魔導士さんから聞いてはいたが、ついにこの日がやってきてしまった。
そう、若様から直接魔法を教わるのだ。
いやー覚えが悪くてすみません……手ごたえとしてはあとちょっとというところなんだけど、そのあとちょっとが難しい。
そして、今日は何故かカリーナも一緒にということになって、俺はいつもの貴族の服なんだけど、カリーナも貴族の服とまではいかないけれどちょっと良い服を着てる。何となく結婚式の日を思い出すなーもう結婚してから大分たつけど相変わらずカリーナは可愛いと思いました。はい。
それから、いつもは若様の方に俺が行くんだけど、今回はこっちに若様が来てくれることになっている。
文官さんが言ってたけど、これは『一応』貴族家当主ということになっている俺に対する配慮なんだそうだ。
正直言って配慮とかやめてほしい……おれ呼ばれればどこでも行きますんで……貴族モードは疲れるよ。
そうこうしている間にメイドさんが、もうそろそろ若様が来ますって教えてくれた。
ホント緊張する。若様は魔力がめちゃくちゃすごいから大波に飲まれるような感じがして体がブルブルしてしまうんだよねぇ。
ちょいとブルっとしながら待っているとドアが開いた。
若様が入ってくる。え?女性を連れてる?しかも三人?メイドさんじゃないみたいだし、何で、何で?
「オスローグ公、お待たせしてしまいましたかね?」
「ウィルク殿、どうぞお気になさらず」
それよりも後ろの女性が気になります。
一人は俺と同じくらいの歳かな?オレンジ色の髪でウェイトレスみたいな恰好をしている。
もう一人は十五、六歳くらいかな?真っすぐストレートな髪形で、つやつやしたワンピースみたいな服を着ている。
三人目は、まず耳が長い。初めて異世界感ある人見たよ。歳は二十台後半かな?すごいミステリアスな人だな。俺のほうを見て一瞬ビビったみたいな表情をしたけど、ビビりは伝染するのか?あれ?この人は魔力持ちっぽいぞ?
「今日は私がオスローグ公に魔法の教示をさせていただきます」
女性については説明ないのかな?
魔力持ちの人は魔法を教えてくれる人なのかな?もう初っ端から疲れたよ……。
「ウィルク殿、私たちは従弟同士なのです。いつものようにバンとお呼びください。気楽にいきましょう」
「ありがとうございます。それではバン殿とお呼びしても?」
「えぇ、ウィルク殿」
そして、俺はにこやかに微笑んで軽く手を上げる。
此処までがメイドさんに教えてもらった台本だ。なんで台本が必要だったのかわからないけどとりあえずこれでお-けーかな?
「それでは、治癒魔法から始めましょう」
「よろしくお願いします」
「アンナ」
すると若様が後ろにいる女性を呼んだ。
ウェイトレス風の女性はアンナさんっていうのか。
「アンナは従祖の子を身籠っており、それを対象に治癒魔法を発動します」
そう言うと、アンナさんのお腹に手を当てて若様は魔力を揺らした。
手の周りに魔力が集まりキラキラと輝いている。
……すごい。
これが主祖の魔法か。魔導士さんとは比べ物にならないほどの魔力の動きを感じる。
主祖から魔法を学ぶって意味がようやく分かった気分だ。
若様の魔力で自分の魔力が揺らされる。
そして、自分の中で何かがカチッとはまった感じがした。
これだ!治癒魔法が使える!ほんとに感覚でわかる!
「ありがとうございます。何か気づきが得られた気がします。試してみても?」
「えぇ、どうぞ」
そう言ったものの誰にかけてみようかな?
あ!そうだカリーナだ!俺はハタと気づいた。
アンナさんも従祖の子を身籠っていると言っていたし、カリーナも俺の子を身籠っているんだから治癒魔法はきっと体にいいはずだ!
よし、落ち着こう。
若様みたいにカリーナを呼んで、魔法をかけるんだ。
「カリーナ」
俺が呼ぶとカリーナがすすすっと俺の側まで来てくれた。
お腹に優しく手を当てて魔力を揺らす。
すると手のひらに魔力が集まりキラキラと輝く。
治癒魔法が発動したが、何故だか驚きはなかった。ほんと感覚的なものだけど絶対に出来ると分かっていたんだ。
やった!ついに治癒魔法を覚えたぞ!
えーと、まずはカリーナに感想を聞いてみないと!
