忘却の冒険者、少女パーティーを助ける ―未見の暗器使いは名前を覚えられない―第一話 作:星空銀河
第十五階層。
元々、この層はダンジョンボス戦のみが出来る程度で、他の階層よりも広くはない。
よく耳を澄ますと水滴の落ちる音以外に人のうめき声のようなものが聴こえる。
どうやら、カイルの勘らしきものは当たっていたらしい。
四人は更に奥へと進んだ。
通路が徐々に広くなり、やがて巨大な地下空洞に出る。
天然の鍾乳洞が迷宮と融合したような場所で、石柱が林立している。
その一本に女が宙づりにされていた。
赤い短髪。
カイルの言っていた女戦士だろう。意識はある。
もう一人の金髪の女は石床に倒れていたが、かろうじて胸が上下している。
二人とも衰弱しきっているが生きている。
向こうも四人の姿を認めて、叫び始めた。
「あ……人……人だわ! た、助けて‼ お願い‼」
前に出て助けに行こうとした三人をクロスは制止した。
「待て、お前ら。あたしの前にでるんじゃないよっ。後ろに二十歩下がんな」
初めてクロスにまともに叱られた三人は、各々が自分の未熟さを痛感しながら黙ってクロスの言う通りに後ろに離れた。
もし、今、クロスが止めなければモンスターの罠だった場合、この人は躊躇しないで未見の暗器を発動させるだろう。
そうなるとブラッドアラクネのように……考えただけで身震いがした。
「そこの女。その場で答えろ。ここにいるモンスターは何で、どこにいる?」
女は必死になって答える。
「アラクネアがもう一体……奥の横穴に! わたしを餌にして獲物を待ってるんだ! もう一体は、ずっと戻ってこない……!」
もう一体というのは、さっきのブラッドアラクネだ。
あれは番だったということか。
となると横穴の奥にはまだ何かあるかもしれない。
捕らえられた犠牲者が他にもいる可能性が浮上した。
赤髪の女戦士の拘束は、あの蜘蛛の糸である。
粘着性が高く、並の刃物では切れそうにない。
倒れている金髪の女の方は外傷こそ少ないが、衰弱が激しそうだ。
三日間ろくに食事も水も与えられていなかったのだろう。
瀕死というやつだ。
フロンがうしろから小声で話しかけてきている。
「クロスさん、二人ともかなり消耗しています。特に倒れている方は危険な状態かもしれません。わたしが治癒出来るところまで近づけませんか?」
クロスも小声で返す。
「分かっちゃいるんだが、罠だからなぁ。ちょっと待ってな」
小箱の反応と表示をよく確認すると、どうやら奥の横穴とやらに反応はあるが、随分と離れているらしいことも分かった。
「よし、いいだろ。だが、あたしが先にいって糸を切るからさ。あの人を下ろしたのを見てからこっちに来い。わかったか?」
「はい。わかりました」
「……了解」
未見の暗器の正体を見てからは、もともと素直だったのが更に言う事を聞くようになった。
焦らず宙づり女の方に近づくと早く降ろして欲しいのかバタバタしている。
「ああ、動くなよ。うっとおしい女だな」
糸に触ってみる。
糸は多少の粘着きはあるものの、思っていたよりも糸らしい糸だった。
細い部分を引っ張ってみてもビクともしない。
これは女を吊るしている部分は船の係留ロープくらいの強度くらいありそうだ。
(まいった。丁度いいものが思い浮かばないねぇ。ん? あれは使えるか?)
クロスの両手が光り始める。
「プラズマアーク溶断器」
待機していた三人の耳にも少し聴こえてきた言葉は、またしても聞いたことがないアイテムらしきものの名前だった。
「クロスさんって、遠いとこの外人なのかしら?」
「……そうかも」
そんなことを言われているとはつゆ知らず。
クロスの手にはコンパクトな溶断器が握られている。コードの先を蜘蛛の糸に挟めると、溶断機の先端から小さく鋭い光が放たれる。
ジュウ、と焦げる音がして蜘蛛糸が断ち切られていく。
高熱で融解した断面は綺麗なものだった。
女が支えを失って落下しそうになると、なんとか自力で着地した。
結束されている部分も焼き切ってやると、ようやく女戦士らしく振舞い始めた。
「わっ……と。ありがとう、ありがとう……! 恩に着るよ」
溶断器が土に還る。
次にクロスは倒れた金髪の女に歩み寄った。
呼吸は浅い。
頬がこけて目は落ち窪んでいた。水と食料が要る。
しかし悠長にしている時間はなさそうだった。
横穴の奥から、かさかさと這い回る音が響いてきている。
「三人とも、急いでこっちに来て。こいつらをあたしから離して介抱してやってくれ」
三人は倒れている金髪の女性をなんとか引きずりながらクロスから離れようと必死だ。
赤いショートヘアの女戦士は、クロスと一緒に戦うか金髪の女性の方にいこうか迷っているようだ。
「あんたも消耗してるんだから、あっちにいって介抱してもらいな」
「いや、でも、あれをひとりじゃ」
「邪魔だっていってんだよ。つべこべ言い合ってる時間はないよっ」
女戦士は自分を助けてくれたクロスが自己犠牲を買って出て自分達を逃してくれる時間を稼ぐものだと勘違いしていた。
「すまない……」と言うと四人がいる方へと走って行った。
「あいつ、わたし達の為に自分が犠牲になるつもりだ。それを無駄には出来ない。早く、ここから脱出しよう‼」
