クオルデンツェ・ルークセは頭を抱えていた。
その原因はナンボナン市から届いた一通の報告書にある。
それは、若様が最近ブイブイ言わせている従祖の大工衆を面白半分に呼んでみたら、実は従祖ではなく祝福の子で主祖でした。
更に、なんとびっくりガーダクル様のご落胤です。魔封印をかけて拘留中ですがどうしますか?
というものだ。
この報告書が届いてからというもの、ニューネリー城は上に下にの大騒ぎになっている。
「お前たちはどう思う」
ルークセの問いかけに幹部たちの表情が険しくなる。
ただの祝福の子ならば簡単な話だ。
対主祖装備を用いて圧殺陣形を取り、そのまま討ち取ればよい。ナンボナンには多くの従祖兵がおり、主祖であるウィルクもいるのだ、難しい話ではない。
実際にナンボナンでも当初はその予定で動いた。しかし、問題が起きた。
その者たちがクオルデンツェの使用人が書いた、従祖養育に関する取決書を持っていたのだ。
そこには、ナンボナンの娘ミラ、そして、クオルデンツェ・ガーダクル。
ルークセの兄の名があった。
「兄上と隷祖との間に生まれた祝福の子……。まさかそのようなことがあるとは……」
ナンボナンからの報告を受けた段階では、みな半信半疑だった。
だが、当時のガーダクルについていた使用人をはじめ、各所の記録を遡るたびに信憑性は増してゆく。
クオルデンツェ・ガーダクルには千人を超える実子が存在する。
しかしそれは、全て隷祖や従祖の間に生まれた子であり、当然であるが全員が従祖であった。
ニューネリー城では倉庫をひっくり返す勢いで文官たちが過去の書物を漁っている。
だが今回のような事例は発見できずにいた。
「現状ではナンボナンでの対応に問題はないと思われます」
幹部の一人が重い口を開く。
対応に問題はない、それは即ちそれ以外は問題だらけということだ。
ガーダクルにはシルオペアから嫁いできた姫との間に主祖の子がいたが、妊娠中に暗殺に巻き込まれガーダクル、妻子共々死亡した。
そこに降って湧いたのが、この祝福の子だ。
ガーダクルの実子であり、なおかつ主祖である。
主祖。
その存在は、このエルオ大陸で非常に大きい存在だ。
強大な魔力を持ちこの地を守護し支配する。
だからこそ、主祖は主祖を警戒する、その強力な力を持った身を唯一害せる存在だからだ。
だが、主祖一人ではその地を支配し、寿命と共に消える存在でしかない。
そこで貴族は血縁を利用した。
祖父、祖母、叔父、叔母、兄弟、姉妹、従弟……様々な血の繋がりを利用し、一種のコミュニティを作ったのだ。
敵になりうるかもしれない相手、だがそこに血縁があることである程度は恐怖を抑えることが出来た。
それゆえに貴族は血縁を重視する。
クオルデンツェはかつて分裂の時代を迎えたことがある。
それは仇敵の調略に分家達がそそのかされたためだ。
そして、それを解決に導いたのはクオルデンツェ・カシア。
先々代当主にしてガーダクル、そしてルークセの母だ。
解決策、それは分家達に血の粛清を行った。
問題は解決したがクオルデンツェは身内殺しの汚名を被った。そのため王国貴族の一部からは未だに忌避されている。
祝福の子はガーダクルの子にして、カシアの孫、そしてルークセにとっては甥にあたる。
安易な解決策をとることはできなかった。
ルークセの胸中は複雑であった。
本来ならば自分は家督を継ぐ立場にない、しかし、兄の死と子がいなかったがためにその立場が回ってくることになったのだ。
そこに現れた兄の子。
主祖の身という現実は極めて重い。
「……引き続き調査を行う。それでよいか」
「それがよろしいかと思います。至急ナンボナンへ送ります」
ルークセも幹部たちも姿には現さないが、みな頭を抱えていた。
「父様も苦労しているようだな」
ニューネリーから届いた書状には父には珍しく、悩みに悩んだであろうまどろっこしい文章が並んでいた。
結論から言えば「現状維持」だ。
いや、現状維持というよりも「なんかうまい落としどころに勝手に落ち着かないかな」という希望的観測を含んだものの方が近いだろうか。
