リコリスリコイル 不可能犯罪   作:鼻眼鏡26号

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黄金の戦士 拘束

 

 

 ――翌日。

 

 朝の光が、ユイトの部屋に差し込んでいた。

 

「……よし」

 

 身支度を終えたユイトは、鏡の前で襟元を整えた。

 

 今日は喫茶リコリコへ行くつもりだった。

 

 昨日の一件について、クルミからも説明を求められている。

 

 ミズキにも、改めて話をしなければならない。

 

 そして何より――。

 

「……ミズキさん、大丈夫かな」

 

 昨日、頭を打っていたミズキの顔が浮かぶ。

 

 千束とたきなも病院へ搬送された。

 

 無事だとは聞いているが、やはり心配だった。

 

「……早く顔を見に行こう」

 

 ユイトは鞄を手に取り、玄関へ向かった。

 

 靴を履く。

 

 ドアノブに手をかける。

 

 そして――。

 

 ガチャリ。

 

 玄関の扉を開けた、その瞬間だった。

 

「――っ!?」

 

 目の前に、見知らぬ少女が立っていた。

 

 薄い色の制服。

 

 整った姿勢。

 

 そして、手に持っているものは――。

 

 スタンガン。

 

「……え?」

 

 理解するよりも早く、少女が踏み込んだ。

 

「確保します」

 

「なっ――」

 

 バチッ!!

 

 スタンガンの電極が、ユイトの身体に押し当てられた。

 

「ぐっ……!」

 

 強烈な衝撃が全身を駆け抜ける。

 

 ユイトは反射的に少女の腕を掴もうとした。

 

 しかし、身体に力が入らない。

 

「な、に……」

 

 膝が崩れる。

 

 視界が揺れた。

 

 昨日の戦闘で消耗した身体には、突然の電撃に抗う余裕などなかった。

 

「……待っ……」

 

 言葉が途切れる。

 

 ユイトの身体が、玄関先へ崩れ落ちた。

 

 少女はすぐにスタンガンを離し、ユイトの状態を確認する。

 

「対象の意識消失を確認」

 

 耳元の通信機へ、淡々と報告した。

 

「確保しました。これより移送します」

 

『了解。速やかに本部へ連れてこい』

 

「了解」

 

 少女は通信を切る。

 

 そして、倒れたユイトを見下ろした。

 

「……まさか、本当に見つかるとは」

 

 その声には、わずかな驚きが混じっていた。

 

 少女の制服は、DAに所属するサードリコリスのものだった。

 

 彼女たちは、ある情報をもとにユイトの身元と居場所を調べていた。

 そして今朝。

 自宅から出てくるところを確保するため、玄関前で待ち伏せしていたのだ。

 

「対象を移送します」

 

 サードリコリスが仲間へ合図を送る。

 

 数人の隊員が現れ、意識を失ったユイトを慎重に拘束した。

 

 手首には拘束具。

 

 身体には、身動きを封じるための固定ベルト。

 

 抵抗する様子はない。

 

 ユイトは意識を失ったまま、車両へと運ばれていった。

 

 その車両の行き先は――。

 

 DA本部。

 

 黄金の戦士を尋問するための場所だった。

 

 ◆

 

 同じ頃。

 

 喫茶リコリコは、いつも通り営業を始めていた。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 千束の明るい声が店内に響く。

 

 昨日の事故で病院へ搬送された千束だったが、精密検査の結果、大きな異常は見つからなかった。

 

 医師からは十分に休むよう言われたものの、本人は一晩ゆっくり眠ったことで、すっかり元気を取り戻していた。

 

「いやー、やっぱりお店って落ち着くね!」

 

「千束、元気なのは分かったが喧しすぎるぞ。」

 

 カウンターのそばで、たきなの姿がないことを気にしながらも、千束はいつもの調子だった。

 

「えー? だって、今日もお仕事だよ?」

 

「昨日まで病院にいた人のセリフとは思えんな」

 

「もう退院したもん!」

 

「それと、無理をしていいかどうかは別だろ?」

 

「はーい」

 

 千束は返事をしながら、カウンターへ戻った。

 

 たきなは、まだ入院中だった。

 

 事故の際に負傷した左腕は骨折しており、しばらく治療と経過観察が必要だという。

 

 本人は早く復帰したがっていたが、医師からは安静を指示されていた。

 

「……たきな、大丈夫かなぁ」

 

 千束がぽつりと呟く。

 

「心配なら、あとで連絡してやればいいだろ」

 

 カウンターでコーヒーを用意していたミカが答える。

 

「うん。あとで電話してみる」

 

「まぁ、今は自分の体調を気にしろ。昨日はお前も頭を打ってるんだからな」

 

「分かってるって、店長!」

 

 千束は笑顔で答えた。

 

 その横では、クルミがホールの仕事をしている。

 

「……ご注文は……ブレンドコーヒー……一つ」

 

 相変わらず、客への接客はぎこちない。

 

「はいはい、クルミ。焦らなくていいよー」

 

「分かってるよ!」

 

 クルミは注文を確認すると、カウンターへ向かった。

 