焦る女戦士とは裏腹に少女達は金髪の女性に水を飲ませたりヒールをかけたりで落ち着いて介抱している。
そして言ったのが「クロスさんが自己犠牲をですか。さあ、それはどうでしょう?」
クロスの両手が光り輝く。
「八つ裂きバズソー‼」
右腕全体を大きめの機械が包み込む。手の先には丸鋸が。それが高速回転し始め、ギュィィィンという金属の唸りを上げたところで穴に向かって右手を振り切ると丸鋸だけが吸い込まれるように穴の暗闇に飛んでいった。
数秒後、ギャアアアッ‼という断末魔だけが地下空洞に反響した。回転する丸鋸が闇の中を突き進み、穴の奥で何かが回転刃に切り裂かれ絶命した音だった。
その後もしばらくチュインチュインと何かを細かく切っている音がしていたが、それもやがて無くなると丸鋸は役目を果たしたらしく、クロスの右手に自動的に戻ってきて土に還った。
少なくとも三人は分かってはいた。
分かってはいたが、毎回、出てくるものが見聞きしたことがないものばかりなのと、結果が陰惨なので、驚くまいと思っていても気が付けば口が半開きになってしまっている。
特に女戦士は、クロスの何か分からないものを初めて体験した衝撃が走っていた。
「あんた……今の……一体……」
「ああ? べっつに気ぃにすんなっつて‼ あたしより、ほら、横穴ン中。気になんないのか? 見にいってみたらどうだ?」
恐る恐る女戦士がよこ穴の中に入って行くと、モンスターの残骸が転がっていた。
胴体が真っ二つに断たれた上でスーパーにでも並べられるように丁寧にこま切れにされている。
しかもどうやら、これはブラッドアラクネよりも更に希少種のデスドライダーのようだ。
本来、その脅威は軍隊を必要とするはずだが。
巣には他に捕まっていた人間はいなかったが、布袋がいくつか落ちていた。
中身は食料と水。狩った人間用の「餌」の備蓄だったのだろう。
結局、助かったのは二人だけだったのかと思うと女戦士の目に涙が滲んだ。
実はその奥に更に小さな穴があり、そこには何かがいたのだが、それには気づかず見過ごしてしまう。
自分達の顛末に納得したのか女戦士が犠牲者のタグを持って横穴からトボトボと出てきた。
「えーと、他に誰かいるんだっけ? そこの......赤くて......赤い人」
がくっと肩を落とした。
確かに、まだ名乗ってはいなかったが、赤い人って!
「リーナよ! リーナ・ガルシア! 赤くて赤い人って……もうちょっとなんかあるでしょ!」
ティアが思わず吹き出した。
フロンも水を与え終えた手が震えて笑いを堪えている。
金髪の女が少し咳き込んだが、水が喉を通ったようだった。
命は繋がるだろう。
「……これで全員?」
カイルのパーティーの生存者は三人。戦士のリーナ、弓使いのもう一人、そしてリーダーのカイル。全員救助できたことになる。
あとは地上に帰るだけだ。
「この金髪の人は、なんて名なんだ? その、あんたは.........リッパ・ガルガンチュアさん?だっけか?」
拳を震わせている。
命を助けていなければ一発殴られていたかもしれない。
「リーナ! リ・ー・ナ! ガルガンチュアは、どこから出てきたのよ!」
リーナが金髪の女を抱き起こしながら、顔だけクロスを向いて叫んでいる。
ツッコミの才能があるらしい。
「あの、そちらの方のお名前は……」
咳払いで笑みを誤魔化しながらフロンがそっと尋ねると、はっとして表情を改めた。
「あ……この子はサラ。サラ・スティル。あたしの幼馴染。三日間ほとんど何も食べてなくて……」
サラの傍で治癒魔法をしながら聞く姿勢は、既に医者の領域であった。
「内傷も診ますね……少し時間をください」
マトイはサラを見つめていたが経過が良くないことを見抜くと「……早く連れ出したほうがいい」と助言した。
六人で帰還することになったが、うち一人は自力歩行が難しい衰弱者が一名。
行きより荷物が増えた計算である。
「おい、これ。 この状態で二時間歩かせるのか? マズいだろ、そりゃ」
フロンもサラに治癒魔法をかけながら不安げに頷いた。
「はい……正直、歩かせるのは危ないと思います。せめてあと二時間は安静にしないと内臓が……」
ティアはサラを膝に抱えて唇を噛んだ。
「わたしが背負うよ。それくらい」
「ティア。冷静に。それにリーナさん、あなたも三日ぶりの食事すらまだでしょう。万全とは言えません」
正論だった。
空気が重くなる。
ここで休息を取るか、それとも別の手段があるのか。
クロスに、まだ「引き出し」があるのだろうか。
「ちっ.........ま、命にゃかえられないか...... いいか、お前ら。今までのも、今から出すものの名前も! 意味も聞くな! そして、誰にも言うな! いいか!」
五人がクロスを見つめた。
リーナとサラはまだ状況が飲み込めていないが、ティアたちはもう慣れたもので真剣な顔つきで頷く。
「はい、お約束します」
三人は、こくこくと何度も首を縦に振る。
リーナは困惑しながらも空気を読んで誓うことを決めた。
「わ、わかった。言わない」
するとクロスが右手に光を集中させ始めた。
今までのどれとも違う、少し長い溜め。左手も添えて両手が輝いた。
「ネコ ‼」