「バンのお留守バン」
そんなダジャレが空しく響く。
俺が何をやっているのかと言うと、それはお留守番。
ただ、母ちゃん買い物行ってくるから宿題やっとくんだよ!のレベルじゃなくナンボナン市と周辺ひっくるめてのお留守番だ。
規模大きくない?
なんでそんなことになったのかと言うと、若様がレヴィオス王国というところまで行ってしまったからなのだ。
その王都社交にルークセ様と一緒に向かったそうで、なんでも行き返りに滞在期間を含めると1カ月はかかるものらしい。
今戦争をしている貴族家とは社交期間中は戦争をしないという取り決めになっているらしいだけど、それでも不安は残るみたいで、特に行くところもない俺がついでにお留守番を任されたというわけ。
実際に若様がいないときに襲撃されて結構な被害が出てしまったらしく、俺が初めて見たナンボナン市に人が忙しそうにしていたのは壊れてしまった建物を直していたりしたからなんだとか。
ホント、俺で大丈夫?
もちろん兵士さんたちも沢山いるし、ちょっと離れているところにはガルフィス様もいるんだけど、俺戦い方とか全然ですよ……。
もちろんお留守番が決まった時に武官さんに尋ねてみたんだけど、俺はとにかく武官さんの指示で身体強化なりを発動してれば大丈夫らしい。
とにかく防御を固めていれば、まず抜かれることはありませんって話だった。
でもやっぱり怖いわけで、探知魔法はとりあえずぶっ放しまくってます。
それから、実は引っ越しをしました。
引っ越しと言ってもお袋の実家の宿屋なんだけどね。
俺が貴族になるって話が出たころから改装していたらしいんだけど、それが完成したから引っ越したんだ。
改装したのはもちろん親父たちで、兄弟子や弟弟子も来ていたらしんだよね。久々に会いたかったけれどそれはむずかしいらしくてちょっと残念。
で、お袋の宿屋だ。
宿屋って聞いてRPGに出てくるような宿屋を想像してたんだけど、実際に見てびっくりした。
もうなんていうのかな?迎賓館?みたいな感じだ。
聞いたところによると、貴族とか大金持ちの人が泊まるための宿泊施設らしい。
昔に親父が宿を借り上げて、なんてことを言ってけど納得した。
此処に泊まりながら順繰り順繰り直していったんだなー。
そして、そのうちお袋と仲良くなったと。
お袋は平民だけど、けっこう良いところのお嬢さんだったんだな。
よく田舎からやって来た親父とぱぱぱっと結婚してド田舎に嫁いで来たもんだよなぁ。そのバイタリティはちょっと尊敬する。
あ!
わかった!
なんでお袋とガーダクル様みたいな貴族に接点があったのか謎だったんだけど、ガーダクル様もここに泊まったんだ!
当時はまだクオルデンツェ領ではなかったそうだし、泊まるとすればこんな高級宿になるのは必然だよね。
うーん。
自分で言っておいてなんだけど、親の話は生々しいからやめよう。
それで新しい家についてだけど、まぁー快適だね。
今までは市役所?みたいなところに間借りしていたんだけど、いかんせん狭い。
でもここには、家族の部屋があって、俺の部屋と仕事部屋があって、あとそれからキャバリエ姫の部屋もある。
それが一階で二階には使用人さんたちの部屋とかが並んでいる。
領地の屋敷が出来上がるまでは此処が生活の拠点になって、領地に移ってからもナンボナンでの拠点にするんだとか。
色々と考え事をしていると魔力探知に動きがあった。
これは主祖、キャバリエ姫だ。
そして、メイドさんがドアを開けるとキャバリエ姫が入ってくる。
これから交流を深めるためのお茶の時間だ。
いや、もう姫じゃないな。気を付けないと。
「キャバリエ、どうぞこちらに」
「ありがとうございます、バン様」
キャバリエは俺の向かいのソファーに座った。
メイドさんがテキパキとお茶の準備をして、二人の前に置いていく。
お茶にお菓子。
そのお菓子に俺の目は釘付けになった。
え!ちょっとまって!これカステラじゃない!?
テーブルのお皿の上には四角くカットされて上が茶色、中は黄色のそれが二切れ乗っている。
似てるだけ?でもそっくりすぎる気がする!
とりあえず落ち着こう。
とても良い香りのするお茶を俺は一口飲んだ。
「まぁ!とても良い香りのお茶ですわね」
「先日、ウィルク殿に頂いたものです。私も気にいっておりまして、お口にあったようで嬉しいです」
これは若様のお気に入りのお茶らしくて、近くの農村から取り寄せてるらしい。
確かにハーブティーみたいで美味しい。個人的には緑茶が飲みたいんだけど今まで出されたことないから存在しないのかな?
