ハーマイオニー・グレンジャーと緋色の予見者   作:スウィフト

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二十三話∶並んで牙を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五月のホグワーツは、息を潜めていた。

 

 ハグリッドはアズカバンへ送られ、ダンブルドアは停職になった。校長のいない城は、心臓の止まった体のようだった。

 

 サミュエルは、毎晩トランクの工房にこもっていた。

 

 作業台の上に、羊皮紙を何枚もつなぎ合わせた、大きな図面が広げてある。ホグワーツの見取り図だった。古文書館で書き写してきた、何百年も前の城の設計図をもとに、自分で描き起こしたものだ。

 

 図面の上には、赤いインクで印が四つついていた。

 

 ミセス・ノリス。コリン。ジャスティンとニック。それから、ハーマイオニーとペネロピー。

 

 四つの印の横に、細い青い線が何本も引いてある。城の壁の中を走る、水道管の線だった。

 

 四つとも、すぐそばを、太い水道管が通っていた。

 

 

――蜘蛛が逃げ出す。雄鶏が殺される。見た者が石になる。直接見なければ、死なない。

 

 

 ハロウィンの夜に書き写した一行と、古文書館の古い図鑑。二つを合わせれば、答えは一つしかなかった。

 

 バジリスク。

 

 それが、壁の中の水道管を通って、城じゅうを動き回っている。

 

 サミュエルは、図面の上の青い線を、指でたどった。何十本もの管が、城の中を縦横に走っている。けれど、すべての管が最後に一か所へ集まっていく場所が、図面の上に一つだけあった。

 

 二階の、女子トイレ。

 

 故障中の札がかかった、いつも水浸しのトイレ。冬に、ハリーとロンが出てくるのを見た場所だった。ミセス・ノリスが吊るされていた廊下の、すぐそば。

 

 五十年前に、そこで一人の女子生徒が死んだ。嘆きのマートル。誰にも見つからずに、トイレの個室で。

 

「……入口は、あそこだ」

 

 声が、低く漏れた。

 

 図面の端を握る指に、力がこもった。羊皮紙が、くしゃりと音を立てた。

 

 医務室のベッドの上で、ハーマイオニーは今も、目を見開いたまま眠っている。

 

 サミュエルは、作業台の引き出しを開けた。

 

 紫の袱紗に包まれた、古い銅の鏡が入っていた。

 

 どんな魔法でも壊れない、卑弥呼の鏡。石にする視線を、真正面から受けない方法は、これしか思いつかなかった。呪いを映して、この鏡が無事でいられるのかどうかは、賭けだった。

 

 古い図鑑には、鏡のほかにも、バジリスクの弱点が記されていた。

 

 雄鶏の鳴き声を聞けば、死ぬこと。自分自身の姿を見れば、動きを止めること。

 

 雄鶏は、もう一羽も残っていない。継承者は、怪物の唯一の天敵を、先に全部潰していたのだ。

 

 なら、作ればいい。

 

 ヴェスゲレートの血は、変身術に長けている。一度見たものなら、何にでも変われる。羽根ペンを雄鶏に変えるくらい、造作もなかった。

 

 問題は、そこではなかった。変身で作った雄鶏の声が、本物と同じ力を持つのかどうか。試そうにも、相手は、あの怪物しかいない。

 

 殺せなくても、いい。怯ませられるなら、それで。

 

*

 

 数日後の午後、城の中に、マクゴナガル先生の声が、魔法で拡声されて響き渡った。

 

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に集まってください。大至急」

 

 談話室に戻ると、パーシーが真っ青な顔で座りこんでいた。双子が、いつになく黙りこくっていた。

 

 夕方になって、知らせが届いた。

 

 ジニー・ウィーズリーが、連れ去られた。

 

 二階の廊下の壁に、新しい血文字が書かれていたという。

 

〈彼女の白骨は、永遠に秘密の部屋に横たわるであろう〉

 

 明日の朝一番に、ホグワーツ特急で全校生徒を家に帰す。学校は、閉鎖される。

 

 談話室の誰も、口をきかなかった。

 

 ロンは、窓際の椅子に座ったまま、動かなかった。ハリーが、その隣に黙って座っていた。

 

 消灯の時間が過ぎても、サミュエルは眠らなかった。

 

