忘却の冒険者、少女パーティーを助ける ―未見の暗器使いは名前を覚えられない―第一話 作:星空銀河
全員が天井を見上げた。
そこには光が届くギリギリの薄暗い中、八つの赤い光点がこちらを見下ろしていた。
天井はびっしりと糸だらけになっているようだ。
「ああ、そういうことか。 誰か、あれは何か分かるか?」
目を細めて観察していたティアだったが、何度も首を捻っている。
だが、急に思い出したようで、慌てだした。
「あれは……アラクネア。上位種のブラッドアラクネの可能性があります。アラクネアはAランク相当ですが、万が一ブラッドアラクネだったとしたら、Sランクパーティーじゃないと!」
天井に張り付いていたのは体長四メートルの巨大な蜘蛛型魔物だった。
女体の上半身が腹部から生えている。
長い黒髪の間から覗く八つの眼がぎょろりと四人を舐め回すように見ていた。
口から粘液が糸を引いて垂れ落ちる。
表現しづらいおかしな臭いも漂っている。
クロスは、ため息を一つつくと「たしか、ここのボスはアッシドスパイダーだったはずだよな? こりゃ、あいつに食われちまってるな。この臭いだ。コイツがダンジョンの魔物を誘引して全部あいつの餌になっちまったんだろうねぇ」
震えながらも光球を維持しているフロンだったが声は上擦っていた。
「あ、あんなの……大辞典にしか載ってない……」
「でも……動かない」
マトイは、この珍しい生き物をひたすら観察していた。
アラクネアもこちらを観察している。
襲いかかるでもなく、逃げるでもない。
まるで品定めをしているかのようだ。
そしてその背後の暗がりと壁の隙間に青い布切れが一瞬見えた。
いや、わざと見せたのか。
「かーっ! 悪趣味な野郎……いや、女だから、なんていうんだ?」
こんな状況でそんなことを気にするのかと一瞬面食らったが
「え……雌ですので、悪趣味な……女郎、でしょうか……?」
律儀に答えたフロンも大概だったが、誰もツッコむ余裕はなかった。
ブラッドアラクネの八つ目が一斉にクロスへ焦点を合わせた。
強者を嗅ぎ取ったのだろう。
威嚇するように前の四対の脚ががちがちと打ち鳴らされる。
「来るぞ! お前ら、あたしから離れなっ」
クロスが叫んだのを聞いて、三人はともかく急いで十五歩以上離れた。
これから恐ろしいことが始まるに決まっている。
ブラッドアラクネが天井から糸を切って落下してきた。
狙いは──クロス・バレンタイン。
落下しながら八本の脚のうち前二本が鎌のように振り下ろされる。
上体の女面が既に勝ち誇ったような甲高い叫びを上げながら牙を剥いた。
しかしクロスは、くすっとしてから大声で叫んだ。
「面白れぇ‼ あたしのとこまで来れたらキスしてやるよっ」
両手に光が集まる。
「光剣レーザーソード!」
この世界には存在しない眩い白色の切断用レーザーの剣が二本現れると、それをブラッドアラクネに対してグルグルと回す。
と全ての脚は瞬時に切断され動けなくなった胴体だけがボトンと落ちてきた。
レーザーとかいう光の剣は消え、クロスの手には土塊が握られている。
それをパンパンと払い落とすと
「ナパームフラッシュ」
と言うと小さな丸い玉が胴体の方にコロがっていった。
思いきや、爆発的な光を放ってブラッドアラクネを焼き払う。
悲鳴すら上げる暇も、脚を失ったアラクネアがのたうつ間もなく、光の玉が弾けて、ただ白い閃光が広間を塗り潰した。
熱波が三人まで届き、肌がちりちりと焼ける。
視界が戻った時には、炎以外、もうそこには何もなかった。
焦げていく石床と溶けた糸の残滓だけが、そこに蜘蛛の何かがいたことを物語っている。
三人娘は、ただ茫然と立っていた。