お茶の木さえあれば作れそうな気もするけど、そもそもお茶の木をよくわかってないので頼めずにいた。
「こちらは?」
キャバリエは側にいたメイドさんに尋ねる。
俺も気になる。
「こちらはカステラという焼き菓子でございます。どうぞそのままお召し上がりください」
メイドさんは事も無げにそう答えるんだけど、俺は変な声が漏れそうなのを必死にこらえたよ。
この世界の言葉だと『カステラ』ってはっきり言っているわけではないんだけど、なんとなくそれっぽいような、明らかに浮いた単語のように感じた。
とりあえず俺もキャバリエに合わせてフォークで一切れ食べてみる。
小麦粉の風味に卵の風味、それに加えて砂糖の甘さに香ばしさ。
いや、百パーカステラじゃん!
ちらっと見たらキャバリエはパクパクと美味しそうに食べてるから気にいったのかな?
いや、確かにカステラ美味しいよ。俺にとっては懐かしの地球のお菓子だし。
でも何でここにあるの?って気分が先に立って喉が詰まる気分だ。
まぁでも食べるよ。カステラ好きだし。
「とても美味しいですね。これはこちらの名物なのか?」
俺はちょっとカマをかけてみた。
「こちらは若様がニューネリーの料理人に作らせたものだと聞いております」
ん-?
若様カステラ知ってる?
まさか、転生者?と思ったけど、カステラを知ってるにしてもレシピまで知ってるなんて普通ないだろ。少なくとも俺は知らないし。
俺が大工だったみたいに、もし若様がお菓子職人だったらカステラのレシピくらいなら知ってそうだけど、それならもっと地球のお菓子が出てくると思うしなー。
ただ「美味しいお菓子を作れ」っていわれた人がどっかから珍しいレシピを探した可能性もあるか。
でも、カステラって名前のカステラが出来上がる?んん-?謎だ。
「私も初めて食べました。ニューネリーでは新たな産物が生まれていると聞きますが、これもその一つなのでしょうね」
キャバリエのお皿は空っぽになってた。
そうとう気に入ったみたいでメイドさんにお代わりを頼んでた。
……お代わりしていいんだ、俺ももらおうかな。
「そうなのですね、他にはどのようなものがあるのですか?」
物はついでだ、話ついでに色々と聞いてみることにした。
他にも地球っぽいものあるかもしれないし、あったら是非とも手に入れたいところだ。
例えば醤油とか。あー、お寿司が食べたいなー。
あれ?なんか変な空気になってる?
「……。」
なんかまずかったか?キャバリエが黙ってしまった。
「申し訳ありません。私は長く屋敷におりましたもので、あまり世情に詳しくないのです……」
「これは失礼しました。どうぞお気になさらず」
やばい、やっちゃったかもしれない。さっきまであんなにニコニコしてたのに今にも泣きだしそうな感じだ。
貴族だし何か特殊な事情とかありそうだよな……。
キャバリエがじっとこっちを見てる。
なんだろ?気になる。
「私てっきり、バン様はニューネリーでお過ごしになられたのだと思っておりました」
あ、やば。設定忘れてた。
そうだよ、俺ニューネリー生まれのニューネリー育ちに人生ロンダリングされてたんだ。
どうする?どうしよう!
「実は私もなのです。あまり外に出ることが無かったものですから」
どうだ!会話ロンダリングトーク!(二回目)
いやこれは流石に厳しいか?
とりあえず笑っとく?なんとかなれー!
「!そうなのですね。うふふ」
なんとかなった。けどなんで?
ちょっと不穏な感じはあったけどそれからはいつもみたいに楽しく会話をすることが出来た。
とりあえずよかったかな?
