忘却の冒険者、少女パーティーを助ける ―未見の暗器使いは名前を覚えられない―第一話 作:星空銀河
三人はクロスに続いて十五歩の距離を保って、十三層へ足を踏み入れた。石造りの通路が続く。フロンの光球が壁を照らし、足音だけが反響する。
クロスが「動体感知箱」とただ一言呟いた。
左の手のひらから、光が凝結し何か四角いものになる。そこから、意味ありげな光がもれているが、その意味も含めて何も説明しない。
三人はその光景を黙って見ていた。
見たこともない道具。
魔道具とも違う。
四角い物体から漏れる光は文字のようにも見えるが、どの文明の文字とも一致しない。
これが「未見」たる所以かと三人は思った。
ティアが小声で「あれは、探知具かしら」と尋ねるもフロンは首を横に振るだけだった。
クロスの手の上で箱の表示部分の一部が急に輝きだす。
すると背中のリュックを三人の方へ投げてよこした。
「そこにはメシが入ってるからさ。預かっててくれ。くるぞ!」
真っ直ぐな通路の先は左に曲がっていて見えないが、クロスの小箱は何かを捉えているようだ。
その小箱を床に置くと、今度は「ワイヤーフェンサー」と呟く。
彼女の両手にひかりが集結し刀の握りがついた、釣り糸とオモリのようなものが現れた。
見た目は釣り具のようでもあり奇妙だった。
糸と錘。武器には到底見えない。
だが三人はもう驚かなかった。「未見」とはそういうものだと理解し始めている。
クロスがワイヤーフェンサーを釣り竿のように振り下ろすと、まるでマジックミサイルのように誘導されて左に折れた通路へ錘が飛び込んでいった。
糸が暗闇の先へ消えていく。
数秒の静寂。
錘が何かに引っかかったようだ。
何かゴゴッという音がすると、ゴトンと固いものが落ちた音がした。
そして──通路の角から転がり出てきたのは、体長二メートルほどの甲殻蟲だった。
鉤爪が四本、顎が二つに裂けた異形の蟲。本来このダンジョンにいる魔物ではない。
「あれは……ガルガンチュアビートル? Bランク相当じゃ……」
顔が青ざめていた。フロンは本でしか見たことのない魔物だった。
「……何故、ここに?」
糸に絡め取られた魔物がギチギチと暴れている。まだ生きていた。
糸にしか見えないワイヤーフェンサーを左右に振って波を作り、それをガルガンチュアビートルに叩きつけると、ワイヤーに触れた部分からスパスパと切れて、文字通りこま切れになっていく。
ガルガンチュアビートルが絶命すると、ワイヤーフェンサーは直ちに土塊となっていく。
土塊が石畳に散らばった。
あれだけ硬い外殻を誇るBランクの魔物が、触れた端から切断されてコマ肉になった。
原理すらわからない。
三人は十歩じゃなくて十五歩後ろでよかったと心の底から思った。
ティアの髪が逆立っていた。
恐怖ではない。
興奮だった。
フロンはしゃがみ込んで土になった残骸を見ている。
「一瞬で……あんなに硬そうな魔物を……」
マトイは今見たものを忘れまいとしている様だった。
クロスは床に置いた小箱を拾い上げると「この層には、もう何もいない。あれ一匹だけだったようだね。あたしのリュックから、何でもいいから食い物をくれ。未見の暗器は、つえぇんだが、とにかく腹が減るんだ。さ、次は十四層だよ」
マトイがクロスのリュックから食べ物を出そうとして開けて見ると、本当に食べ物以外のものは入っていなかった。ポーションすらないというのは、ある意味で衝撃だった。
結局、歩きながら食べるのだからとバゲットにハムやらを挟んだサンドイッチがあったので、それを持っていった。
渡すと、すぐに十五歩以上離れた後方に走っていく。
クロスが食いながらも速度を上げると、十四層に出た途端、通路から開けた空間に出た。第十五層への階段がある広間。
だがそこで最初に見たものは、壁際に積み上げられた冒険者の装備だった。
さすがに足が止まる。
「これ……Dランクの……?」
剣、盾、革鎧。
しかし持ち主の姿はない。
あちこちに血痕が黒く乾いてこびりついている。
はたして殺されたのか。
いや、見回すが遺体が見当たらない。
丸ごと何かに喰われたか、あるいは持ち去られたか。
装備だけを残したということは──。
フロンは口を押さえた。
目が潤んでいる。
冷静にしていたマトイだけは周囲を探っていたが、やがてしゃがんで地面を指差した。
土に足跡らしきものがある。
何か突き刺しつつ擦ったような跡だ。
明らかに人間のものではない。
かなり巨大な何かのものである。
「……向こうに続いてる」
クロスの持つ小箱にも反応があった。
青い点が近づいている。
「あー、当然っちゃ当然なんだが、なんかいるね、こりゃ。気をつけて進むよ」
十五階層への通路に近づくと部屋は、明かりが全く届き切らないくらいに、なお一層広く、天井も高くなったようだ。
「んー、おい、灯りをもっと明るくできるか?」
フロンは先ほどの冒険者たちの形跡がショックだったようだが涙を袖で拭って、杖を構え直した。
光球が一回り大きくなり、広間全体を昼のように照らしだす。
「こ、これで……大丈夫ですか?」
光に照らされた壁面が露わになっていくと、爪で引っ掻いたような痕が無数に走っているのが見え始める。
しかも新しい。
ここ数時間以内のもののようだ。
どうやら何かがこの広間で暴れたか──あるいは今もここにいる。
ティアがゆっくりと剣を抜いた。
鋼が光を弾く。
「クロスさん。この広間……何かいますか?」
「ああ。いるねぇ。しかも、すぐ近くだ」
小箱の反応も極近くに何者かがいることを示している。
かなり大きな生物反応だが、見えていない。
透明化の魔法かアイテムでも使っているのか……あるいは……
ふと、マトイが杖の先を天井に向けた。
紅い魔力光がワンドの先に凝縮していくとハッとした表情で上を見た。
「……上」