恋愛には本当に興味がないレン。めんどくさいまではいかないけど興味なし。めっちゃくっちゃに誘惑されればそれなりの反応はあるが誠実だしやはり恋愛とかになりたくないので制御できる。
「
街から少し離れて魔法を発動。
手を目の前まで持ってきてみる。
ない。
「おお……」
脚をばたつかせる。
「ない」
(俺いねえ!)
今までゲームの仕様だったものが自分に適用されるのは思っていたよりワクワクする。
(不可視化は二回目だけど。もっと他の新鮮な魔法を使ってみたい)
(だけど理由がない限り高位の魔法は……)
「待てよ……透明でも足音は出るよな」
俺は街へ降りる──前にフライで地面から数センチだけ浮く。
(完璧じゃん)
冒険者ギルドへ。
正面玄関はまだ人が多い。帰ってきた職員の後ろへぴったりついて侵入。
潜入って驚くほど簡単だな。
ニヤついていると、目前の扉が閉まりかける。
(待って待って待って!!)
挟、ま、る!!
ギリギリで入り、すぐに横に避けた。
バタンと勝手に扉は閉まる。
中は一階が受付と酒場スペース。二階へ職員が上がるのを見つけ、後を追う。
飛んでいるからあまり疲れはないが、俺は廊下の壁に少し寄りかかった。
(ふう……)
ギシ。
古い板が鳴った。
階段に上がる前だったので一階の熟練そうな冒険者が振り返る。
そして前の職員も。
(うっそだろおい、壁新しくしておけ!)
俺はその場で完全に停止した。
だが、夜中にも関わらず冒険者達はどんちゃん騒ぎでうるさい。
そっと壁から離れた。
職員を見る。目が合っている。
冒険者。目が合っている。
ように見えるだけだ、落ち着け俺。
鼓動を落ち着けるため、小さく深呼吸。口に手を当てる。
「気のせいか」
ぽつりと小さく呟いた職員が上がっていく。
冒険者も首を傾げるが酒を飲み直す。
(寿命縮んだ。まだ四年しか生きてないのに)
今度は何にも触らないようにしよう。
会議室。扉が開いた隙に侵入する。
ギルド職員一人と三人の冒険者が周辺について話していた。
そこへ職員が二人加わる。
「森で大蜘蛛の死骸が見つかった」
(……)
「その二日後には巨大蛇もだ。一体誰があんなことを」
(俺だなあ)
(もしかして絶滅危惧種とか? だったらやばいな)
「同じ魔法詠唱者がやったんじゃないか?」
(俺だけど、そこには辿り着かないで)
「近くに腕の立つ魔法詠唱者でも住み着いたか」
(やべー。俺だよ。ずっと前から住んでるよ。探さないでねー)
職員達は、「あの森に無闇に入るな」「街道近くへモンスターが出る可能性がある」という注意書きを掲示する相談をする。
さらに別の話題に移る。
「古い品ならガレスに見せればいい。あの爺さんはこの辺じゃ一番詳しい」
古物商のガレス。
さらに新人冒険者の書類ミスの話から、
「読み書きくらい習ってこい。礼拝所のファルム神官なら子供にも教えてるぞ」
俺は次の行動先の情報を取得した。
それから地図を目撃する。
文字は読めないが、町、街道、森、河川らしき形は分かる。自分の
しかし全て一瞬で覚えられるほど俺は賢くない。
地図が手持ちに欲しい。
タダでくれるか?
いや、街の大人ならもう俺にメロメロだ。ベリーキュートレンくんパワーをもってすれば容易い。
会議は終了し、俺は適当についていく。
眠い。
そこで職員が扉を閉めようとした。
慌てて出ようとしたら、冒険者の肩とぶつかる。
「っ!?」
「どうしたんだ?」
男が手を伸ばす。
(ひーーっ!)
数センチ浮いていたのをさらに上へ。
たまたま全開だった窓を発見。逃走。
「ぷはーっ」
フードを脱いだ。
こもった熱が放出され、顔が夜風に冷やされていく。
月を背負うような高さまで上り、俺は空中で天を仰ぐ。
「し、死ぬかと思った」
街の外まで飛び、不可視化を解除した。
草原に降りて息を吐く。
「…………楽しかった」
数秒。
「いや、不法侵入じゃん」
顎に指を当てて考える。
一応反省。
これからは人の家には侵入しないことにしよう。物は盗らない。必要な情報だけ。
「とりあえず……ファルム神官とガレス、だな」
数日後。マルタおばちゃんの店へ。
「あら、レンくん。おじいちゃん元気?」
「元気! 家で本とか読んでる」
反射で答えた。大嘘だ。何もかも嘘だ。
「そうだ、おじいちゃん何をしてる人なの?」
(何て答える?)