 真夜中を回った頃、肖像画の穴が、そっと開く音がした。ハリーとロンが、出ていく気配だった。

 

 サミュエルは、天蓋のカーテンを開けた。

 

 ローブを羽織り、腰に扇の箱を吊るす。ポケットに、紫の袱紗の包みを入れる。胸のポケットには、羽根ペンを一本差した。

 

 トランクの上で、ここ数週間、一度も顔を見せなかったはずの白い猫が、片目を開けていた。

 

「行くのか、坊」

 

「行く」

 

「……そうか」

 

 オリエンスは、それ以上何も言わなかった。ただ、尻尾を一度だけ、ゆっくりと振った。

 

*

 

 二階の女子トイレの扉を開けると、中から、言い争う声が聞こえてきた。

 

「――さあ、入ってください、先生。先生が先に」

 

「い、いや、私が入ったところで、何の役にも――」

 

 ハリーとロンが、杖を突きつけて、ロックハートを洗面台の前に追い立てていた。洗面台の一つが、床の中に沈みこみ、そこにぽっかりと太いパイプの口が開いている。

 

 三人が、ぎくりとこちらを振り向いた。

 

「……サミュエル?」

 

 ハリーが、目を丸くした。

 

「どうして、ここに」

 

「同じ答えに辿り着いただけだよ」

 

 サミュエルは、床に開いた暗い穴を見下ろした。

 

「蜘蛛と、雄鶏と、水道管。それから、マートル」

 

 ロンが、口をぱくぱくさせた。ハリーは一瞬だけサミュエルの顔を見つめ、それから、小さく頷いた。

 

「ジニーが、下にいるんだ」

 

「知ってる。だから来た」

 

 ロックハートが、引きつった笑顔で両手を挙げた。

 

「いやあ、頼もしい! では、私は上で皆さんのお帰りを――」

 

「先生が、一番先です」

 

 ロンが、杖をロックハートの背中に押しつけた。

 

*

 

 パイプの中は、どこまでも続く、ぬるぬるした滑り台のようだった。

 

 暗闇の中を、何分も滑り落ちていく。やがて、どさりと湿った石の床に投げ出された。

 

 そこは、小動物の骨が散らばる巨大なトンネルだった。その先に、毒々しい緑色の蛇の抜け殻が、とぐろを巻いて横たわっていた。

 

 ロックハートが、へなへなと座りこんだ。

 

 かと思うと、座りこんだまま、ロンの手から杖を奪い取った。

 

「冒険はここでおしまいです、坊やたち! 記憶に別れを告げなさい!」

 

 ロックハートが、ロンの杖を振り上げた。テープでぐるぐる巻きにした、折れた杖を。

 

 右目の奥で、景色がずれた。

 

 半透明の杖の先で、光が、内側から破裂していた。

 

「伏せろ!」

 

 サミュエルはハリーの腕をつかんで、床に引き倒した。

 

 ロンの杖が、小型の爆弾のように爆発した。

 

 天井が、轟音とともに崩れ落ちてきた。巨大な岩の塊が、雨のように降り注ぐ。サミュエルは扇を開き、頭上に向けて振り上げた。見えない盾が、降ってくる岩をはじき返す。

 

 土煙が晴れたとき、トンネルは、岩の壁で二つに分断されていた。

 

「ロン! ロン、大丈夫か!」

 

 ハリーが、岩の壁に向かって叫んだ。

 

「大丈夫だ! でも、こいつはだめだ。自分の呪文で吹っ飛んだ」

 

 岩の向こうから、ロンのくぐもった声が返ってきた。

 

 ハリーが、岩に手をついた。

 

「ロン、岩をどかして、帰り道を作っておいてくれ。僕とサミュエルで先に行く。ジニーを連れて、必ず戻る」

 

「……分かった。気をつけろよ、二人とも」

 

 岩の向こうで、ロンの声が震えていた。

 

*

 

 トンネルの突き当たりに、巨大な扉があった。

 

 二匹の蛇が絡み合う浮き彫りが施され、蛇の目には、エメラルドが埋めこまれている。

 

 ハリーが、喉の奥からしゅうしゅうと空気の漏れるような音を出した。決闘クラブで聞いたのと同じ、蛇語だった。

 