 厨房ではミズキが和菓子の準備をしている。

 

 おはぎを皿に盛り付け、団子のタレを整え、次の注文に備えていた。

 

 外から見れば、いつもと何も変わらない喫茶リコリコ。

 

 昨日、あれほどの事件に巻き込まれたとは思えないほど、穏やかな時間が流れていた。

 

 ただ一人を除いては。

 

「……遅い」

 

 ミズキが、小さく呟いた。

 

「ん? 何が?」

 

 千束が振り返る。

 

「別に」

 

「もしかして、ユイトさん?」

 

「……っ」

 

 ミズキの手が止まった。

 

「な、何でそこでユイトが出てくるのよ」

 

「だって、さっきから時計ばっかり見てるじゃん」

 

「見てないわよ!」

 

「見てたよー?」

 

「仕事しなさい!」

 

「はーい」

 

 千束は楽しそうに笑いながら、ホールへ戻った。

 

 ミズキは小さく息を吐き、壁の時計を見上げた。

 

 午前中。

 

 ユイトはまだ来ていない。

 

 まあ、昨日の今日だ。

 

 いろいろと用事もあるだろう。

 

 そう考えて、ミズキは再び仕事に戻った。

 

 ◆

 

 昼。

 

 常連客が何人か来店し、店内はいつもより少しだけ賑やかになった。

 

 千束は注文を取り、料理を運び、合間に常連客と談笑する。

 

 ミカはコーヒーを淹れ、クルミはぎこちないながらもホールを回す。

 

 ミズキも厨房で手を動かし続けていた。

 

 しかし――。

 

「……来ないわね」

 

 ぽつり。

 

 ミズキが呟く。

 

「……誰が?」

 

 千束が横から顔を出した。

 

「……千束」

 

「はい?」

 

「分かってて聞いてるでしょ」

 

「えへへ」

 

「えへへ、じゃない!」

 

 ミズキは手にしていた布巾を握りしめた。

 

「昨日、あんなことがあったんだから……一言くらい、連絡してくれてもいいじゃない」

 

 言いながら、自分でも少し驚いた。

 

 ユイトは店の従業員ではない。

 

 毎日来る約束をしたわけでもない。

 

 それなのに、どうしてこんなに気になるのだろう。

 

「……別に、心配してるわけじゃないけど」

 

「ふーん?」

 

「千束、その顔やめなさい!」

 

「まだ何も言ってないよー?」

 

「顔で言ってるの!」

 

 千束はけらけらと笑った。

 

 その様子を、カウンターのミカが呆れたように見ていた。

 

「お前ら、仕事しろ」

 

「はーい」

 

 千束は元気よく返事をする。

 

 ミズキも、しぶしぶ厨房へ戻った。

 

 だが――。

 

 壁の時計が午後三時を回っても。

 

 午後四時を回っても。

 

 ユイトは現れなかった。

 

「……もう!」

 

 ミズキはついに、手にしていた布巾を台へ置いた。

 

「何なのよ、あいつ!」

 

「おっ、ついに怒った?」

 

 千束がすかさず反応する。

 

「怒ってない!」

 

「でも、すっごい不機嫌だよ?」

 

「不機嫌じゃないわよ!」

 

 そして、顔を背ける。

 

「……昨日のこと、ちゃんと話すって言ってたじゃない」

 

 声が、少しだけ小さくなった。

 

 千束はからかうのをやめた。

 

「……そっか」

 

「……」

 

「まあ、何か事情があるのかもしれないよ」

 

「……分かってるわよ」

 

 ミズキは短く答えた。

 

 それでも、胸の奥に小さな苛立ちが残っていた。

 

 せめて、無事だと分かればいい。

 

 そう思っている自分に気づき、ミズキはますます複雑な気分になった。

 

 ◆

 

 夕方。

 

 客足が落ち着き、店内には静かな時間が戻っていた。

 

 ミカがカウンターでコーヒー豆を補充している。

 

 クルミは二階の片付けを終え、千束はカウンター席に腰掛けていた。

 

「……結局、来なかったね」

 

 千束が呟く。

 

「……そうね」

 

 ミズキは、厨房から短く答えた。

 

「電話とかもないの?」

 

「ないわよ」

 

「そっか……」

 

 千束も、さすがに心配そうな顔になった。

 

「昨日のこともあるし、何かあったのかな」

 

「……」

 

 ミズキは何も答えなかった。

 

 その時だった。

 

 ――リン、リン、リン。

 

 店の電話が鳴った。

 

「おっ、電話だ」

 

 千束がカウンターから立ち上がりかける。

 

「俺が出る」

 

 ミカが手を上げ、受話器を取った。

 

「はい、喫茶リコリコです。」

 

 いつもの落ち着いた声。

 

 しかし、次の瞬間。

 

「……楠木か?」

 

 ミカの表情が変わった。

 

 店内の空気が、わずかに張り詰める。

 

 千束が顔を上げる。

 

 ミズキも厨房からカウンターへ視線を向けた。

 

「……何かあったのか?」

 

 ミカは受話器を耳に当てたまま、黙って話を聞いていた。

 

「……はい。……はい」

 

