若様との衝撃の歓談が終わったらすぐにお勉強の時間が始まってしまった。
何でも貴族デビューをするための知識をぶち込まれるのだそうだ。
ちょっと憂鬱。
何でかなー俺は大工と木こりをしてるだけで十分だったんだけど……。
最初は騎士さんの授業だったんだけど、その初めからあっけにとられた。
今まではちょっと怖いというかあんまり近寄りたくない雰囲気だったんだけど、それが百八十度変わったんだよね。
もう完全な味方ポジションというか、忠義の臣って感じになっていて、貴族ってこういうことなのかと思ったよ。
それで最初に教えてもらったのは『貴族』とは何かということだった。
まぁ当たり前といえば当たり前なスタートだ。
簡単に言ってしまえば、貴族とは襲い掛かる成熟魔獣から大地を守るスーパーヒーローだった。
魔獣が暴れれば大地が汚染されて、人が住めなくなってしまう。これは俺も魔獣を見たことがあるからわかった。
それでここからがポイントだ。爆弾もない、ミサイルもないこの世界で、魔獣から大地を守り生きていくにはどうすればいいのか。
そう、スーパーヒーローに頼るしかないんだ。
俺はなんとなく勘違いしてたけど、この世界の貴族は、「強くて偉い」んじゃなくて「強いから偉い」なんだ。
それが分かって、今までモヤモヤしていた部分がすっきりした気分。
強いから偉いなら、弱いなら?
魔力持ちを平民がやたらと持ち上げる理由が分かった。モヤモヤが一つ消えて新しいモヤモヤが生まれた気分だ。
そして貴族と騎士についても教わった。
これに関しては俺の知っていることと全く違っていて、へーっと思ったね。
村では鎧着ていて従祖の人をみんな騎士様と呼んでいたみたいだけど、どうやら違うらしい。
貴族にはいくつか仕える騎士家というのがあって、その家のトップだけを騎士と呼ぶんだそうだ。
それから言葉の端々から感じたのが、自分の力は自分の物ではないといった感じのニュアンス。
あくまでも力を預けてもらっているというような言い様だった。
俺は魔力持ちは強いと思うんだけど、この世界では魔力無しは弱いといった感じに思える。
これも貴族とは、というところから始まってるからなんだろうな。
一通りの講義を受けて、今日は終わりということになった。
貴族の話ではあったのだけれど、この世界の成り立ちというか根っこの部分を聞かされたようで、けっこうヘビーだったかも。
俺が部屋に帰ると、カリーナとコロナが迎えてくれた。
今日あったことと、これからのことについてどう話そうかと思ってたけど、もうテッシュさんが説明してくれていたみたい。
今までの家族が変わってしまうんじゃないかと思って不安なところがあったけど、別に今まで通りでいいらしい。
ただ、家族の部屋の中では今まで通りでいいけど、貴族の仕事をするときには公私を分けるようにとは言われたそうだ。
まぁその辺りは仕方がないか。
それでも今まで通り家族で暮らせるんだし、その辺は割り切っていこうと思う。
「ねぇバンさん。私大丈夫かな?バンさんみたいに頭がよくないし……」
それから明日からはカリーナにもメイドさんがついて、これからの生活について色々教えてもらえるらしい。
でもカリーナ本人は読み書きが達者じゃないと思っていて、村の外のことすら殆ど知らないので心配みたいだ。
まぁ俺も前世の記憶が無かったらそうとう慌てていたと思う。
うちの人たちは仕事でけっこういろんな街に行ったりしてるけど、村人の殆どは生まれた村を出たことないなんてざらにいるしな。
「大丈夫だよ。俺も一緒に頑張るし、それに家族で暮らせるんだ」
正直言えば俺も不安だ。
貴族になるなんてこの世界に生まれてから一回も考えたことすらなかったし。
でもコロナのためにも、これから生まれてくる子供のためにも頑張らないといけない。
思えば何も知らずにこの世界に生まれて、何とかやって来たんだ!
