電車の車内。
千束とミズキは、DA本部へ向かっていた。
窓の外を流れる街並みを眺めながら、ミズキは腕を組んでいる。
その表情は、見るからに不機嫌だった。
「……まったく、何なのよ、あの連中」
「まあまあ、ミズキ。落ち着いて」
「落ち着いていられるわけないでしょ!」
ミズキが千束を睨む。
「人を助けてた人間を、朝イチにスタンガンで気絶させて連行? どう考えてもおかしいでしょ!」
「うん、それはそうなんだけどさ……」
「相変わらず頭が硬い連中ね!」
吐き捨てるように言う。
「何でもかんでも捕まえて、尋問すれば解決すると思ってるんじゃないでしょうね!」
「どうどう、落ち着いてミズキ」
千束は苦笑しながら、ミズキの肩を軽く叩いた。
「気持ちは分かるけど、まだ詳しい事情は分からないんだから」
「事情も何もあるもんですか!」
「うわ、怒ってる怒ってる」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
「私じゃないよ!?」
千束は両手を上げた。
しかし、ミズキの怒りは収まらない。
「……ユイト、今日リコリコに来るって話だったのに」
「うん」
「それなのに、来ないと思ったら捕まってました、なんて……」
ミズキは唇を噛んだ。
昨日の光景が、何度も頭をよぎる。
自分たちを助けてくれた黄金の戦士。
変身を解いたあと、少し困ったように笑っていた青年。
あのユイトが、今はDA本部で拘束されている。
「……彼、何も悪いことしてないじゃない」
「……うん」
千束の表情からも、いつもの明るさが消えていた。
ユイトがUNKNOWNと戦っていた姿は、二人とも目の前で見ている。
少なくとも、昨日の彼は自分たちを助けてくれた。
その事実だけは、疑いようがなかった。
「……大丈夫だよ、ミズキ」
千束が静かに言った。
「私たちがちゃんと話せば、きっと分かってもらえる」
「……そうだといいけどね」
ミズキは窓の外へ視線を戻した。
電車は、DA本部へ向かって走り続けていた。
◆
同じ頃。
DA本部。
施設の奥にある、尋問室。
そこは、余計なものが一切ない真っ白な部屋だった。
白い壁。
白い天井。
床もまた、無機質な白。
部屋の中央には、机と椅子が一つずつ置かれている。
そして、椅子に座らされているのは――ユイトだった。
両手は拘束具で固定され、自由に動かせない。
目の前には机。
正面の壁には、マジックミラーがはめ込まれていた。
向こう側からはこちらが見えているのだろう。
しかし、こちらからは何も分からない。
「…………」
ユイトは静かに室内を見渡した。
暴れたり、拘束具を無理に外そうとしたりする様子はない。
ただ、何が起きているのかを把握しようとしていた。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
正直なところ、困ってはいた。
今日は喫茶リコリコへ行くつもりだったのだ。
それが玄関を開けた途端、スタンガンで気絶させられ、気づけば見知らぬ部屋に拘束されていた。
普通なら、もっと慌ててもおかしくない状況だろう。
だが、ユイトは妙に落ち着いていた。
抵抗したところで、状況が良くなるとは思えない。
それに、自分がアギトであることを知られた以上、いずれこうした事態になる可能性も考えていた。
「……話を聞いてくれるなら、いいんだけど」
ぽつりと呟いた、その時。
天井のスピーカーから声が響いた。
『聞こえるか』
低く、厳格な女性の声。
「はい。聞こえています」
『これより、お前について尋問を行う』
「……尋問、ですか」
『質問には正確に答えろ。虚偽の報告や、意図的な情報の隠蔽は許さん』
「分かりました」
ユイトは素直に頷いた。
声の主は、楠木司令だった。
もちろん、その姿はユイトには見えていない。
楠木はマジックミラーの向こう側から、対象の様子を観察していた。
拘束された状況にもかかわらず、青年は落ち着き払っている。
過度な緊張も、敵意も見られない。
だが、それだけで無害と判断するわけにはいかなかった。
『最初の質問だ』
楠木の声が響く。
『お前が戦っていた、UNKNOWN。あれは何だ』
「……分かりません」
『分からない、だと?』
