ついにこの日がやってきてしまった。
クオルデンツェ家当主、クオルデンツェ・ルークセ様との会談の日だ。
朝から心臓がばっくばくだ。
しかも、いつのまにやら何故かクオルデンツェ・ガルフィス様も出席することになっていた。
勘弁してくれよ……。
ただ、今日の会談にはあらかじめ台本が用意されているので、今までよりはちょっと気が楽だ。
いや、あまり変わらないかもしれない。台本が頭から飛んでしまったらもーどうにもならない。
使用人さんに案内されるまま廊下を進み、この屋敷で一番大きな部屋の前までやって来た。
ナンボナンに来て初めて連れていかれたあの部屋だ。
扉を開けてもらい中に入る、ここから台本がスタートだ。
目を逸らすでもなく、合わせるでもない微妙な視線をキープして進み、止まる。
そして、前を見た。
怖ぇ。
いや、めっちゃ怖い。
若様とは全く別の怖さを感じる。
若様は単純にパワーが怖いって感じだけど、ルークセ様は悪の組織のトップ感がある。
ガルフィス様は鬼人って感じの怖さだ、三者三様みんなコワイ一族です……。
「ルークセ公には初めてお目にかかります。オスローグ家当主、オスローグ・バンでございます。長きにわたりオスローグ家をお守りくださったことに感謝の念に堪えません」
最初の挨拶、もう初っ端から当主とか言ってるけど、どうなのこれは?
三人ともこっち見ないで、金縛りになりそう。
「オスローグ公よ、礼など不要です。初めてオスローグ公にお会いしたが、今もその体に強い貴族の矜持が宿っているものだと確信いたしました。当家でも公の矜持を見習いたいものです」
心の中に氷の濁流が流れていく気分だよ……。若様は優雅って感じだけどルークセ様は威厳マックスって感じ。
思わず時代劇の平民みたいに、へへぇって言ってしまいそう。
「クオルデンツェ公にそう評していただいたこと、大変うれしく思います。先祖に立ち替わりお礼を申し上げます」
とりあえずこれで挨拶パートが終了だ。
この次は若様の紹介があって、ガルフィス様があいさつして、それで終わりだ。
「オスローグ公は面識があると思うが、今一度私の方からも紹介させていただく。当家の次期当主クオルデンツェ・ウィルクだ」
そう言われると、若様は胸と腰に手を当てた。
その手慣れた優雅な動きに見とれていると若様の自己紹介が始まった。
「オスローグ公に改めてご挨拶申し上げます。クオルデンツェが嫡男、クオルデンツェ・ウィルクです。オスローグ家の矜持については、父、そして祖父から日頃より伺っております」
……ものすごい違和感と申し訳なさが一緒に来る。
なんちゃって貴族の俺にあの若様が挨拶してくれるんだから。当主と次期当主だと立場がーなんてことを勉強の時に聞いたけどこんな感じになるんだね……。
「ウィルク殿のご活躍は聞き及んでおります。私もオスローグの名、そして父上の血を継ぐ者として心を新たにいたしました」
此処までは台本通り。
後はガルフィス様がこんにちは、俺がよろしくで終わりだ、何とか乗り切れたかな……。
「オスローグ公に我が父、ガルフィスを紹介しましょう」
よし、これで、ガルフィス様が「こんにちは」的なことを言ったら俺自が返事しておしまいだ。
何とか乗り切れた。
「……。」
あれ?挨拶が来ないんだけど?そしてめっちゃ見られてる!台本と違うよー!
しばらく見つめ合いが続いて、そしてやっとガルフィス様が口を開いた。
「ガーダクルの子か」
へ?
いやー、台本にないのは勘弁してください……。
俺にアドリブなんて期待しないで……今まで丸暗記で頑張って来たんです……。
「確かにオスローグ公には亡き兄の面影を感じますな」
ルークセ様が助け舟を出してくれた!だしてくれた?助け舟なの?
なんか!なんか言わないと!
「亡き父に似ているとの評、嬉しく思います。私は父に会ったことがありませんが、父を目標とし精進したいと思っております」
これでどうだ!
内容ほぼなし!会話ロンダリングトークだ!
……はい、もう限界です。タスケテ。
「……失礼した。儂がクオルデンツェ・ガルフィス。オスローグ公のご活躍をお祈り申し上げる」
「ガルフィス公、ありがとうございます」
とりあえずこれでOKなのか?