やってやるぞ!と俺は気合を入れた。
「案外あっさりと受け入れたものだな」
俺は文官から差し出されたバンについての様子が書かれた木簡を捲った。
そこには日々の様子や言動について記されている、俺が読んだら清書されニューネリーに送られるのだろう。
「ご理解が早く、私共としても助かっております」
バンに関してはインスタント貴族養成講座が連日開催されているのだが、なかなか優秀な成績を納めているらしい。
マナー講師による対面レッスンのようなこともしているそうだが、短時間ならそれなりに取り繕うことが出来る程度にはなっているので、大したもんだと思う。
「父様の前に出しても問題はなさそうだな」
「はい。それについては問題ないと思われます。バン様は不用意な発言をする御方でもありませんので」
何とも含みのある言い方である。
バンに対してのものだろうか、それともたまに意味の分からないこと言い出す俺の事だろうか。
「他には何かあるか?」
「奥様に執着気味なところが気がかりではあります」
あぁ、なるほど。俺から見ればいたって仲睦まじい夫婦といったところだが、使用人たちから見れば気になるところだろう。
貴族となるならば主祖の嫁を貰い、主祖の跡継ぎを産んでもらわねばならない。
本来、祝福の子は性欲旺盛で、あっちにこっちに種をばら撒いて従祖ラッシュとなるのだが、側につけたメイドに手を出さないところを見て気をもんでいるのだろう。
「そのあたりの事情も教えているのだろう?」
「バン様にはまだ。今は上級使用人より奥様への教育を致しております」
随分と過保護なことではあるが、男性貴族の性の繊細さを考えれば致し方なしといったところか。
ましてや元平民なのだからそのあたりの意識の切り替えはきちんと済ませておく必要がある。
他のオンナを抱いたバンに対して嫌悪感を抱くようではマズイのだ。それでバンのアレが萎えてしまっては貴族家創設案がポッシャってしまう。
貴族家にとっては、チンコ勃たずして家は立たずなのだ。
「父様はいつ頃いらっしゃるのだ?」
「当初の予定が変わりましたので、恐らく一週間後になるかと思われます。大旦那様には出立の報せがあり次第お伝えいたします」
そう、何とびっくりお爺様もバンのことを見に来るのだそうだ。
この辺りの事情はバンが現れたことで大きく変わった。
本来は俺がお爺様のいるアルデュケ要塞まで向かうはずだったのだが、突如現れた祝福の子により延期となっていた。
それからなんやかんやで、父様がバンを見に来るということになっていたのだが、それだけのために当主を動かすわけにもいかない。
そのため、アルデュケ要塞の視察のために向かう道すがらナンボナンに立ち寄り、バンをチラ見するという予定がでっち上げられた。
だが、それも変更になった。
お爺様がバンを見てみたいと言い出したのだ。何で急にと思ったが孫の顔が見たいおじいちゃん心理でもあったのだろうか。
そういうことで、急遽ナンボナンでクオルデンツェのトップスリーがそろい踏みの会談が開催されることとなった。バンはあくまでおまけだ。
変更に変更が重なり、バンの相手までしなくてはならない文官連中の苦労はお察しである。
「バンが現れてからお前たちは休む暇もないな」
俺は思わず笑ってしまったが、彼らにとっては笑い事ではないだろう。
文官も武官も使用人たちもひっくるめて、バンが現れてからというもの文字通り休みなく働いている。
さらにバンの貴族化が決まってからというもの、彼らの仕事量は増すばかりである。俺の脳内にふと過労死というワードが浮かんだ。
「この身に余る大役に携われることは大変な幸運です」
予想に反して文官の一人は目を輝かせていた。
どういうことかとあたりを見渡すと護衛の武官や使用人たちの中にも目を輝かせている者がいた。
どうやら彼らは新しく創家される貴族家に携わる者たちらしい。
まぁ貴族家の創家などまず経験することなどない。クオルデンツェ家のように伝統でガッチリ囲まれたところよりも、新しい家の立ち上げにかかわった方がよいと考える者もいるのだろう。
大企業よりも新しいスタートアップを選ぶような心理といえばよいだろうか。
「まぁ何よりまずはバンを父様とお爺様の前に出せるようにしなければな」
「承知しております」
そう言って彼らは目を輝かせた。
明日からのレッスンは今までよりも一段とレベルアップしたものになるであろうが、バンには頑張ってもらいたいものだ。
キラキラと目を輝かせる彼らを見て、ふと俺の脳内にはやりがい搾取という言葉が浮かんだ