霧雨魔理沙の文学散歩~夢見せる黄色~   作:弥生真琴

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夢見せる黄色

『変にくすぐったい気持が街の上の私を微笑えませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。』

 

◆

 

私がそれを手に入れたのは偶然だった。いつもの暇つぶしで寄った、人里のとある店で買ったのだ。それを手に取った瞬間、私の気分はそれもう爽快に晴れ渡ったのだ。

 思い返してみれば今日は私にしては珍しく、朝から酷く憂鬱だったのだ。目覚めは悪く起きた瞬間から頭に靄がかかったかのよう。朝ご飯のパンは焦がし、箒は折れ、挙句家のドアまで外れる始末。えっちらおっちらドアをはめなおし、さてもうベッドの上でひっくり返って引きこもりでも極めようかなどと思っていたのに。今度は眠気がやってこない。こうなれば逆にひたすら出歩くしかないのではという結論に私は至ったのだ。

 

 結論から言えばその選択は間違っていた。そしてその選択は正しかった。あそこへ行ったせいで私の気分はさらに沈んだけれど、あそこへ行かなければそれに出会うこともなかったのだ。

 予備の箒を引っ張り出して人里へ向かった私は、まずあまりの人手に嫌気がさした。憂鬱な私の気分とは裏腹に空は雲一つない快晴。爽やかな空気と溢れる活気で私はさらに滅入ってしまった。

 やっぱり今日は家に帰るのが正解かと思った時、ふと私の視界にとある店が入ってきた。ふらふらと呼ばれるように近づいて、店先に並べられたそれを手に取った。顔に近づけてみると、少し刺激のある、それでいて爽やかな香りが鮮やかな色と一緒に広がった。気に入ったかい、と店主に声を掛けられるまでそれを堪能していた私は自然と浮かんだ笑顔とともにお代を支払った。

 その鮮やかな色を片手に振り返り、通りへ目を向けた私はあっと声をあげた。見慣れた人里、先ほどまであれほど疎ましく思っていた活気、見上げることすら躊躇するほどだった青空、そのすべてが輝いて見えたのだ。私が普段放つような弾幕のように光り輝く世界。私は朝の落ち込みようなどすっかり忘れて人里を駆け抜け箒に跨った。この青空を飛び回ろうと思えなかったなんて、なんて勿体無いことをしていたのだろう!

 私はそれを片手に箒で青空を飛ぶ。眼下に広がる景色は見慣れた幻想郷のそれだった。けれど私がふと片手の中の鮮やかなそれに視線をやると、何とも言えない新鮮さがあった。深い緑の木々、濃い茶色の屋根、そのすべてに対し片手の中のそれは異色だった。吃驚するほど合わなかった。見慣れたすべてを壊してしまうほどのコントラスト。ああなんて愉快なことだろう。

 しばらくそのコントラストを楽しんでいた私は、自分が吸血鬼が住む館の方まで来ていたことに気が付いた。折角だから図書館にでも寄っていこうかと思いながら片手のそれを屋敷に向ける。そういえば、前に董子が持ってきていた外の世界の本にだったか、それとも外の世界をよく知る妖怪の誰かから聞いた話か忘れたけれど、とある例え話を思い出した。手の中のこれは、まさしくその例え話そのものではなかったか?

 浮付く気分を抑えながら、私は屋敷へ、そして図書館へ忍び込む。できればこの図書館の主には会いたくない。会ってしまえば私の考えていることがバレてしまう。足音を忍ばせ本棚の前に立った私は、肩の高さあたりの段から本を一冊取り出して床に置く。手の中のそれと本棚の隙間を見比べて、もう少し隙間が欲しいとさらに数冊の本を引っこ抜いた。いったん手の中のそれはポケットの中へ突っ込んで、床に置いた本を両手で積み上げた。折角だからと隙間を作った棚とは別のところからも本を引っ張り出して、倒れないようにバランスよく積み上げていく。あちこちから本を引っ張り出しては積み上げて、私の肩の高さまで。それはつまり最初に本を取り出して隙間を作ったところ。出来上がっていた隙間に、私はポケットに仕舞っていた鮮やかな黄色のそれを置いてみた。薄暗い図書館に似合う薄暗い背表紙ばかりが並んでいる内の少しの隙間。置かれたそれは笑ってしまうほどに似合わなくて、けれどまるで電灯のようにこの空間を照らしているようだった。

 しばらくうっとり私はそれを眺めていたけれど、入り口の方から図書館の主がやってくるような気配を感じて慌てて図書館を飛び出した。私の姿はギリギリ見えなかったはずだけど、開け放たれた窓と積み上げられた本で誰かが来ていたことは分かるだろう。それが私だとバレるかどうかは図書館の主の推理力次第だ。今頃あいつは本棚に置かれた奇妙な置き土産に気が付いたころだろうか。蔵書は一冊たりともなくなってはいない。けれど異常なほどに空間にそぐわない黄色を見て彼女は何を思うだろうか。そうして首を傾げながらそれを手に取るのだ。もしその瞬間にあの黄色がはじけるように爆発し、光をまき散らしたらどうなるだろう。あの館は時を止められるメイドのせいで無駄に広々としているし、住民ともども木っ端微塵には……まあちょっとさすがにならないか。揃いも揃ってちょっとやそっとじゃ死にそうにない住人の方が多いし、そもそもあんな、私の片手の中に納まる程度の黄色にそこまでの威力も能力もあるはずがない。それでも幼子に還ったかのような気分の私の想像力はとどまるところを知らないのだ。

 あの館の住人の誰かが小さな黄色の爆弾片手に持ち主を探し始めたら、どうなるのだろう。そんな楽しい夢を見るため、私は家へと向かって空を翔けるのだ。

 

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