黄金の光が、夜の闇へ消えていく。
千束とたきなは、その場に立ち尽くしていた。
「……行っちゃった」
千束が呟く。
耳元のイヤホン型通信装置から、すぐにクルミの声が響いた。
『――遅い』
「クルミ?」
『こっちはずっと見てたんだぞ』
千束が空を見上げる。
夜空には、小型ドローンが静かに浮かんでいた。
『ドローンで二人の戦闘、最初から全部見てた』
「じゃあ、さっきの黄金の人も?」
『もちろん』
クルミの声が少し低くなる。
『あれ……かなりヤバいな』
「やっぱり?」
『UNKNOWNをあんな簡単に倒した時点でヤバい。でも、それだけじゃない』
たきなが尋ねる。
「追跡はできましたか?」
『それは無理だ』
「無理?」
『ああ。ドローンで追ったけど、途中で完全に見失った』
千束が暗闇を見る。
「そんなに速かった?」
『速さだけじゃない。暗闇に入ったところで熱源反応も途切れた。ラジアータでも追えない、てか映像がブレて見失った』
「つまり……」
『追跡不能』
短い言葉だった。
千束は黙って、アギトが消えた方向を見つめる。
「……そっか」
『それにさ』
クルミが続ける。
『最後のあれ、気になる』
「最後?」
『突然苦しみ始めただろ』
「うん」
『あれ、明らかにおかしかっただろ』
クルミの声から、いつもの軽さが消える。
『最初は完全に敵を倒す動きだった。でも最後は、自分から逃げた』
千束は、あの時の声を思い出す。
――傷つけたくない。
「……本当は、私たちを傷つけたくなかったのかも」
『……かもな』
クルミも否定しなかった。
その時。
別の声がイヤホンから入る。
『千束、たきな』
「店長」
たきなが即座に返事をする。
『もう遅い。帰還しろ今夜はここまでだ』
ミカは優しく娘に接するような声で話す。
『UNKNOWNとの戦闘。それに正体不明の戦士との交戦。二人とも十分に動いている』
「……分かりました、店長」
たきなが答える。
「了解」
『戻ってこい。詳しい話は帰ってから聞く』
「はーい」
通信は切れた。
千束はしばらく海を眺めていた。
「……ねえ、たきな」
「はい」
「あの人……また会えるかな」
「分かりません」
たきなは静かに答える。
「ですが――」
少しだけ間を置いて。
「次に会ったとしても、敵とは限りません」
「……うん」
千束が小さく笑う。
「そうだといいね」
二人は埠頭を後にする。
その頭上を、小型ドローンが静かに追従していく。
そして。
黄金の戦士が消えた暗闇には――
何も残っていなかった。
◆
その頃。
埠頭から少し離れた場所。
人気のない倉庫の裏で、一人の青年が膝をついていた。
「……はぁ……はぁ……」
青年――ユイトは、荒い息を吐いていた。
身体から力が抜けていく。
そして。
――シュゥゥゥ……。
全身を覆っていた黄金の光が消えていく。
銀色の装甲が、まるで光の粒子になったかのように消失する。
赤く輝いていた複眼も消えた。
頭部のクラッシャーも閉じるように戻り――
やがて、そこに立っていたのは。
ただの一人の青年だった。
「……俺……?」
ユイトは、自分の両手を見つめる。
震えていた。
「……何だったんだ……今の……」
頭の中に、断片的な光景が蘇る。
UNKNOWN。
黄金の戦士。
そして――
2人の少女
「……!」
ユイトの顔が青ざめる。
「俺……あの二人を……」
拳を握る。
だが、その手はさらに震えた。
「違う……」
首を振る。
「俺は、そんなこと……」
けれど。
確かに覚えている。
自分の身体が、二人へ向かって動いていた。
拳を振るった。
蹴りを放った。
殺そうとしていた。
「……やめろ……」
ユイトは頭を抱える。
「俺じゃない……俺は……」
胸が苦しい。
呼吸が浅くなる。
それでも、頭の中から戦闘の光景が消えてくれない。
そして――
最後に自分が叫んだ言葉。
――傷つけたくない。
「……俺は……」
ユイトは、ゆっくりと顔を上げた。
「……傷つけたくなかった」
声が震える。
だが、それだけではない。
UNKNOWNと戦っていた時。
あの異形の怪物が発した言葉。
なぜか意味が理解できた。
人間には理解できないはずの、異質な言葉。
それなのに――
アギトになった瞬間だけ、その意味が頭へ流れ込んできた。
「……あいつらは……」
ユイトが呟く。
「何を言ってたんだ……?」
答えは出ない。
ただ一つだけ分かっていることがある。
UNKNOWNは――
人間ではない何かを狙っている。
そして自分は、そのUNKNOWNと戦った。
なぜ。
どうして。
自分にあんな力があるのか。
何も分からない。
「……怖いな」
ユイトは、誰もいない夜の街で呟いた。
その声は、震えていた。
しかし。
ユイトはまだ知らない。
自分の中に目覚めた力が――
これから、UNKNOWNとの戦いに巻き込まれていた。