PERSONA 3 ALIVE 作:匿名
2009年4月20日。
時刻は23時52分。
東京都に浮かぶ人工島への隣接駅、巌戸台駅へ向かう最終間際の電車。
真っ暗な窓に映る自分の向こう、流れていく街灯を眺める。
本来であれば、10日前の晩には引越しを済ませていたはずだった。ところが、諸事情が重なりあれよあれよと日程がずれ込み、明日から学校だというのに、こんな時間の電車に揺らされるハメになっていた。
「……ねむ。」
電車の窓に頭を預け、車窓に浮かぶ月を見る。
時刻は23時56分。
巌戸台駅に電車が到着した。
背後で電車の扉が閉まる。
24時近くと言っても改札内は随分と明るいもので、地元の最寄りの暗さを思い出しながら、自分が違う土地に来たことを実感する。
「……家に着く頃には、日ぃ跨いでるなぁ。」
いや、慣れない土地を加味したら一時か?と、ため息を吐く。
改札を出ると、ふと暗い空に浮かぶ欠けた月が目に入る。思わず目を細めていると、駅構内からわずかに響く最終便のアナウンスにハッとしながら階段を降りる。
「……ここからどこ向かうんだ?」
携帯を開き地図を確認しようと、読み込みの遅さにカチカチとボタンを連打する。
「……この信号渡って右かぁ。」
パチンッと携帯を閉じ、肩の鞄を掛け直す。
時刻は23時59分。
目の前の信号の模様を眺めていると、不意に強い風が少年を襲う。
「いてっ。」
なんか目に入った……。と反射的に目を押さえる。何度か瞬きをし、顔を上げると
見知らぬ家の扉の前に立っていた。
「———えっ。」
思わずふらっと後退りをすると、ゴンと鈍い鉄の音が響く。ゆっくりと目を向けると、自分が鉄の柵に寄りかかっていたことに気がついた。
「俺、たしか駅を出たばかりのところで……」
扉に書かれた部屋の番号を確認する。
———205。
あらかじめ聞いていた、親が借りてくれた部屋の番号だ。
こめかみを抑えながら、どういう道でここまで来たか、思い出そうとする。
灯りの消えた街と、緑色の月。
地面を濡らす赤い液体。
直立する黒い棺。
そんな景色が、じんわりと脳裏に浮かび上がる。
「……疲れ、てんのかな。」
目を瞑り、嫌な汗が背中を伝うのを感じる。
———もう、今日は寝よう。
はぁ、とため息を吐く気にすらなれず、重い扉を潜った。
カーテンがはためき、ほんの少し空いた窓から陽気な風が部屋を通り抜ける。
眠いと主張する瞼をなんとか無視し、黒い制服———私立月光館学園の制服に身を包む少年が、鏡の前で首元のリボンが曲がってないか確かめていた。
「昨日の今日だってのに、新生活かぁ。」
それにしても、学校指定がネクタイの代わりにリボンって可愛いよなあ。……これがリボンって呼称であってるのかは謎だけど。
そんなことを考えつつ、眠気に抗うように瞬きをして、コンタクトを挿す。
「……よし。」
鞄を肩に掛け、そのまま部屋を出た。
暖かな日差しに目を細めるが、ふと目の前の柵に目が落ちる。
———昨夜、自分が立っていた場所だ。
2階ということもあって多少は周囲を見渡せるが、昨夜立っていた駅前など影も形もない。
耳をすませば電車の音くらいなら少しは聞こえるかもしれないが。
「……やっぱわかんないな。」
はぁ、とため息をつきつつ、階段を降りる。
たしかに信号の前で立っていたはずだが、瞬きをすると景色が変わっていた。
何度思い返してもそういう結論にしかならなかったが、道がわからなくても時間は過ぎるし初登校が遅刻という記録も残ってしまう。
「……まあ、帰ってから考えようか」
そう呟いて、歩き出した。
借りた部屋から駅までは、徒歩で十数分。
どこだよここと呟きながら、朝の商店街を抜け———
駅前の信号にたどり着く。
ちらほらと同じ学生服を着た生徒が目に入る。
少し早めに出た程度だしそりゃいるか、とは思いつつも慣れない環境か、はたまた自分だけが勝手を知らないせいか、どうにも背中がむず痒い。
う〜……といたたまれなさを感じていると周りが歩き始めたことに気付き、信号を渡る。
そのまま人混みに混じって改札を抜け、電車に揺らされること十数分。
———辰巳ポートアイランドが見えてきた。
遠目からでも大きな存在感を放つ三つの風車。
転入前の学校とは比べるまでもなく、大きく壮麗な学園。
予想以上に立派な学園を前に、少し気持ちが浮つく。
電車を降りると、何人かの同じ制服の学生が改札に歩いて行くのが目に映り、その背中をついて行く事にする。
「……でっか」
校門をくぐる前に、思わずつぶやく。
しばらく校舎を見上げてから、そのまま玄関へと足を進める。当然下駄箱やうちばきもないため、スリッパを拝借する。
まずは職員室に行く用事があるが……
「ダメだ。右も左もわからねー。」
