために、あの店へ行こう。

 

 ユイトは静かに歩き出した。

 

 その胸の奥には、まだ答えの出ない疑問が残っている。

 

 なぜ自分はアギトになったのか。

 

 UNKNOWNとは何なのか。

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