PERSONA 3 ALIVE 作:匿名
「———はっ!?」
黒い穴と、目があったと思った瞬間。瞬きをする間も無く青い仮面が目の前に迫っていた。
間一髪、尻餅をつく形でソレを避けるが、ひと息つく暇すらなく周囲の異常に気がつく。
———こいつ以外にも、二、三匹いるくね?
ふと横に視線を向けると、暗闇の中から青い仮面だけが浮かび上がる。
「くっ!」
黒い怪物が飛び掛かるよりも先に、転けそうになりながら走り出す。
後ろからは這いずる音がいくつか聞こえるが、振り返る気にはなれなかった。
何匹もいたらビビって転けそうだ……。
「くっそ!寝起きで運動なんか無理だってぇ!!———っ!」
ふと、視線が上を向く。何かを踏み台にすれば、届きそうな位置に庇や手すり、屋根が見える。
そして、正面には黒い棺桶が。
「……ごめん!肩(?)借りるね!!」
万里が助走をつけ、トンっとジャンプする。横に並んだ棺の一つを踏み台に飛び上がり、もう一つの棺のてっぺんを蹴って、手すりに手を伸ばす。が、思ったより勢いがつき、肘を強く手すりに打ち付けた。
「いって〜〜!ハァ……ハァ……。おチビちゃんはここまで登って、は……アー、飛べるんすね……。」
うおぁっ!!と、間抜けな声を上げながら、襲いかかる怪物を避け、室外機を踏み場に屋根にしがみつく。
「くそ、制服買いたてだってのに……!」
ため息を一度つき、一息に体を持ち上げる。服が一部引っ掛かり、びりっと嫌な音が鳴るが、目もくれずに走り出した。
どこまで追ってくるんだよこいつら……!
路地の屋根を飛び移りながら走るが、次の屋根へ飛び移ろうと踏み込んだ瞬間、足元が嫌な音を立てて崩れ落ちる。
トタンの屋根を壊しながら雨どいに突っ込み、地面へと真っ逆さまに落ちる。浮遊感に思わず声も出せずに目をぎゅっと瞑るが、鈍い衝撃とぐしゃっという感触が背中に広がる。
「……?」
いって……。不法投棄のゴミ山がクッションになったのか……。
けほ、と舞い上がった土埃に咳き込み、腰に手を当てながら、ゆっくり立ち上がる。
「撒けた、のか……?」
はーあ、クソだ……。
そう呟きながらズボンについた汚れを払おうと、身をかがめた瞬間、頭上を何かが通り過ぎた。
「……」
はあ、とため息をつきながら体を起こす。
わずかに汗ばんだ額や頬、首筋に髪が張り付く。
不快感を隠せず、辟易としながら再び走り出した。
「はぁぁ!?おいおいなんだよあの転入生、忍者か何かか!?」
影時間に入り、シャドウが現れてしまい迎撃しようとした、その矢先。陽野万里が象徴化した人を足場に屋根にすばやく駆け上がる様に思わず順平が驚嘆の声を漏らす。
「言ってる場合か!桐条先輩、すみません!陽野くんが屋根の上に逃げちゃって……!こっちはシャドウに足止めされてます!」
『くっ!まずは目の前のシャドウを倒してからだ!逸るなよ……!三人で行動しろ!』
剣を、刀を、弓を取り出しながら、三人がそれぞれ武器を構える。
理が腰のホルスターから、月の光を鈍色に反射する拳銃を取り出し、こめかみに押し当てる。
「了解。……ペルソナ!」
「ゼェ、ゼェ……」
かんっぜんに運動不足だ……!中学の頃の持久走でもここまで走ってないだろ……!