 短い返答が続く。

 

 やがて、ミカの眉間に深い皺が刻まれた。

 

「……黄金の戦士を?」

 

 その言葉に、千束の表情が凍りついた。

 

「……え?」

 

 ミズキも、手を止める。

 

 黄金の戦士。

 

 それは昨日、二人を救い、UNKNOWNを倒した存在。

 

 そして――。

 

 正体は、ユイトだった。

 

「……どういうことだ?」

 

 ミカの声が低くなる。

 

 受話器の向こうから、事務的な声が聞こえてくる。

 

『本日、黄金の戦士の変身体である男を確保した。現在、DA本部へ移送済みである』

 

「……確保?」

 

『対象は、UNKNOWNとの戦闘において確認された黄金の戦士と一致する。本人の正体および能力について、尋問を行う』

 

 ミカは黙って聞いていた。

 

『ついては、現場に居合わせた錦木千束、ならびに中原ミズキを本部へ招集する』

 

「……千束とミズキを?」

 

『そうだ。対象との接触状況、および戦闘時の情報について聴取する。速やかに出頭してもらいたい』

 

 ミカは受話器を握る手に力を込めた。

 

「……分かった。本人たちに伝える」

 

『以上だ。詳細は本部で説明する』

 

 通話が切れた。

 

 ミカはしばらく、受話器を戻さなかった。

 

 千束が、ゆっくりと口を開く。

 

「……店長」

 

「……ああ」

 

「今のって……」

 

「DA本部からだ」

 

 ミカは受話器を置いた。

 

「黄金の戦士を確保したらしい」

 

「……!」

 

 千束が立ち上がる。

 

「確保って……誰を?」

 

「正体までは、まだ確認中らしい。ただ、昨日の戦士と同一の可能性が高いそうだ」

 

 ミズキの顔から血の気が引いた。

 

「……そんな」

 

 脳裏に浮かぶのは、昨日の光景。

 

 自分たちを助けてくれた青年。

 

 黄金の装甲に身を包み、二体のUNKNOWNを倒したユイト。

 

「……ユイトが……?」

 

 ミズキの声が震えた。

 

 千束は唇を噛む。

 

「……まさか」

 

 昨日、助けてくれたばかりなのに。

 

 今日、リコリコへ来るはずだったのに。

 

 そのユイトが――。

 

 DA本部に捕らえられ、尋問されようとしている。

 

「……店長!」

 

 千束がミカを見る。

 

「私、行ってくる!」

 

「待て、千束」

 

「でも!」

 

「話は最後まで聞け」

 

 ミカの声は厳しかった。

 

「今回の招集は、千束だけじゃない。ミズキもだ」

 

「……私も?」

 

 ミズキが顔を上げる。

 

「ああ。昨日、現場に居合わせたお前たちから、話を聞きたいそうだ」

 

 ミカは二人を見据えた。

 

「相手が本当にユイトなら、なおさらだ。何があったのか、こちらも正確に把握する必要がある」

 

 千束は拳を握りしめた。

 

「……分かった」

 

 いつもの明るい笑顔は、もうなかった。

 

「行こう、ミズキ」

 

「……ええ」

 

 ミズキは頷いた。

 

 しかし、その表情には不安が色濃く残っていた。

 

 昨日、自分を助けてくれた青年。

 

 料理の話をすると、嬉しそうに笑う青年。

 

 そんなユイトが、今はDA本部に拘束されている。

 

「……何でよ」

 

 ミズキが小さく呟いた。

 

「何で、こんなことに……」

 

 答える者はいなかった。

 

 ただ、店の電話だけが、静かに元の場所へ戻されていた。

 

 ◆

 

 その頃。

 

 DA本部の地下。

 

 無機質な照明に照らされた一室で、ユイトはゆっくりと意識を取り戻しつつあった。

 

「……う……」

 

 頭が重い。

 

 身体がだるい。

 

 目を開けると、見知らぬ天井があった。

 

「……ここは……」

 

 起き上がろうとする。

 

 しかし――。

 

 ガチャリ。

 

 両手に、金属の拘束具がつけられていた。

 

「……っ!?」

 

 ユイトは息を呑んだ。

 

 見回す。

 

 窓のない部屋。

 

 重い扉。

 

 壁際には監視カメラ。

 

 そして、扉の向こう側から聞こえる足音。

 

「……何なんだよ、これ……」

 

 ユイトは拘束具を見つめた。

 

 自分は、ただ喫茶リコリコへ向かおうとしていただけだった。

 

 それなのに――。

 

「……俺、捕まったのか?」

 

 呟いた声が、無機質な部屋に虚しく響いた。

 

 やがて、扉の外で足音が止まる。

 

 カチャリ。

 

 鍵が開く音。

 

 ユイトは顔を上げた。

 

 扉の向こうから、複数の人影が入ってくる。

 

 その中の一人が、冷たい声で告げた。

 

「対象の意識回復を確認。これより尋問を開始する」

 

 ユイトは息を呑んだ。

 

 ――DA本部。

 

 ここから先、何が待っているのか。

 

 彼はまだ、何も知らなかった。

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