リコリスリコイル 不可能犯罪   作:鼻眼鏡26号

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信じているから

 

 

 電車の車内。

 

 千束とミズキは、DA本部へ向かっていた。

 

 窓の外を流れる街並みを眺めながら、ミズキは腕を組んでいる。

 

 その表情は、見るからに不機嫌だった。

 

「……まったく、何なのよ、あの連中」

 

「まあまあ、ミズキ。落ち着いて」

 

「落ち着いていられるわけないでしょ!」

 

 ミズキが千束を睨む。

 

「人を助けてた人間を、朝イチにスタンガンで気絶させて連行? どう考えてもおかしいでしょ!」

 

「うん、それはそうなんだけどさ……」

 

「相変わらず頭が硬い連中ね!」

 

 吐き捨てるように言う。

 

「何でもかんでも捕まえて、尋問すれば解決すると思ってるんじゃないでしょうね!」

 

「どうどう、落ち着いてミズキ」

 

 千束は苦笑しながら、ミズキの肩を軽く叩いた。

 

「気持ちは分かるけど、まだ詳しい事情は分からないんだから」

 

「事情も何もあるもんですか!」

 

「うわ、怒ってる怒ってる」

 

「誰のせいだと思ってるのよ!」

 

「私じゃないよ!?」

 

 千束は両手を上げた。

 

 しかし、ミズキの怒りは収まらない。

 

「……ユイト、今日リコリコに来るって話だったのに」

 

「うん」

 

「それなのに、来ないと思ったら捕まってました、なんて……」

 

 ミズキは唇を噛んだ。

 

 昨日の光景が、何度も頭をよぎる。

 

 自分たちを助けてくれた黄金の戦士。

 

 変身を解いたあと、少し困ったように笑っていた青年。

 

 あのユイトが、今はDA本部で拘束されている。

 

「……彼、何も悪いことしてないじゃない」

 

「……うん」

 

 千束の表情からも、いつもの明るさが消えていた。

 

 ユイトがUNKNOWNと戦っていた姿は、二人とも目の前で見ている。

 

 少なくとも、昨日の彼は自分たちを助けてくれた。

 

 その事実だけは、疑いようがなかった。

 

「……大丈夫だよ、ミズキ」

 

 千束が静かに言った。

 

「私たちがちゃんと話せば、きっと分かってもらえる」

 

「……そうだといいけどね」

 

 ミズキは窓の外へ視線を戻した。

 

 電車は、DA本部へ向かって走り続けていた。

 

 ◆

 

 同じ頃。

 

 DA本部。

 

 施設の奥にある、尋問室。

 

 そこは、余計なものが一切ない真っ白な部屋だった。

 

 白い壁。

 

 白い天井。

 

 床もまた、無機質な白。

 

 部屋の中央には、机と椅子が一つずつ置かれている。

 

 そして、椅子に座らされているのは――ユイトだった。

 

 両手は拘束具で固定され、自由に動かせない。

 

 目の前には机。

 

 正面の壁には、マジックミラーがはめ込まれていた。

 

 向こう側からはこちらが見えているのだろう。

 

 しかし、こちらからは何も分からない。

 

「…………」

 

 ユイトは静かに室内を見渡した。

 

 暴れたり、拘束具を無理に外そうとしたりする様子はない。

 

 ただ、何が起きているのかを把握しようとしていた。

 

「……はぁ」

 

 小さく息を吐く。

 

 正直なところ、困ってはいた。

 

 今日は喫茶リコリコへ行くつもりだったのだ。

 

 それが玄関を開けた途端、スタンガンで気絶させられ、気づけば見知らぬ部屋に拘束されていた。

 

 普通なら、もっと慌ててもおかしくない状況だろう。

 

 だが、ユイトは妙に落ち着いていた。

 

 抵抗したところで、状況が良くなるとは思えない。

 

 それに、自分がアギトであることを知られた以上、いずれこうした事態になる可能性も考えていた。

 

「……話を聞いてくれるなら、いいんだけど」

 

 ぽつりと呟いた、その時。

 

 天井のスピーカーから声が響いた。

 

『聞こえるか』

 

 低く、厳格な女性の声。

 

「はい。聞こえています」

 

『これより、お前について尋問を行う』

 

「……尋問、ですか」

 

『質問には正確に答えろ。虚偽の報告や、意図的な情報の隠蔽は許さん』

 

「分かりました」

 

 ユイトは素直に頷いた。

 

 声の主は、楠木司令だった。

 

 もちろん、その姿はユイトには見えていない。

 

 楠木はマジックミラーの向こう側から、対象の様子を観察していた。

 

 拘束された状況にもかかわらず、青年は落ち着き払っている。

 

 過度な緊張も、敵意も見られない。

 

 だが、それだけで無害と判断するわけにはいかなかった。

 

『最初の質問だ』

 

 楠木の声が響く。

 

『お前が戦っていた、UNKNOWN。あれは何だ』

 

「……分かりません」

 

『分からない、だと?』

 

