「オスローグ公にお会いできて大変うれしく思いますわ」
俺の前に座った女性はそう言った。
その表情はとても明るく、その言葉に裏は無いように思える。
彼女は主祖だ。
そして、俺の正妻となる女性だった。
「私もこの良き日を迎えられたことを嬉しく思います」
俺がそう言うと、彼女は溢れんばかりの笑顔を浮かべた。
貴族になる。そう聞いたときに漠然とは考えていたが、ついにその時がやってきてしまったという感じだ。
そう、貴族になってそこで終わりじゃない。家が続くには跡取りが必要だ。
そして、主祖の跡取りを残すためには主祖の妻がいる。だから彼女はここにやって来た。
正直言えば俺はちょっとゴネた。
いやーそりゃあそうでしょう!結婚しているのに、こちらが新しい奥さんです。って言われるんだもの!
この話が来た時に、最初はのらりくらりとかわしていたんだ。
どうしようかなーとか、今日はちょっと気分がーみたいな感じで。
文官の人やメイドさんたちの右往左往っぷりを思い出すと、今思えば大変申し訳ないことをしたなと思う。
その時はホント嫌な感じだったんだ。
でも今は目の前にいる女性を正妻にすることに嫌な感じはしない。
それは諦めでもないし、流れに身を任せてーという感じでもなくて、覚悟が決まった感じかな。
何でかと言うと、のらりくらりしていたら、カリーナに怒られたんだ。
普段は温厚なカリーナに怒られたのは初めてのことで、俺はものすごくショックを受けた。
言葉を選びながらだと思うんだけど、そのポツリポツリと言われた言葉に俺は黙ってしまった。
カリーナが伝えたかったことは、力を持つ者の責任ということだったと思う。
いや、責任というよりは、期待と言うものに近いのかもしれない。
俺は力を持っているから、フラフラと好き勝手に生きることも出来るかもしれないし、そうしたって誰も文句は言えない。
でもカリーナや村のみんなのような隷祖は違う。
猛獣に怯え、魔獣に怯え、盗賊に怯え、いろんなものに怯えて暮らしている。
そんなところに現れた魔力を持った俺は、きっと皆にとって希望の光のようなものだったんだろう。
猛獣も魔獣も盗賊も、そんな脅威もデコピンをするくらいの感覚で倒せてしまう。
そして俺は分かった。
正直今まではすごいパワーの使えるお客様気分だったんだって。
一番身近な愛する人に怒られたことで、俺はやっとこの世界の住人になれた気がする。
で、ここまではストレートにすごくいい話。
転生者がこの世界に馴染みました、みたいな感じでね。
そんなわけで、次のカリーナの一言にびっくらこいたわけよ。
「私もっとバンさんの子供が欲しい!メイドさんたちもそうだよ!」って言い出すんだもん。
思わずメイドさんたちをチラ見してしまったら、ニコッとほほ笑んでくれた。
俺もニコッと微笑み返したね。
人は誰しも頭の処理が追い付かないときに流れる映像があると思うんだけど、それが流れた。ちなみに俺の場合はカラスが飛んでいくやつだ。
流石にその場でメイドさんたちに確認するわけにもいかず、俺についている使用人さんにやんわりとそのことについて聞いたら、「バン様専属の使用人に関しては自由にしていただいて構いません」と言われてしまった。
やたら美人の人たちだなーとは思っていたけどそんな意味があったなんて……。
それから手を出しちゃいけない人についても教わった。
魔法を教わった時にいた三人の女性と、メイドさんやら使用人さんやらの名前がずらずらと。
若様すげぇ……まだ若いのに。……いや、若いからか?
それから俺の実の父であるガーダクル様のことについてもポロリと聞いてしまった。
何なの……あだ名?が『性豪貴族』って……。
詳しく聞いたら、ものすごく答えづらそうだったけど、色々教えてくれた。
確認できる実子だけでも千人以上いるとか……例えば俺の護衛についている武官の人とかもそうらしい。
おれ兄弟いっぱいいるのか……。通りで俺の身分確認とかがスムーズにいったわけだよ……。
この世の界住人になったって言ったけど、まだ馴染んでないかもしれません。
でも頑張ります。
「オスローグ公?」
しまった!先日のことを思い出してついつい考え込んでしまった!