 蛇の浮き彫りが動き、扉が左右に開いた。

 

 中は、細長い、薄暗い広間だった。左右に、蛇を巻きつけた石の柱が何本も並んでいる。突き当たりには、天井まで届くほどの巨大な石像。年老いた、猿のような顔の魔法使い。サラザール・スリザリン。

 

 その石像の足元に、黒いローブの小さな体が、うつ伏せに倒れていた。

 

 燃えるような赤い髪。

 

「ジニー!」

 

 ハリーが駆け寄った。サミュエルも、その後を追った。

 

 ジニーの顔は大理石のように白かった。けれど、かすかに胸が上下していた。

 

「その子は、目を覚まさないよ」

 

 静かな声がした。

 

 柱の陰から、背の高い少年が一人、歩み出てきた。黒い髪。端正な顔立ち。ホグワーツの制服を着ているのに、その輪郭は、霧のようにぼんやりとかすんでいた。

 

「トム……リドル?」

 

 ハリーが、呟いた。

 

 少年――リドルは、ジニーの傍らに落ちていた黒い日記帳を、ゆっくりと拾い上げた。

 

 それから、サミュエルに目を留めた。

 

「……おや。お客は一人のはずだったんだけれど」

 

 リドルの目が、サミュエルの右目に吸い寄せられた。

 

「深紅の右目。ヴェスゲレート。――なるほど。予見者の血か。面白い」

 

 サミュエルは、何も答えなかった。

 

 リドルは、ハリーのほうへ向き直った。それからの話は、長かった。日記のこと。五十年前のこと。ジニーのこと。自分が、のちにヴォルデモート卿と名乗る者だということ。

 

「僕の手で、穢れた血の連中を、この学校から一掃するつもりだった。五十年前にできなかったことを、今度こそ」

 

 穢れた血。

 

 その言葉を聞いた瞬間、サミュエルの指先が、扇の骨を強く握りしめた。

 

 医務室のベッド。石になった手。どれだけ温めても、ほどけなかった拳。

 

「――お前か」

 

 低い声が、出た。

 

「お前が、あいつを」

 

 リドルは、愉快そうに首をかしげた。

 

「穢れた血が一人や二人、石になったくらいで、ずいぶんと怒るんだね。バーク家の跡取りが」

 

 リドルは、スリザリンの石像を振り仰いだ。口を開き、しゅうしゅうと、蛇の言葉を発した。

 

 サミュエルには、意味が分からなかった。隣で、ハリーの肩がこわばるのだけが見えた。

 

「……『スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまえ』って」

 

 ハリーが、かすれた声で言った。

 

*

 

 石像の巨大な口が、ゆっくりと開いた。

 

 暗い穴の奥から、重いものが石を擦る音が、這い出してくる。

 

 サミュエルは、ポケットから紫の袱紗の包みを取り出し、ほどいた。卑弥呼の鏡。

 

「ハリー、目を閉じろ。何があっても、開けるな。僕が声で教える」

 

「サミュエルは?」

 

「僕は、これで見る」

 

 石像に背を向け、鏡を顔の前に掲げる。左目を閉じ、右目だけで、鏡の面をのぞきこむ。

 

 直接あの目を見れば、そこで終わる。

 

 鏡の中に、それが映った。

 

 緑の鱗の、巨大な蛇。石像の口から這い出した体が、とぐろを解きながら、広間の中ほどへ、こちらへと伸びてくる。鎌首が、天井近くまで持ち上がった。

 

 黄色く丸い目が、鏡の中のサミュエルを、まっすぐに見た。

 

 鏡の面の文様が、淡く銀色に光った。黄色い目の呪いが、文様の中へ吸いこまれていく。縁が、かすかに熱くなる。けれど、鏡は割れなかった。体も、石にならなかった。

 

 賭けに、勝った。

 

 鏡は、呪いを吸うだけでなく、大蛇自身の姿も映していた。

 

 鏡の中の自分と、目が合ったのだろう。大蛇の動きが、ぴたりと止まった。

 

 その一瞬のあいだに、右目の奥で、景色がずれた。

 

 鏡に映る蛇に、もう一匹、半透明の蛇が重なっている。鏡の中の本物は、まだ中ほどで鎌首をもたげたまま。重なった影のほうは、その半歩先にいた。

 