「はい。俺も、あいつらが何なのか知りたいんです」

 

 ユイトは正直に答えた。

 

「人間じゃないことは分かります。でも、どうしてあんな姿をしているのか、何が目的なのか……何も知りません」

 

『UNKNOWNと遭遇したのは、今回が初めてではないな』

 

「はい。以前にも何度か遭遇しています」

 

『その際も、戦闘を行ったのか』

 

「……はい」

 

 ユイトは少しだけ目を伏せた。

 

「ただ、最初から戦おうと思っていたわけじゃありません。誰かが襲われていたから、助けようとしたんです」

 

『それで、あの姿に変身したということか』

 

「そうです」

 

 楠木は、手元の資料に目を落とした。

 

 これまでのUNKNOWN出現記録。

 

 黄金の戦士の目撃情報。

 

 そして、戦闘後に確認された異常なエネルギー反応。

 

 断片的な情報は集まっている。

 

 しかし、肝心の正体は分からないままだった。

 

『次の質問だ』

 

 楠木が続ける。

 

『あの変身能力は何だ。どのような原理で発動している』

 

「……それも、分かりません」

 

『自分の能力だろう』

 

「はい。でも……」

 

 ユイトは困ったように眉を下げた。

 

「ある日突然、できるようになったんです」

 

『突然?』

 

「はい。胸の奥が強く脈打つような感覚があって……そのあと、身体が光に包まれて、気づいたら変身していました」

 

 ユイトは自分の手を見つめる。

 

「どうして自分が変身できるのかも、どうやって元に戻るのかも……最初は何も分かりませんでした」

 

『現在は制御できているのか』

 

「完全には……」

 

 ユイトは少し言葉を選んだ。

 

「変身できることは分かりました。でも、力のすべてを理解しているわけじゃありません」

 

『……そうか』

 

 楠木の声には、まだ警戒が残っていた。

 

 だが、少なくとも青年の受け答えに、明確な矛盾は見当たらない。

 

『最後の質問だ』

 

 わずかな間。

 

『お前は、どうしてUNKNOWNの位置を把握できる』

 

「……位置、ですか?」

 

『そうだ。これまでの記録では、お前はUNKNOWNが出現した現場に現れ、交戦している。偶然とは考えにくい』

 

 ユイトは少し考えた。

 

 そして、ゆっくりと口を開いた。

 

「……直感、みたいなものです」

 

『直感?』

 

「はい」

 

 ユイトは自分の胸元へ視線を落とす。

 

「UNKNOWNが何かの力を使おうとすると、胸の奥が強く脈打つんです」

 

『それで位置が分かるのか』

 

「正確な場所までは分かりません。でも、大体どの方向にいるのかは分かります」

 

 ユイトは静かに答えた。

 

「……放っておけないんです。あいつらが現れると、誰かが危険な目に遭うかもしれないから」

 

 尋問室に沈黙が落ちた。

 

 マジックミラーの向こう側で、楠木はユイトを見つめていた。

 

 その答えが事実なのか。

 

 あるいは、本人も知らない能力の一端なのか。

 

 今の段階では判断できない。

 

 だが――。

 

 少なくとも、青年は質問に対して普通に答えている。

 

 敵意を露わにすることも、無理に話を逸らすこともない。

 

『……分かった』

 

 楠木が告げた。

 

『引き続き、確認を行う。そこで待機していろ』

 

「はい」

 

 ユイトは素直に返事をした。

 

 通信が途切れる。

 

「……はぁ」

 

 ユイトは再び、小さく息を吐いた。

 

「……早く、帰りたいな」

 

 その声は、誰に聞かせるでもない独り言だった。

 

 ◆

 

 それから、しばらくして。

 

 DA本部の受付。

 

 千束とミズキは、ようやく到着していた。

 

「……ここに来るのも、久しぶりでしょ」

 

 千束が建物を見上げる。

 

「私は来たくて来てるわけじゃないけどね」

 

 ミズキは不機嫌そうに答えた。

 

「まあまあ」

 

「千束、あんたは少し気楽すぎるのよ」

 

「そうかな?」

 

「そうよ!」

 

 二人が受付で来訪を告げると、すぐに案内が入った。

 

 そして――。

 

「来たか」

 

 廊下の奥から、楠木司令が姿を現した。

 

 その隣には秘書が控えている。

 

「楠木さん」

 

 千束が軽く頭を下げる。

 

 しかし、ミズキは違った。

 

「……ちょっと、楠木司令!」

 

 ミズキはずかずかと歩み寄る。

 

「いったい、どういうつもりよ!」

 

「ミズキ、待て」

 

 楠木が低い声で制止する。

 

 だが、ミズキは止まらない。

 

「昨日、私たちを助けてくれた人を、いきなりスタンガンで気絶させて連れてきたって本当なの!?」

 

「ミズキ!」

 

 千束が慌てて腕を掴む。

 

 ミズキは今にも楠木に詰め寄り、胸ぐらを掴みそうな勢いだった。

 

