忘却の冒険者、少女パーティーを助ける ―未見の暗器使いは名前を覚えられない―第一話 作:星空銀河
ティロッド・アーフィスは明るい性格なのだが、さすがに初見でトリプルSランクの冒険者に声をかけるとなると萎縮してしまって、ご飯のことを切り出すのがやっとであった。
「な、な、な、ん、だ、と、ぉ⁉」
いかにも駆け出しの戦士丸出しの少女にクロスがゆっくりと同じ目線まで顔を下げる。なんだかんだ言っても、目力だけですら、その辺の冒険者とは比較にならない。
「ひっ!」
「お前……マジで言ってんのか⁉ ああ⁉ どうなんだ⁉」
(ティア、がんばって!)
なにやら小声で応援している奴らがいる。
ちびりそうになりながらも、なんとか答えようとする。
「はい……あの、ご飯を食べながらでいいので、お話を聞いていただ」
「わかった‼ いこう! 聴こう! すぐ行こう‼」
「あ、あの実は依頼が、あの、パーティーとかあって、そので」
「わかった‼ 引き受けよう‼ だから、あとは食いながら聞く‼ そういうわけで、コイツの依頼を受けることにしたぞリリィ! じゃまたな‼」
クロスに首根っこを引っ張られてギルドから出ていく戦士系少女の後に回復系僧侶と魔法使いであろう少女二人が追いかけていき、出口付近で受付に向かってちょこんと礼をした。
受付嬢は、クロスと少女達に向かって叫ぶ。
「私‼ リリィじゃなくてミリィですっ‼」
◆ ◆ ◆ ◆
クロスは安くて量も多いと評判の、いわゆる大衆食堂の丸テーブルを陣取って肉やらシチューやらをご飯と一緒にガツガツと食べていた。
同じテーブルにクロスに話かけてきた三人の少女も肉じゃがスープの様なものを食べていたが、クロスのあまりの食べっぷりに、しばし食べるのを忘れ見入ってしまった。
「あ、おい。あたし、マジもんでカネないんだけれど。大丈夫なんだよな、食ってて」
「はい。このお店でよろしければお好きなだけ食べて下さい」
お代を持つのは、いいとこのお嬢様でもあるフロスティ・コーレンの役目だ。
大概のパーティーは経済的理由から空中分解していくのだが、彼女のおかげで、この少女パーティーは金銭的な摩擦がなく破綻しないでやっていけている。
「そうだ! 失礼しました! 自己紹介が遅れました! わたしはティロッド・アーフィスといいます。一応、このパーティー【早春の風】のリーダーをやっています」
名乗られてもクロスには未見の暗器の副次効果により、まともに名前が覚えられないので、どの程度の意味があるか、自分でもよく分からない。
(まあ、記号みたいなものだと思っていればいいのだろう)
「で、その」口に運んでいたローストチキンを一旦置くと、多少真面目に話を聞く姿勢をとった。
「あたしに、ただメシ奢っただけじゃないよね。何を手伝えばいいんだ? 力仕事以外ならいいぜ? 力仕事だけはダメだ。ナイスバディがムキムキになっちまう」
するとティロッドは、やや顔を近づけて小声で話し出した。
「あの、ここにいる、この娘。マトーレ・イースターって言います。実はこの娘が領主様より直々の依頼をされてしまって……」
「おい、ちょっと待て。領主より直々って……わりぃがお前たちは、どこからどう見てもはっきり言うと弱っちぃ冒険者パーティーだ。そこに領主が依頼をするということは、何か特別な関係がないとありえないな? お前、何者だ?」
マトーレは、クロスの勢いに気おされて、ただでも無口なのが更に無口になった。
「ん……」
「あ、あの。その辺の事情は内緒ってことでご理解頂きたいんですけれど……ダメでしょうか……」
すかさずフロスティがフォローに入った。
ティロッドもマトーレの様子を見ながら「話しを続けてもよろしいですか」と言ってきた。
(こいつら、少なくとも連携は上手くとれていそうじゃないか)
「そっか。まぁ、そのへんの事情は聞かないでおいてやるよ。メシ、食っちゃったしな」
と笑ったクロスを見て、三人の少女はホッとしたようだ。
「ありがとうございます。それで、あの受けさせられた依頼というのが、この近くにあるダンジョン【背徳の縄張り】の最深部付近にいるらしい【臆病な針ネコ】の捕獲なんです。問題はダンジョン最深部付近にいるのでパーティーの攻撃力が高くないと行けないのですが、大規模パーティーだと臆病な針ネコが逃げてしまうから小さなパーティーで、ひ弱な感じじゃないと針ネコが近寄ってくれないんです」
栗毛の戦士の少女は、自虐的な説明にしょんぼりしてクロスを見つめた。
「ええと……ティディだったか? 要するに、ヘロヘロなパーティーじゃないと針ネコは捕まえられないがダンジョン深層部だから強い奴が必要なんで、あたしに手伝えってことでいいのか?」
名前を間違われたことで戦士な少女が気を持ち直した。