目の前に座った女性は先ほどまでの笑顔からうってかわって、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
「これは失礼、ついキャバリエ姫に見惚れてしまいました。そして、どうぞ私のことはバンとお呼びください」
俺がそう言うと、彼女は「まぁ」と言って顔を赤くし、また笑顔を取り戻した。
「それでは、バン様とお呼びしても?」
「えぇ、どうぞ」
まるでお世辞のようなやり取りになってしまったけれど、確かに可愛らしいお嬢さんだなーと思った。
俺より一つか二つ上らしいけど、前世の年齢よりはずっと下なのでちょっとした先輩気分で気が楽かも。
それにしても彼女は初めて会った男と結婚するのをどう思っているんだろうか……。
貴族だからと割り切っているのかな?この世界の貴族事情はよくわからないけど政略結婚とか普通なんだろうしなぁ……。
まぁ俺もなんだかんだ納得してしまっているし、深く考えるのはやめよう。
俺も幸せ、みんなも幸せ、そしてニコニコほほ笑んでくれる彼女も幸せにできればそれでいいか。
そういうわけで、それから俺はニコニコと笑う彼女としばし会話を楽しんだ。
大した内容ではなかったけど、貴族の会話を楽しめるようになった辺り少しは成長したと思ってもらいたところだね。
ニューネリー城の執務室、そこにナンボナン市から文官が連絡のために訪れていた。
「オスローグ公とキャバリエ姫の仲は良好なようです」
「そうか」
ルークセはその報告を聞くと胸をなでおろした。
主祖の男女の相性は跡継ぎを残すためだけでなく、その後の夜の生活や従祖の誕生に大きくかかわってくるため、貴族家運営における重大事項なのだ。
それから、と文官は言葉を繋ぐ。
「メイドから二人、お手付きが出ました」
「ほう?」
その報告を聞き、ルークセはにやっと笑った。
「やはり、祝福の子ということか。いや、兄さまに似たのか?ウィルクといい、実に喜ばしいことだ」
一般的に貴族男性のヤリチンは歓迎される。それは跡継ぎを残すということもあるが、従祖の数が増えれはそれだけ軍事力の強化につながり、領地運営もスムーズに進むからだ。
今のクオルデンツェ軍の強さの源となっているのは、性豪貴族クオルデンツェ・ガーダクルの遺した子供たちの影響が大きいのだ。
そして占領した地域を維持するためにも、また騎士家を運営するためにも従祖は多ければ多いほど良いため、積極的に女性を抱いてくれる身内の主祖男性は大歓迎される。
「カリーナ様の説得も効果があったようです」
主祖の妻を迎える前にバンは少しいじけたような素振りを見せていたが、妻であるカリーナの大説教を受けてすっかりと元通りとなり、今では積極的にメイドを抱くようになっていた。
これはバンの積極性を高めるために練られた作戦と教育の成果ではあったが、結局その辺りは主祖個人の気の持ちようでもあり、結果がどう転ぶかみな戦々恐々としていたのだ。
そして、結果的に見れば作戦は大成功したと言える。
「隷祖の言葉に重きを置く、か」
力こそすべてのエルオ大陸においては、力を持つ者の言葉にこそ重きが置かれる。
そのため、主祖が力なき隷祖の言葉に耳を傾けるということは一般的にあまりない事であった。
しかし。
「報告でも聞いていたが、ウィルクに似ているな」
「えぇ。現地で会話をした者などはそのような印象を抱くことが多いようです」
その例外が身近にいた、クオルデンツェ・ウィルクだ。
ウィルクは日頃から開拓結社や私兵などに一般隷祖を重用しており、色々とこき使っているのだ。これは転生者であるウィルクが自分の思い付きのために、騎士家のものや従祖を使うのはもったいないと考えているためだが、これらの前世の記憶を引きずった考えはなかなか理解されていなかった。
「面影はガーダクル様や、カシア様を思い出すところもあるのですが」
バンは面影を見ればかなりガーダクルに似ていると言え、また髪色もカシアを思い起こさせるような髪色だったのだ。
それでも、ウィルク似ていると言わせるような雰囲気を纏っていることは、みな不思議に思っていた。
「私も会話してみて、その報告書との違いに驚いたものだ」
クオルデンツェの四者面談も記憶に新しく、その場においてバンは付け焼刃とは思えないほどしっかりとした受け答えをしていた。
だが、報告書で上がってくるバンの様子については、平民従祖と思い込んで暮らしたとしても、その隷祖に関する扱いには不思議に思えるほど丁寧なところがあったのだ。
また、それはウィルクの隷祖に対する扱いにもよく似ていた。
「血によるものか、何なのか」
大貴族として教育を受けたウィルクとド田舎で従祖として生きてきたバン。
その二人がよく似ているという事実はクオルデンツェ関係者からはとても不思議に思われていた。
「まぁ良い。いまは良くとも何をきっかけに奥手になるとも限らん。跡継ぎが生まれるまでは慎重に監視せよ」
「承知いたしました」
貴族は何をきっかけに性に奥手になるか、その地雷がどこにあるのかわからない。
慎重に行動することに損はないのだ。
それはバンだけではなく、すでに多くの女性を抱いているウィルクにも言えることで、彼らは絶滅危惧種の保護センター並みの手厚い見守りを受けている。
「バンさん、どうぞ」
「ありがとう、カリーナ」
俺は差し出されたお茶を受け取った。
例の一件があってからと言うものカリーナとの仲がすごく深まった気がする。貴族モードの後に自室に戻るともうそこは完全なプライベートな空間なのだ。
ただメイドさんたちは居る。
俺が二人を見るとにっこりとほほ笑んでくれた。
気まずい。いや全然気まずいことは無いんだけど、何となく俺が勝手にそう思っている。
実は二人とも夜のお相手をしてもらった。
いやね、俺も男だからさ、その辺の、うん、まぁ性欲は人並みにあるのよ。
それでまぁ、致してしまったというわけ。
そうしたら、カリーナとメイドさん二人がめっちゃ仲良くなったの。
俺はなんだかよくわからなかったけど、頭を切り替えた。仲が良いならいいや!