(狩人? 森で見かけないのおかしい)
(商人? 街に来ないのおかしい)
「ええと…………魔法使い」
「
「あー、うん……」
「お父さんやお母さんは?」
「いない」
(捨て子だから親の顔すら知らない……って言ったらさらにドン引きされるだろうな)
「……そう、じゃあおじいちゃんと二人きりなのね」
頭を撫でられる。
パンを二個渡された。
「仲良く分けてね」
マルタおばちゃんは哀れみの目を向けてこなかった。
彼女は豪快で芯のある女性だ。優しいので俺を可哀想だと思った可能性はあるが、そういう哀れみとかはないのだろう。
俺が好きなタイプだ。
いや、恋愛としてではなく。彼女だいぶ年上だし旦那さんもいるから。
そもそも俺はそういうのは一切興味ない。楽しく一人で過ごす方がいい。
夜。礼拝堂。
無人の椅子に一個パンを置く。
「じいちゃんのぶん」
沈黙。
「何してんだ俺」
もう一つはありがたくとっておこう。
翌日。
潜入時に名前を聞いたガレスの古物商へ。
ユグドラシル金貨ではなく、低価値の銀製雑貨を一つ持参した。
「これ、売れる?」
エプロンを締め、無精髭を生やした男──ガレスが俺を睨んだ。
「どこから持ってきた」
「おじいちゃんがくれた」
ガレスはそれを手に取って眺める。
しばらくして、
「盗ったものじゃないだろうな」
独り言のように呟かれ、俺はカチンと来た。
価値は低いが俺が一生懸命集めた品だぞ。
「そんなわけあるか!」
睨み返して、はっと気付いた。四歳児はこんな言葉使いしない。
幼児らしく頬を膨らませる。
「……まぁ、それならいいけどよ」
現地の貨幣に換えてもらい、銅貨、銀貨の価値感覚を初めて理解する。
(俺、パン一個にとんでもない物出してたんじゃ……)
マルタおばちゃんにパン代を払いに行く。
振り返った彼女の前のカウンターにカネを置く。
「前までの分!」
「いらないって」
彼女は笑いながらパンを袋に包んでいる。
「払う!」
「いいって」
「払う!」
腰に手を当てて仁王立ちした。
受け取るまでここを退かないぞ、的な意思表示だ。
「もう……」
マルタおばちゃんはくすくすと笑い、奥から何かを取り出す。
「ほら、手を出して」
「ん?」
じゃらり、と細々したお菓子達。
「お釣りね」
(ぴったり払ったつもりだが!?)
街通いが日常化してきた。
「おう、レン! これ持ってけ」
「うん」
肉屋、八百屋、果物屋、菓子屋から顔を覚えられ、端物や傷物をもらう。
「レンくん、この間の新作どうだった?」
「美味しかったよ。でもちょっと硬かったかな。あと、ナッツ入れるといいかも」
「レン坊! ちゃんと食べてるか?」
「食べてるよ」
「レン、これは内緒な」
「うん、ありがとう」
という感じで。
一日の終わりにマルタおばちゃんに頭を撫でられる。
髪をくしで梳かされる。
(俺は三十路だぞ)
遠くをぼーっと眺めていると小さな子供が走り回って遊ぶ姿が目に入る。
「レンくんはいい子ね」
(いい子でいいのだろうか。俺はもう……あんまり子供っぽくない。みんなどう思ってるんだろう? ああやって遊んでいた方がいい子なのでは? そうした方がいいのか……)
「眠い?」
マルタおばちゃんが聞く。
「ねむく、ない」
目を擦る。
「ふふ」
翌日、早速ファルム神官のところへ行く。
決して大きくはないがそこまで小さい訳ではない礼拝所。
真っ白な内装に、窓からは陽の光が射す。
「字を教えてください」
こちらを見て目を見開いた老神官の元へゆっくりと歩く。
「君があの、魔法詠唱者のおじいさんと森で暮らしてるっていう……」
「蓮、久世です」
「そうか、レン……。おじいさまは文字は?」
「…………文字、苦手」
「分かった。教えよう」
穏やかで温厚そうな笑みを見せてファルム神官はしゃがんだ。
それから俺は毎日毎日礼拝所へ通った。
ファルム神官から色んなことも教わった。
聖王国の人々は四大神を信仰している。
半島を大きな湾が分断し、それは貴族社会すら対立させてしまったりしている。
国の周辺には、アベリオン丘陵に棲む亜人達の侵攻を阻止するため、長大な城壁が築かれている。
昨日は十文字、今日は二十文字と覚えていく。
「覚えがいいねえ」
(やべー。まずかったか? 抑えないと……)
翌日、俺はわざと間違えた。
「あ、ここはこうだね」
ファルム神官は責めることなく優しく直してくれた。
「ありがとうございます、ファルム神官!」
俺は四歳児スマイルを見せた。
「……」
ファルム神官は目を細めて、俺に目線を合わせる。
「レン、わざと間違えたね?」
(バレた!?)
