リコリスリコイル 不可能犯罪   作:鼻眼鏡26号

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暴走

夜の埠頭。

 

 UNKNOWNが消滅したあとも、黄金の残光が海面に揺れていた。

 

 アギトは、千束とたきなの前に立っている。

 

 赤い複眼が、二人を捉えていた。

 

「……来るよ」

 

 千束が呟く。

 

 たきなは銃を構えた。

 

「はい」

 

 ――ドンッ!!

 

 アギトの姿が消えた。

 

「っ!」

 

 千束が反射的に身体を捻る。

 

 直後。

 

 ――ガァン!!

 

 拳が、背後のコンテナをへこませた。

 

「速っ……!」

 

 千束の額に冷や汗が浮かぶ。

 

 アギトは振り返る。

 

 感情を感じさせない赤い瞳。

 

 その姿は、先ほどUNKNOWNと戦っていた時と同じだった。

 

 ただ一つ違う。

 

 今、その拳が向けられているのは――

 

 千束たちだった。

 

「たきな!」

 

「分かっています!」

 

 たきなが引き金を引く。

 

 ――パンッ!

 

 銃弾がアギトへ向かう。

 

 しかし。

 

 アギトは僅かに身体を傾けただけで弾丸を避けた。

 

「嘘……」

 

 次の瞬間。

 

 アギトがたきなの目の前に現れた。

 

「たきな!」

 

 ――ガッ!!

 

 たきなが咄嗟に腕を交差させる。

 

 アギトの拳が直撃する。

 

 身体が大きく吹き飛ばされ、たきなが地面を転がった。

 

「たきな!」

 

「大丈夫です!」

 

 たきながすぐに起き上がる。

 

 しかし、その表情には明らかな驚きがあった。

 

「……今の攻撃」

 

「うん」

 

「殺すつもりでした」

 

 千束の表情が曇る。

 

 アギトは再び歩き出す。

 

 ゆっくりと。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 その姿からは、先ほどまでUNKNOWNと戦っていた時と同じく、迷いがない。

 

「ねえ……」

 

 千束がアギトへ声をかける。

 

「私たち、敵じゃないよ?」

 

 返事はない。

 

 アギトは拳を握る。

 

「……聞こえてない?」

 

 千束が一歩後ろへ下がる。

 

 その瞬間だった。

 

 アギトの身体が再び動いた。

 

「来ます!」

 

 たきなが叫ぶ。

 

 アギトの拳。

 

 千束は身体を反らしてかわす。

 

 拳が頬を掠める。

 

「っ……!」

 

 風圧だけで髪が大きく揺れた。

 

「危なっ……!」

 

 千束が距離を取る。

 

 その目から、いつもの笑顔が消えている。

 

 ――この人。

 

 本気だ。

 

 そう理解した。

 

 アギトは再び構える。

 

 そこには怒りも憎しみもない。

 

 ただ――

 

 敵を排除する。

 

 その意思だけがある。

 

「千束」

 

「なに?」

 

「このままでは危険です」

 

「……うん」

 

 千束は銃を握り直す。

 

「でも……」

 

 アギトを見つめる。

 

「なんか、変なんだよね」

 

「何がですか?」

 

「この人……」

 

 千束は、アギトの拳を見る。

 

「私たちを倒したいっていうより……」

 

 一瞬、言葉を止める。

 

「身体が勝手に動いてるみたい」

 

 たきなが目を細める。

 

「……暴走している?」

 

「たぶん」

 

 その瞬間。

 

 アギトが踏み込んだ。

 

「来る!」

 

 二人が左右へ散る。

 

 アギトの拳が地面を叩く。

 

 ――ドゴォン!!

 

 コンクリートが砕け、破片が飛び散る。

 

「うわっ!」

 

 千束が距離を取る。

 

 たきなが驚きを隠せない。

 

 アギトは砕けた地面から拳を引き抜く。

 

 そして二人を見据える。

 

 その赤い瞳の奥に――

 

 一瞬だけ。

 

 苦しむような光が宿った。

 

 ――やめろ。

 

 誰かが叫んでいる。

 

 自分の中で。

 

 だが、アギトの身体は止まらない。

 

 千束へ向かって跳ぶ。

 

「千束!」

 

 たきなが叫ぶ。

 

 千束はギリギリで身体を捻る。

 

 アギトの蹴りが背後のコンテナへ突き刺さった。

 

 ――ズガァン!!

 

 巨大な鉄塊が大きくへこむ。

 

「……っ」

 

 千束の喉が鳴る。

 

 もし直撃していたら。

 

 そう考えた瞬間――

 

 初めて。

 

 千束の胸に、はっきりとした恐怖が生まれた。

 

「……怖い」

 

 小さな声だった。

 

 たきなが千束を見る。

 

「千束?」

 

「……この人」

 

 千束はアギトから目を離せない。

 

「さっきのUNKNOWNより……怖いかも」

 

 アギトがゆっくりと振り返る。

 

 赤い複眼が、再び千束を捉える。

 

 黄金の戦士が構える。

 

 そして――

 

 次の瞬間。

 

 再び、二人へ向かって突進した。

 

 ――だが。

 

「…………っ!」

 

 アギトが、突然動きを止めた。

 

「……?」

 

 千束が目を見開く。

 

 アギトの身体が小刻みに震えている。

 

 さっきまでの戦闘態勢とは明らかに違う。

 

「……グッ……!」

 

 初めて。

 

 アギトの口から苦しげな声が漏れた。

 

「……え?」

 

 千束が息を呑む。

 

 アギトが頭を押さえる。

 

 赤い複眼が不規則に明滅する。

 

「……違う……」

 

 掠れた声。

 

 その声は、先ほどまでのアギトとは明らかに違っていた。

 

 まるで――

 

 人間が苦しんでいるような声だった。

 

「たきな……」

 

「はい」

 

 二人は警戒しながらも、アギトの異変を見つめる。

 

「今……喋ったよね?」

 

「……はい」

 

 アギトの身体が大きく揺れる。

 

「……やめろ……!」

 

 今度は、はっきりと聞こえた。

 

 アギト自身が、自分の身体を止めようとしている。

 

「俺は……」

 

 苦しげに胸元を押さえる。

 

「……この人たちを……」

 

 言葉が途切れる。

 

 拳が震える。

 

 そして――

 

「傷つけたく……ない……!」

 

 千束の目が大きく見開かれた。

 

「……!」

 

 その瞬間。

 

 アギトの中で何かが弾けた。

 

 ――ドクン。

 

 黄金の光が大きく揺らぐ。

 

 アギトは二人から距離を取る。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 まるで恐ろしい何かから逃げるように。

 

「待って!」

 

 千束が声を上げる。

 

 しかし――

 

 アギトは答えない。

 

 突然、背を向ける。

 

 そして走り出した。

 

「……え?」

 

 千束とたきなが呆然とする。

 

 黄金の戦士は、埠頭の暗闇へ消えていく。

 

 追おうとした千束だったが――

 

 たきなが腕を掴んだ。

 

「千束、待ってください」

 

「でも……!」

 

「今は追わない方がいいです」

 

 遠ざかっていく黄金の光。

 

 やがて、それすらも闇の向こうへ消えていった。

 

 千束は、その場に立ち尽くす。

 

「……あの人」

 

 胸元に手を当てる。

 

「私たちを傷つけたくなかったのかな……」

 

 たきなは答えない。

 

 ただ、アギトが消えた方向を見つめていた。

 

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