なんとなく予想はしていたが、ことがことだけに当主以外が口を出すのが憚られるというのもあるのだろう。
まぁ父の伯父に対する想いを考えればわからないこともないのだが。
そのため、バンは突然現れた祝福の子とは思えない程の待遇を与えられている。そんなことにより文官や武官達はブラック企業も真っ青なレベルで日夜走り回っている。
元はといえば軽い気持ちで大工衆を呼び寄せた俺のせいなのかもしれないが、祝福の子なんて放っておくわけにもいかないのだから、その辺は大目に見て許してほしい。
俺の撒いた種ではあるが、種付けしたのは伯父上なのだから。
「バンとやらは今何をしている」
俺は側に控えたテッシュに尋ねた。
「バン様は棟梁と共に館の改修作業をしておられます」
何でも、軟禁生活が贅沢すぎて体が鈍ってしまうから仕事をさせてほしい、と言ってきたのだそうだ。
つくづく主祖らしくない奴だな。魔力持ちの体が鈍るわけないだろうに。
「こちらが困っているというのに暢気なやつだな」
父様の手紙にあったが、いまニューネリー城は大騒ぎになっているそうだ。
それはもちろんこの突然現れた祝福の子に原因がある。文官たちが倉庫をひっくり返しているそうだが、成果は芳しくないらしい。
シンシアならば何か知っていることもあるかもしれないが、この件は今のところクオルデンツェのトップシークレットであるので聞くに聞けないらしい。
「それから……」
「魔封印が切れたらどうすればよいか、ともおっしゃっていました」
そう言ったテッシュの顔には困惑が浮かんでいる。
魔力とは力の象徴であり、またその身の地位を表すものだ。
貴族とは主祖であり魔力を持つからこそ、この地を支配することが出来る。
力も地位も失った状態でいるということは、祝福の子であるとはいえ主祖に対してきわめて不敬なのだ。
それなのに、自分から魔封印をかけろと言ってくる。
「報告にあった、行動が平民隷祖というのが納得できるな」
それは生まれながらに魔力を持つ者からすれば到底理解できないような感覚だ。
「好きなようにさせておけ。見張りは怠るなよ」
「かしこまりました」
俺は自分に似ているというテッシュの言葉を思い出していた。
「あんちゃん、なかなか筋がいいな!」
ナンボナンの大工の親方に褒められた。
いやー久々の大工仕事はいいもんだね!体を動かすのは気持ちいいよ。
テッシュさんに相談したら不思議な顔されたけど頼んでみてよかったな。
それに実際の現場に出るのはひょっとしたら前世以来かも?
村の家なんかは俺も行ってたけど、街の現場には行かせてもらえなかったからな。
それに途中からは会社が大きくなって材木がたくさん必要だったから、大工というより木こりだったし。
そう言えばみんな大丈夫かな?
俺がいなくても外の木なら切れるから大丈夫だとは思うんだけどちょっと心配。
あと盗賊とかも来るかもしれないし。
魔獣は……俺がさんざんフィールド荒らしてたからまぁ当分は大丈夫か。
やっぱり盗賊は気になるからテッシュさんに相談してみよう。
いやー魔封印をかけられて、今まで自分がどんだけスーパーパワーだったのか実感したよ。
そうだよ、柱を片手でつまんで持ち上げるなんてフツーは出来ないよね。
それでも全く魔力がないってわけでもなくて、体の丈夫さなんかは前と変わらないみたい。
頭とかぶつけても全然痛くないし不思議な感じだ。
「バン様、お飲み物はいかかですか?」
メイドさんが飲み物を持ってきてくれた。
最近は結構打ち解けてきて話なんかもするようになってきたんだけど、どうしても『様』は外してくれない。
俺は平民だから気にしないでって言っても、絶対だめらしい。少しは慣れたけど魔力持ちとそうじゃない人の扱いの差は未だにモヤモヤするものがあるな。
あと、カリーナちゃんには内緒だけど、メイドさんたちみんな美人で目のやり場に困る。
ドキドキさせないでほしい。
はぁ、カリーナとコロナは何しているかな。
手紙届いたかな。
いつ帰れるのかな。