ダンジョン物件の不動産鑑定士 〜欠陥アビスも、建築基準法と重要事項説明でスマートに解決します〜   作:ルクエリシオン

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第3話 タワーマンション地下の境界侵犯

「設楽先生、すごいです……! 地下三階の駐車場から、こんな綺麗な洞窟に繋がってるなんて!」

 

都心の一等地、西新宿に聳え立つ四十階建ての高級タワーマンション『グランドタワー新宿』。その地下三階駐車場の一角に開いた亀裂の奥で、一ノ瀬葵(いちのせ あおい)は感嘆の声を上げていた。

 

薄暗い洞窟の壁面には、青白く光る幻想的な『魔結晶(マナ・クリスタル)』が群生している。一キロあたり数十万円で取引される高価な魔導鉱石だ。

 

「感心している場合じゃないぞ、一ノ瀬。依頼人のタワマン管理組合は、この結晶の採掘権をめぐって隣のビルオーナーから無茶苦茶な要求を突きつけられている」

 

設楽 錬(したら れん)はスーツの上から耐魔レザーベストを羽織り、手に持ったレーザー距離測定器の数値をチェックしながら洞窟の奥へと歩を進める。

 

今回の依頼は、突突如マンション地下に発生したB級ダンジョンの現地調査。だが、問題はモンスターではなく『隣の土地の所有者』だった。

 

「おいおい、噂の不動産鑑定士様のお出ましですか?」

 

洞窟の曲がり角から、下品な金ネックレスをジャラジャラと鳴らした肥満体の男が、ガラの悪い探索者二人を引き連れて姿を現した。隣の雑居ビル『猪熊ビル』のオーナー・猪熊(いのくま)だ。

 

「設楽先生! あの人が噂の猪熊です!」

 

葵が警戒して設楽の脇に立つ。猪熊は不敵な笑みを浮かべ、手に持った洞窟の簡易地図をパンパンと叩いた。

 

「鑑定士さんよ、無駄な調査はやめときな。このダンジョン、入口こそタワマンの地下駐車場だが、奥へ百メートルも直進すりゃ完全に俺の『猪熊ビル』の真下に潜り込んでるんだよ!」

 

「……ほう?」

 

「ダンジョンの奥に群生してる魔結晶の半分は、俺の敷地内から採掘されたものだ! 採掘権の半分と売上の五十パーセントを渡さなきゃ、敷地権侵害で警察と裁判所に駆け込んで、このダンジョンの封鎖命令を出させてやるからな!」

 

猪熊が威圧的に胸を張る。葵は地図と洞窟の奥を見比べ、不安そうに設楽の袖を引っ張った。

 

「し、設楽先生……確かに体感だと、さっきから真っ直ぐかなり歩いて隣のビルの方向に進んでいる気がします……。もし本当に境界線を越えていたら、半分渡さなきゃいけないんじゃ……?」

 

「一ノ瀬」

 

設楽は呆れたように息を吐くと、胸ポケットから特製の魔力測定眼鏡を取り出して装着した。

 

「視覚と歩数感覚(体感)だけに頼るな。ダンジョンの中で人間の感覚ほどアテにならないものはない」

 

「なにが感覚だ! 現に歩数計で百メートル以上真っ直ぐ歩いてんだよ!」

 

怒鳴る猪熊を無視し、設楽はカチャリと打診棒を伸ばすと、洞窟の壁面に刻まれた青い魔結晶を突いた。

 

「猪熊さん。ダンジョン特有の『空間屈折(位相のズレ)』をご存知ですか?」

 

「ああ……? 空間屈折だあ?」

 

「ダンジョン内は高濃度の魔力によって空間が歪み、三次元の幾何学構造が歪曲することが多々あります。……一ノ瀬、地上の確定測量図と三次元レーザー照射器を出せ」

 

「あ、はいっ!」

 

葵がバックパックから三脚付きの精密測定器を取り出し、洞窟の中央にセットする。設楽は操作パネルを叩き、赤外線レーザーを放射状に壁面へ照射した。

 