う、うーん、と周りをキョロキョロと見渡す。
誰かに話しかけるべきか……。それともいっそ歩き回るか……。前の学校では2階に職員室があったよな……。
「……行くか。」
そう決めると、玄関を背に右手の階段を登っていく。
ペタペタと間抜けな足音を立てながら2階に辿り着き、廊下を歩き回るが———
「まじか。全然見当たらねーじゃん。」
生徒会室はあるのに職員室が、ない。
こういうのって普通近くにあるんじゃねーの??と、早朝から落ち込み始める。
賭けに負けた男は惨めなんだ。
時間も少し迫ってきてる、どうしよう……と若干オロオロしていると、廊下の向こうから小柄な女子生徒が歩いてきた。転入初日から校内を迷う男になんてなりたくはなかったが、背に腹はかえられない……。
「……あ、ごめん、ちょっといい?」
「え?……あ、はい」
唐突に声をかけられると思っていなかった女子生徒は一瞬驚いた表情をするが、足を止めてくれた。
これで変なやつって顔されてたら泣いてたかもしれん。
「実はさー、今日転入してきたんだけど職員室わかんなくて……」
「職員室……ですか?それなら、一階の玄関を背に左手にありますよ」
「まじ?ちょーたすかる!時間とってごめんな!」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「ありがとなー!」
手を振りながら、足早に一階に向かう。
怒られたりはしないとは思うが、さすがに時間ギリギリに先生に挨拶しに行って非常識とは思われたくはないし。
「転入初日とはいえねぇ、流石にもう少し早めに来る方がいいんじゃない?大人になった時が心配だなぁ。」
「あ、うっす。……すいません……」
職員室を無事見つけ、「なんとか間に合いそう!」と意気揚々と扉を潜ったが、安心も束の間。なぜか担任となる教師に嫌味を言われていた。
「
「え?似合ってるでしょ?」
「そう言う話をしてるんじゃないよ」
「あ、違いました?」
どうやら自分は2年E組に転入するらしい。
場所としては先ほど偶然足を踏み入れた、2階にある生徒会室の近くと言っていた。
ニコニコと笑顔を貼り付けながら、E組の担任———江古田先生の嫌味を右から左に聞き流し続ける。
「いやー、そうですよね、最近の若者って心配っすよねー」
「ま、今はいいよ。これからHRだからついてきなさい。」
「うす、よろしくお願いしまーす」
軽い口調で答えると睨まれた気がするが、明後日の方向に意識がいってるフリをした。
担任運には恵まれなかったようだ。悲しいね。
担任の江古田はまだ何か説教じみたことを垂れ流しているが、万里は「イヤー、ワカリマス。マジ」と窓の外の、小綺麗な体育館を眺めながら相槌を打つ。
「オホン。ここで待ってなさい。」
「……あ、はい。」
窓の外を眺めながら相槌打ってるのバレたかなぁー。と思いつつ、教室へ入っていく江古田の背中を見送る。
HRで何やら話しているようだが、すぐには「入ってきなさい」という言葉が聞こえることはなかった。
「……はぁー。」
HR長い人か……。
首元も締まるのきもいし……。と、リボンを引っ張りながら首元を緩める。
カップラーメン出来そう……。と、黄昏ていると、ようやく教室の中から「入ってきなさい」と声が響く。
ようやくかよ……。とため息をつきながら、扉をガラッと開ける。一瞬、自分に注目が集まってるのを理解して緊張するが、ふーっ。と一度ため息をつくと強張る背筋が幾分落ち着いた。
心の中で、うし!と覚悟を決めつつ、黒板に『陽野万里』と大きく書き、振り返る。
「陽野万里です!好みのタイプはメーガン・フォックスとミラ・ジョヴォヴィッチです!よろしくお願いします!」
……滑ったな。
ゆっくりと視線を上げると、クスクスと何人かが小さく笑ってる声が聞こえる。逆にキツイ。
まあ、馴染みやすくなると信じよう……。
そう考えていると、江古田が「君ねぇ……」と何かいいたげな反応をしていたが、「滑りましたね!」と強引に黙らせる。
「……まあいいでしょう。とりあえずあの空いてる席に座りなさい。」
「うす、あざーす。」
江古田からの視線を背中に感じつつ、指定された席に座ろうとするが———ふと、隣の席の女子が目に入る。
今朝、職員室を教えてくれた子だった。
「お、またあったねー。その節はどうも」
「い、いえ。……同じクラスだったんですね……?」
「そーだねぇ。俺、陽野万里。よろしくね。」
我ながら完璧な人懐っこい笑みだろ。
この笑顔にはおばあちゃんも蕩けるぜ。おばあちゃん、会った事ないけど。
「……山岸風花です。その、よろしくね……?陽野くん。」
「ん!よろしく山岸。それと万里でいいよ。」
「えっ……あ、うん。」
……いかん、逆にアホっぽい笑顔になってそうな気がしてきた。
