ダンジョン物件の不動産鑑定士 〜欠陥アビスも、建築基準法と重要事項説明でスマートに解決します〜   作:ルクエリシオン

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第4話 即決購入したクーリング・オフ不能な分譲地

「助けてください設楽先生! 休日に駅前の特設会場で盛り上がっちゃって……『地下ダンジョン付き分譲地』の契約書に判を押してしまったんです!」

 

設楽不動産鑑定事務所の応接スペースで、頭を抱えて泣き叫んでいたのは、三十代のサラリーマン・田中だった。テーブルの上には、派手なカラー印刷のチラシと、何枚もの売買契約書が乱雑に広げられている。

 

「『地下ダンジョンから採掘される魔導ハーブで不労所得! 本日限りの特別価格!』って言われて……手元に現金がなかったのに、手付金の分割払いでいいからって言われて二百万円の手付金契約を結ばされちゃったんです!」

 

田中は青ざめた顔で声を震わせた。

 

「後から現地を見に行ったら、道もない山奥の崖っぷちで、とても人が住める場所じゃありませんでした。慌てて解約を申し出たら、売主の『アビス開発』の社長に『特設会場で自ら申し込んだんだから自己責任だ! クーリング・オフなんて適用できるか! 手付金二百万円は全額没収だ!』って怒鳴られて……!」

 

「仮設会場で手付金の分割払い……? 絵に描いたような悪徳業者の押し売りじゃないですか!」

 

話を聞いていた一ノ瀬葵(いちのせ あおい)が、メモ帳をバシッと叩いて憤慨した。

 

「そんな騙し討ちみたいな契約、絶対に許せません! 設楽先生、白紙撤回させましょう!」

 

「まあ待て、一ノ瀬。契約場所が『仮設会場』だったという点が重要だ」

 

設楽 錬(したら れん)は冷えたお茶に口をつけ、田中の手元にある契約書と重要事項説明書の日付を指でなぞった。

 

「書面が交付されたのは三日前……よし、八日以内だな。一ノ瀬、現地調査の必要すらない。契約書面を準備して、その『アビス開発』の特設テントへ出向くぞ」

 

駅前のイベント広場。カラフルなパイプテントの下で、ノボリを叩きながら威勢よく声を張り上げている男がいた。『アビス開発』の代表・万代(まんだい)だ。

 

「おい田中! また来たのか! 言っただろ、大人の結んだ契約だ! 泣きついたって手付金の二百万円は返さねえぞ!」

 

万代はガムをクチャクチャと噛みながら、不快そうに田中と設楽たちを睨みつけた。

 

「万代社長。私は田中の代理人として参りました、不動産鑑定士の設楽です」

 

設楽が名刺を差し出すが、万代は受け取りもしない。

 

「鑑定士だか何だか知らねえがな、ここは俺たちが正規に許可を取って設置した販売会場だ! 客が自ら足を運んで申込書にサインしたんだから、宅建業法上の事務所と同等扱いだ! クーリング・オフなんて効かねえよ!」

 

「万代社長。法律を都合よく解釈するのはやめなさい」

 

設楽は眼鏡の縁を軽く押し上げ、冷徹な瞳で万代を見据えた。

 

「確かに、宅地建物取引業法において、買主が自ら宅建業者の『事務所等』に足を運んで契約した場合は、クーリング・オフの適用外となります。……ですが、あなたが設置したこのパイプテント、法的な『事務所等』の要件を何一つ満たしていません」

 

「な、なんだと……!?」

 

「【宅地建物取引業法第37条の2】における『事務所等』とは、継続的に業務を行うことができる施設、あるいは十区画以上の一団の宅地分譲を行う定着した案内所を指します」

 

設楽はテントのポールをコンコンと打診棒で叩いた。

 

「風で揺れるような仮設のパイプテントや仮設小屋は、土地に定着した施設とは認められない。つまり、ここは法的に【事務所等以外の場所】に該当します」

 

万代の顔色が、わずかに陰った。

 

「売主が宅建業者であり、買主が一般消費者。そして契約場所が『事務所等以外の場所』である場合、クーリング・オフの権利が全面的に発生します。田中さんがクーリング・オフに関する書面の説明を受けたのは三日前。法定の『八日以内』の期間内だ」

 

「ぐっ……! だ、だがな! 手付金の分割払いで合意してんだ! もう契約は履行に向けて動き出してんだよ!」

 

万代がしどろもどろに怒鳴り返す。だが設楽は、さらに冷酷な事実を突きつけた。

 

「それもアウトです、万代社長。【宅地建物取引業法第47条第3号】違反。宅建業者が手付金について貸付けを行ったり、分割払いや後払いを認めて契約を誘引する行為は、信用の供与による不当誘引として明確に禁止されています」

 

「ひっ……!」

 

「手付金を用意できない買主を煽り、違法な分割払いで契約を即決させた上、クーリング・オフ不能と嘘をついて手付金を没収しようとした。……これは完全な宅建業法違反です」

 

設楽は内ポケットから一務の書面を取り出し、万代の胸元に叩きつけた。

 

「クーリング・オフによる契約解除通知書です。本日中に契約を無条件で白紙撤回し、受領済みの手付金受領証を破棄して契約を解除しなさい。断るなら、この違法勧誘の音声データとテント会場の写真を添えて、国土交通省と都の宅建指導課に緊急の通報を行います。業務停止処分は免れませんよ」

 

万代の額から、ダラダラと油汗が吹き出した。

 

「ま、待ってくれ……! 通報だけは勘弁してくれ! わかった、白紙解除だ! 手付金の請求も取り下げる!!」

 

万代はその場にへたり込み、必死に破棄書類にサインした。

 

「すごいです設楽先生! テント会場が『事務所等以外の場所』になることや、手付金の分割払いが不当誘引になることまで見抜いちゃうなんて……!」

 

駅前広場を後にしながら、葵が興奮気味に拍手を送る。相談者の田中も「二百万円の借金を背負わずに済みました……! 本当にありがとうございました!」と何度も頭を下げて去っていった。

 

「悪徳デベロッパーがよく使う手口だ。雰囲気に呑まれて判を押した人間でも、法は一定の猶予(クーリング・オフ)を与えて保護してくれる」

 

設楽は胸ポケットから打診棒を短く収め、夕暮れの街を見上げた。

 

「だが一ノ瀬。一番の防犯は『上手い話に飛びつかないこと』だ。田中くんもこれで少しは懲りただろう」

 

「ふふ、確かにそうですね! でも、もしまた困った人がいたら、設楽先生の完璧なロジックで助けてあげてくださいね!」

 

「……やれやれ。俺は不動産鑑定士であって、ボランティアじゃないんだがな」

 

設楽は苦笑しながらも、どこか誇らしげに歩みを進めるのだった。

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