ダンジョン物件の不動産鑑定士 〜欠陥アビスも、建築基準法と重要事項説明でスマートに解決します〜 作:ルクエリシオン
「ひどい……。まるで爆撃でも受けたみたいです……」
都内有数のオフィス街・港区の一角で、一ノ瀬葵(いちのせ あおい)は眼前で大きく崩落した十階建てビルを見上げて言葉を失っていた。
『都心中央ビル』。一階から三階までの低層部の外壁と柱が大きく崩落し、剥き出しになった鉄骨とコンクリート片が痛々しく路面に散乱している。立ち入り禁止の黄色いテープがなびく現場は、まるで戦場のような有様だった。
「設楽先生、本当にここ『巨大モンスター』の急襲を受けたんですか?」
「ビルオーナーの主張によればな」
設楽 錬(したら れん)はスーツの上に耐魔レザーベストを羽織り、胸ポケットから特製の魔力測定眼鏡を取り出して装着した。
今回の依頼は、損害保険会社からの『魔獣災害保険』における緊急損害調査(インスペクション)だ。ビルオーナーの権藤(ごんどう)は、「突如現れたA級指定モンスター・グランガラム(岩石巨人)に襲撃され、ビルが全壊した」と主張し、十億円もの巨額な保険金を請求している。
「モンスターによる損害と認定されれば、保険金は満額下りる。……だが、損害保険会社もバカじゃない。不自然な点が多いと踏んで、俺たちに調査を打診してきたわけだ」
「不自然な点、ですか……?」
「一ノ瀬、デジタル距離測定器と魔力スキャンを出せ。現場の痕跡を調べるぞ」
二人は警察の許可を得て、瓦礫の山となった一階フロアの内部へと足を踏み入れた。
歪んだ天井と柱が危うい均衡を保つフロアで、葵は一眼レフカメラを構え、柱の破断面を撮影していく。一方、設楽は胸ポケットから自前のステンレス製打診棒を取り出してカチャリと伸ばし、露出した中央太柱の鉄骨を『コン、コン』と慎重に叩き始めた。
「……なるほどな。露骨すぎる」
設楽の呟きに、葵が振り返る。
「何か分かったんですか、設楽先生!?」
「一ノ瀬。もし体長十メートルの岩石巨人が外から侵入してビルを破壊した場合、破断面と鉄骨はどちらの方向に曲がると思う?」
「えっ? 外から襲われたなら……当然、外側から内側に向かって鉄骨が押し潰されるように曲がりますよね?」
「そうだ。だが、この中央太柱の鉄骨を見てみろ」
設楽が指差した鉄骨は、まるで竹の子が内側から弾けたように、【内側から外側に向かって放射状に炸裂して折り曲がっていた】。
「あっ……! 内側から外側へ……!? これじゃあまるで、柱の内部から爆発したみたいです!」
「正解だ。物理的な衝撃方向が真逆なんだよ」
設楽は眼鏡のフチを上げ、コンクリートの破断面に付着した微細な赤黒い粉末を指先で拭った。
「さらに魔力波形の分離解析結果だ。モンスターが放つ生体魔力の残留値はゼロ。代わりに検出されたのは、工業用の火系爆破魔術触媒——『赤硝石(レッド・サルファー)』の化学残留物だ」
「なっ……! じゃあ、モンスターの襲撃なんて嘘で……!?」
「おい! 何勝手にガサ入れしてやがる!」
そこへ、工事用ヘルメットを被った丸太のような体格の男が、取り巻きの男二人を連れて怒鳴り込んできた。このビルのオーナー・権藤だ。
「俺は今、全壊したビルのショックで心身ともに参ってんだ! 保険会社の手先がコソコソ嗅ぎ回るんじゃねえ! さっさと十億円の損害認定書を書きやがれ!」
権藤が威圧的に胸を張り、設楽の胸ぐらを掴まんと迫る。だが、設楽は一歩も引かずに冷酷な視線を投げ返した。
「権藤さん。自作自演の爆破工作、ご苦労様でした」
「な……なにぃ!?」
「このビル、近年周辺に最新のスマートビルが立ち並んだことでオフィス空室率が四十パーセントを超え、毎月数百万円の赤字を出していましたね?」
設楽は手帳を開き、事前に調べ上げた不動産市況データを淡々と読み上げた。
「来月には銀行からの五億円の融資返済期日が迫っていた。解体工事費を払う余裕もないあなたが思いついた起死回生の手が……『魔獣災害保険の偽装請求』だ」
「ふ、ふざけるな! 証拠もないのに言いがかりをつける気か!」
「証拠なら、この現場に山ほど転がっていますよ」
設楽は打診棒で中央太柱をコンと突いた。
「物理的な鉄骨の屈曲方向。外圧ではなく、内側からの指向性爆縮痕。そして柱内部から検出された工業用爆破魔術触媒『赤硝石』の成分反応。……何より、あなたが二週間前に裏ルートで大量の赤硝石を購入した防犯カメラの映像データも、すでに保険会社の調査部が入手しています」
「ひ、ひいいっ……!?」
権藤の顔から血の気が引いていく。
「【刑法第246条・詐欺罪】。および詐欺未遂。モンスターによる不可抗力の事故に見せかけて保険金を騙し取ろうとする行為は、重篤な犯罪です。当然、魔獣災害保険の約定に基づき、意図的な自爆工作に対する保険金の支払いは一切認められません」
「う、うぐっ……! だ、だがな! 俺だって必死だったんだ! このままじゃ倒産して破産するしかなかったんだよ!!」
開き直って叫ぶ権藤に、設楽は哀れむような目を向けた。
「空室率に悩んでいたなら、解体して再開発するか、オフィスからダンジョン探索者向けの補給拠点へ用途変更(コンバージョン)する手だって幾らでもあった。……自分の所有物件を自分の手で破壊し、嘘で金を騙し取ろうとする人間に、不動産を扱う資格はありません」
「くそっ……くそがああぁぁっ!」
権藤はその場に膝から崩れ落ち、頭を抱えてすすり泣いた。直後、駆けつけた警察官たちによって、権藤とその手下たちは手錠をかけられて連行されていった。
「すごいです、設楽先生……! ビルの空室率という不動産市況から、柱の破断面という構造解析まで結びつけて見抜いちゃうなんて!」
夕暮れ時、現場を後にしながら葵が感嘆の声をあげる。
「保険金詐欺は、不動産市場の歪みやオーナーの困窮から生まれることが多い。建物の『悲鳴』を正しく聴き取るのが損害調査の基本だ」
設楽は胸ポケットに打診棒を収め、静かに息を吐いた。
「ですが、自分のビルを自分で爆破しちゃうなんて悲しい事件でしたね……」
「ああ。だが、これで不正な保険金の支払いは防げた。市場の健全性が守られたなら、それで十分だ」
設楽は歩みを緩めず、いつもの冷静な横顔で前を見据える。その背中に、葵は「やっぱりこの人は本物のプロだ」と改めて尊敬の念を抱くのだった。