いや、良くないよ。理由くらいは知っとかないと。
というわけでメイドさん二人の上司の人に聞いてみたらやんわりと教えてくれた。あ、この上司の人は騎士家出身の従祖の女性ね。
話を聞いたところメイドさん二人も騎士家の出身ということだけど、二人とも隷祖だった。
それで騎士家出身の隷祖の女性の生き方っていうものを教えてもらったんだけど、けっこう複雑なものだった。
騎士家出身と言っても魔力を持たない人は、殆ど平民と扱いは変わらないらしい。
もちろんただの平民ってわけではないらしいけど、大きな騎士家それも本家の人を除けば何か優遇されるということはないみたい。
結婚するのも良くて大きな商人の家とか、そんな感じらしい。中にはうちの村みたいなド田舎に嫁ぐことも珍しくないとか。
この辺の持つ者持たざるものの話はちょっと重たいよ……。
それで、隷祖でも美人な娘の働き先として有力なのが彼女たちみたいなメイドさんなんだとか。
この辺はちょっとぼやかされたけど、たぶん若様とか俺みたいな主祖の子供を産むことを期待されているみたい。
前世価値観が残る身としてはちょっとどうなの?と思うことがあるけれど、彼女たちにとってはこれ以上ない幸運らしい。
持たざる者、隷祖として生まれたのに、魔力持ちの子を授かることが出来る。
今なら何となくその気持ちは分かる気がするよ。
それから上司さんがいうには、もし従祖の子を授かれば家の中での立場が上がって、彼女たちは幸せなことなんだそうだ。
そう考えると若様ってすごく良い人なのでは?
ちょっとあっち強めな人とか思ってたけど、女性を幸せにする救世主みたいな扱いになる?
そう思うと若様人気もわかる気がする。
……俺もなれるかな?なった方がいいんだろうな。いや、それでほんとにいいんだろうか?
まぁとにかく三人とも幸せそうだから良しとするか。
なんか色々と考えてみるけど結局この結論に戻ってしまうんだよな。
「色々とあったようだが、これでお前たちも一息つけるな」
俺は報告書を持ってきた文官にそう言った。
「若様にもお手間をお掛けいたしました」
「まぁ気にするな」
文官は非常に恐縮した様子であった。
実際問題とくに何かをしたわけではないので気にしなくても良いのだが、彼らの立場からするとそうも言っていられないのだろう。
一つはニューネリーから「バンの正妻を送ります。よろしくね」という連絡が入ったためだ。
俺は随分と急ぐものだと思ったが、バンの教育担当からすると貴族教育が完全に完了する前に立場を固めてしまった方が良いとのことだった。
まぁそれについては何となくだが気持ちはわかる。主祖というのはその力ゆえにどうしても散漫に育ちやすいので、貴族の知識をつけて知恵が回るようになる前に既成事実を作ってしまった方がよいと考えたのだろうな。
クオルデンツェはかつて祝福の子に目を付け貴族化した経験があるので、その辺のノウハウについてもそれなりにあるのだと思う。
問題があったとすれば正妻についてバンがごねたことだ。
もともと隷祖の妻への執着疑惑があったため、関係者の間で警戒度がマックスになってしまい、その余波が俺にも及んでしまったことだろうか。
幸いにもバンの妻が大説教をかましたことで無事に落ち着いたようだが、主祖にそんなことが出来るあたりなかなか肝の据わった娘のようだ。
俺としては寝所に美女を連れ込むだけでよかったので苦労という苦労はなかったわけだが。
「正妻か。まぁ気が合うようなら何よりだ」
「若様はどのような御方がよろしいですか?」
ひとつ問題が解決したことで、文官たちも気が楽になったのか、普段あまりしないタイプの話を振ってきた。
まあせっかく正妻の話になったので、ちょっと踏み込んでみようという気になったのかもしれない。
「クオルデンツェの利となる見目麗しい姫だ」
その答えに文官たちは慌てた様子を見せる。
「どうした。何か変か?」
「若様の御歳からしますと、随分と達観していると思いまして……」
実際のところ結婚相手は父様が決めるのだろうし、俺が何かというところはないのだ。
だが、文官たちの求めていた答えはどうやらそうではないらしく、どのようかタイプの女性が好みか聞いていたようだ。
例えば、年上の女性、髪色は青でゆったりとウェーブが掛かっている、ママのようなバブ味を感じる女性。といったような具合にだ。
「父様には美人が良いと伝えてあるので、その辺は上手く取り計らっていただけると思う」
正直言うとバンが羨ましいところだ。
俺はまだ主祖童貞であるので、バンが一歩先を行く男になってしまい悔しい気分もある。
まぁそれはどうでもいいか。
この後、俺は見目麗しい姫とダンスをする機会もあるだろうしな。