「気分はどうだ?」
「はい。とても暖かく感じます。バン様ありがとうございます」
?
なんだかちょっと余所余所しい感じがしたけど、やっぱりカリーナも緊張してるよね。
たしか若様に会うのは初めてだろうし。
「会得なされたようですね」
「えぇ、ありがとうございます」
いやー嬉しいなー頑張った甲斐があったよ!
ひとしきり喜んだせいか、俺はちょっと冷静になった。
そして気づいた。
あれ?アンナさんのお腹の子って若様の子供じゃない?ってことに。
アンナさんは隷祖だ、魔力を感じない。ということは子供の父親は主祖だ。
俺は若様の後ろに立つ女性たちを見た。心なしかみんな若様を見てほほ笑んでいる気がする。
アンナさんなんてちょっと惚けたみたいになってるし。
ということは……もしかして……三人とも……若様の……女ってこと?
「バン殿?」
若様の声ではっとした。
ちょっと別のことで驚きすぎたよ……。
「これは失礼しました。少し魔力の感覚に浸ってしまいました」
俺は驚きを何とか押し込めて返事をする。
……カリーナも気づいていたのかな?
「それでは、探知魔法を使ってみます。これは魔力の波紋を広げる感覚ですね。私に手を触れてみてください」
「では失礼します」
俺は若様の手に触れる、ちょうど握手するみたいな感じだ。
触れてわかったけど若様の魔力がすごい……俺の十倍以上あるんじゃないだろうか……。
「では発動します」
若様の魔力が揺れる。それは波なんてレベルじゃなくてもう台風とか嵐の大波みたいな感じだ。
何度も探知魔法を発動しているのが分かる。波に流されそうな気分だよ……。
うっぷ……。ほんとにちょっと酔ったかも……。
……でもわかったかもしれない、もう使えそうな感じがする。
「こちらも気づきを得られた気がします」
「どうぞお試しになってください」
若様に言われ俺は魔力を揺らす。
水面に波紋が広がるイメージだ。すると魔力が揺れて探知魔法が発動した。
目の前にいる若様、それにカリーナのお腹の子、アンナさんの子供、耳の長い女性……そして、屋敷の中、ナンボナン市の中、どんどんと波が広がり魔力を持つ人の存在を感じ取れた。
「すごい……」
やばい!思わず俺は本音が漏れてしまった。
「会得なされたようですね」
「えぇ、ご教示いただきありがとうございます、ウィルク殿」
ホントなら、いやいやウィルク殿の教え方が上手いからですよーと言いたいところだけど、貴族はそれをやっちゃだめなんだとか。
文官さんが言うには主祖はそれぞれがえらいからこっちを下げるみたいなことは原則無いらしい。
前世感覚の抜けない俺にはけっこー難しいんだよねぇ。
魔法を使えるようになって嬉しいけれど、いろいろ驚いて疲れたよ。
なんで若様は自分の……愛妾っていうのかな?その人たちを連れてきたんだろ……。
「ウィルク殿、どうぞお気になさらず」
バンさんが若様に挨拶をしている。
普段はちょっとあわてんぼうでドタバタしているバンさんだけど、今日のバンさんは全然違う。
お貴族様みたい、ううん、もうバンさんもお貴族様なんだ。
初めて見た若様だけど、歳は私の弟たちよりもちょっと下かな?
