夜の埠頭。
海から吹き抜ける潮風が、コンテナの隙間を駆け抜けていく。
遠くには街の明かり。
しかし、この一帯だけは妙に暗かった。
「……静かだね」
千束が周囲を見渡す。
「静かすぎます」
隣を歩くたきなが、銃を構えたまま答えた。
二人はDAからの電話を受け、この埠頭へやって来ていた。
UNKNOWNの反応。
それだけではない。
ラジアータが検出した、もう一つの異常な戦闘反応。
そして何より――
その反応が、以前のサードリコリス全滅事件と高い類似性を示している。
「ラジアータの反応は?」
「まだ、この付近です」
「……そっか」
千束の声が、少しだけ低くなる。
その時だった。
――ドォンッ!!
「!?」
数十メートル先。
積み上げられたコンテナが突然、大きく揺れた。
次の瞬間。
金属を引き裂くような轟音とともに、巨大な影が飛び出してくる。
「来ます!」
たきなが即座に銃を構える。
街灯の下へ姿を現したのは――
異形の怪物。
「UNKNOWN……」
千束が息を呑む。
UNKNOWNは低い唸り声を響かせる。
そして何かを探すように、暗闇へ顔を向けた。
――その瞬間。
ドンッ!!
UNKNOWNの身体が横へ吹き飛んだ。
「え?」
千束が目を見開く。
瓦礫の向こうから、一つの影がゆっくりと立ち上がった。
赤く輝く複眼。
銀色の装甲。
そして――
夜の闇の中で、異様なほど鮮明に輝く黄金。
「……何、あれ」
千束が呟く。
それは人間ではなかった。
しかし、UNKNOWNとも明らかに違う。
一人の戦士。
仮面ライダーアギト。
アギトは何も言わない。
ただ、UNKNOWNだけを見据えている。
その身体には、黄金色の光が宿っていた。
アギトの超越肉体。
夜の暗闇の中では、その黄金があまりにも目立つ。
さらに腰には――
オルタリング。
その中心からも、黄金の光が静かに放たれている。
海面にまで光が反射し、波が揺れるたびに黄金が砕けていく。
「……ベルトまで光ってる」
千束が目を細める。
「警戒してください」
たきなが銃口を向ける。
「敵かどうか、まだ判断できません」
その言葉を聞いたかのように――
UNKNOWNが咆哮した。
そして地面を蹴る。
――ドンッ!!
アギトも動いた。
一瞬で距離が消える。
拳と拳が激突する。
――ドゴォン!!
凄まじい衝撃が埠頭を揺らした。
UNKNOWNが腕を振り下ろす。
アギトは身体を僅かに逸らす。
攻撃が空を切る。
その瞬間。
アギトの拳が、UNKNOWNの懐へ滑り込んだ。
――ドゴッ!
続けて蹴り。
回転。
反撃。
そして静かに距離を取る。
無駄がない。
荒々しくもない。
まるで、長年戦い続けてきた武人のようだった。
「……すごい」
千束が思わず呟く。
「動きに迷いがありません」
たきなも目を離さない。
UNKNOWNが再び襲いかかる。
アギトはそれを受け流し、正確な一撃を叩き込む。
――ドォンッ!!