「離しなさい、千束!」

 

「いやいや、落ち着けって!」

 

 千束はミズキを後ろから引き止めながら、楠木へ視線を向けた。

 

「……てか、こういうのは普通、私がやる方だろ〜」

 

「何ですって!?」

 

「いや、今のは冗談! 冗談だから!」

 

 千束は慌てて言い直す。

 

 秘書は表情を変えず、楠木は深く息を吐いた。

 

「……話は聞いている。だが、ここは本部だ。まずは落ち着け」

 

「落ち着けですって……!」

 

「ミズキ、どうどう!」

 

 千束が必死になだめる。

 

「ユイトさんが心配なのは分かるけど、まずは話を聞こう。ね?」

 

「……っ」

 

 ミズキはしばらく楠木を睨んでいたが、やがて大きく息を吐いた。

 

「……分かったわよ」

 

「助かった……」

 

 千束が小さく呟く。

 

 楠木は二人を見据える。

 

「対象については、現在尋問を行っている。お前たちには、昨日の現場で何があったのか、詳しく話してもらう」

 

「……ユイトは?」

 

 ミズキが尋ねる。

 

「今のところ、こちらの質問には普通に答えている」

 

「……本当に?」

 

「ああ」

 

 楠木は短く答えた。

 

「危険な行動も、抵抗も確認されていない」

 

 その言葉を聞き、ミズキの肩から少しだけ力が抜けた。

 

「……そう」

 

 千束も、ほっと息を吐く。

 

「よかった……」

 

 楠木は二人を別室へ案内した。

 

 ◆

 

 尋問室の隣。

 

 マジックミラー越しに、室内の様子を確認できる観察室だった。

 

 千束とミズキは、案内されるなり鏡の向こうを見た。

 

 そこには――。

 

 椅子に拘束されたユイトがいた。

 

「……ユイト」

 

 ミズキが小さく呟く。

 

 ユイトは机の前に座り、落ち着いた様子で正面を見ている。

 

 暴れた形跡はない。

 

 拘束具を無理に外そうとした様子もない。

 

 ただ、質問を待っているようだった。

 

「……思ったより、普通だね」

 

 千束が呟く。

 

「普通って何よ」

 

「いや、もっと怒ってるかと思って」

 

「……彼、そういうタイプじゃないでしょ」

 

 ミズキは鏡越しにユイトを見つめた。

 

 確かに、ユイトは落ち着いていた。

 

 だが、それがかえって痛々しく感じられた。

 

 何も悪いことをしていないのに、拘束され、尋問されている。

 

 それでも、彼は抵抗していない。

 

「……彼はきっと何も隠すつもりはないわ」

 

 ミズキが静かに言った。

 

 千束は、隣で頷いた。

 

「……うん。私もそう思う」

 

 楠木が二人へ向き直る。

 

「お前たちは、対象と直接話をしたことがある。奴がこちらの味方だと言う証拠はあるのか?」

 

「あります」

 

ミズキは即答で答えた。

 

「ユイトは、私たちを助けてくれたの。昨日だって、あの子が来てくれなかったら、私たちはどうなっていたか分からない」

 

「……」

 

「誰かの為に手を差し出せる人。少なくとも、私にはそう見えたわ」

 

 ミズキは鏡の向こうを見つめる。

 

「だから……直接、話をさせてほしいの」

 

 楠木が目を細める。

 

「理由を聞こう」

 

「ユイトは、知らない人間に対しては警戒するかもしれない。でも、私たちとは何度も会ってる。昨日だって、私たちを助けてくれた」

 

 ミズキは一歩前へ出た。

 

「信頼している相手なら、話してくれることもあると思うの」

 

「……」

 

「今のまま尋問を続けても、彼が本当に分からないことは、答えようがないでしょう?」

 

 楠木は黙ってミズキを見つめた。

 

 ミズキは引かなかった。

 

「お願い。私に直接話をさせてください」

 

 短い沈黙。

 

 やがて、楠木が口を開いた。

 

「……分かった」

 

「え?」

 

 千束が目を丸くする。

 

「ミズキを尋問室へ入れる。千束、お前はここで待機しろ」

 

「えー、私も行きたい!」

 

「今回はミズキを先に行かせる。必要があれば、お前にも話を聞いてもらう」

 

「……分かりました」

 

 千束は少し不満そうにしながらも頷いた。

 

 楠木は秘書へ視線を向ける。

 

「準備しろ。対象への質問を一時中断する」

 

「承知しました」

 

 秘書が部屋を出ていく。

 

 ミズキは、もう一度マジックミラーの向こうを見た。

 

 ユイトはまだ、椅子に座っている。

 

 その姿を見つめながら、ミズキは小さく息を吸った。

 

「……待ってて、ユイト」

 

 今度は、自分が話をする番だ。

 

 ユイトが何を知っていて、何を知らないのか。

 

 どうしてアギトになったのか。

 

 直接、本人から聞こう。

 

 ミズキは決意を胸に、尋問室へ続く扉へと向かった。

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