忘却の冒険者、少女パーティーを助ける ―未見の暗器使いは名前を覚えられない―第一話 作:星空銀河
この世界の勇者は敗れた。
魔物、魔獣の徘徊を根本から消し去る力は消え失せたのだ。
人々は、嘆き悲しんだが勇者は、もういない。
魔王は勝者となったが、ただひたすらに人間を殺戮するようなこともしなかった。
魔物、魔獣と人類、エルフとの節度ある戦略的互恵関係という道を魔王は選んだのだ。
そしてダンジョンと地上は緊張感のあるバランスの世界となったのだ。
だが、狩り過ぎは無くとも殺戮を伴う悲劇は存在する。
それに耐えられない人間も、また存在した。
人々は勇者に替わる強大な力を持つ冒険者を探した。
しかし魔王を倒せる程の者はいなかったのである。
そんな、作られた混沌の世界が常態になってから百五十年も過ぎた頃、ある噂が出始める。
『魔王を倒し、人の世を取り戻す可能性があるのは、魔王の想像の遥か上をゆく未見の暗器使いだけだ』と……
◆ ◆ ◆ ◆
クロス・バレンタインは必死だった。
彼女の使う【未見の暗器】は、とにかく腹が減る。
そして、とんでもない副作用もいくつか存在した。
そのひとつが、名前に関する記憶があやふやになることだ。
その副作用のおかげで普通の仕事が何一つ上手くいかない。
そして今は、冒険者として稼ごうにも未見の暗器のもうひとつの副作用である腹が減り過ぎて動けないが先にきてしまっていた。
本来、彼女は大食いではない。一度の食事は、普通の量で充分なのである。
ただし、副作用のせいで一日八食は食べないと夜も寝られない。
また、未見の暗器を使うとなると更なる栄養の摂取を必要とする。
カネがない。
今日は、もう六時間も食べていない。
フラフラとギルドにきて依頼をとっとと受けてサッサと解決のつもりが、既にギルドの依頼掲示板の前で倒れそうだ。
既に限界を超えつつある状態でクロスは、受付までフラフラと歩む。
アダマンタイトの識別プレートに刻まれたSSSクラスを持つ冒険者が鬼気迫る顔で受付に向かう姿を見て他の冒険者達は恐れて道をあけた。
そして、受付カウンターに身を預けるようにドッカと上半身から倒れ込むと、懇願しだした。
「メリィ……頼むからカネ貸してくれ。そうじゃなけりゃ、なんか食わしてくれよぉ……」
受付嬢のミリィ・ホーネストは、深いため息をひとつつくと、机の中のきんちゃく袋からビスケットを二枚出してからキッパリと言い放った。
「バレンタインさん。事情はお察ししますけれどお金は貸せません。ご自身で稼げる力があるのに、一体、何をやっているんですか! それと私の名前はメリィじゃなくてミリィですっ‼」
出されたビスケットを早速、もぐもぐしながら「だってさぁ、あたしとパーティー組む奴らって、みんな途中で怒ってやめちまうんだよ。ダンジョンの中でだぜ? 信じらんないよ」
「あなたが怒らせるようなことばかりした挙句、一人で討伐するからパーティーとして登録した報酬を渡せないんじゃないですか! もう何回、同じことやっているんですか!」
「いや、だからよぅ。メシ食わしてもらえる温和な人のパーティーとか探してくれよんっ。ちょっとくらいならエッチな男がいても我慢するからさぁ」
それを聞いたミリィは顔を真っ赤にして怒り始めた。
「例え話だって! そっち方面にゃ興味あんまないから。でも、マジで、どんなんでもいいから仕事ねぇかな、ミレー。やっべ、ビスケットじゃ腹の足しにもなんねぇや」
「ミリィです。文句言うなら、もうビスケットあげませんよ……はぁ~。なんでこんな人がトリプルSランクなのよ……」
そう言いながらも、依頼帖を開き始めるのとビスケットを更に二枚カウンターに置いた。
屈強な冒険者に混じって、そのやりとりをじっと見ていた三人の少女達がいた。
「本当に何でもいいのかな……」
「ティアが聞いてくれると嬉しいんだけれど……」
「ご飯をおごって、報酬を多めに渡すってお願いしてみるとか? そんな感じでいい? マトイ」
「ん……うん……」
カウンターで頬杖を突きながら、相変わらずビスケットをポリポリ食べているクロスにか細い声がかけられる。
何かと思い、振り向くと目線の下の方に声の主がいた。
「あ、あの……ご飯、おごります……」