「万里くんどこからきたのー?」
「兄弟とかいる?」
「恋人いるー?」
「メーガン•フォックス好きって言ってたけど———」
「……あー、えっとぉ」
昼休み。
購買があると聞いていたので探すために席を立ったが、何人かの生徒が付いてきていたので話しながら歩いていると、気付けば質問の嵐になっていた。
「前は東北だったよー。姉がいるよー。恋人はいないねー。お、映画好き?君」
トランスフォーマーって、いいよなぁ。と話す。時々「万里くん、購買そっちじゃないよ」と、袖を引かれながら歩いていると、女子生徒に囲まれている長身の男子生徒が廊下に立っていた。
———遠目から見てもわかるしなやかな細身と、端正な顔つきだ。
ほぉー。と見ながら歩いていると、その男子生徒と目が合った。取り囲んでいた女子生徒たちに、どいてくれるか?と声をかけながらなぜか万里の前まで歩いてくる。
えっえっ。とドラクエばりのエンカウントに面食らっていると「陽野万里だな?」と何故か名前を確認してくる。
「え。あ、はい。陽野万里くんっすよ」
「そうか……。俺は三年の真田明彦だ。少しいいか?」
いいけど……と、ちらっと一緒に移動してた同級生に目を向けると「あ、大丈夫だよ!行っておいで!」と送り出される。
その後、背後で遠ざかる靴音に紛れて「真田先輩と知り合いなの…?」「どういう関係?」という声が聞こえてくる。
「真田さん、有名人なんすか……?」
「ん?いや、そういうわけじゃない。」
女子生徒に囲まれてた人間の言葉じゃないだろ……。
もともと向かっていたエントランス側の階段とは反対の階段に向かう明彦の背中を、時折会話を交わしながら着いていく。
少し、と言っていたけど昼飯にありつけるのか……?
「着いたぞ。」
「着いたって……屋上?」
入っていいんだ。前の学校は屋上、施錠されてたけど……。これが都会との違い、なのか??てか風車でっか。
「陽野。単刀直入に聞くが……。昨晩はどこにいた?」
「あ、万里でいいっすよ。……昨晩ですか?いや、まあ家?ですけど……」
「……そうか。24時以降は家だったのか?」
「というより俺、転入してきたばっかなんで、昨日巌戸台に着いたばかりなんすよね。そう言う意味で言えば24時はまだ外だったかも……?」
「……その時、何か変なものを見なかったか?」
「変なもの?や、特に———」
「なんでもいい。街の様子でもな。」
その言葉に、思わず詰まった。
この人、何を聞いてんだ?と考えながら口を開こうとすると、昨晩の———瞬きすると、駅前から家の前に移動してた不可思議が脳裏をよぎる。
それと同時に、また見た記憶のない景色が浮かび上がる。
灯りの消えた街と、緑色の月。
地面を濡らす赤い液体。
直立する黒い棺。
見た覚えなんてない。
なのに、まるで水が湧き出るように景色が浮かび上がる。
「———っ!?おい!」
明彦が万里の脇を支える。
いつのまにか、足から力が抜けていたようだ。
「……っ!?す、すみません。大丈夫っす。」
一瞬よろめきながら、自分の足で立つ。
明彦は「無理をするな。水を持ってきてやる。」と万里をその場に座らせ、屋上を出ていった。
「……はぁ、マジで何なんだ。」
校舎に夕日が差し込む。
教室の隅がオレンジ色に染まる。
「……明彦か。」
「待たせたな。美鶴」
「構わない。それで……例の生徒はどうだった?」
「あぁ。やはり今日転入してきた生徒で間違いなかったようだ。———おそらく、影時間に適性がある。」
呼びかけに、美鶴が振り返る。
昨夜ロードワークと称し勝手に影時間に走り込みをしていた明彦から「怒るのは後にして聞いてくれ!『象徴化』をしていない学生を見つけた!」と連絡が入った。
先日見つかった影時間への適性を持つ男子学生2人と、今動ける適性者の女子学生1人。
サポート役として同行した計4人で、影時間にのみ姿を表す塔、タルタロスへの出撃の帰りのことだった。
「本人はどういう反応をしていた?」
「あぁ、特に妙なものは見なかった、とは言っていたがな。……だがその直後、急に顔色を悪くして立っていられなくなった。」
「……影時間を尋ねた直後に、か。」
美鶴は腕を組みながら考える。
「……陽野本人には詳しいことは?」
「バカいえ。そんなことはしない。……だが保護するなら早いほうがいい。アレは明らかに影時間を体験しているぞ。」
「そうだな。今はまだこちらから余計なことを伝える必要はないだろう。」
「しばらく様子を見るのか?」
「ああ。ひとまずは寮で保護し、適性の有無を確認しよう。」
「わかった。理事長には俺から伝えておこう。」
そう言うと、明彦が夕陽が差す教室に背を向ける。その背中を見送りながら、美鶴が呟いた。
「……新たな適性者、か。」