「はい。俺も、あいつらが何なのか知りたいんです」
ユイトは正直に答えた。
「人間じゃないことは分かります。でも、どうしてあんな姿をしているのか、何が目的なのか……何も知りません」
『UNKNOWNと遭遇したのは、今回が初めてではないな』
「はい。以前にも何度か遭遇しています」
『その際も、戦闘を行ったのか』
「……はい」
ユイトは少しだけ目を伏せた。
「ただ、最初から戦おうと思っていたわけじゃありません。誰かが襲われていたから、助けようとしたんです」
『それで、あの姿に変身したということか』
「そうです」
楠木は、手元の資料に目を落とした。
これまでのUNKNOWN出現記録。
黄金の戦士の目撃情報。
そして、戦闘後に確認された異常なエネルギー反応。
断片的な情報は集まっている。
しかし、肝心の正体は分からないままだった。
『次の質問だ』
楠木が続ける。
『あの変身能力は何だ。どのような原理で発動している』
「……それも、分かりません」
『自分の能力だろう』
「はい。でも……」
ユイトは困ったように眉を下げた。
「ある日突然、できるようになったんです」
『突然?』
「はい。胸の奥が強く脈打つような感覚があって……そのあと、身体が光に包まれて、気づいたら変身していました」
ユイトは自分の手を見つめる。
「どうして自分が変身できるのかも、どうやって元に戻るのかも……最初は何も分かりませんでした」
『現在は制御できているのか』
「完全には……」
ユイトは少し言葉を選んだ。
「変身できることは分かりました。でも、力のすべてを理解しているわけじゃありません」
『……そうか』
楠木の声には、まだ警戒が残っていた。
だが、少なくとも青年の受け答えに、明確な矛盾は見当たらない。
『最後の質問だ』
わずかな間。
『お前は、どうしてUNKNOWNの位置を把握できる』
「……位置、ですか?」
『そうだ。これまでの記録では、お前はUNKNOWNが出現した現場に現れ、交戦している。偶然とは考えにくい』
ユイトは少し考えた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……直感、みたいなものです」
『直感?』
「はい」
ユイトは自分の胸元へ視線を落とす。
「UNKNOWNが何かの力を使おうとすると、胸の奥が強く脈打つんです」
『それで位置が分かるのか』
「正確な場所までは分かりません。でも、大体どの方向にいるのかは分かります」
ユイトは静かに答えた。
「……放っておけないんです。あいつらが現れると、誰かが危険な目に遭うかもしれないから」
尋問室に沈黙が落ちた。
マジックミラーの向こう側で、楠木はユイトを見つめていた。
その答えが事実なのか。
あるいは、本人も知らない能力の一端なのか。
今の段階では判断できない。
だが――。
少なくとも、青年は質問に対して普通に答えている。
敵意を露わにすることも、無理に話を逸らすこともない。
『……分かった』
楠木が告げた。
『引き続き、確認を行う。そこで待機していろ』
「はい」
ユイトは素直に返事をした。
通信が途切れる。
「……はぁ」
ユイトは再び、小さく息を吐いた。
「……早く、帰りたいな」
その声は、誰に聞かせるでもない独り言だった。
◆
それから、しばらくして。
DA本部の受付。
千束とミズキは、ようやく到着していた。
「……ここに来るのも、久しぶりでしょ」
千束が建物を見上げる。
「私は来たくて来てるわけじゃないけどね」
ミズキは不機嫌そうに答えた。
「まあまあ」
「千束、あんたは少し気楽すぎるのよ」
「そうかな?」
「そうよ!」
二人が受付で来訪を告げると、すぐに案内が入った。
そして――。
「来たか」
廊下の奥から、楠木司令が姿を現した。
その隣には秘書が控えている。
「楠木さん」
千束が軽く頭を下げる。
しかし、ミズキは違った。
「……ちょっと、楠木司令!」
ミズキはずかずかと歩み寄る。
「いったい、どういうつもりよ!」
「ミズキ、待て」
楠木が低い声で制止する。
だが、ミズキは止まらない。
「昨日、私たちを助けてくれた人を、いきなりスタンガンで気絶させて連れてきたって本当なの!?」
「ミズキ!」
千束が慌てて腕を掴む。