「ティロッドです。ティロッド・アーフィス。わたし達、ダンジョンは、まだ浅い所で連携の確認やレベル上げの最中で、とても最深部には……お願い出来ますでしょうか」
「あの! 賞金も出るんです! 金貨500枚なのでわたし達が二百十枚、クロスさんが二百九十枚でどうですか!」
「うんうん……」
(それだけあれば、半年は食っちゃ寝できるな? なんか落とし穴がありそうな気もするが)
クロスは暫く黙って考えていたが、他に当てもないので、そもそも選択肢なんてものが無かった。
「いいよ? 引き受けようか」
その言葉を聴いて三人は色めき立った。
「だが。なんか、おかしい。情報が足りないねぇ。お前達、隠し事は依頼主に関すること以外は無しにしてくれないか。ともかく全部だ。全部、話をしてくれ」
「隠しているわけではないんですが、おかしなことが幾つかあって。どう話したらよいのか、迷っていたところなんです」
白銀のロングヘアで、いかにも聖職者的な見かけのフロスティが説明をはじめた。
「背徳の縄張りは、最深部以外は比較的弱いモンスターが多くて、しかも急に強いものが混じることもない初心者の冒険者にとっては学べる機会が多いダンジョンなんです。ところが、最近になって急にモンスターそのものがいなくなってしまって、ただの洞窟迷路になってしまったんです」
「一匹も出ないのか?」
「ロックラットが数匹とゴールドコックローチが少しいただけで、あれじゃ幾らわたし達が駆けだし冒険者でも、経験値も何も稼げないです」
「このダンジョンは広くて浅いことで有名で、階層も15階層までしかないんです。だから、ちょっと危ないなって思っても12階層くらいで引き返せばEランクの即席パーティーくらいなら問題なく帰還出来るくらいなんですよ」
「それが、三日前までにダンジョンに潜ったDランクパーティー三組が三組とも帰還していないんです。ギルドは、Bランクの冒険者チームに捜索依頼をだそうとしているみたいなんですが、昨日、捜索のために潜ったCランクパーティーが13階層までいっても、あまりに何もなかったのと聞いたことのない声の様なものを聞いて、いつものダンジョンじゃない雰囲気に怖くなって戻って来ちゃったんです」
情報をくれとは言ったが、矢継ぎ早にどんどん喋るんで考えを巡らせる余裕がない。
とりあえず、一番知りたい情報だけ聞いておく方が良さそうだ。
「あー、わかったわかった。そんで、ここのダンジョンボスモンスターは何なんだ?」
ワンドを持ったエルフの少女、マトーレ・イースターがはじめて喋った。
「アッシドスパイダー……の…つがい……」
確かにCランクのパーティーなら、まあなんとかなりそうなレベルだ。
「で、あんた達のランクは?」
「みんなFランクです……」
(下から二番目のランクだ。いくら針ネコが弱い冒険者の方が捕まえやすいとはいえ、Bランク相当のモンスターのいる最深部にFランクパーティなんぞ、まともな依頼じゃないねぇ。ここの領主も大概って奴ってことかい。ははぁーん……それじゃギルドを介して依頼をしようとしても断られちまうから自分達で高ランクの冒険者を探していたってことかい)
やっとクロスの中で話がつながってきた。
「よっし、わぁーった! なんだかギルドの冒険者教習みたいな役だが、やってやろうじゃないか。お前らのパーティー、入ってやるよっ」
三人の表情がぱぁーっと明るくなった。
自分達だけでは、よほど不安だったのだろう。
「あの、一時的とはいえパーティーを組むんですから、改めて自己紹介をします」
(やれやれ、またそこか。あたしが聞いてもなあ)
栗毛のショートカットで革とメタルの複合アーマーを着ているヒューマンの娘が挨拶を始めた。
「わたしはティロッド・アーフィスなのでティアと呼んでください。ソードファイターですが、ちょっとは盾役にもなれます。14才です」
「えっ、14だあ⁉」
「この娘は、マトーレ・イースター。わたし達はマトイと呼んでいます。まだ初級ですがグロリアスソーサラーで弓も使えます。マトイの年齢は私も知りません」
「……んっ……よろし……く……おね……」
本人の声が最後までは聞こえなかった。
「わたしはフロスティ・コーレン。長いのでフロンと呼んでください。見た目通りのプーリストです。回復と幾つか強化などの補助魔法が使えます。15才です」
クロスは、これは自分は本当に引率係だと覚悟した。
「クロス・バレンタインだ。これからよろしく頼む。えーと……フビンとケアとマトンだっけか?」
三人とも最初はクロスが何かの暗号を言ったのかと思っていたが、しばらく考えているうちに、どうやら自分達の略称を言い間違っているのだと気が付いた。
「もう、やだなぁクロスさんたら。フロンとティアとマトイですよっ」
(そら、きた。だいたい、この意図しないボタンの掛け違いからパーティーをおいだされちゃうんだよなあ。なるだけ名前は呼ばないように気をつけよう! うん!)