背後から迫る這いずり音から距離を取るように路地を駆ける。しかし、最初に見せたような軽快さはとうに失われていた。呼吸が荒れ、早鐘のような鼓動が胸を叩く。体がまるで鉛のように重く、ダメ押しに打ちつけた腰が痛む。
角を曲がり、ちらりと背後を振り返る。追ってくる怪物の仮面が、影のせいか笑っているように見えた。
「……もー無理、走れん」
ていうか、行き止まりなんだよなあ。
目の前にそびえる壁を見上げる。疲労がじわじわと足を蝕み、頭の中まで痺れたように思考が鈍っていく。
後ろを振り返ると、ズル、ズル、と黒い怪物がゆっくりと迫ってきていた。
無駄とわかりつつも、勝手に足が後退る。が、距離を取ろうにも、返ってくるのは硬く冷たい壁の感触のみだった。
ここまで、なのか……?と、褪せる景色の中、黒い怪物を睨みつける。
そして、ゆっくりと時間が進むような感覚に包まれる中、黒い怪物が飛びかかってくる様子に『死』を覚悟する。
まるで意識が渦に巻き込まれ、過密に圧縮された空間に思考が解けていくその瞬間。
背筋に悪寒が走る。つま先から背中、骨の髄まで何かが突き抜けるような錯覚に囚われ、強い不快感に思わず頭を押さえ込む。
怪物が飛び掛かり、謎の不快感に襲われる刹那、覚えのない言葉が万里の口を衝いた。
「ぺ……ル、ソ……ナァ!!」
パリン、と何かが割れる音がした。
熱が体から迸り、万里の体を青白い粒子が包み込む。そしてそれは次第に形をなし———人の姿を形成していく。
『我は汝』
声がした。
暗い路地に、闇夜の調べのように、何者かが声を奏でる。
『汝は我』
『我は汝の洞より織られし者』
『三界を渡る旅人』
『ダンテなり』
黒く薄汚れた外套を羽織り、衣の合間からは鎖が見え隠れする。夜の闇と同一色の黒縄のような髪の毛の隙間からは、目を覆い隠すような包帯が覗く。
『マハムド』
脳内に声が響くと同時に、目の前の怪物達が地面から湧き出たドクロに噛み潰される。
なんだ、今の……。もう、夢であってほしい……。
黒い怪物だったものと、ダンテと名乗る怪人が、徐々に霧散していく光景を前に、万里はフラフラと一歩、二歩進み、力無く倒れ込む。
遠のく意識と閉じゆく瞼の隙間から、誰かが近づいてくるのが見える。
———なにやら興味を引かれたので見にきてみれば……変わったペルソナ使いがいたものです。
———連れていきはるんですか?……タカヤ。
「おかしい、この辺りに落ちたと思ったんだが……どこに消えたんだ?」
暗い路地裏にコツ、コツと靴の音が反響する。
崩れたトタンの屋根と雨どいを見上げながら、明彦がつぶやいた。
ふん……と、思索を巡らせていると、後方から複数の靴音が近づいてきた。
「桐条先輩!着きま……て、真田先輩!?」
「ん?岳羽に伊織……結城もか。」
「な、何やってんすか?こんなところで……。てか、怪我してんのに影時間に出歩いてていいんすか!?」
明彦が振り返ると、武器を携帯したS.E.E.Sの2年生の顔ぶれが揃っていた。
明彦に気付いた理が、手に持つ剣を持ち直しながら口を開く。
「真田さんも陽野万里を追っていたの?」
「あぁ。体が鈍って仕方なかったんでな。影時間と言ってもタルタロス外だ。大したシャドウは出んだろう。……と、タカを括っていたんだが……」
話しながら、万里が通った後の惨状に目を配る。
ゴミ袋は潰れ、散乱し、崩れたトタンなどが辺りに散らばっていた。
「美鶴。陽野の反応は捉えているんだろう?今、やつはどの辺りだ?」
『明彦か!?……なぜここにいるのか、といった質問をしたいところだが、小言は後だ。陽野だが……その路地を進み、角を曲がったところで反応が消えている。早急に追いかけてくれ』
「……消えている?どういうことだ。」
『わからん。だがそこで追えなくなったのは確かだ。確認してくれ』
美鶴からの指示に、明彦が三人に目配せをする。
その視線に応えるように頷き返し、4人は路地を進んでいった。
「にしても陽野?のやつ、逃げんの速いよなあ。あんな風に屋根登るやつ初めて見たぜ」
「ほんとよね。あーあ、あそこで保護できた方が楽だったのになぁ。」
『タルタロスの外とはいえ、シャドウがいないとは限らない。周囲の警戒は怠るなよ。……反応の消えた場所に着いたようだな。どうだ?陽野の姿は見えるか?』
「……美鶴。ここまで間違いないのか?」
角を曲がった明彦が、通信機越しに美鶴に問いかける。
「どうしたんですか?」と、ゆかり達が明彦に続いて角を曲がるが、目の前の光景に足を止める。
『あぁ。そのはずだが……どうしたんだ?』
「……行き止まりだ。」
『なに?そんなはずは———』
「足場になるような物も、屋根に再び登れそうな場所もない。……完全な行き止まりだ。」
4月??日 夜
「……う、うー……ん……ん?」
後頭部や背中、腰の痛みに目が覚める。「いてっ……」と、腰の痛みを庇いつつ上体を起こすと、薄暗い部屋の一室にいることがわかった。
……あれ、確か俺、変なのに追いかけられていて、それで……?
目をこすりながら立ち上がると、うっすらと扉の隙間からオレンジ色の光が滲んでいるのが目に入った。
ポキポキと音が鳴る腰を労りながら扉に近づき、ゆっくりと手で押すと、ギィ……と、蝶番が軋んだ。
「……起きたようですね。」
「うぉ!びっくりしたぁ……」
不意に、扉を開けた先から声をかけられる。
扉の先は、コンクリートが剥き出しになった壁に、吹きさらしになり、街を一望できる光景が広がっていた。
そして、廃ビルの部屋の一角。その無骨な壁の近くに置かれた机に腰掛ける、灰色の髪の男が万里の目に映る。
えーー、どちらさま……?俺をここに運んでくれた人……?