ミズキは今にも楠木に詰め寄り、胸ぐらを掴みそうな勢いだった。
「離しなさい、千束!」
「いやいや、落ち着けって!」
千束はミズキを後ろから引き止めながら、楠木へ視線を向けた。
「……てか、こういうのは普通、私がやる方だろ〜」
「何ですって!?」
「いや、今のは冗談! 冗談だから!」
千束は慌てて言い直す。
秘書は表情を変えず、楠木は深く息を吐いた。
「……話は聞いている。だが、ここは本部だ。まずは落ち着け」
「落ち着けですって……!」
「ミズキ、どうどう!」
千束が必死になだめる。
「ユイトさんが心配なのは分かるけど、まずは話を聞こう。ね?」
「……っ」
ミズキはしばらく楠木を睨んでいたが、やがて大きく息を吐いた。
「……分かったわよ」
「助かった……」
千束が小さく呟く。
楠木は二人を見据える。
「対象については、現在尋問を行っている。お前たちには、昨日の現場で何があったのか、詳しく話してもらう」
「……ユイトは?」
ミズキが尋ねる。
「今のところ、こちらの質問には普通に答えている」
「……本当に?」
「ああ」
楠木は短く答えた。
「危険な行動も、抵抗も確認されていない」
その言葉を聞き、ミズキの肩から少しだけ力が抜けた。
「……そう」
千束も、ほっと息を吐く。
「よかった……」
楠木は二人を別室へ案内した。
◆
尋問室の隣。
マジックミラー越しに、室内の様子を確認できる観察室だった。
千束とミズキは、案内されるなり鏡の向こうを見た。
そこには――。
椅子に拘束されたユイトがいた。
「……ユイト」
ミズキが小さく呟く。
ユイトは机の前に座り、落ち着いた様子で正面を見ている。
暴れた形跡はない。
拘束具を無理に外そうとした様子もない。
ただ、質問を待っているようだった。
「……思ったより、普通だね」
千束が呟く。
「普通って何よ」
「いや、もっと怒ってるかと思って」
「……彼、そういうタイプじゃないでしょ」
ミズキは鏡越しにユイトを見つめた。
確かに、ユイトは落ち着いていた。
だが、それがかえって痛々しく感じられた。
何も悪いことをしていないのに、拘束され、尋問されている。
それでも、彼は抵抗していない。
「……彼はきっと何も隠すつもりはないわ」
ミズキが静かに言った。
千束は、隣で頷いた。
「……うん。私もそう思う」
楠木が二人へ向き直る。
「お前たちは、対象と直接話をしたことがある。奴がこちらの味方だと言う証拠はあるのか?」
「あります」
ミズキは即答で答えた。
「ユイトは、私たちを助けてくれたの。昨日だって、あの子が来てくれなかったら、私たちはどうなっていたか分からない」
「……」
「誰かの為に手を差し出せる人。少なくとも、私にはそう見えたわ」
ミズキは鏡の向こうを見つめる。
「だから……直接、話をさせてほしいの」
楠木が目を細める。
「理由を聞こう」
「ユイトは、知らない人間に対しては警戒するかもしれない。でも、私たちとは何度も会ってる。昨日だって、私たちを助けてくれた」
ミズキは一歩前へ出た。
「信頼している相手なら、話してくれることもあると思うの」
「……」
「今のまま尋問を続けても、彼が本当に分からないことは、答えようがないでしょう?」
楠木は黙ってミズキを見つめた。
ミズキは引かなかった。
「お願い。私に直接話をさせてください」
短い沈黙。
やがて、楠木が口を開いた。
「……分かった」
「え?」
千束が目を丸くする。
「ミズキを尋問室へ入れる。千束、お前はここで待機しろ」
「えー、私も行きたい!」
「今回はミズキを先に行かせる。必要があれば、お前にも話を聞いてもらう」
「……分かりました」
千束は少し不満そうにしながらも頷いた。
楠木は秘書へ視線を向ける。
「準備しろ。対象への質問を一時中断する」
「承知しました」
秘書が部屋を出ていく。
ミズキは、もう一度マジックミラーの向こうを見た。
ユイトはまだ、椅子に座っている。
その姿を見つめながら、ミズキは小さく息を吸った。
「……待ってて、ユイト」
今度は、自分が話をする番だ。
ユイトが何を知っていて、何を知らないのか。
どうしてアギトになったのか。
直接、本人から聞こう。
ミズキは決意を胸に、尋問室へ続く扉へと向かった。