夜の埠頭。
UNKNOWNが消滅したあとも、黄金の残光が海面に揺れていた。
アギトは、千束とたきなの前に立っている。
赤い複眼が、二人を捉えていた。
「……来るよ」
千束が呟く。
たきなは銃を構えた。
「はい」
――ドンッ!!
アギトの姿が消えた。
「っ!」
千束が反射的に身体を捻る。
直後。
――ガァン!!
拳が、背後のコンテナをへこませた。
「速っ……!」
千束の額に冷や汗が浮かぶ。
アギトは振り返る。
感情を感じさせない赤い瞳。
その姿は、先ほどUNKNOWNと戦っていた時と同じだった。
ただ一つ違う。
今、その拳が向けられているのは――
千束たちだった。
「たきな!」
「分かっています!」
たきなが引き金を引く。
――パンッ!
銃弾がアギトへ向かう。
しかし。
アギトは僅かに身体を傾けただけで弾丸を避けた。
「嘘……」
次の瞬間。
アギトがたきなの目の前に現れた。
「たきな!」
――ガッ!!
たきなが咄嗟に腕を交差させる。
アギトの拳が直撃する。
身体が大きく吹き飛ばされ、たきなが地面を転がった。
「たきな!」
「大丈夫です!」
たきながすぐに起き上がる。
しかし、その表情には明らかな驚きがあった。
「……今の攻撃」
「うん」
「殺すつもりでした」
千束の表情が曇る。
アギトは再び歩き出す。
ゆっくりと。
一歩。
また一歩。
その姿からは、先ほどまでUNKNOWNと戦っていた時と同じく、迷いがない。
「ねえ……」
千束がアギトへ声をかける。
「私たち、敵じゃないよ?」
返事はない。
アギトは拳を握る。
「……聞こえてない?」
千束が一歩後ろへ下がる。
その瞬間だった。
アギトの身体が再び動いた。
「来ます!」
たきなが叫ぶ。
アギトの拳。
千束は身体を反らしてかわす。
拳が頬を掠める。
「っ……!」
風圧だけで髪が大きく揺れた。
「危なっ……!」
千束が距離を取る。
その目から、いつもの笑顔が消えている。
――この人。
本気だ。
そう理解した。
アギトは再び構える。
そこには怒りも憎しみもない。
ただ――
敵を排除する。
その意思だけがある。
「千束」
「なに?」
「このままでは危険です」
「……うん」
千束は銃を握り直す。
「でも……」
アギトを見つめる。
「なんか、変なんだよね」
「何がですか?」
「この人……」
千束は、アギトの拳を見る。
「私たちを倒したいっていうより……」
一瞬、言葉を止める。
「身体が勝手に動いてるみたい」
たきなが目を細める。
「……暴走している?」
「たぶん」
その瞬間。
アギトが踏み込んだ。
「来る!」
二人が左右へ散る。
アギトの拳が地面を叩く。
――ドゴォン!!
コンクリートが砕け、破片が飛び散る。
「うわっ!」
千束が距離を取る。
たきなが驚きを隠せない。
アギトは砕けた地面から拳を引き抜く。
そして二人を見据える。
その赤い瞳の奥に――
一瞬だけ。
苦しむような光が宿った。
――やめろ。
誰かが叫んでいる。
自分の中で。
だが、アギトの身体は止まらない。
千束へ向かって跳ぶ。
「千束!」
たきなが叫ぶ。
千束はギリギリで身体を捻る。
アギトの蹴りが背後のコンテナへ突き刺さった。
――ズガァン!!
巨大な鉄塊が大きくへこむ。
「……っ」
千束の喉が鳴る。
もし直撃していたら。
そう考えた瞬間――
初めて。
千束の胸に、はっきりとした恐怖が生まれた。
「……怖い」
小さな声だった。
たきなが千束を見る。
「千束?」
「……この人」
千束はアギトから目を離せない。
「さっきのUNKNOWNより……怖いかも」
アギトがゆっくりと振り返る。
赤い複眼が、再び千束を捉える。
黄金の戦士が構える。
そして――
次の瞬間。
再び、二人へ向かって突進した。
――だが。
「…………っ!」
アギトが、突然動きを止めた。
「……?」
千束が目を見開く。
アギトの身体が小刻みに震えている。
さっきまでの戦闘態勢とは明らかに違う。
「……グッ……!」
初めて。
アギトの口から苦しげな声が漏れた。
「……え?」
千束が息を呑む。
アギトが頭を押さえる。
赤い複眼が不規則に明滅する。
「……違う……」
掠れた声。
その声は、先ほどまでのアギトとは明らかに違っていた。
まるで――
人間が苦しんでいるような声だった。
「たきな……」
「はい」
二人は警戒しながらも、アギトの異変を見つめる。
「今……喋ったよね?」
「……はい」
アギトの身体が大きく揺れる。
「……やめろ……!」
今度は、はっきりと聞こえた。
アギト自身が、自分の身体を止めようとしている。
「俺は……」
苦しげに胸元を押さえる。
「……この人たちを……」
言葉が途切れる。
拳が震える。
そして――
「傷つけたく……ない……!」
千束の目が大きく見開かれた。
「……!」
その瞬間。
アギトの中で何かが弾けた。
――ドクン。
黄金の光が大きく揺らぐ。
アギトは二人から距離を取る。
一歩。
二歩。
まるで恐ろしい何かから逃げるように。
「待って!」
千束が声を上げる。
しかし――
アギトは答えない。
突然、背を向ける。
そして走り出した。
「……え?」
千束とたきなが呆然とする。
黄金の戦士は、埠頭の暗闇へ消えていく。
追おうとした千束だったが――
たきなが腕を掴んだ。
「千束、待ってください」
「でも……!」
「今は追わない方がいいです」
遠ざかっていく黄金の光。
やがて、それすらも闇の向こうへ消えていった。
千束は、その場に立ち尽くす。
「……あの人」
胸元に手を当てる。
「私たちを傷つけたくなかったのかな……」
たきなは答えない。
ただ、アギトが消えた方向を見つめていた。