「あの……えーーー、何から話したらいいんだろ」
「それには及びません。あなたをここへ運んだのは私たちですから。」
「事情は把握しています」と、腕に入ったタトゥーが印象的な、半裸の男は蛇のように顔を歪める。
ホラーチックな様相の男に、若干怯えながら万里が扉の隙間から顔を覗かせていた。
「えーと、俺、陽野万里って言うんスけど……事情を把握してるって……?」
「なに縮こまっとんねん。はよゥ出てこんかい。」
ガチャッ!と勢いよく扉を開けられ、万里が扉に引っ張られるような形でよろけながら膝をつく。
扉を開けたメガネの少年が、呆気に取られた万里の顔を見下ろしていた。
「俺はジン。あそこに座ってはるんがタカヤや。……俺らはまあ、大体お前と同じやつや。」
「同じ……?」
「ペルソナ使い、ということですよ。」
「ペルソナ使い……?」と聞きなれない言葉に首を傾げる万里に、タカヤは自分の目の前の椅子に座るよう手招きをする。
「こちらへどうぞ。……手始めに、『影時間』のこと、そして『シャドウ』のことを説明せねばなりませんね。」
「か、影時間?シャドウ??」
ダメだ、何言ってるのかさっぱり理解が追いつかない。……でも、夢物語や妄想の類ではないのだけは、わかっちゃうんだよな〜……。あ、この椅子硬い。
「ちんぷんかんだわ」という文字を顔に貼り付けたような万里の様子に、タカヤは口元を歪ませる。
「……まあ、ここで口で説明するのも味気ありませんね。せっかくです。……私たちの特権を、十全に体験しましょうか。」
「……は、はぁ。」
ソウデスカ。話についていけないなあ、と考えていると、後ろからジンが肩を叩く。
「よし、そんなら得物選んだるわ。ついて来ぃ」
「え、得物?なに?」
あ、ちょっと襟を掴まないで……!
襟を掴まれ立たされた万里が、ジンの後ろを追う。
剥き出しになっている鉄骨などを指でなぞりながら、「大人の秘密基地ってあったらこんな感じなのかなあ」と考える。
前を歩くジンが立ち止まると、万里に向き直り、目の前の閉まった扉を親指で指す。
「ここや。お前……バンリ、やったか?手に馴染むやつを好きに選びや。」
ギィ……と、開けられた扉の先に、一歩足を進めると、扉の外からパチっと音が聞こえ、少々光り方が不安定な電灯が部屋を照らす。
「え、これって……」
「おう。武器や。ガチモンのな」
電灯で照らされてなお薄暗い部屋の中、鈍色に灯りを反射する武器を見て、たじろぎながら万里が振り返る。
「そもそも、なんで武器選ぶんすか……?」
「あぁ?お前、この前シャドウに襲われたんちゃうんか。黒い変なスライムみたいなやつのことや。」
「あ、襲われたかも……」
「だから武器を選べ言うとるんやろが!もうええ俺が選んだる。長いのと短いの、細いのと太いの、何がええんや!」
あれ、これもしかしてなんか俺、
背中に冷たいものを感じつつ、「え、え〜……。長くて細いの、かなあ……」と貼り付けた笑顔で答えると、ジンが無造作に壁に立てかけられていた武器を掴み、万里に押し付ける。
「そんならこれ使っときや!細くて長い槍や。おらさっさとタカヤんとこ行くで!」
そうして、ジンは槍を持った万里の背中を押しながら「さっさと歩かんかい!」と急かす。
いてて、と急かされるまま戻ると、先程まで椅子に腰掛けていたタカヤは、外を眺めるように背を向け、立っていた。
「バンリ。先程、『私たちの特権』を十全に体験していただく、と言いましたね。」
「え、まあそうっすね……?」
ゆっくりとこちらを振り返るタカヤの目が、不気味に輝いている。
風に吹かれ、緩くはためく灰色の髪の毛は、タカヤの底知れなさを際立たせた。
「『私たちの特権』とは、我々ペルソナ使いにのみ許された、何ものにも変え難い力……。一日と一日の狭間に存在する時間こそ、私たちに授けられた力の証明。まさしく、『特権』なのですよ。」
「……なんか、嫌な予感するんだけど。」
「ふふ……バンリ。今、何日の何時だと思いますか?」
万里を見つめるタカヤの目が、細く歪む。
「
「……え、いやいや21日の深夜じゃなくて……?」
ま、まって、その言葉通りなら俺は四日間も眠って……!?あれ、学校……!?
別の理由で汗がダラダラと流れ始める万里をよそに、タカヤは高らかに話し続ける。
「常人には認知することすらできず、ペルソナ使いである私たちのみが存在を許される領域!それこそが!」
影時間、なのです。
その言葉と共に、タカヤの背に、不自然なほど大きな月が現れ———
天を、空に浮かぶ月を衝くような大きな塔が、出現した。