「私、オスローグ公に失礼なことを言ってしまったでしょうか……」
自室に戻ったキャバリエは自分付きの侍女にそう尋ねる。
その顔には明らかな動揺があった。
「キャバリエ様、あまりお気になされませんように。オスローグ公のことは家中の者でも極わずかしか知りませんので」
侍女はそうキャバリエを慰めた。
もっとも全て嘘っぱちであるため、キャバリエが気に病むことは無いのだが、侍女はそんなことはおくびにも出さない。
「現にオスローグ公はキャバリエ様をフォローしてくださったでしょう?」
侍女のその言葉を受けてキャバリエは少し落ち着きを取り戻す。
「そうでした。オスローグ公もご苦労があったのでしょうね」
バンが苦し紛れに口にした会話ロンダリングトークではあったが、その言葉にキャバリエは救われていた。
キャバリエの生家はすでにない。
元々はクオルデンツェ家と仲が良い立場ではなかったが、明らかに対立しているというものではなかった。
しかし、ある時を境にその状況は一変する。
サーリフの乱。ジンカーエン帝国で起こったアルペオ貴族による反乱でクオルデンツェ家の次期当主であったクオルデンツェ・ガーダクルが暗殺された時から彼女の家の没落は始まったと言える。
彼女の生家はこの乱には関りがなかったが、この暗殺事件の首謀者と目される貴族家の事実上の傘下にあったのだ。
彼女の父、貴族家の当主には寝耳に水の事件であったが、状況は日を追うごとに悪化する。
帝国東部貴族とひとくくりにされる彼らだが、まず一つの貴族家がクオルデンツェにより滅ぼされた。
貴族家とは言え、クオルデンツェと彼らでは自力が違う。
多くの従祖兵を擁し、またジンカーエン帝国初代皇帝と共に乱世に燃える大陸西部を駆け抜けたクオルデンツェ・ガルフィスにより、抵抗らしい抵抗も出来ずに敗れていった。
そして、さらに状況は悪化する。
ある貴族家はクオルデンツェと内通している、そのような噂が飛び交ったのだ。
実際にその貴族家は被害らしい被害を受けていない。
みな疑心暗鬼となった。
近隣の貴族家とは婿や嫁のやり取りがあり、本来は関係も良好なため同盟関係を構築することも出来た。
だが、今となってはそれも難しい。
帝国東部貴族はまとまることも出来ず、一家、一家と滅ぼされてゆく。
そして彼女の家の番が来た。
最後の最後、お家の命運をかけた大決戦が始まる。
普段は魔力残渣を恐れ、貴族同士の戦いを忌避する主祖も多いが、この時ばかりはそうも言っていられない。
キャバリエの父、母、兄、祖父、祖母、分家筋の主祖に、全ての従祖兵。
家のすべてが注ぎ込まれた最後の戦いが始まり、すぐに終わる。
百戦錬磨のガルフィス将軍により率いられた圧倒的な力を持つクオルデンツェ軍に勝負にもならなかった。
そして、幼い彼女は捕らえられ『館』で育てられてきた。
同じように捕らえられた兄もいたが、すぐに殺された。
幼かったキャバリエはとても悲しんだが、クオルデンツェが兄を殺した理由は分かった。
危険だからだ。
主祖の男性は隷祖の女性を使えばすぐに従祖兵を作ることが出来る。
そして、その従祖兵を率いてムカデの足などにでもなられたら厄介この上ない。主祖が率いる従祖兵を相手するならば、クオルデンツェといえどもそれ相応の被害を覚悟しないといけない。
だが主祖女性には価値がある。
従祖を生産できるからだ。そのため彼女のように家を亡ぼされた主祖女性や祝福の子が集められ館で暮らしている。
キャバリエはその中で育った。
その境遇に不満を持つ者もいたが、もうどうしようもない。
家を失った今、彼女たちの境遇を非難する者はいない、それにどこの貴族家でも多かれ少なかれ同じようなことをしているからだ。
軟禁状態ではあったが、それほど不便でもない暮らしだった。
従順なものであれば、身の回りのことはいろいろと融通も効き自由もあった。
唯一の不満にして最大の不満。
それは主祖の身にありながら、主祖の子を産めないことだ。
自らの立場に納得をしながらも、決して満たされない不満。
それが、ある日突然変わった。
『オスローグ・バンの妻となる』彼女にそう告げられた日だ。
彼女はその名に心当たりはなかったが、家名は知っていた。
オスローグ家、それはクオルデンツェがニューネリーを支配する前に存在していた貴族家の名だ。
存在していた、つまりつまりすでに滅び、エルオ大陸の歴史となった存在。
それがいま、舞い戻ったのだ。
クオルデンツェが庇護して来たとは言え、貴族家の名が三百年以上聞かれぬまま存在することなどあり得るのだろうか。
その名に日の当たらぬままの三百余年、囚われの身となっていたキャバリエにはその重さがよくわかった。
「バン様はとてもお優しいお方ですね」
突然降って湧いた婚約話、さらに親の仇と繋がっていたとされる家、そしてその亡家の姫。
主祖男性の繊細さを考えればこれほど悪い条件の相手などいないだろう。
直接的な悪意を向けられる覚悟をしていた。
だが、バンの振る舞いはキャバリエを気遣うそれだったのだ。
失言と捉えられてしまっても仕方ない言葉もそれとなくフォローしてくれた。
囚われの身となってから久しく感じることがなかった、主祖同士の敬意にキャバリエは感動し涙を流した。
そして、キャバリエ付きのクオルデンツェ家の侍女はキャバリエの様子を見て思った。
上司に良い報告が出来そうだと。