でもその威厳に驚いてしまい、ちらりとこちらを見られただけで私は動けなくなってしまった。
そして、若様の後に続いて入って来た女性たち。
耳の長い人。
髪の綺麗な人。
そして、最後に入ってきた人。
私は一目見て気づいた。あの人はお腹に子供がいるんだ。
たぶん私と同じくらい、すこし膨らみかけてきたお腹をそっと手で隠すような仕草。
「アンナ」
若様がその人を呼んでお腹にそっと手を当てた。
嬉しそうなその顔。
お腹の子は若様の子なんだ。
きっと他の二人も若様の子を産む人。
三人とも優しい顔をして若様を見てる。
若様も三人の前ではきっと優しい顔をしているんだと思う。
今日のバンさんみたいに他の人の前ではちゃんとしていないといけないんだ。
「カリーナ」
バンさんが私を呼んだ。
はっとして私はバンさんのそばへ寄った。
お腹にバンさんの手がそっと当てられる。
温かい。柔らかな毛布に包まれたような気持ちよさ。
「はい。とても暖かく感じます。バン様ありがとうございます」
私はバンさんのように上手くは出来ないけど、精いっぱい頑張って答えた。
そして、本当に分かった。
バンさんのすごさ、お貴族様のすごさが。
メイドさんにお話を聞かせてもらっているときは、まだピンとこなかったけど、今ならわかる。
バンさんの力はこの大地を、私たちを守ってくれる力なんだと。
いま改めてコロナと、このお腹の子を授かれたことが本当に嬉しく思う。
この子たちもバンさんを支え、私たちを守ってくれるのだろう。
バンさんが変わっていくのがちょっと寂しく思っていたけれど、今はそう思わない。
私たちを守ってくれる存在になっていくことが堪らなく嬉しい。
バンさん、貴族になるのは大変だと思うけど頑張ってね。
そして、バンさんの貴族家がずっと続いていきますように。
私はそう強く願った。
「若様にはお手数をおかけいたしました。お疲れではないでしょうか?」
「いや、大したことはない」
バンの魔法習得はあっけなく終わってしまった。
魔導士との修練であと少しというところまで行っていたのだろう、俺は最後の一押しをしただけだ。
治癒魔法や探知魔法などは一発で会得をしていたので、案外魔法の才能があるのかもしれない。
そして、俺の思いつきも実行させてもらった。
俺の愛妾たちを引き連れていくことで、やんわりと主祖とはこんなものなんだよーというメッセージを送ったわけだ。
つまり、主祖なら可愛い女の子とあんなことやこんなことが出来てハッピー!女の子は魔力持ちの子が生まれてハッピー!魔力持ちが生まれればみんなハッピー!とハッピーお祭り状態をアピールしてきたのだ。
バンにはまだ貴族男性が性にセンシティブという問題を伝えていないので、これを機にあっち方面でも頑張ってもらいたい。
何で俺が他人の勃起について考えなければならないんだという思いはあるが、貴族家を創設する以上従祖の確保は重要な問題だ。
「お前たちはどう見た?」
「カリーナ様は納得しているように感じられました。カリーナ様の方からバン様へ徐々に説明するよう上級使用人から伝える手筈となっております」
貴族同士のやり取りを見せたのは実に効果的であったようだ。
最初は随分と怖がっていたようだが、俺がアンナの子に治癒魔法をかけたり、バンが治癒魔法を使っている様を見たら、すっかり憧れのヒーローを見つめる娘のそれになっていた。
それにしても、カリーナとやらは初めて見たがなかなか可愛い娘だった。
バンと同じ歳らしいので俺より十歳近く上のはずだが、まだ十代前半と言っても十分通用する見た目だ。
特に田舎の素朴な娘が精いっぱいおしゃれをした感じが、股間にグッとくるものがあった。
俺は寝取りは大好物であるが、さすがに主祖の愛妾を寝取ってバンがインポになってしまっては一大事なので、その辺りは涙をのんで諦めることにする。
「とりあえずの課題は片付いたか」
「えぇ、まさかここまで上手くいくとは思っていませんでした」
本来ならば貴族家創設は数年、いや数十年がかりで行うようなビッグプロジェクトなのだ。
もちろん突然現れた伯父の子を何とかしなければならなかった、というところもあったのだがそれよりも重大な問題があった。
それは俺がシュピアゼイク・ヴェレットを討ち取り、ライシュリーフ城を陥落させたことで戦場が西へ西へ移動しているためだ。
オスローグ領となる地域はクオルデンツェ領となってからまだそれほど年数がたっていない。そのため支配が甘く、滅ぼした貴族家の残党がムカデの足として蔓延っている。
このまま西に進むと、この残党をそそのかしてクオルデンツェの背を噛む可能性がある。そのためこの地域に重しが必要だった。
そして、バンに正妻として与えられる姫は、元々この地域を治めていた貴族の最後の生き残りなのだ。
ムカデの足も流石に自分たちの主家筋に絡みつくことなどは出来ない。
そのうちバンと姫の子をそそのかして、お家再興を図る可能性はあるが、そのころにはクオルデンツェの支配も浸透しているはずなので、あとはプチプチと地道に狩っていけばことは足りるという算段だ。
「あとはお前たちの仕事だな」
「はっ!万全を尽くします!」
俺の仕事は大体終わりだ。あとは文官たちが上手くやってくれることだろう。