「あ!」
思わず声が出てしまった。
今日も魔法のトレーニングを続けていたんだけど、なんかこう体にしっくりとくる感覚があった。
これは元気魔法以来の感覚だ!
俺は魔力を揺らし、魔法を発動してみる。
すると、ぽうっと部屋に豆電球のような明かりが灯った。
はい。治癒魔法はまだできません。
いやーなかなか感覚はつかめてきた感じはするんだけどねー。はぁ……魔法は難しいわ。
それでも新しい魔法を覚えたのは嬉しい!
照明魔法はいつもメイドさんが使ってるので、その感覚が馴染んできたというか、そんな感覚があって試してみたらできた感じだ。
やっぱり場数が大事なのかなーこの辺は大工の修行と同じだな。
カリーナとコロナにも見せてあげたら喜んでくれたので、これからは部屋の照明は自分でつけることにした。
そして、これにはもう一つ理由があって、コロナに魔法の感覚を馴染ませるというものがあるんだ。
魔導士さんが言うには、従祖の魔法よりも主祖の魔法の方が魔力の波が大きいから感覚がつかみやすく習得が早いらしい。
というわけで、普段から使っている元気魔法に加えて、照明魔法もガンガン使っていくことにする。
やっぱり魔法が使えるのは便利だもんねーもう少し大きくなったら騎士家の人が教えてくれるそうだけど、小さなうちから慣らしておいた方がきっといいはず。
村に……いや領地に帰ってからもきっと役立つはず。
あー、領地かーどうすんだろ。
何でも俺の住んでた村がそのまま俺の城?屋敷?みたいなことになるらしい。
そして領地は村の周辺どころかそのずっと先の方まであって、前世の感覚だとかなり大きめな市の二、三個分という感じでそのスケールにビビった。
こんな大きな土地をポンっとくれるクオルデンツェ家にもびっくりだけど、ぽっと出の俺がいきなり領主になってどうなることやらという感じだ。
とりあえず俺の屋敷の建設が急務と言ったところだけど、その辺については心配してない。
なんたってうちは建設の専門家だからね!
ただ貴族のお勉強は気が重い……。
今日も頑張らなくちゃ……胃がキリキリ痛むことはないんだけど前世気分で胃に穴があきそうだよ……。
「こちらがリストになります」
俺は文官から木簡を受け取るとまじまじとそれを眺めた。
それはバンの習得予定の魔法と習得済みの魔法をリストアップしたもので、有名どころの魔法がいくつか並んでいる。
それらは貴族に必須の魔法と言えるものばかりで、俺の部屋をキラキラさせるだけの魔法などはもちろん載っていない。
「あまり進んでないようだな」
習得済み魔法は、バンの開発した元気魔法と身体強化魔法、それにリストに載っていない照明魔法くらいなものだ。
「……はい。バン様は今まで魔法に触れず生きてこられました。それを思えばこの習得速度は決して悪くは無いと思われます」
ふむ、随分と優しい言い方である。まぁ文官からすればぽっと出とは言え、貴族は貴族だ。
決して「さっさと覚えろ!このタコ!」などとは口が裂けても言えないのだ。
「治癒魔法と探知魔法については若様にお手間をお掛けすることになるかもしれません」
「あぁ、わかった」
このリストの上位二つの魔法だ。
魔法習得に関しては裏技のような方法だが、主祖が魔法を教えると言うものがある。
主祖の魔力は強大なので、必然として魔法発動時の魔力の動きも大きなものになり、その感覚をつかみやすいのだ。
普段は主祖を教師役とする事はまずないが、今回はお互いが貴族ということもありそれほど大きな問題もない。
それにこの二つは覚えてもらった方が俺にもメリットがある。
治癒魔法はもちろん、万が一俺が怪我を負った場合には必須なのでぜひとも早期の習得を期待したいところだ。主祖の治癒魔法は従祖のそれとは比べ物ならない程強力なので、万が一の保険もかねてぜひとも確保しておきたい。
それから探知魔法だ。
バンの領地となるあたりは、滅ぼした貴族家の騎士崩れがフラフラしている面倒な場所なのだ。
そこで探知魔法を覚えたバンを置いて、レーダーのように使う腹積もりだ。従祖の探知はここぞというときにしか使えないが、主祖なら広域探知を常にぶっ放していられるので警備の面でも安心できる。
今回のリストには攻撃魔法などは載っていない。
そもそも元平民の貴族にそこまで戦闘能力を期待していないし、戦える祝福の子というのはちょっと怖いものがある。
いざというときはこちらの騎士の指示に従って身体強化なり、威嚇を使えればそれで十分なのだ。
「騎士家の選定は済んだのか?」
「騎士タナメスを筆頭に外地の騎士家をそのまま充てる予定です」
主祖が一人いても、貴族にはなれない。それはただの一代で終わる大主だ。
貴族を支える者、そして貴族家を存続させる『知識』をもった者たちが必要なのだ。
「タナメス……サークレム家の者か?外地を治めたばかりなのに今度は貴族家創設とは休む暇もないな」