「空間歪み係数、一・八四。……なるほどな」

 

設楽は眼鏡の縁を指で押し上げ、冷徹な視線を猪熊に向けた。

 

「猪熊さん。あなたが『直進して百メートル以上歩いた』と体感しているこの洞窟、空間の位相歪みによって【緩やかな下り螺旋を描いて、直径十五メートルの円周を二周半まわり、元の場所の真下に落ちてきている】だけです」

 

「な、なに……!? に、二周半だと!?」

 

「直径十五メートルの円周は約四十七メートル。百メートル歩けば円周を二周強まわり、空間座標の計算上、完璧にタワーマンションの敷地直下に収まります。直進しているというのは、重力屈折によるあなたの錯覚だ」

 

「う、嘘をつくな! そんな手品みたいな話があるか!」

 

猪熊が顔を真っ赤にして叫ぶ。設楽は手帳を開き、三次元座標の計算式と測量データを突きつけた。

 

「嘘だと思うなら、都の公認測量士を呼んで測定させても構いませんよ。ただし、その費用はすべてあなた持ちになりますが」

 

設楽は淡々と言葉を続けた。

 

「日本の【民法第207条】において、土地の所有権は法令の制限内において『その土地の上下』に及びます。地上の境界標(地界)から垂直に下に伸ばした三次元空間座標において、このダンジョンは一センチたりともあなたの敷地に越境していません」

 

「うぐっ……! そ、それは……!」

 

「つまり、魔結晶の採掘権は百分之百、タワーマンション管理組合に帰属する。あなたが主張する『五十パーセントの分配』には、何の法的・事実的根拠もありません」

 

さらに設楽は、打診棒の先端を猪熊の胸元へ突きつけた。

 

「むしろ、根拠のない言いがかりで管理組合の正当な採掘業務を妨害し、不当な利益を得ようとしたあなたの行為は、悪質な恐喝未遂および業務妨害に該当します。……これ以上難癖をつけるなら、管理組合の顧問弁護士を通じて損害賠償請求を起こしますが、いかがしますか?」

 

「〜〜〜〜っ!?」

 

猪熊は絶句し、額からダラダラと冷や汗を流した。後ろに控えていたガラの悪い探索者たちも、顔を見合わせて「おい、俺たち関係ねえぞ」「引き揚げるぞ」と逃げ腰になっている。

 

「く、くそが……! 覚えてやがれ!」

 

捨てゼリフを残し、猪熊たちは蜘蛛の子を散らすように地下駐車場へ逃げ帰っていった。

 

「やった……! やったあ! 設楽先生、大勝利です!」

 

葵が両手を挙げて飛び跳ねる。

 

「錯視と空間屈折を利用した不当な請求なんて、普通の測量知識だけじゃ絶対に見破れませんでした! 民法第207条と立体的なスパイラルの幾何学計算を叩きつける設楽先生、めちゃくちゃ格好良かったです!」

 

「ふぅ……奴らが諦めてくれて助かった。洞窟内の精密測量は目が疲れる」

 

設楽は眼鏡を外し、目元を指で押さえた。

 

「ですが設楽先生、これでこのタワーマンションの価値もグンと上がりますね! 安全なダンジョンで高価な魔結晶が採掘できるなんて、最高の優良物件です!」

 

「ああ。管理組合には、採掘益を修繕積立金に充当するよう鑑定書に記載しておこう。これで将来の大規模修繕費用も安泰だ」

 

設楽は打診棒を短く収め、満足そうに微笑んだ。

 

「さて、一ノ瀬。事務所に戻って報告書の作成だ。今日の位相歪みと螺旋軌道の計算式、しっかりレポートにまとめておけよ」

 

「えっ……あ、あの複雑な計算式ですか!? ひ、容赦なさすぎます設楽先生〜〜!」

 

頭を抱える葵の悲鳴が、青く輝く魔結晶の洞窟に賑やかに響き渡るのだった。

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