クロスは、いまだ燃えている炎を背景に三人に向き直るとニヤリとしながら一言いった。
「ご感想は?」
「出る幕がありませんでした」
「知らない言葉でした」
「……もっと離れておく」
「そりゃ結構で。しっかし、全部、焼いちまったのは失敗だったかなあ?」
と、ブラッドアラクネが落ちた場所の奥。
岩の陰に青いマントを羽織った人影がちらっと見えた。
うずくまっている。
片足を怪我しているらしく、動けなかったようだ。
間違いない。冒険者だ。まだ生きている。
「おい、あそこに誰かいる。お前らの出番だよ。行って助けてやりな」
はっとして、クロスの指す方向を見ると駆け寄って行った。
「フロン、フロン‼ 早く来て‼」
人影は若い男だった。
革の軽装にDランクのプレートがぶら下がっている。
右足の脛が紫色に腫れ上がり、顔は汗と涙でぐしゃぐしゃだ。
三人の姿を見ると、震える手を伸ばした。
「よく見つからずに頑張りましたね。今、すぐに治しますから」
フロンが治癒魔法をかけている間、ティアは事情を聞いていたが、やがて立ち上がるとクロスのところにやってきた。
「どうやら、まだ奥。つまり第十五階層に仲間が連れ去られたようです。助けに行きましょうよクロスさん!」
仲間がいると聴いて、いやなフラグだと思った。
モンスターは別に問題はない。
いままでも、そうだった。
面倒なのは、やれ仲間がとか、そういう人間が厄介だった。
みけんの暗器は、何が出ても威力があり過ぎて、必ず巻き込まれる犠牲者がでる。
だから、ランクは上がってもクロス・バレンタインが人々から称賛されることは、ほぼ無かった。
「また、これか……」
治癒が効いて助かったDランク冒険者の名はカイルといった。
彼のパーティは四人だった。
カイルは三日前にここでブラッドアラクネに阻まれ、仲間の一人はその場で殺された。残り二人は奥に引きずり込まれたという。
フロンの治癒のお陰で落ち着いて話せるようになったようだ。
「赤い髪の女戦士と……金髪の弓使いです。二人ともまだ生きてると思います。あいつらが奥に連れてかれた時、声が聞こえて……」
「つまり、もう一匹いるってことか? えっと……その……カエルくん?」
「カイルです……そうです。もう一匹。こんなの、話と全然違うじゃないか……お願いします! あなたならアラクネでも討伐出来ますよね! まだ、助かる可能性はあるはずなんだ……まだ……」
少女三人も目が「助けてやって欲しい」と言っていた。
「人助けは、苦手なんだよ……」
クロスは呟くが、それを分かっていてもクロスに頼るしかない。
「わたし達、邪魔にならないように離れてついていきますから! 治癒だって必要ですよね。ポーションもあります! お願いします!」
ちらっと冒険者を見る。
どうやら、足の腫れもひいたようだ。
「あー、ガーゴイルくん? 一人で出口までいけそうかい?」
「カ、カイルです! ガーゴイルじゃなくて! 一人でですか……足はなんとか、歩けそうです。出口までなら」
足首を回して確認している。
多少の痛みは残っているだろうが歩行は可能そうだ。
フロンの回復魔法は案外と強力なのかもしれない。
しっかり効いている。
ティアが手を貸しカイルを立たせる。
「カイルさん、地上に出た時に体力に余裕があるようでしたらギルドへ報告をお願いします。救助が来たこと、奥にまだ二名いること」
「わかった。お願いします、あいつらをお願いします!」
うわごとのように何度も呟きながら、カイルはよろよろと階段のある方向へと歩いていった。
それを見送ると「よし。アイルーさんだっけか? 無事に逃げたことだし、乗りかかった泥舟。しかたないから漕いでやるか!」
「……カイル」
もう誰しも訂正する気力もなく小さく笑った。