クオルデンツェ領はこの二十数年で大幅に拡張した。それは祖父が帝国東部貴族に戦争をふっかけて滅ぼしていったせいなのであるが、その土地を放っておくわけにはいかない。魔獣が発生でもして他所の領地にでも被害が及んでしまえば管理責任を問われてしまう恐れがあるためだ。
そのため、新たに獲得した土地を管理するにあたり、クオルデンツェでは新たな騎士家がポコポコと創家されていた。
「えぇ、そうです。ですが外地の騎士家では歓迎する向きもあるようです」
「ほう?どういうことだ?」
「新興の騎士家はやはり人が不足しておりますし、外地はニューネリーより距離がありますので」
「なるほど、そう言うものか」
文官の話によると、どうやら新たに創設されるオスローグ家を外地での拠点とする計画らしい。
オスローグ家とは言え、当主は伯父の子で実質的にはクオルデンツェ家の分家のようなものなので、クオルデンツェ家外地支店と言ったところだろうか。
そして、従祖では出来ることに限界がある。やはり主祖がいるのといないのでは安心感が違うのだろう。
「屋敷などは……まぁ問題はないだろうな」
「えぇ、すでに工事は始まっております。こちらとしても工務兵は足りておりませんので助かっております」
まぁバンの出自を考えれば当然と言えば当然なのだが、屋敷やそのほかの施設の建設については問題はなかった。
俺はすこし勘違いしていたのだが、バンの実家はただの大工ではなく、森の管理や植林から始まり、木材加工や建物の設計をして、さらに実際に建築作業まで行う形態だったのだ。
前世で言えば、工務店が林業も設計業も行っているといったところだろうか。
そのため、こんな建物を用意しろと言って金だけ渡せば全部お任せで出来上がるので、こちらとしては手がかからず助かっている。
こちらの工務兵も数に限りがあるし、ナンボナンやアルデュケ要塞で使う人や材料も融通してもらっているくらいだ。
「後は正妻か。父様は館にいる姫に心当たりがあるようだったが、その辺りも決まったのか?」
「はい。おひとかたバン様に歳回りの近い方がおられます。出自もオスローグ領の近辺です」
『館』それはニューネリーにある貴人用幽閉施設だ。
そこには領内の祝福の子狩りで捕らえられた娘や、祖父が滅ぼした貴族家の姫などが幽閉されている。
ちなみに俺は中に入ったことが無い。もし美人がいればちょっと味見をさせてもらいたいところではあるが、父様からやんわりと俺が気に入る娘はいないというようなことが言われていたので、それほど美人ではないのだろう。
基本的に彼女たちは従祖生産機として日々子供を産んでいるわけだが、今回のように貴族家の嫁に出されることもある。
エルシニアの禍により妻や愛妾を失った貴族男性や、主祖女性が不足している家などが館を訪れて、気に入ればお買いあげしていくのだ。
彼女たちは家や家族を失い傷心の所をうちの侍女たちに依存するように誘導され、従順になるように教育される。
そしてお買い上げの際にはその侍女もセットで貴族家に出荷されることになり、相手の貴族家の内情についての情報が手に入ることになる。
うちとしてはおまけで手に入れた姫で金も恩も情報も手に入るわけで、実にWinWinWinなのだ。
彼女たちとしても従祖を孕まされるより、主祖の子を産めるのならば貴族の矜持が満たされるのではないだろうか。
「バンの妻、カリーナと言ったか?そちらの教育は進んだのか」
「カリーナ様はほぼ問題ないでしょう。隷祖の身ゆえ主従隷をわきまえておられます。ただ……」
「ただ?」
「……バン様は大変お優しいお方であられますので、カリーナ様へのご配慮があるのだと思われます」
話を聞く限りカリーナは一般的なエルオ大陸の平民と言ったところだ。それは力こそ全てというこの世界の常識に沿って生きていると言える。
今までも隷祖と従祖という身分の違いがあったのだ、それが隷祖と主祖ではそれは大きく異なるものになる。
最近ではバンの生活を公私で分けるように指示が出され、それは衣服や食事の作法、言葉遣いにも及ぶものになっている。
あえて『貴族のバン』を家族に見せることで身分の違いと言うものを意識させるという作戦だったが、それが実にうまくはまったようだ。
バンは日頃家族に魔法を見せているらしいが、それも効いたのだろうな。
しかし、当人のバンはあまり変化が無いらしい。持つ者ゆえの無頓着さが現れているのだろうか。
「俺の方から声を掛けてもよいが、どうする?」
「大変ありがたいことではありますが、若様はどうぞお気になさらないでください」
バンに性に関するセンシティブ疑惑が発生してしまったせいで、俺にまでその余波が来てしまったようだ。
貴族男性の繊細さはそれこそ家の興亡に直結する、貴族家における重大案件なのだ。文官たちの気苦労は察するに余りあるところだ。
「まぁ気にするな、一言二言声をかけるだけだ。それではバンを呼べ、魔法の教示をする」
「かしこまりました」
そう言って文官は部屋を出て行こうとする。
「ちょっと待て」
百聞は一見に如かずという。俺はちょっとした思い付きを試してみることにした。