「賢いことを恥ずかしがる必要はないよ」
「あ、えーと……」
ファルム神官は目を瞑って、それから微笑んだ。
聖職者スマイル、眩しい。
「君は本当に賢いんだね、そして優しい。だから隠そうとするんだろう? 」
「みんな、びっくりしますから……」
「うん、大丈夫。私は誰かに話したりはしないから」
「本当に?」
「ああ、約束だ」
手が差し出される。
「…………ありがとう、ファルムさん」
皺のある硬い手に右手を置いた。
それから一週間半経ち、俺は以前惨敗した冒険者ギルドの掲示板の前に立っていた。
掲示板の紙には──
【西街道・荷運び手募集】
商隊の荷車から倉庫まで荷物を運ぶ仕事。力仕事なので成人推奨。報酬は日払い。
(おお……読める)
(俺なら一人で全部運べそう……四歳児がそれじゃまずいか)
【薬草採取依頼】
町の南側の草原で指定された薬草を集める。危険地域へは入らないこと。採取した量に応じて報酬。
(こういうの冒険者ギルドっぽい!)
【畑を荒らす野兎・小型害獣の駆除】
農家からの依頼。畑を荒らす小動物の追い払い。討伐必須ではなく「追い払うだけでも可」。
(なんて平和な依頼なんだろう)
【迷い山羊を探してください】
白い山羊一頭。首に赤い布。町の北側で行方不明。発見だけでも報酬あり。
(もっと平和なのあった!! これやるのもアリだな……って子供は無理か)
(偶然見つけたことにして小遣いもらえないかな)
【商人護衛・一名募集】
隣町まで半日~一日程度。低危険度。
(銅? 鉄?なんだそれ)
(ランクのことか?)
【冒険者募集! 未経験者相談可】
依頼を受けて報酬を得たい者はギルド受付へ。
(俺は別に自信ないからな……この世界でもしかしたらレベルが落ちてるかもしれないし、あまり高位の魔法も使ってないから確かめようがない)
俺は辺りを見渡す。
【レストラン・バロン】
【雑貨店・フェリス】
など、店名が分かる。
──カランカランと軽いドアベルの音。
「ん? あ、坊主……また迷子か?」
この前の酒場、鋼熊亭。
「ううん、迷子じゃないよ!」
俺は腰に手を当て、胸を張った。
「鋼熊亭に用があってきたんだよ」
「ほう、文字読めるようになったのか」
「うん、習った……」
顎に指を当てて笑った。この歳で読み書きが出来るのはもしかして天才かもしれない。
「店主、一杯頼める?」
俺はカウンターの椅子に肘をかけた。
「はいよ、何がいい」
「エール」
「はいはい炭酸果実水な」
拭いていたグラスを置いて、オールバックの店主は店の奥に消える。
しばらくして、水滴の滴るキンキンのグラスが置かれる。
俺はその頃ようやくカウンター席によじ登っていた。
「遅かったな」
頬杖をついた。
「お前もな」
店主はスッとグラスを俺の前に。
「いくら? これで足りる?」
俺はカネをカウンターに置く。
「多い。ほら、釣り」
「ありがとう」
財布をしまい、ジュースを前に俺は震える。
「おお……」
そっと両手で持つ。
「いただきます」
一口。散々探索や情報集めで酷使された四歳児の体には桃とオレンジの果汁が染み渡る。
シュワシュワとした刺激も口内に広がって、少し涙が出てくる。
「うう…………うまい」
店主は鼻でふっと笑った。
「そりゃ、よかった」
少し賢い子供としてもう街中に知られてる。