忘却の冒険者、少女パーティーを助ける ―未見の暗器使いは名前を覚えられない―第一話 作:星空銀河
出てきたのは、鉄製の一輪車で取っ手がついていて、何やら物を運ぶのに便利そうなものだった。
ネコ。
鉄の一輪車。
どう見てもただの荷運び用具だった。
命を救う秘密兵器でも世界を揺るがす大発明でもなく、工事現場にありそうな無骨なリヤカーの片輪のような代物だ。
五人が真顔のまま固まった。三秒。五秒。
「ネ、ネコって……それ……ただの……」
「……猫じゃない」
リーナがサラをそっと抱き上げて一輪車に乗せる。
「い、いやでも助かるわ。これなら揺れないし……ありがとう」
誰にも言うなと念押しされた割に、蓋を開けてみれば一番脱力する結果だった。
しかし機能としては申し分ない。
サラは一輪車の平らな荷台に横たえられリーナが取っ手を握ろうとしたが、そこをクロスが先に握った。
「悪いね。これは、あたしじゃないと土塊に戻っちまうからさ。こんなものでも、急げば間に合うだろ。どうしてもダメっぽかったら言ってくれ」
フロンがサラにかざした手から治癒の光を維持しながら歩く。
「私が回復を続ければ……きっと大丈夫です」
帰路は行きより速かった。
マッピングはクロスの頭に入っている。
名前以外なら忘却の影響を受けることもない。
最短ルートを迷いなく進み、一時間半後、地上の光が見えた。
「出られた……本当に……」
一時は絶望しかなかったリーナとサラにとっては、陽の光がとても眩しく見えた。
地上には、カイルが呼んでおいてくれたのだろう。何人かの兵士や馬車まで来ていてくれている。どうやら、かなり上手いことをいってくれたらしい。
事情を説明するとすぐに担架を用意してくれた。
三人娘はほっとしたのか、その場にへたり込んでしまった。
「いいかっ‼ 約束だかんな‼️ 言うんじゃねえぞ‼️ その.........赤い......アカリーさん‼️」
もう涙目だ。
「リーナだってば! アカリーって何!? どんどん離れてってるんだけど⁉」
◆ ◆ ◆ ◆
ギルド前がちょっとした騒ぎになっていた。
救助されたリーナの叫び声と、周囲の冒険者たちのざわめき。
トリプルSランク冒険者が新人パーティを率いて救助任務、しかも六人無事。
それだけで十分話題になるのだが、当の本人は名前を覚える気すらないらしい。
「まあ、今回は人間ぶった切らないで済んだんで、かなりマシな解決だったな」
受付嬢のミリィは慌ててシーッとやった。
「クロスさん、誰が聴いているんだか分からないんですから、滅多なこと言わないでください!」
「……聞こえた」
下を見るとマトイが立っていた。
ミリィとクロスは、しどろもどろになりつつも声を合わせて「今のは、忘れろ」と言った。
そこにカイルとリーナもやってきた。
まだ、ダンジョンからのボロボロの恰好だが、とにかく何か言わないと気が済まなかったのだろう。
「クロスさん。改めて礼を言わせてくれ。今回の件、俺たちだけじゃどうにもならなかった。報酬はギルドから出るだろうが……俺個人として何か返したい」
「よしてくれ。大した手間なことはしていないことは、そこの陽気なかしまし娘共が証人だ。 あんたが義理堅いのは認めるが、対価以上の評価はくすぐったいだけで有難いとも思えないねえ その……タイルさん?」
額に青筋が浮いたが深呼吸で抑えたようだ。
「カイルだ」
リーナが笑いを堪えながらも彼女なりの挨拶をする。
「あんた結構いい女だよね……名前は覚えらんないけど! だからさぁ、マジでなんかわたしらでしてやれることはないのかい?」
今度はクロスは即答した。
「ある‼ しかも大至急に‼ メシを食わせてくれ! 腹いっぱいと、持ち帰り弁当も‼」
してやれることがあったカイルとリーナは喜んだ。
「いいぜ! お安い御用だ! すぐ行こう!」
「あの……クロスさん……」
もともと小さな声のマトイの声は、既にクロスには届かなかった。
クロスは、その後、二人の奢りでさんざん飲み食いした挙句、翌日の昼まで宿でぐっすりと寝た。そして起きてから、ふと重要なことを思い出した。
「あ……あたし、針ネコを捕獲しに行ったんだっけ」
ベッドの上で固まった。
一瞬の静寂。
そして頭を抱えた。
「やっべぇぇぇぇっ‼ 完全に忘れてたぁぁっ‼」
慌てて服を着ると、そのまま階段を駆け下り、宿の外へ飛び出そうとした。
そこへ。
「……クロスさん」
聞き覚えのある、小さな声がした。
振り向くと宿の待合の椅子の隅にマトイが座っていた。
その膝の上には、小さな木箱が置かれている。
「ん? えーっと……マカオ?」
「……マトイ」
マトイは無言のまま木箱の蓋を少し開けた。
中から、小さな鼻先がひょこっと出てくる。
続いて丸い耳。
そして木箱の隙間から見える全身を覆う、針のような硬い毛。
「…………ん⁉」
クロスは目を見開いた。
「針ネコか⁉」
「……帰る前に、横穴を見たら穴から出てきた」
そう言えば、ダンジョンの最深部で何かを呼びかけられた気がする。
さらにギルドに戻った時も、マトイが何か言おうとしていた。
全部、自分が聞いていなかっただけだった。
そこへティアとフロンも宿へ入ってきた。
「酷いですよクロスさん、やっと起きたんですか?」
「もう。昨日マトイが何度も言おうとしてたじゃないですか」
クロスは木箱と三人の少女を交互に見た。
ダンジョンでは、自分が守ってやらなければならない駆け出し連中だと思っていた。
だが最後の最後で、本来の依頼をきっちり片付けたのは、この三人だった。
クロスは頭をかきながら笑った。
「なんだよ。お前ら、案外使えるじゃねぇか」
ティアが頬を膨らませる。
「案外ってなんですか!」
「いやいや、褒めてんだよ。あたしとしては最大級にな」
するとフロンが微笑んだ。
「じゃあ、また一緒にパーティーを組んでいただけますか?」
「いいぜ。メシ付きならな!」
「それじゃ今度こそ、私たちの名前も覚えてくださいね」
クロスは三人を順番に見た。
しばらく真剣な顔で考える。
「もちろんだ」
三人の顔が明るくなる。
クロスは自信満々に指を差した。
「ティ……ファ! フロ……レンス! それからマッコイ?」
「全然覚えてないじゃないですかっ‼」
「……マトイ」
昼下がりの宿に、三人の少女の声と、クロスの笑い声が響き渡った。
こうして【炎夏の嵐】最初の冒険は、無事に終わったのである。
──ただし。
クロス・バレンタインが三人の名前を正しく呼べるようになる日は、まだ当分先の話だった。