この「生きていることが向いていない」と感じていた不来方夕莉というキャラクターがとても大好きで、少しでも彼女には良い未来を過ごしていてほしい。そんな想いから、この二次小説を書いてみようと思った次第です。
人間として生きていれば、一度くらいは「死にたい」と思ってしまうこともあるのではないでしょうか。僕自身、これまで何度もそう思ったことがありますし、実は最近もそんな気持ちになることがありました。
だからこそ、こんなにも生きることが苦手で、死んでいる方が向いているとさえ思っていた夕莉が、暗闇の中から光を見つけ、自分の未来を選び取り、その先へ進んでいく姿を描きたいと思いました。
もちろん、現実は物語のように都合よく進むものではありません。すぐに前を向けるわけでもなければ、何かをきっかけにすべての悩みが消えるわけでもないと思います。
それでも、夕莉がこの物語の中で少しずつ変わっていったように、今は何も見えなくても、いつか自分なりの光を見つけられるかもしれない。
誰かと同じ速さで歩く必要はありません。立ち止まっても、遠回りをしてもいい。自分のペースで、少しずつ未来へ進んでいけばいいのだと思います。
この物語を通して、夕莉が歩んできた姿が、読んでくださった方の心にほんの少しでも残ってくれたなら、とても嬉しいです。
夕莉でも、自分の未来を選び取っていくことができました。
だから、皆さんもどうか自分の人生を諦めないでください。明日が楽しみになるような小さな出来事を見つけながら、自分らしく生きていってほしいと思います。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
またどこかで、夕莉たちの物語をお届けできたらと思います。
それから数年後。
あれから、そう遠くない未来の話。
華やかな照明の明かりが遠く感じられるフォトコンテストの舞台裏で、私は静かにそのときを待っていた。
大きな幕の向こうからは、大勢の観客が放つ熱気と期待のざわめきがかすかに響いてくる。
「いよいよですね、不来方さん」
「はい」
隣で優しく微笑むのは、あの頃、商店街のフォトコンテストで私に声をかけてくれた大学の講師だ。
卒業してからも何かと気にかけてくださり、今日もこうしてご縁があってプレゼンターとして同行してくれていた。
大学での四年間は、無我夢中でカメラと向き合った日々だった。
感覚だけに頼るのではなく、人の一生に一度の時間を任されるプロとしての責任を持ちたくて、写真の技術と理論を基礎から学び直した。
週末になればブライダルスタジオへ通い、アシスタントとして汗を流しながら、現場でしか学べない空気を身体に染み込ませていった。
そうして必死に積み重ねた時間と、在学中に講師から背中を押されて開いた個展で得た経験が、私がフリーのフォトグラファーとして歩んでいく大きな決意へと繋がった。
現在の主な仕事は、ウェディングやブライダルフォトの撮影だ。
ほかにも、生まれたばかりの命を捉えるベビーフォトや、公園を駆け回る家族の日常、子どもたちが今を全力で生きる姿を撮ることもある。
振り返ってみれば、いつの間にか私の周りには、人の幸せと「生」の輝きに触れる仕事が集まっていた。
たまにポートレートのモデルを頼まれることもあるけれど、やはり私は、ファインダー越しに誰かの温もりを切り取る側が好きだった。
手のひらにある原稿へ、もう一度だけ目を通す。
今日まで何度も何度も声に出して練習してきた言葉だから、不安は少しもない。
胸元には使い込まれた二眼レフカメラが下がっている。
今では仕事で使うカメラも増え、この古いカメラを現場へ持ち出す機会は少なくなった。
それでも、大切な節目の日には、こうして傍に置いている。
私に、生きている世界を写す喜びを教えてくれた、最初の一台だから。
そのとき、スーツの内ポケットに入れたスマートフォンが小さく振動した。
画面を覗くと、密花さんからのメッセージだった。
『新しいスタッフを何人か雇ったのだけど、今度新人指導の手伝いに来てくれないかしら?』
文面の末尾に添えられた温かい絵文字に、胸の奥が柔らかくほぐれていく。
断る理由なんてどこにもない。
私はすぐに「喜んでお手伝いします」と二つ返事で承諾の返信を打った。
あれから、喫茶「くろさわ」は私の写真を展示するギャラリーカフェとしての顔も持つようになっていた。
私がプロとして活動を始めてからは、展示された写真を目当てに足を運んでくださるお客様も少しずつ増え、以前より店内が賑わう日も多くなったという。
自分が捉えたたくさんの「生の輝き」が、あのお店をさらに温かく彩っていることが、私にはたまらなく嬉しかった。
スマートフォンを静かにポケットへ仕舞い、深く息を吸い込む。
フォトグラファーとして、誰かの大切な時間に触れるたび、ふと自分が歩んできた道を思い返すことがある。
かつての私は、事故で両親を一度に失った絶望と、誰にも理解されない孤独に耐えきれず、生きる意味を見失っていた。
向こう側へ行くことばかりを考えていた。
けれど今、私はベビーフォトやファミリーフォトの撮影を通して、数え切れないほどの「家族の愛」や「新しい命の誕生」に立ち会っている。
愛おしそうに我が子を抱きしめる両親の姿をファインダー越しに見つめるたび、私は少しずつ気づいていった。
私を愛し、大切に育ててくれたお父さんとお母さんも、きっと同じような眼差しで私を見つめてくれていたのだ、と。
あの日上山の暗闇から救い出され、密花さんに温もりをもらい、たくさんの人々の「生の輝き」に触れて、私はようやくここまで来ることができた。
かつて冷たく凍りついていた身体の中に、今、静かに、けれど確かに流れ続ける血の温もりを感じる。
そっと、胸に手を当てる。
ジャケット越しに、トントンと鼓動が確かに手のひらへ伝わってきた。
生きていて、本当によかった。
お父さん、お母さん。
私を生んでくれて、ありがとう。
私は今、幸せだよ。
空の向こうにいる二人へ届けるように心の中で呟くと、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「不来方様、まもなく出番です。舞台袖へお進みください」
スタッフから声がかかる。
「はい」
私は顔を上げた。
大きな幕の向こうから差し込む光へ向かって、ゆっくりと一歩を踏み出す。
「それでは、今回の『日本総合写真グランプリ』にて、数ある応募の中から見事最優秀賞を受賞されましたこの方にご登壇いただき、作品についての解説を行っていただきましょう。不来方夕莉さん、どうぞ」
何百人もの温かい拍手が会場全体に響き渡る。
巨大なプロジェクターに、受賞作が大きく映し出された。
タイトルは『命のバトン』。
生まれたばかりの小さな赤ん坊を抱きしめ、涙を浮かべながら愛おしそうに頬を寄せるお母さんの姿を、柔らかい春の光の中で捉えた一枚だ。
私は意を決して壇上に立ち、深々と一礼してマイクを握った。
「みなさん初めまして」
「不来方夕莉です」