UNKNOWNが吹き飛び、コンテナへ激突した。
しかし、まだ倒れない。
UNKNOWNはゆっくりと立ち上がる。
アギトは静かに見つめる。
そして――
UNKNOWNの口から、異質な言葉が漏れた。
「……何、言ってるんだろ」
千束には理解できない。
たきなも眉をひそめる。
だが――
アギトには、その言葉の意味が理解できていた。
なぜ理解できるのか。
本人にも分からない。
ただ、その言葉から一つの目的だけが伝わってくる。
――人ならざる力を持つ者を、抹殺する。
アギトの複眼が、僅かに輝いた。
そして――
戦いを終わらせるため、一歩前へ出る。
UNKNOWNが構える。
アギトも構えた。
だが、拳を振るうことはなかった。
アギトは静かに腰を落とす。
「……?」
千束が首を傾げる。
「何をするつもりでしょう」
たきなが呟いた。
その瞬間。
――キィィィン。
オルタリングが黄金色に輝いた。
そして――
アギトの足元に光が走る。
地面へ黄金の線が刻まれていく。
円。
幾何学的な紋様。
そして、それはやがて一つの形へと変わった。
アギトの紋章。
「……紋章?」
千束が息を呑む。
黄金の紋章が、アギトの足元に浮かび上がる。
アギトが、その中心へ踏み込む。
――ズン。
次の瞬間。
紋章が黄金の光へ変わった。
その光が地面から両脚へと吸い込まれていく。
足首。
脛。
膝。
太腿。
大地に刻まれたアギトの力が、両脚へと集約されていく。
超越肉体が、さらに強く黄金に輝く。
「……っ」
たきなが思わず目を細める。
そして――
アギトの頭部から、小さな機械音が響いた。
――カチッ。
閉じていた頭部の角――クラッシャーが展開する。
左右へ開かれた角が、黄金の光を受けて鋭く輝いた。
赤い複眼が、さらに強く光る。
千束は息を呑んだ。
「……綺麗」
思わず漏れた言葉だった。
けれど。
その美しさの奥にある力を感じた瞬間――
千束の胸に、言いようのない恐怖が生まれる。
アギトは腰を落とす。
両脚に黄金の力が集まっていく。
右足を引く。
左足で地面を踏みしめる。
――一瞬。
世界が静止したように感じられた。
そして。
アギトが地面を蹴った。
――ドォンッ!!
爆発的な踏み込み。
黄金の閃光を残して、その身体が夜空へ飛び上がる。
「高っ……!」
千束が見上げる。
アギトは夜空の頂点へ達すると、身体を反転させた。
頭が下。
右足が前。
全身を一直線に伸ばす。
展開したクラッシャーが黄金に輝く。
オルタリングもまた、強烈な光を放つ。
そして――
落下。
いや。
突撃。
黄金の戦士が、夜空からアンノウンへ向かって一直線に降下する。
UNKNOWNが腕を上げる。
防御しようとする。
だが――
遅い。
アギトの右脚が突き出される。
黄金の超越肉体。
アギトの紋章から吸収した力。
オルタリングの輝き。
すべてが、一つの蹴りへ集約される。
――ライダーキック。
ズガァァァァンッ!!
黄金の右脚が、UNKNOWNを真正面から捉えた。
凄まじい衝撃。
UNKNOWNの巨体が大きくのけ反る。
そして――
動きが止まった。
「……?」
千束が目を凝らす。
UNKNOWNの頭上。
そこに――
一つの光の輪が浮かび上がった。
まるで天使の頭上に浮かぶ光輪のような、黄金色の輪。
ゆっくりと回転しながら、次第に輝きを増していく。
「……何、あれ……」
千束の声が小さくなる。
UNKNOWNの身体からも、黄金色の光が漏れ始めた。
胸部。
腕。
脚。
そして全身へ。
――ビキッ。
身体の表面に、光の亀裂が走る。
UNKNOWNが最後の力を振り絞るように身体を動かす。
だが――
もう動けない。
頭上の光輪が、ひときわ強く輝いた。
そして――
ドォォォォンッ!!
UNKNOWNの身体が、黄金の光とともに爆発した。
夜の埠頭が、一瞬だけ昼のように照らされる。
爆風が駆け抜ける。
コンテナが激しく揺れ、海面が大きく波打った。
黄金の光が夜の闇を塗り替え――
やがて、静かに消えていく。
あとに残ったのは、静寂だった。
アギトは爆発の中心から、ゆっくりと歩み出る。
黄金に輝く超越肉体。
赤く輝く複眼。
展開されたクラッシャー。
そして――
静かに黄金の光を放つオルタリング。
夜の闇の中。
その姿だけが、異様なほど鮮明に浮かび上がっていた。
「…………」
千束は、言葉を失っていた。
目の前の戦士に見惚れてしまう。
「……綺麗」
小さく呟く。
しかし――
その直後。
アギトが振り向いた。
赤い複眼が、千束とたきなを捉える。
「……!」
千束の笑顔が消える。
アギトは何も言わない。
ただ、二人を見つめている。
そして――
ゆっくりと拳を握った。
構えを取る。
「千束」
「……うん」
たきなも銃を構える。
「こちらを敵と認識しています」
千束は、アギトを見つめた。
さっきまで美しいと思っていた黄金の戦士。
その姿が今は――
ひどく恐ろしく見えた。
アギトが、一歩踏み出す。
黄金の光が、再び夜の埠頭を照らした。
――そして。
千束とたきな。
アギト。
三者の間に、張り詰めた空気が走った。