 影の鎌首が、ハリーのほうへ、振り下ろされていく。

 

「ハリー! こっちへ転がれ!」

 

 ハリーが、目を閉じたまま、声のほうへ転がった。一拍遅れて、ハリーの立っていた床を、巨大な頭が叩き割った。石の破片が飛び散る。

 

 大蛇の頭が、ハリーのいた場所にめりこんだまま、次の獲物を探して揺れた。

 

 このままでは、ハリーが狙われ続ける。

 

「――こっちだ」

 

 サミュエルは、扇の先で、床を一撫でした。石畳がぼこりと盛り上がり、三体の石の蛇になった。動くものに反応して、大蛇の頭が、そちらを向く。

 

 その隙に、サミュエルは、鏡を肩の高さに掲げたまま、柱の列に沿って走った。ハリーから、大蛇を引き離すために。

 

 鏡の中の大蛇が、追ってくる。右目には、その半歩先の影。二つを同時に見ながら、柱の陰に飛びこむ。一拍遅れて、背後で柱が砕ける。

 

 走りながら、扇を振った。石の床が鎖に変わり、大蛇の尾に絡みつく。一瞬で、引きちぎられる。また変える。またちぎられる。

 

 右目の奥が、焼けるように熱かった。

 

 影が、速くなっていく。半歩あった余裕が、四半歩になり、それもなくなっていった。

 

 砕けた石に足をとられた。

 

 膝をついた拍子に、鏡が手から滑りかけた。慌てて両手で握り直す。顔を上げたとき、鏡の中の大蛇は、すでにこちらへ向き直っていた。

 

 大きく開いた口。毒の牙。

 

 右目の影は、もう、何も映さなかった。

 

 そのとき、広間に、歌声が響いた。

 

 この世のものとは思えない、美しい歌だった。

 

 天井近くに、燃えるような真紅の鳥が舞っていた。ダンブルドアの不死鳥、フォークスだった。

 

 フォークスは、ハリーの足元に、何か古びた布の塊を落とした。つぎはぎだらけの、組分け帽子だった。

 

 次の瞬間、フォークスはバジリスクの頭めがけて急降下した。金色の鉤爪が、黄色い目に突き立てられる。一度。二度。

 

 大蛇が、苦痛にのたうった。両目から、どす黒い血が噴き出していた。

 

「目が潰れた! ハリー、もう開けていい!」

 

 サミュエルは、鏡を下ろした。両目を開ける。もう、鏡はいらない。

 

 見えない目のまま、バジリスクは、匂いと音だけを頼りに、狂ったように頭を振り回していた。壁に、柱に、床に、頭が打ちつけられる。

 

 ハリーは、目を開けて、帽子を握りしめていた。大蛇の頭は、そのすぐ真上にあった。

 

 サミュエルの右目が、また、ほんの少しだけ映した。

 

 半透明のハリーの手が、帽子の中から、何か光るものを引き抜いていた。

 

「ハリー、帽子の中だ!」

 

 何が出てくるのかは、分からなかった。それでも、叫ばずにはいられなかった。

 

 ハリーが、帽子に手を突っこんだ。引き抜かれたのは、一振りの銀の剣だった。柄に、卵ほどもある紅玉が埋めこまれている。

 

 バジリスクが、剣の光に気づいたように、ハリーのほうへ鎌首をもたげた。

 

 右目の奥で、最後の影が見えた。

 

 大きく開いた口。毒の牙。真上から、ハリーを丸ごと呑みこむように、振り下ろされる頭。

 

 あのまま落ちれば、ハリーは剣を構える間もない。落ちる前に、向きを変えさせなければならない。

 

 石の蛇では、足りない。この蛇が、いちばん嫌がるものは。

 

 サミュエルは、胸のポケットから羽根ペンを引き抜き、床に投げた。

 

 扇を、振る。

 

 ペンが床に落ちるより早く、羽根が、赤い鶏冠と、長い尾羽を持つ、一羽の雄鶏に変わった。

 

 雄鶏は、胸を張り、嘴を天井に向けた。

 

 朝を告げる声が、秘密の部屋に響き渡った。

 

 高く、澄んだ、夜明けの声だった。

 