これで食事タイムになるはず……。
さっきのは何だったのよ……。
ちょっとしたお茶目なハプニングもあったが四者会談は無事に終了した。
食事会もフォーマルなものでなく、いたってカジュアルなもので簡単に食事をして、それじゃあまたねという感じだ。
そもそも会談自体にはそれほど意味はなく、四者会談の内容について文官の記録が残っているということが重要なのだ。
今回のストーリーでは、オスローグ家の当主がクオルデンツェ・ウィルクに対して魔獣討伐の功績を称えるというのがまず一つだ。
オスローグ家に領地を渡して独立させるという趣旨からするとまず一番最初に置かなければならない
そして、もう一つ。
クオルデンツェ・ガーダクルの仇であるシュピアゼイク・ヴェレットを打ち破ったことに対する礼を述べるといったものがあった。
これは伯父上の息子であるバンにしかできないことだ。
つまりバンは、父ちゃんの仇を討ってくれてありがとう!クオルデンツェまじ感謝!これからもズッ友だよ!とアピールをしたわけだ。
オスローグ家はこれからもクオルデンツェの管理下に置かれる。
しかし、貴族家同士は規模の大小こそあれど、主祖同士はあくまで対等であるという前提があるため、いつまでも雁字搦めに縛っているというのは外聞が悪いのだ。
そのような理由で今回のようなまどろっこしいやり方がとられたわけだ。
今回のこの会談記録などは時期をみて、わざとらしく人の目につくところに置いてアピールしていく算段である。
ちなみに計画ではオスローグ家の再興となっているが、クオルデンツェの記録ではオスローグ家は滅んでいない。
詳細な記録は戦乱により焼失してしまったが、ちゃんと存在していましたという、これまたガバガバな設定がなされている。
あくまで領地を失った貴族家に土地をあげただけ、というスタンスなのだ。
オスローグ家が生き残っているのならニューネリーはオスローグの物では?といういちゃもんをつけてくるものがいるかもしれないが、当主一人しかいない弱小貴族家と今をブイブイいわせているクオルデンツェ家では強者の理屈が適用されるため何も問題はない。
過去の栄光よりも今のパワーは重要なのだ。
そんな、お遊戯会のような会談だった訳だが、だからこそ祖父のあの一言が気になった。
帝国東部貴族との戦いのスタート理由が、クオルデンツェ・ガーダクルとその妻子の暗殺というところから始まったので、その息子。祖父の孫が現れたことで何か思うところがあったのだと思う。
この辺の理由について詳しく聞きたいところではあるが、伯父ガーダクルの話については家中でタブーの雰囲気があるので聞くに聞けない。
使用人に聞いても「旦那様からお聞きになった方がよろしいかと思われます」と言われてしまい、俺としても詳細はよくわからないのだ。
「思っていたよりも落ち着いていたな」
「大旦那様のご挨拶にも落ち着いてお答えになられていました」
当人のバンであるが、俺から見てもなかなか上手く受け答えが出来ていると思えた。
文官からもいい評価を得られたようなので、ついこないだ迄平民だったことを考えると十分に及第点だ。
「さて、時間が出来てしまったな」
本来ならば父、祖父、俺の三人で話をする予定であったのだが、少し事情が変わった。
少し話をしたくらいで祖父は西部の情勢が気になるといって、要塞にトンボ帰りしてしまったのだ。
父の方も込み入った話をするには外が騒がしすぎるといって、少し親子の会話をした程度で続きはニューネリーで!とばかりにもう既に出発してしまっている。
二人とも色々と理由を付けてはいるが、バンを見てなにか思うところがあったのだろう。
今となっては俺は落ち着いていられるが、次期当主の指名を受ける前であれば心中穏やかではなかっただろう。
当主を目指す俺にとって、伯父の息子の従弟など目の上のたん瘤すぎる。軽い気持ちで暗殺を考えるくらいには大きな問題だ。
「バンは今どうしている?」
「今はお部屋に戻られまして、ご家族と過ごしておいでです」
祖父の無茶ぶりもあったせいで随分と疲れたようだ。
主祖は肉体の疲れこそほぼないようなものだが、精神的には疲れるのだ。
「あいつには自分の幸運を噛みしめてもらい所だ」
そう。あいつはあいつなりに苦労しているようだが、祝福の子としては格別の幸運の持ち主なのだ。
バンが現れてからというもの、領内の魔力持ちについての再調査が行われた。
結果としては、主祖と従祖、主祖と隷祖の間の子に祝福の子は見つからなかったわけだが、一つの例が存在する以上これまでよりも詳細な調査が行われることだろう。
まぁ厳しくなった身辺調査のおかげか、幸いにも外地で一人の祝福の子を見つけることが出来た。
まだ生まれて間もない女児だったそうなので、ニューネリーに送られて生涯を館で過ごすことになるだろう。
「まだ教育が終わっておりませんので、どうぞご内密に」
「あぁ、わかってる」
この件については機密扱いになっている。
それはバンだけではなく、今後バンを支えることになるであろう者たちに対しても同じように秘匿されている。
知らなければ口にすることもないだろう。
今回見つかったのは女児だったため命こそ助かるが、男児ならその場での処刑が貴族流だ。
流石に「またお前みたいなのが現れたら困るから領内を探してきた。そしたら祝福の子の女の子見つけて攫ってきたわ。ちなみに男だったら処刑な」と本人に伝えるのは、貴族になり立ての元祝福の子にはブラックジョークが過ぎる。
貴族教育を続けていって、祝福の子の脅威について伝えるのは跡継ぎの影か形が出来たころだろうか。
なんかとか早めに貴族の水に慣れてほしいものである。