「クロスさん。即席とはいえパーティーを組んだのですからギルドに登録しないと。ギルドに一度、戻りましょう」
「それは構わないが……あのさ、悪いんだけれど、ここの弁当でもサンドイッチでも構わないから三食分くらい用意してくれないかな。理由は、ギルドへの道すがらにでも話してやるからさ」
◆ ◆ ◆ ◆
クロスは背中に弁当やらサンドイッチやらホットドッグやらを入れた包みを背負って少女達の前を歩いていた。
「いやー、何からなにまでわりぃねぇ」
「気にしないでください。クロスさんに依頼するための手付代わりですよ」
このプーリストの白いお嬢ちゃんは、本当にカネが潤沢なんだなと思いつつも、今のクロスの食い扶持は、この女子会連中が頼りなのも、また事実であった。
「あのクロスさん。気になっていたんですけれど装備がショートソード一本だけなんですか?」
ティアは、自分ですらロングソードに木の盾と短剣を装備している。今までランクが上の冒険者になるほど装備は充実してたし大型・重装備・レア装備が増えていくのが普通だと思っていた。
ところが、今、パーティーを組んでくれようとしている、恐らく冒険者の中でも頂点にたつ者であるはずのトリプルSクラスの冒険者は、かっこいい装備ではあるが、おおよそ防御力が高そうにもみえなければレアな大剣を持っているわけでもない。どちらかというと、どこにでも売っていそうなショートソードだ。
「不思議かい?」
「ええ。気にはなります。剣技が凄いんですか?」
「いや。そうじゃない。ここからは、あまり大っぴらには話せない。お前ら、こっちに近寄れ」
秘密の話らしいと分かり、みんなクロスを囲むように寄ってきた。
「あたしには特別な魔法……というよりは呪いのようなものがかかっている。無詠唱に近い形で土系魔法と錬金術を混ぜたようなものだ。武器に限らず防具のような物でも出すことが出来るんだ。だから、武器も防具も特にはいらないのさ。噂では、あたしの、この能力を魔法だと思っているらしい」
フロンは不思議に思った。そんなことが出来るのであれば、例え一時的なものだとしても何か作ってアイテムとして商売になりそうなものだが、何故、この人は、そうしないのだろうか?
「ここからは、小声で話すぞ。聞き逃すなよ。お前ら【未見の暗器】っての、聞いたことあるかい?」
三人共にうなづいた。
未見の暗器使いの話は、魔王討伐の可能性を秘めた人類の要として絵本にすらなっている。だが半ば伝説であり伝聞録がいくつもあるが、どれ一つとしてエクスカリバーのような象徴となるような武器やアイテムが出てこない。全てがバラバラな話なので、人類の希望が生み出した絵空事であるとされている。
つまりガセネタっぽいというオチまでがワンセットであり、有名すぎて幼年学校の生徒ですら知っている話だ。
「いいか、絶対に秘密にしろ。ばらしたらぶっ殺すからな」
「な、なにをですか? いきなり物騒ですよ」
「ちょっと怖いです。どうしたんですか?」
「ん……」
三人はクロスの言葉に縮み上がったが、さらに次の言葉に絶句する。
「あたしが、その【未見の暗器】使いだ」