 バジリスクの全身が、びくりと跳ねた。

 

 振り下ろされかけていた頭が、逆に、のけぞる。見えない目で天井を仰ぎ、口が裂けるほど大きく開いた。喉の奥から、錆びた鉄を擦るような悲鳴が漏れる。

 

 雄鶏の声は、まだ天井に響いていた。それだけで、十分だった。

 

 ハリーは、剣を両手で握り、真上に向けて突き上げた。

 

 剣が、のけぞってさらされた上顎の奥深くに、柄まで突き刺さった。

 

*

 

 地響きのような音とともに、バジリスクが床に崩れ落ちた。

 

 ハリーも、その場に膝をついた。腕に、巨大な牙が一本、深々と刺さっていた。剣が刺さったのと同じ瞬間に、大蛇の牙が、ハリーの腕を貫いていた。

 

「ハリー!」

 

 サミュエルが駆け寄った。

 

 腕から牙を引き抜くと、傷口から、どす黒い毒がじわじわと広がっていく。ハリーの顔から、血の気が引いていった。

 

 リドルが、笑っていた。

 

「バジリスクの毒だ。もう、長くはもたないよ、ハリー・ポッター」

 

 そのとき、フォークスが、ハリーの腕の上に舞い降りた。

 

 真珠のような涙が、ぽたり、ぽたりと、傷口に落ちていく。

 

 毒に染まった肉が、みるみるうちに元の色に戻っていく。傷口が、ふさがっていく。

 

「不死鳥の涙……」

 

 リドルが呟いた。その顔から、笑みが消えた。

 

 ハリーが、床に落ちていた黒い日記帳をつかんだ。それから、傍らに転がっていたバジリスクの牙を握り、迷うことなく、日記帳の真ん中に突き立てた。

 

 耳をつんざくような悲鳴が、広間に響き渡った。

 

 日記帳から、インクが血のように噴き出した。リドルの体が、身をよじり、のたうち――そして、消えた。

 

 静寂が、戻ってきた。

 

 ジニーが、かすかにうめいて、目を開けた。

 

*

 

 帰り道は、フォークスが運んでくれた。

 

 崩れた岩の山のこちら側で、ロンが顔を泥だらけにして待っていた。ジニーが目を開けているのを見ると、ロンは声も出さずに、その場にしゃがみこんだ。

 

 ロックハートは、その隣で、ぽかんと宙を見つめていた。自分の名前を聞かれても、首をかしげるだけだった。

 

 五人をぶら下げたまま、不死鳥はパイプの中を軽々と舞い上がっていった。

 

 マクゴナガル先生の部屋には、ウィーズリー夫妻と、戻ってきたダンブルドアがいた。

 

 サミュエルは、部屋の隅の壁にもたれて立っていた。

 

 右目の奥が、まだ焼けるように痛んでいた。指で触れると、目尻が濡れていた。指先に、赤いものがついていた。血だった。

 

 ダンブルドアの青い目が、ほんの一瞬だけ、こちらを見た。何も言わなかった。

 

 ハリーが、部屋の真ん中で、すべてを話していた。

 

「――それで、サミュエルが、雄鶏を作ってくれたんです。羽根ペンから。その声でバジリスクが口を開けなかったら、僕は剣を刺せなかった」

 

 部屋じゅうの目が、サミュエルに集まった。

 

 サミュエルは、何も言わなかった。言うことが、何もなかった。

 

 怒りは、もうどこにもなかった。

 

 あれほど胸の奥で燃えていた、熱くて黒いものは、バジリスクが崩れ落ちた瞬間に、ふっと消えてしまった。

 

 残っているのは、ただ、深い疲れだけだった。

 

 手のひらを見下ろす。扇を握りしめていた指が、まだ震えていた。

 

「スプラウト先生のマンドレイクが、ちょうど今夜、成熟したそうじゃ」

 

 ダンブルドアの穏やかな声が、部屋に響いた。

 

「石にされた者たちは、皆、元に戻るじゃろう。夜が明ける前にの」

 

 サミュエルは、目を閉じた。

 

 夜が明ける前に。

 

 あと、数時間。

 

 壁にもたれたまま、彼は長いあいだ、その言葉を胸の中で繰り返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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